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第2話

編集しました。

1話2話3話4話が合体しました。



「お兄ちゃん、何か冷たいものが食べたいな」 

 

さて、我が妹様は一体何を言っているのだろう?

今の時間は午前二時。

確かに今は夏休みも真っ只中だ。

夜更かしいしている程度のことでとやかく言うつもりはない。

だが、こんな夜中にワザワザ眠っている兄を起こしまで言うことがそれか?

しかもこの言い方は間違いなく「買ってきて」の合図だ。

 

「妹よ」

 

「何かな?お兄ちゃん」

 

「こんな時間から何か食ったら…………太るぞ?」

 

「大丈夫だよ。私って実は太らない体質だし」

 

「いま君は全国の女性を敵に回したぞ?」


「全く知らない人に嫌われてもなんとも思わないもん。とりあえずはお兄ちゃんに嫌われなければいいかな」

 その割には兄に安眠を何の躊躇もなく妨害してくれるな。


「で?俺はアイスを買ってこればいいのか?」


「さっすがお兄ちゃん!むしろ察すがお兄ちゃん」


「意味が解らん。…………とりあえず着替えるから出てってくれ」


「はーい!」

 

なんだかんだで、俺は妹に甘いのだ。

 

 さてさて、ここはどこだろう?

 明らかに舗装された現代日本の街並みとは異なるその景色に俺は唖然としていた。

 帰り道、地面がいきなり光ったかと思ったら、いつの間にここに立ってた。

 ふとすれ違う人に違和感を覚えて振り返る。

 そこにいたのは、耳の長い人間。

 要するにエルフがいた。

 

 これはアレか?俺ってば寝てるのか? 

 頬を抓るが、どういうわけか痛い。

 まさか現実?いやいや、こんなのが現実であるはずがない。

 だったらなんだ?ドッキリか?

 いや、それにしては無駄に手が込みすぎている。

 考えた結果、答えが出なかったのでとりあえず歩いて回ることにする。

エルフをはじめとして、獣人、魚人、ドワーフ………などといった亜人以外にもちゃんと人がいた。

だが、この中世ヨーロッパのような街並み…。

まさか…異世界?

いやいやいや。そんなバカな。

頭では否定しようとするが、実際すでに一時間以上徘徊している。

その上で言おう。

これは間違いなく現実だ。

そしてドッキリの類でもない。

そう、どうやら俺は


異世界にトリップしてしまったようだ。


ふと、何かに導かれるように俺は路地裏に入った。

それは本当に何気なくだった。

しかしそこには人がいた。

一人の幼女が行き倒れていた。


「し、死んで……るのか?」


「うぅぅぅ………」


近づくと辛うじて声が聞こえた。


「お腹すいた……」


「…………」


なんとテンプレートな展開だろうか。


「よかったらこれ食べる?」


俺はコンビニでアイスを買うついでで購入したフランクフルトと唐揚げ棒を差し出した。

すると幼女は引っ手繰るように俺の手から奪い、ペロリと平らげてしまった。


「大義であるぞ!人間の小僧」


なんかすっごく偉そうにしている。


「さて、何か褒美を与えねばな」


「褒美?いや、子供がそんな事考えなくてもいいんだぞ?」


「こ、子供じゃないやい!これでもワタシは魔王だぞ!凄いんだぞ!」


「あぁ、はいはい。凄い凄い」


「その反応絶対信じてないなお前!よしいいだろう。ならば今からその証拠を見せてやる!」


そう言うと魔王を自称する幼女はどこからともなく出してきたナイフで、自分の首を切った。


「え………?」


目の前で起きたことが理解できない。

視界が赤に染まっている。

「死」その一文字が俺の中を支配した。

表情筋が強張っていくのが自分でもわかる。

衝動的に逃げ出したくなる。

足が動かない。


「なんて顔をしている?それではワタシがホントに死んだみたいではないか?」


はっと意識が戻る。

そこには血の海も広がっていなければ、死体もない。

ただただ、何事もなかったかのように幼女がそこに立っていた。


「いいかよく聞け!我が名はクシャナ・ライフロスト・ナイトメア!第四魔王にして不老不死の象徴!夜を支配する者!さぁこれでもワタシを子供扱いするか?」


「く、クサヤ・ライフロスト・ナイトメア……?なんか変わった名前だな」


「だ、誰がクサヤだ!クシャナだ!」


「わかった!ごめんなさい!だから泣くな!」


ここで泣かれたら相手がたとえ魔王であっても、周りから見たら幼女を泣けせる鬼畜野郎に見えてしまう。

それだけはなんとしても避けたい。


「泣いてない!全く、お前が恩人でなければとっくに殺していいぞ?」


今この瞬間ほど恩人で良かったと思った瞬間はなかった!

うん、情けは人のために非ずだな!


「ふむ、褒美が今すぐ思いつかないと言うのならこれは貸しにしておいてやろう。ちなみに未だ嘗て魔王に貸しを作った人間なんていやしないぞ?」


「そりゃぁどうも」


別に全然嬉しくないんだからね!


「ではワタシはもう行く。生きていたらまた逢おう!」


そう言ってクシャナ・ライフロスト・ナイトメアを名乗る幼女は走り去って行った。


ところで、なんで言葉が通じているんだろうか?



〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


「と言うわけで、帰る方法が知りたいんです」


俺は占い師を名乗る女性に自分の願いを告げた。


「う〜ん、そう言われてもねぇ〜。異世界ってまずそこが

信じられないんだよねぇ〜」


頬に手を添えて困ったような表情をする女性。

彼女の名前はルール・ルルール・ルーラー。

名ずけ親の正気を疑う。

「ル」しかないじゃん!


「失礼ねぇ〜。ちゃんと「ー」と「ラ」があるでしょぉ〜?」


「人の考えを読まないでください」


「それが仕事のようなものだからぁ〜」


俺の睨みに堪えた様子もなく、変わらないおっとりした口調で返ってくる。

そもそも彼女と出会ったのはつい三十分ほど前。

幼女と別れて一人トボトボ歩いていたら急に声をかけられた。

その時も今と変わらずおっとりした口調で「きみきみぃ〜、占いって興味ないぃ〜?」と怪しい勧誘を受けたのだ。


最初はあまりの怪しさに立ち去ろうとしたものの、足元に縋り付かれて「捨てないでぇ〜」お願いされたらどうにもならない。

だって公衆の面前でそれだぞ?

周りからの視線が痛いったら………。

あぁ、思い出したくもない………。


「う〜ん。そうなると副業の方でどうにかするしかないかしらねぇ〜?」


「副業?」


頭にかぶっていた紫のローブを脱ぐとオレンジ色の髪がフサっと舞った。

こうして見ると意外と綺麗なお姉さんだ。

うん、こんな人が姉だったら……無理だな。

思い出される三十分前の記憶。

うん、ないな。


「私は別にいいけどぉ〜?」


「だから人の考えを読まないでくださいってば」


「だめねぇ〜。これは職業病だからぁ〜」


「そうですか…」


俺はもう諦めた。

この人にプライバシーなんてものは最初から無かったんだ。


「それで副業って?」


「何でも屋よぉ〜?営業時間は朝の九時から夕方の五時よぉ〜。当然残業もあるけどねぇ〜」


何でも屋かぁ〜。

っと、口調が移ってきた。

とりあえず頭を振って正気に戻る。


「もしかして元の世界に帰る方法を探してくれるとか?」


「そうねぇ〜。もちろんお金は取るけれどねぇ〜」


「…………最初に言いましたが、金持ってませんよ?」


そもそも占いだって、無料で見てくれるって言うから来たんだ。

金が必要なら最初から来ていない。


「知ってるわぁ〜。だからヨウくんにはここでアルバイトしてもらいたのよぉ〜」


「まだ依頼してないんですが?」


「でもヨウくんはまだ帰れないんでしょぉ〜?なら住むところも必要になるだろうしぃ〜、食べるものも必要でしょぉ〜?」


「ま、まぁそうですね」


「だったらお金も必要になるでしょぉ〜?ちなみにぃ〜、そっちの世界はどうだったか知らないけどこっちの世界では身元のはっきりしている人しか雇ってくれないわよぉ〜?」


確かに…当然といえば当然だな。

なら、最初から事情を知っているこの人のところで働いた方がいろいろ都合がいい。


「今なら私の持ってる貸家を一つ貸してあげるんだけどねぇ〜」


「よろしくお願いします!」


即決即断。チャンスは二度あると思うな。

これは俺の友人が言っていた言葉だ。

俺は土下座でお願いした。

さすがに何日も野宿するのは嫌だからな。


「じゃあ、この書類にサインしてねぇ〜。家賃はバイト代から天引きって形にするけどいいかしらぁ〜?」


「はい、それで」


俺は日本語で自分の名前を書きながら返事をした。


「一応先住者がいるからシェアハウスになっちゃうんだけど問題はあるかしらぁ〜?」


う〜ん。シェアハウスか……。

まあ宿無しよりマシか…。


「大丈夫ですよ」


「分かったわぁ〜。じゃあその子にも連絡を入れておくわねぇ〜」

「はい。それで俺はいつから出てこれば良いんですか?」


「そうねぇ〜。明日というのは急だしぃ〜。来週からで良いわよぉ〜」


「了解です」


「ただいま帰りました」


話が一段落したところで、誰かがやって来た。


「ルールさん?ってお客さんですか」


「違うわよサッちゃん。今日から仲間よぉ」


サッちゃんと呼ばれた女性は、しばらく考えるように首を傾げてから納得したように手を叩いた。


「あー、もしかして新しいバイトですか?」


「そうよぉ〜。ツユリ・ヨウくんよぉ」


「ツユリさんですか。なんだか女性のような名前ですね」


「あ、いえ。耀ヨウの方が名前ですので」


「そうなんですか?それは失礼しました。私はステラ・ウェルムです。ステラが名前です」


「よろしくお願いします。ウェルムさん」


そう呼ぶとウェルムさんはムッとしたような表情をした。

なんか失礼なこと言ったか?


「あぁ〜。ヨウくんヨウくん。ステラちゃんは家名で呼ばれるのが嫌らしいのよぉ」


「はい。ですから私のことはステラお姉ちゃんと呼んでください」


…………はい?


「私は三兄妹の末っ子でずっと弟に憧れていたんです!ですから是非ステラお姉ちゃんと!」


先ほどの凛々しい雰囲気は何処へやら。

ウェルムさんは俺へ詰め寄って来た。

こうして見ると、ウェルムさんはかなり美人だ。

ポニテに纏められた赤い髪とメガネのおかげでキャリアウーマンのような風格があり、さらにその背の高さも相まってまさにカッコイイ女性という言葉がぴったりだった。


「えっと……とりあえず離れてくれませんか?」


「ステラお姉ちゃんと呼んでください」


ダメだ聞いてない。


「ステラさん」


「ステラお姉ちゃん」


「………ステラ姉」


「……………まあいいでしょう」


俺の最大限の譲歩をウェルム……ステラ姉は渋々受け入れた。


「うん、みんな仲良くなったところで今日は解散にするわよぉ」


「仲良くなったんですかね?」


「できれば敬語も無くして欲しいんですが……」


ステラ姉の発言は聞かなかったことにする。

また面倒な展開されることくらい容易に想像できるわ。


「ステラちゃん。ヨウくんにあそこの鍵を渡してくれるぅ?」


「はい……」


無視されたのが悲しいのか低いテンションで俺に二つの鍵を渡して来た。


「こっちがここの鍵でもう一つが貸家の鍵です。できるだけ失くさないようにしてください」


「それはもちろん」


こうして俺は住む場所を手に入れた。



〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜



「すみませんでしたぁぁあああ!」


俺は新しく住むことになった貸家の居間で、土下座をした。


「……いえ、新しく人が来るということを忘れていた私にも非はあります。だからとりあえずは頭を上げてください」


俺の前に仁王立ちする茶髪の少女は、自分の非を認めながらも、こめかみをヒクつかせている。

これはまだ根に持ってるな……。


「…言い訳いいですか?」


「どうぞ」


挙手をすると発言を許された。


「えーっと。俺はてっきり先住者は男だとばっかり思ってたんだよ!だって普通異性で同棲させると思う!?」


「だからってノックもなしに脱衣所に入って来るんですか?」


「その……まさかあそこが脱衣所とは思わなかったんだよ…」


そう、家に入ったはいいが先住者の姿はどこにも見当たらなかった。

それで先住者を探しがてら家の中を探検していたところ、この少女の着替えと遭遇したのだ。


「……分かりました。今日のところは事情を汲んで許します。ですが次やったらルールさんに訴えますから」


「ありがとうございます!」


こうして一応の許しを得たのだった。


「では改めまして、シャルロット・スターロットです。今日からルームメイトになります」


スターロットはそう言って軽く頭を下げた。

行動がまるで警戒する猫のようで可愛らしい。


「俺は栗花落耀ツユリヨウ、十七歳。よろしく」


「ツユリ・ヨウ?変わった名前ですね。というか女性みたいな………」


「名前は耀だから!」


そういえばステラ姉にも同じことを言われたような気がする。

今後はヨウ・ツユリと名乗った方がいいのだろうか?


「それにしても十七歳ですか……。」


「それがどうかした?」


「まさか年上だったなんて……」


なるほど、こっちに非があったとしても年上に対して失礼だったんじゃないかってことか。


「気にしなくってもいいよ。俺も気にしないし」


「え?何がですか?」


スターロットさんはキョトンとした表情で聞き返した。

何その反応?


「いや…年上相手に失礼な物言いしちゃったとか後悔してるのかな…と」


「まさか。あれは九割九部九里そちらの落ち度なんですから後悔なんてするわけないじゃないですか」


ですよねぇ〜。

表情だけで「何をバカなことを言ってるんですか?」と訴えて来る。

やめて、そんな冷めた目を向けないで!

何かに目覚めそうだから!


「だったら何を落ち込んでたんだ?」


「いえ……ただ年上だと兄を連想してしまって…」


「なに?お兄さんいるの?」


「はい。一人だけですが兄がいます」


「なんでそんなに嫌そうなんだ?」


「実はうちの兄は極度のシスコンで、それが気持ち悪くて一人暮らしを始めたんです」


気持ち悪いって……。

そういえば俺は一回も言われたことがなかったな。

むしろ妹のブラコンに悩まされてたんだよな…。

そういう意味では俺とスターロットは似た者同士と言える。

………というかこの世界にも「シスコン」なんて言葉があったんだな。


「でも、妹が可愛い兄の気持ちは分からんでもないな」


「もしかしてヨウさんも変態の類ですか?」


スターロットは俺に半目を送り、軽く睨む。


「違うよ。ヨウさんは変態の類じゃないよ?」


「え?変態の類ですよね?」


「いいえ。ヨウさんは紳士だよ」


「人の着替えを覗く人が変態でないと?」


「そうだね。ヨウさんは変態の類だったみたいだ」


でもねスターロットさんや。それを言われたらこっちとしては認めざるを得ないのですよ。


「俺が変態かどうかは置いておくとしてさ。俺にも妹がいるからお兄さんの気持ちは分かるよってことだよ」


「そうなんですか?だったら最初からそう言えば良かったじゃないですか」


「…………うん、ソウダネ」


言わせてくれなかったのは誰だったか…。


「そうなんですか。変態紳士のヨウさんに妹がいたなんて思えないですね」


「なんで?」


「妹がいたならあんな悲ししい事件は起きずに済んだのに。と思いました」


「キミ、結構根に持つね?まぁ、うちの場合妹が突撃してくることの方が多かったからな。いわゆるブラコン?」


「…………お互い苦労しますね」


この日、初めてスターロットと分かり合えた瞬間だった。


「では、ヨウさんも私と同じような理由でここに?」


「いや、気づいたら知らない場所……つまりこの街に飛ばされてて、帰れなくなって困ってたところをルールさんのご厚意でここに」


「帰れないって大丈夫なんですか?」


「大丈夫ではないと思う。でもあいつもそろそろ兄離れが必要だろうしいい機会だったと思うよ」


スターロットが意外にも俺の心配をしてくれていることにの驚いた。

第一印象が最悪だったから嫌われてるんじゃないかと思っていたけど、意外に優しい子なのかもしれない。


一通り自己紹介を済ませると、俺たちは同居するにあたっての取り決めをした。


一、部屋に入る時は必ずノックすること


二、風呂は女子優先


三、共通で使う物は二人で相談して買うこと


四、ペット禁止


五、食費は分担して払うこと


六、人を招くときは事前に連絡すること


七、家事は当番制でやること。どうしてもできない時は事前に連絡を入れること


八、何か不都合があったらその時に相談して取り決めを決める


だいたいこんなものだ。

そう言うわけで、今日は歓迎の意を込めてスターロットが夕飯当番をしてくれるらしい。


可愛い女の子の手料理を頂けるなんて、それだけで異世界に来た意味はあった。


ちらりと台所を覗くと、可愛らしいピンクでフリルの付いたエプロンが揺れていた。


手つきも危なっかしいところはなく、テキパキと作業をしていく。


しばらく観察していると、作業は仕上げに入っていったので、俺は居間に戻ることにした。

そして料理が運ばれてくるのを待つ。


「お待たせしました」


少ししてスターロットが料理を運んで来た。

サラダと鳥肉の丸焼き、それ以外にも豪勢な料理が並んでいる。

肉の焼けた匂いが鼻腔をくすぐり、腹の虫がなく。


「食べていいの?」


「どうぞ、そのために作ったんですから」


初めての女の子の手料理。

緊張で震える手を抑えながら料理に手をつける。

まずはこんがり焼けた肉からだ。

そして、料理を口に入れる。


あ、美味しい!


そう思った瞬間に俺は…………意識を失った。



ーーシャルロット・スターロットーー


「ど、どうですか?」


初めて男性に手料理を振る舞った。

いや正直に言えば、人に料理を振る舞うのはこれが初めてだ。


実家にいた時は家の人間が作ってくれていたから料理なんてする必要がなくやったこともなかったから、私が料理を始めたのはまだほんのつい最近。


誰かに料理を作るなんてやったことはなかった。

だからこそ彼の口から出てくる感想がとても気になった。


けれど、いつまで経っても感想が出てこない。

フォークを持ったまま動こうとしない。


「あ、あの……ヨウさん?」


返事はない。

というか反応そのものがない。

まるで死んでいるかのように。


「ヨウさん?」


何気なく肩を揺さぶると、全く受け身を取ることなく、頭から転げ落ちていった。


「……え?ヨウさん?ヨウさん!?」


なんども揺するが反応はない。

よく見ると白眼をむいている。


このままでは私は殺人になってしまう。

どうしよう。

悩んだ挙句、私はルールさんを呼び出した。


「大丈夫よぉ。気を失ってるだけ見たいだからぁ」


結果的にルールさんを呼んだのは正解だった。

先走って彼を埋めていたら本当に殺人犯になるところだった。


「でも、なんで急に気を失ったんでしょうか?やっぱり疲れていたのでしょうか?」


「多分それもあると思うわぁ。でも、直接的な要因は違うんじゃないかしらぁ。例えばヨウくんは気を失う前に何をしたか覚えてるぅ?」


「何って私の料理に口をつけたくらいですよ?」


それを聞いたルールさんは珍しく鋭い目つきで私の料理を睨んだ。

そしてしばらくそうした後に、表情を緩めたルールさんが言った。


「これが原因ねぇ」


その原因は私の料理そのものだった。


「シャルちゃんもしかして味付けの時に魔法で誤魔化してないかしらぁ?」


「な、なんでそれを……」


思えばバレるのも当然だ。

ルールさんはこの街一番の占い師。この程度の細工は簡単に見抜くだろう。


そう私は仕上げで魔法を使っている。

これは初めて料理した時の事だった。


初めて作った料理ははっきり言って不味かった。

それはもう、食べながら泣いてしまうほどに。


けれど、試しに魔法で味を誤魔化したら美味しく食べることができた。

それ以降私は料理の仕上げで魔法を使う。


でもそれが原因とはどういうことなのだろう?


「実は今日、ヨウくんを占ったのぉ。でもねぇ、靄がかかったようによく見えなかったのよねぇ」


「どういうことですか?」


「これは私の憶測なんだけどぉ、多分ヨウくんは魔法が効きづらい体質なんじゃないかと思うのよぉ。だから完全に誤魔化しきれなかったんじゃないかしらぁ?」


ルールさんが言うのならきっとそうなのだろう。

知らなかったとは言えヨウさんには悪いことをした。


私は床で横たわる彼に両手を合わせた。


知らずに着替えを覗いてしまったヨウさんの気持ちが少し分かったような気がして、彼に少し親近感が湧いたのだった。


そしてふと気がついた。

それって私の料理の味でヨウさんは………………。

うん、考えるのはやめよう。


私はそれ以上は考えないようにしたのだった。



〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜



「猫をぉ、探してきて欲しいのよぉ」


「はぁ」


スターロットの料理で意識を失った翌日、俺はルールさんの元を訪れた。

約束の仕事だ。


「でぇ、これがその猫の写真よぉ」


受け取った写真には笑う猫耳の少年が写っていた。

そう、どう見ても少年だ。

俺が知ってる猫とは全然違うんじゃないかしら?


「猫、ですか?」


「猫、よぉ」


「なんか俺の知ってる猫とは違うみたいなんですが。具体的には俺はてっきり四足歩行の小動物だと思ってたんですが」


「細かいことは気にしちゃダメよぉ。笑って明日を向かいえたいでしょぉ?」


ルールさんの笑顔が怖い。

これ以上突っ込んだら命の保証はできないぞって顔だ。


「猫、でしょぉ?」


「……猫ですね」


命が大事だった。

ごめんなさい。

だって怖いんだよ、ルールさんの黒い笑顔。

不老不死の魔王だって裸足で逃げ出すね。


「でも、俺はこの街について全然知らないわけで、猫探しなんてうまく出来るとは思えないんですけど」


「そこは大丈夫よぉ。一応付き添いをつけるからぁ」


「付き添い?」


「えぇ、ここのアルバイトはヨウくんだけじゃないのよぉ」


言われて周りを見渡すが、この部屋には俺とルールさん以外にはいない。

他にアルバイトと聞いて思い浮かぶのはやはりステラ姉。

あの人ならば内面はともかく仕事はできそうだからこっちとしても安心だ。


「あぁー、安心してるところで悪いんだけどぉ、ステラちゃんじゃないわよぉ?」


………そうなんだ。

ちょっとガッカリだ。

楽して仕事ができると思ったんだけどな……。


「ヨウくんの同伴するのはこの子よ。ウォレットちゃぁん」


「はい」


ルールさんが名前を呼ぶと給湯室の方から女の子のが現れた。

年は俺やスターロットさんくらいで、金髪童顔だ。

身長が低いわりには大きなおっぱいが高らかに主張している。

おっぱいサイコー!


「……あの、ルールさん。なんだか彼から邪な気配がするんですが」


「多分ウォレットちゃんのおっぱいに視線を奪われているのよぉ」


「お、おっぱいとか言わないでください!」


ウォレットという少女は顔を真っ赤にしてルールさんに噛み付いた。

いや、物理的にではなくね?

というか、そんなに恥ずかしいなら言わなきゃいいのに。


「貴方もいい加減お、おっぱいを見るのやめてください!」


怒られてしまった。

女の子は視線に過敏に反応するというのはどうやら本当だったらしい。

でも仕方ないと思うんだ。

だって、おっぱいが大きいんだもの。

俺の周りはみんなヒンヌーだったから新鮮なんだよ。


「ヨウくん〜、あとでゆっっくり話しましょぉ」


背筋に悪寒が走った。

ルールさんがいつもの温厚な表情を崩し、真剣な表情で俺を見ている。

これはあれだ。胸が小さいのを気にしてる感じだ。


「うふふふふぅ」


やばい。ルールさんに機嫌が目に見えて悪くなっている。

何かフォローしなければ。


「で、でもルールさんは美人で包容力があって優しくって笑顔が素敵ですよね!」


「あらぁ、嬉しいことを言ってくれるわねぇ」


よかった。とりあえずは機嫌を直してくれたようだ。


「それで、その人は?」


俺は完全に放置してしまっていた少女に話題を戻す。

急に話を振られた少女は思い出したかのように自己紹介を始めた。


「ウォレット・アヴェンジーです。今日からツユリさんの教育係になります」


「俺のことは知ってるんだ?」


「今日から一緒に仕事をすることになる相手を知っておくのは当然ですから」


なんというか、態度が冷たく感じるのは俺だけだろうか?

ルールさんに対しては親しみのようなものを感じるのに、俺に対してはツンツンしている。

そりゃあ初対面でおっぱいガン見した俺が悪いけれど…。


「言っておきますが、足手まといになるようなら遠慮なく見捨てますから」


訂正、態度が冷たいなんて生易しいものじゃない。これは俺、ウォレットに嫌悪されてるわ…。


「うふふふふぅ、仲良やれそうでよかったわぁ」


「え?待って、仲良く見えるの?ねえ!仲良く見えるんですか!?」


「それじゃあウォレットちゃん、あとはよろしくねぇ」


「はい、ちょっと行ってきます」


「よろしくねぇ」


「待って、仲良く見えるの!?ルールさん!」


必死の訴えも無視されて、俺はウォレットに耳を引っ張られて外に出る。


あぁ、先が思いやられるよ…。

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