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ではヨウくんも恋をしていたということですか?


「で、今度は何の用だ?」


事務所にやって来たのは、あの事務所内で変態と話題の勇者、クロウ・メニア。

初めて来た時と変わらない装備で俺の前に座っている。


「実は最近彼に会えていないんだ」


「知らん」


どうもこの変態は落ち込んでいるらしい。

かくいう俺も今日は正直気分が優れない。

いや、体調が悪いというわけではない。

ただ、昨日の夜からシャルが妙に俺に対して冷たいのだ。

可愛い妹分から冷たくされると、お兄ちゃん的にはすごく辛い。

昨日はあんなに気を使ってやったというのになにが不満だったのだろう?

とか考えている内に気がつけば日が昇っており、結局一睡もしないままに出勤して来たのだ。


「そんな冷たい事言わないでくれよ!店主の言う通り彼を見守るのはやめた。でもそれ以降全く接点がなくなってしまったんだ!」


「まあ正直な所、交際とか絶望的なところまで来てるしな」


「な、なに!?なんでそんな事に!?」


どうやら本気で分からないらしい。

少し考えれば分かるだろうに。

どういう頭をしているんだか。


「なんでって、お前がストーカーになったからだよ。普通なら接触禁止レベルなのに未だに付き合えるとか思ってるお前の頭がハッピーなの。それもこれもこっちの指示を待たずに一人で暴走したお前が悪い」


「うっ」


うっ、とか言うってことはそういう自覚は多少なりともあったわけか。


「正直、こうなった以上ウチではもう解決はできない。次にお前がエルマくんを訪ねればまず通報されると思う。この間話した時にそういう話もしたからな。というわけで、ウチはもうこの案件を降りようと思うんだけど、そっちとしてはどう考えてる?」


「そう………だよな。自覚はあったんだ。こんなの変態の所業じゃないかって思ったことは一度や二度じゃない。でも、やめられなかったんだ!俺は彼を見ているだけで幸せを感じられたんだ!…………そうだよ、こうなったのは全て俺が悪い。間違いなく俺の責任だ。だからここの事を悪くは言わない。むしろ店主はこんな俺のためにいろいろ考えてくれたんだ。恨むなんて筋違いさ」


そう言って勇者は一度言葉を区切った。

そして自嘲気味だったその顔を真剣なものにして結論を言った。


「今回の依頼、取り下げさせてもらいます」


こうして、俺たちと変態勇者の契約は破棄された。


「でも俺は諦めない。これからは自分の責任で、自分なりにアプローチをかけていくつもりだ」


「そうか。一つアドバイスだ」


「?」


不思議そうな顔の勇者に、俺はドヤ顔を向けて言い放った。


「こういう時は、とりあえず土下座して許してもらうのが一番だ」


シャルを相手によくやる方法。

相手を怒らせてしまった時の対処法。

まあできるかどうかはプライド次第。

許してもらえるかどうかは運次第ってところだけど。

でも、とりあえず謝るのが一番いい。


「……そうだな。そうしよう。いろいろありがとな」


そう言って、男クロウは事務所を立ち去った。

後に残るには静寂だった。

一人の男のひとつの失恋。

それでもその後ろ姿は逞しく、まさに勇者の風格だった。


「いっちゃいましたね」


ステラ姉は今は見えない勇者を見つめながらポツリと言った。


「それはどっちの意味ですか?」


「両方の意味です」


分からない人のために説明すると、『言っちゃいました』と『行っちゃいました』っていうことね。


「でも、これであいつもひとつの区切りを付けることができたと思います。あいつの人生はまだまだ長い。恋だってこの恋だけじゃない。いつかあいつにいい人が見つかることを願うだけです」


なんか今俺いいこと言わなかった?

めっちゃいいこと言ったよね?


「そう言うヨウくんはどうなんですか?」


「ん?俺がどうかしました?」


「ヨウくんは好きな女性はいないんですか?」


「俺?俺かぁ。まあ確かにそういうのに現をぬかしてた時期が俺にもあったな……」


あれは忘れようにも忘れられぬ思い出。

永くて短い一瞬の夢。

どんな宝石よりも煌めいていた大切な瞬間。

そんなものがあの頃の俺にもあった。


「ではヨウくんも恋をしていたということですか?」


「その質問すっごい小っ恥ずかしいんだけど、答えないとダメ?」


「はい」


答えないとダメらしい。

どういう拷問なんだよ。


「中学の頃、確かに好きな人はいた」


「ちゅうがく?よく分かりませんがそうなんですか。それでどんな方だったんですか?」


「どんなねぇ」


できればこの事は誰にも言いたくないんだけどな。

思い出すだけで楽しい気分になるし、想い出すだけで辛くなる。


「その子は幼馴染だったんです。家が隣で家族ぐるみの付き合い。まあこの辺はテンプレなんですけど、俺とそいつは結構仲が良くって昔からよく遊んでました。で、中学に上がってお互いを異性として意識し始めるようになり、俺はそいつの事が好きだと気付いた」


そして中学二年に上がった春、メールで呼び出され意気揚々と待ち合わせ場所に行った。

けれど彼女は来なかった。

その日、俺の幼馴染は行方不明になった。


「俺の初恋はこんなですね。なんの面白みもない普通の初恋ですよ」


「……………そうですか。ではそういう事にしておきましょう。あら、お茶が空ですね。淹れてきます」


ステラ姉はなにか含みのある言葉を残して去って行った。

どうやら自分の事を語る気はなさそうだ。

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