そうだな、三分の一はお前が悪い
「………シャルロットが家出した」
「 「えっ」」
スターロット家当主・バルリット・スターロット氏は俺とドレッドを見るなり、深刻そうにそう言った。
「シャル……ロットさんが家出ですか」
ワズリットは部屋に隅で膝を抱えてすすり泣き、マールはオロオロとあっちへ行ったりこっちへ行ったりと落ち着きがなく、シャルの母親であるライアさんは顔には出ていないが、さっきから同じ場所を掃除している。
とりあえず俺が思ったのは
「なんだこれ」
そんなことだった。
さて、スターロット家の各々とマールから色々と聞き出した事をまとめよう。
まず、一昨日マールとシャルが帰った後の話だ。
家に帰った二人はなにやらガールズトークをしたらしいが、その内容については「乙女の秘密です☆」とウィンク付きで言ってきた。ムカついたので頭を小突いておいた。
無理矢理口を割らせると、なんとその時に「縁談が嫌なら逃げちゃえばいいじゃん☆」とバカな事を言ったらしい。
本人曰く「冗談だったのに、まさか本当にやるとは思わなかった」と満面の笑顔で言い放ったので、とりあえずこめかみをグリグリした。
涙目になったマールは俺とスターロット家の面々に土下座をして謝った。
そして昨日の話になる。
まずシャルはバルリット氏に相談に行ったらしい。
縁談をやめたいと言われたバルリット氏がシャルを問い詰めると、「好きな人がいるから」と頬を染めたらしいのだが、なんで俺はスターロット家の面々から睨まれたのだろうか?
しかし、バルリット氏はその時にシャルを叱りつけてしまった。
その結果、シャルは「お父様なんて大っ嫌い!」とバルリット氏の部屋を飛び出した。
その時のことを思い出したのか、バルリット氏は頭を抱えて「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい……」とひたすらなにかに謝り続けた。
次にシャルが向かったのは母親であるライアさんのところだった。
理解のない父親の代わりに母親に相談しようとしたのだろう。
しかしライアさんは「一度決まったことを『やっぱり辞めます』が通用すると思っているのですか?」と突き放した。
その時シャルは、なにかを諦めたような表情になったらしいが、ライアさんは無駄な抵抗を辞めたのかと思ったらしく、そのまま放置したという。
そしてその翌日の朝、つまり今日の早朝にシャルは最低限の荷物だけ持って家出したのだった。
…………うん、なんだこれ?
ちなみに、兄であるワズリットは全くなんの相談もされなかったらしい。
哀れな奴め。
「さて、事情がまとまったところでアーシラ・へルミナス氏の報告をしてもよろしいでしょうか?」
「ダメに決まっているだろう!娘が家出しているというのにそれどころじゃないわ!」
怒られてしまった。
あまりの大声にドレッドもビクリと体を震わせた。
俺もちょっとビビった。
「ええい!金はいくらでも出す!娘を、シャルロットを捜して連れ戻せ!」
「……えっと、依頼ということでよろしいですか?」
「よろしいから早く行け!」
「あ、はい」
そして俺とドレッドは駆け足で街に繰り出したのだった。
「で、なんで着いてくるんだよ」
「いえ、私にも責任の一端があるので……」
「そうだな、三分の一はお前が悪いな」
そもそもこのバカ天人がバカな事を言いださなきゃこんな事にはならなかったんだ。
全く、こいつはもっと自分がバカだという事を自覚してほしいものだ。
「捜すと言っても一体何処を捜せばいいんだろうな?この街は意外と広いからな」
こんな事ならシャーリーを連れて来るんだった。
あいつがいれば匂いで追える。
人選を間違えたのかもしれないな。
「常々思ってはいましたが、ツユリさんは本当に行き当たりばったりなんですね。もう少し計画性を持った方がいいと思いますよ?」
そう言い放ったのはドレッド………ではなくてウォレットだった。
いつの間にか入れ替わったウォレットはやれやれと首を振る。
地味にムカつく仕草だった。
「だったらお前はなにかシャルを探す手がかりを持ってるって言うのか?」
「えぇ、もちろんですとも」
「っ!?だったらっ…………」
「もちろん教えますよ。今のあなたは私達の雇用主なのですから。ですが」
と、言葉を切ったウォレットは俺を見据えて問うのだった。
「ツユリさんはあの夜、なぜかシャルロットさんが怒ったのか。それをちゃんと理解していますか?」
あの夜……シャルとマールが俺たちの部屋に遊びに来たあの夜のことだろう。
あの日からシャルとは全く話していないし、会ってもいなかった。
そして俺はその事を心の何処かで………安心していた。
「なんでってそりゃ……あれだろ?俺がデリカシーのかけた事を言ったから………」
「では、どうデリカシーを欠いたのでしょうね?」
「……………」
「黙りですか?そうですよね?分かりませんよね?………いいえ、本当は分かっているからこそなにも言えない。分からないふりを続けていくために」
ウォレットの声色が珍しく怒気を孕む。
今まで殺意なら何度だって向けられた。
例えば俺がセクハラ働いた時。
例えば俺がウォレットと敵対した時。
けれど、俺がウォレットに怒気を向ける事はあっても、ウォレットが俺に怒気を向ける事は一度だって無かったのだ。
そんなウォレットが今、俺に怒気を向けている。本気で怒っている。
「あなたは、その初恋は呪いのようだ。と言いましたが、今のあなたを見ているとむしろ、あなたの方がその初恋を呪いたらしめているのではないのですか?」
「……………」
「あなたが新しく誰かに恋をしてしまったら、幼馴染の少女が本当に消えてしまうような気がしているのではないですか?だからあなたはいつまで経ってもその恋を手放さない。手放せない。……………だからあなたは、他者からの好意に鈍感であろうとした。違いますか?」
「…………」
図星だ。
何もかもウォレットが言った事は図星だった。
彼女が行方不明になってから、俺はなにがあっても彼女を好きであり続けると誓った。
幸い向こうでは俺に好意を向ける女の子は誰もいなかったから俺から積極的に関わらなければ、俺が誰かに恋をする事はなかった。
だけど不測の事態が起こった。
異世界に転送され、シャルやマール、クシャナといった美少女達と深く関わってしまった。
いや、関わってしまっただけならなんとでもなった。
しかし、そこに更に追い打ちをかけるようにシャルが俺に異性としての好意を向け始めてしまった。
それを察知した俺はシャルに『兄さん』と呼ばせ、妹として扱うことにした。
けれど結局そんな小細工は無意味だった。
シャルの俺への好意は日増しに………とは言わないまでも、一緒に生活していく中で更に大きなってしまった。
そして 人から好意を向けられることに全く耐性のなかった俺は徐々にシャルの想いに引っ張られ始めてしまった。
だから俺は、あくまで鈍感であろうとし続けた。
目を瞑って、耳を塞ぎ、シャルのその想いは家族へ向けるそれと同じものだと否定し続けた。
その結果がまさに今の状況だというわけだ。
今まで想いを無視され続け、それでも耐えて来たシャルの悲しみがついに爆発した。
そう、結局のところ、俺が、俺こそが、シャルを傷つけ、今も尚傷つけ続けている、諸悪の根源だったのだ。
「自分がなにをしたのか。なにが彼女をあそこまで傷つけたのか理解しましたか?そう、あなたです。あなたが彼女をあそこまで傷つけ追い詰めたのです」
そうやってウォレットは俺を断罪する。
そうやってウォレットは俺を糾弾する。
「では、次の問いです。そんなあなたが彼女の前に立って、あなたは彼女になにを言うつもりだったのですか?どんな言葉で説得するつもりだったのですか?」
「それは………」
なにもなかった。
ウォレットの問いに対する答えは『無』だった。
確かに、ウォレットの言う通りだ。
俺はいつだって行き当たりばったり。
計画性のかけらもなく、ただその場その場の思い付きでしかない。
「………でも、今回に限ってはその方がよかったのでしょうけど」
「…え?」
「私の追尾魔法によれば、シャルロットさんは家に向かっているようです。実家ではない、自分の……自分達の家に」
「……なんで?」
「心の中の本当の気持ちを嘘偽らずに言ってあげてください。それでは私は業務に戻りますね」
俺の質問には一切答えずウォレットは俺に背を向けて、ひらひらと手を振った。
その真意は分からない。
けれど、少なくともウォレットは俺にシャルの居場所を教えてくれた。
今はそれだけで十分だ。
「………ヨウさん?」
「………あ〜、そういえばお前居たんだな。忘れてた」
「ひ、ひどい!?」
まだシャルになにを言えばいいのか分からないままだ。
だからまず、俺の話を聞いてもらおう。
そして、ちゃんと謝ろうと、そう思った。




