バカ!アホ!鈍感!変態!……大嫌い!
「よよよ……」
「最低ですね……」
「ちょっと庇いきれませんね……」
俺を冷たく見下す四つの瞳。
シャルとマールの前に正座をさせられている俺は、ただひたすらにそれを一身に受け止めるしかなかった。
辛い……。
そもそも、全てはベットの上で嘘泣きをしているウォレットが悪い。
ウォレットは二人を見るなり、ニヤリと笑みを浮かべると、無駄に上手い泣き真似をしながら昼の有る事無い事をチクったのだった。
「兄さんがそんなことするなんて失望しました」
「ヨウさんへの認識を改める必要がありそうですね」
今のこの二人にとって俺は、部下の胸を幾度となく揉みしだき、果てにはウォレットに無理矢理ベットでナニしようとしていた変態という設定になっている。
後半に至っては完全に無実無根なのだけど、二人の……特にシャルの威圧が凄いせいで言い訳一つできないでいた。
マールに至っては、どこか楽しんでいる風にも見えなくもない。
「なにか言うことはないのですか?兄さん」
「…………なにか言ってもいいのでしょうか?」
「いいわけがないでしょう?」
ニッコリと口元を三日月状に歪めながらシャルが笑う。
背筋に悪寒が走る。
そう、まるで殺気立ったウォレットと相対した時のような生命の危機を感じるレベルの殺気。
「理不尽だ………」
「なにか、言いましたか?」
「い、いえ………なんでもございません」
怖いよ……シャルが怖いよ……。
「さて、冗談はここまでにしておきましょうか」
俺が苦しむ顔を堪能して満足したのか、ウォレットがようやくネタばらしをした。
しかし、
「…………?」
約一名目をパチクリさせている。
多分ウォレットの言っていることの意味を理解するのに時間がかかっているのだろう。
マールが驚いていないところを見ると実は最初から気づいていたとかそういうオチだろう。
「………冗談?」
「はい、冗談です」
その後、取り乱したシャルを宥めるのに小一時間を要したが、その辺は面倒なので省略させてもらう。
「で、何しに来たの?お嬢様がこんな時間に、庶民のしかも男の部屋に遊びに来るなんてあんまり褒められたものじゃないと思うのだけど、どうだろう?」
「そ、それは………」
なにか挙動不審になっているけど、どうしたのだろうか?
変な理由でもあるのだろうか。
「なにか言えない理由でもあるのか?」
「そういうわけじゃ……」
「?顔が赤いけどどうした?まさか風邪でもひいたか?」
「ひゅぇっ!?ちょ、ちょちょちょっ!にっ、兄さん!?なにを!?」
「あーもう!動くな!熱が測れないだろう!」
「さ、触らないでください!不死身菌が移ります!」
「子供のイジメみたいなこと言うな!だいたい不死身はそう簡単には移りません」
「それでも触らないでください!風邪なんてひいてないので大丈夫です」
じゃあなんでそんなに真っ赤になってるんだよ。
まあ本人が大丈夫って言うんだから大丈夫なんだろうけどさ。
「全く、気持ち悪いくらいに鈍感ですね。あの男は」
「いやぁ、あれはもうわざとじゃないかってレベルですもんね」
俺たちのやりとりを傍観していた二人は俺の悪口を言っていた。
鈍感とか気持ち悪いとか酷いことを言っている。
肉体を傷つけられないからって心を傷つけてくるのはやめてもらいたい。
第一、シャルが俺に好意を向けているのは知っているけれど、それはあくまで家族に向ける類の好意であって、決して異性に向けるそれではない………と思うけど。
「それはそうと、結局何しに来たの?俺たち仕事の話をしたいんだけどさ」
「へぇ、兄さんは私たちに早急のに脱兎の如く帰ってほしいのですね。へぇ、そこまでしてドレッドさんと二人きりになりたいんですね。へぇ〜、へぇ!」
「シャ、シャルロットさん?なにをそこまで怒ることがあるのでしょうか?」
「いえいえ、私はなにも怒ってなんていませんよ?兄さんはおかしな事を言いますね?ほら、こんなにも笑顔なのに」
「じゃあなんでさっきから私めは脛を蹴られているのでしょうか?なんで足の小指をグリグリ踏みつけられているのでしょうか!?」
「え?これは私なりの愛情表現ですのでっ!」
「痛っ!お、おい!思いっきり踏みつけるな!だいたいこんなにもバイオレンスな愛情表現があってたまるか!って、いたたたたたたたっ!なんで!?なんでここで卍固めっ!?やめて!お願いします!折れる!折れちゃうからぁぁぁぁああ!」
あぁ、死ぬかと思った。
というか実際、身体から鳴ってはいけない類の音が聞こえたんだけどね。
「兄さんの仕事ってへルミナス家の調査なんですよね?」
ようやく落ち着いたシャルが、ようやく本題らしい事を切り出した。
ここまでくるのに兄さんはもうヘトヘトですよ。
「まあ、そういう事になってるな。それがどうかした?」
「い、いえ……その…兄さんはなんで今回の仕事を受けたんだろうって思って…」
「なんでって………」
そう言えばなんでだっけ?
えっと……確か…。
「あっ」
「あっ?兄さん?あっ、ってなんですか?」
「いや、なんでもない。ちょっと仕事を思い出しただけだから」
俺は思い出してしまった。
そう言えば今回の本当の依頼はへルミナス家の……アーシラ・へルミナスの身辺調査ではなく、縁談をぶち壊す事だったんだっけ。
うん、綺麗さっぱり忘れてたよ。
「そんな事より、シャルはどうなんだ?」
「私……ですか?」
「うん、シャルは今回の縁談をどう思ってる?具体的にはそのアーシラくんと結婚したいと思ってるのか?」
「ヨウさん、それは……」
「マールはちょっと黙ってて」
口を挟んできたマールを黙らせる。
ここはとても重要だ。
もしもシャルがアーシラくんとの結婚に乗り気なのだとしたら、俺がやろうとしている事はシャルにとって、スターロット家にとって迷惑でしかない。
だが、もしもシャルが結婚したくないと言うのなら、俺は俺の持てる全力を尽くしてこの縁談をぶち壊す!
だからこうして本人の意思を確認しておく必要がある。
「…………ます」
「え?なんだって?」
いえ、違うんです。
決して俺が鈍感難聴系主人公だというわけではなく、本当に声が小さいだけなんですよ?
「いやに……決まってるじゃない…。いやに決まってるじゃない!兄さんのバカ!アホ!鈍感!変態!………大嫌い!」
「あ、おい!変態は余計だろ!」
俺の制止を聞かず、シャルは部屋を飛び出して行った。
その一瞬、シャルの横顔が見えた。
その瞳からは…。
「全く、ヨウさんは本当におバカなんですから!シャルロットさんは私に任せてください」
そう言ってマールも後を追いかけて行った。
「なあウォレット。俺、なんかおかしな事を言ったかな?」
「おかしな事は言ってません。ツユリさんがおかしな事を言ったんですよ」
ウォレットの言葉の意味が俺には全く分からなかった。
ただ一つ言える事は、俺はどうやらシャルを傷つけてしまったという事実がそこに寝転がっているという事だけだった。




