死ねばいいんじゃないかな?
まるで呪いのようだ。
今でもあの時を生きている。
あの時に縛られている。
俺は変わらずそこで彼女を待つ。
二度と会えないと分かっていた。
二度と帰らぬと分かっていた。
そこはまるで牢獄だった。
ただひたすらに、恋心という檻の中に閉じ込められる。
想いという鎖が俺の心をそこに縛り付けている。
だからそう、この想いはきっと解ける事ない呪いなのだろう。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「おや、そこにいるのはツユリ・ヨウさんではないですか」
街中で声をかけられ振り返ると、そこにはアーシラ・へルミナスがにこやかに立っていた。
「こんなところでどうかされたのですか?」
相も変わらず紳士的な笑みを浮かべて俺に話しかける。
これなら確かに街での評判のいい事だろう。
………しかし、
「あの、俺たちってそんなにこやかに話し合えるほど近しい仲でしたっけ?」
なんかストーカー扱いされてたような気もしなくもない。
それがこんな、まるで友人にでも出会ったかのような挨拶をしてくるとは驚きだ。
「その節は大変失礼しました。ツユリさんの事はシャルロットさんから教えていただきました。なんでもシャルロットさんの下宿先の大家さんで、お兄さんのような存在だとか」
「そっちのことも聞きましたよ。なんでも貴族なのに威張り散らすことなく平民にも物腰柔らかく接する人格者だそうで」
「ははは、やめてください。僕は皆さんの言うような出来た人間ではありません。僕だって嫉妬しますし、怒ったりもします」
「なるほど、つまりあれは嫉妬だったと」
「そういうのも少々含んではいましたね」
なんとも潔いも良い少年だろう。
「よろしければ僕の家でゆっくりお茶でもしませんか?そちらの方もご一緒に」
「いえ、私は他にする事があるのでどうぞツユリさんだけで行ってください」
どうやらウォレットは行く気はないようだ。
まあウォレットの事だしなにかしら企んでいるのだろうけど。
だが、これはむしろチャンスだ。
まさかそれが向こうから歩いてきてくれるとは思わなかったけど。
「だそうだから、俺だけ失礼してもいいですかね?」
「もちろんです。ではこちらへ」
そう言って、アーシラは俺をへルミナス邸へ案内してくれたのだった。
「どうぞ、そちらに座ってください」
「どうも」
流石は貴族様のお家。
めちゃくちゃ広い。
スターロット邸が和風豪邸だとするのならば、へルミナス邸は洋風豪邸だった。
「そう言えばこうして二人でゆっくり話すのは初めてでしたね。本来ならばすぐにでもあの失礼な態度のお詫びを言いに行くべきだったのでしょうけれど、シャルロットさんが下宿先を教えてくれませんでしたので」
「まああいつは基本猫被ってますからね」
「そうなのですか?」
どうやらシャルの話に食いついたようだ。
いや、それもそうか。なにせ自分の婚約者になる相手のことだ。知りたいと思っても不思議じゃない。
むしろ、その態度にアーシラが本気でシャルが好きなのだという事を感じられた。
そして、それからは俺の知るシャルの話をただひたすらにし続ける時間が続いた。
アーシラも途中メイドさんが持って来てくれた紅茶を啜りながら興味深げに聞いいていた。
そして一通り話し終えると、アーシラは一つ頷いた。
「なるほど、そういう事だったのですね」
「なにが?」
「いえ、個人的に納得がいったというだけなので気にしないでください」
よく分からんが、俺に話を聞いてアーシラはなにかを納得したらしい。
「どうですか?ここからはお互い腹を割って話しませんか?」
「と言いますと?」
「お互い本音で語りあわないか、という事です」
そう言うアーシラの瞳はこちらに有無を言わせぬ程に真剣で、どうやらお人好しの気がある俺としては頷くほかなかった。
それにアーシラの本音が聞けるのならこちらとしても好都合だったし。
「ではまずは敬語を使うのをやめてください。腹を割ってと言いながらこれでは格好付きませんし」
「………了解」
いや、あんたはどうなんだよ。と思ったが、まあ本人がそう言うのならいいだろう。
シャル相手の時のようにすれば問題はないのだろうか?
あとで不敬罪とか言って切り捨てられないだろうな?
不死身がバレるからあんまり殺されたくないんだけど。
「さて、それじゃあ訊きますが、ツユリさんはシャルロットさんの事をどう思っていますか?」
「……………」
腹を割って話したいってそういう事!?
「いや、普通に可愛い妹分としか」
「本当にそれだけ?」
「それ以外になにが?」
事実、俺にとってシャルは可愛い妹分以外の何者でもない。
少なくとも、アーシラの勘ぐるような感情は一切ないのだが…………
「………なに?」
じっとこちらを凝視するアーシラを軽く睨む。
そんなに見つめられると惚れちゃうだろ。
………… 冗談だよ?
「例えば、貴方は僕とシャルロットさんとの結婚についてどう思いますか?」
「死ねばいいんじゃないかな?」
「…………なるほど。やはりあまり歓迎はしないと」
「そりゃ可愛い妹が結婚すると聞いて喜ぶ兄はいないだろう」
「でも貴方たちは実際は赤の他人なのでしょう?」
「そうだな。血縁関係なんてものはこれっぽっちもない」
そもそも生きて来た世界そのものが違う。
正直、同じ生物なのかも怪しいところだ。
この世界の生態系は俺の世界とは思いっきり異なっている。
つまり、この世界の人族は俺たちの世界の人類とは遺伝子レベルで全く異なる生命体だという事だ。
「でもな、シャルが俺を兄と慕って、俺がシャルを妹だと可愛がればそれは例え血が繋がっていなくても兄妹と呼べるんじゃないのか?それとも、血が繋がっていなければ家族にはなれないのか?」
「……全くその通りですね。では質問を変えましょうか。貴方はシャルロットさんの事を女性としてどう思っていますか?」
やっぱり、そういう意図だったか。
「そう言うそっちはどうなんだよ。さっきから俺にばっかり喋らせやがって」
「そうでしたね。僕はシャルロットさんの事が好きですよ。一目惚れでした。学園に入学して、同じクラスになって、ただその姿を毎日見る事が出来るだけで幸せでした」
「お、おぅ」
こっちから聞いておいてなんだけれど、本気の回答が来てちょっと引いてしまった。
そう、まるでプロポーズの前置きみたいだったな。
「そちらはどうなのですか?」
俺か……。
アーシラの言った事が本当の気持ちなのかは俺には分からないけれど、それでもシャルのことを語る彼は真剣で、そして何より幸せそうだった。
だから、俺はアーシラが本心を語ってくれたと信じたい。
ならば俺が話すことだって本心でなければ、信じているとは言えないだろうな。
だから話そう。
俺の、今も尚続く初恋の事を。
この………まるで呪いのような、この想いについて。
「俺は、好きな人がいるんだ」




