本当にね。頭が切り落とされるのって意外に痛いんだよ?
「私の両親は、私がまだ四つの頃に突然失踪しました」
そんな言葉から始まった話を、俺は約一時間半かけて聞き入った。
簡単に纏めると、ドレットの中にはもう一つの人格がある。
主人格はあくまでドレット。
防御人格としてウォレットが存在するという。
四歳の時に両親が失踪したことによって、ドレットはある組織に引き取られた。
それが所謂、『暗殺者育成機関』だったらしい。
けれど人どころか小動物でさえ殺せなかった心優しいドレットは、機関の中では落ちこぼれとして扱われろくにご飯も食べさせてもらえなかった。
しばらく経って、ドレットが暗殺者として利用できないと考えた機関はドレットをストレス発散の道具にし始めた。
ドレットは殴られ蹴られ罵倒され心身ともに疲れ果て、とうとう自殺しようと考えた。
ウォレットが生まれたのはそんな時だった。
ウォレットはドレットと入れ替わり、機関の人間すべてを殺した。
そして晴れて自由の身となったドレットは、ウォレットと共に広い世界へ駆け出したのでした。
めでたしめでたし。
「ん〜、なんというか壮絶だな」
「え?あ、そうですね」
俺の言葉になぜか驚いた表情を浮かべるドレット。
何かおかしなことでも言っただろうか?
「実はこの話をするとなぜかみんな可哀想なものを見るような目を向けるんですよ」
「ま、そうだろうな。実際『可哀想』なんだろうな」
確かに可哀想といえば可哀想だ。
だけど、俺だって可哀想だろ。
いきなり着の身着のまま別世界に転移させられて、果てには殺されて。
知り合いからは『変態大魔神』だの『バカ』だの『気持ち悪い』だの言われる始末。
俺だって好きでこんな体になったわけじゃないやい!
「でも、ツユリさんは『可哀想』というより『ざまぁ』という感じの表情をしていたので」
「待って、俺はそんなに外道じゃないよ?人の不幸を笑ったりしないよ?」
まあ、心のどこかではそう思ってたかもしれないけどね。
「いいんです。ツユリさんたちにはそう思う権利はあるわけですし」
多分、俺とルールさんをウォレットが殺した件についてだろう。
そう思うと確かに思う権利くらいはあるだろうな。
「ツユリさんに至っては会うたび会うたび殺してしまっているようで………」
「本当にね。頭が切り落とされるのって意外に痛いんだよ?」
「私もウォレットさんには殺しはしないでってお願いしてるんですけど、それで今私が生きていけていると考えるとあんまり強く言えなくて」
「食べるための殺しは罪じゃないってか?それをローロちゃんの前で言えるのか?ステラ姉前でルールさんの墓の前で言えるのか?」
「それは……」
多分だけどルールさんなら許しちゃいそうな気もするけど、ここは黙っていよう。
しかし、これでウォレットと同一人物なんてどうにも信じられない。
あの笑って人を殺す(妄想)奴がこんなに罪の意識にかられるわけがないし。
「あの…せめてルールさんという方のお墓に連れて行ってもらえませんか?自己満足ですけれどお願いします」
そんな事を真剣な眼差しで言ってくれたのだが……。
「いやぁ、それはやめたほうがいいと思うよ。流石にルールさんの前でローロちゃんに出会ったら誤魔化しきれないだろうし」
ルールさんの墓の前にウォレットと同じ顔がいれば簡単にバレるだろう。
そうなったら小動物でさえ殺せなかったドレットはいとも簡単に殺されてしまうだろう。
ウォレットのことを語るローロちゃんの瞳には狂気が宿ってるからな。
「気になっていたのですが、ローロさんとは一体どなたなのでしょう?」
「ローロちゃんはルールさんの実妹だ」
「そうですか……では場所だけ教えてください。いつかちゃんと行きたいですから」
なんというか、やっぱり気味が悪い。
ウォレットの顔でウォレットの声でしおらしい表情っていうのは、毎回毎回殺されてる俺からしてみれば背筋に冷たいものが走るくらいに恐怖を感じた。
いつもと違う意味でね。
「それで、なんでウォレットじゃなくドレットとしてウチに来たんだ?」
「はい、実はようやく私の説得が効いてきたのか私に「殺し以外で稼いできなさい」と言い出しまして」
「なに?もしかして二人は普通に会話とかできるの?……というか今のこの会話が聞こえてたり」
「そんなことはありません。意識が沈んでいる時はこちらの情報は完全に途絶されますし、私とウォレットさんが心の中で会話がすることはできません」
「そっか、それは良かった」
つまりどこぞのデュエルキングみたいに「もう一人の僕」とか「相棒」とかの会話は全くないわけだ。
突然ペンダントが輝き出したりしたら流石に笑えるけど。
「じゃあどうやって話するんだ?」
「交換日記です。と言ってもメモのような物ですけれど、それを握ったまま意識交換をすれば会話は成立します」
「なんとも面倒臭いシステムだな」
会話というより一方的な伝言って感じだけど。
もしかしてそれを何回も繰り返すのか?
それはそれで面白そうなシステムだ。
「それでも楽しいですよ?だってウォレットさんは私の唯一の友人ですから」
唯一の友人って……まさかと思うけどドレットってマールと同じ感じの人?
「ぼっち?」
「あり大抵に言えばそうですね。なにせ状況が状況でしたから……」
あ、これは地雷踏んだわ。
ドレットの瞳から光が失われていく。
「ま、まあ友達なんてこれから作っていけばいいよ。手始めに今外で待ってる忠犬にでも声をかけてやるといい」
シャーリーが尻尾を振って喜んでいる光景が目に浮かぶ。
「そうさせて頂きます。それと、これからよろしくお願いします」
「ん、よろしく」
俺たちは握手した。
過去の遺恨が消えたわけではない。
けれど、それはウォレットに対してであって、ここにいるドレットにではない。
こうして俺はウォレット・アヴェンジー………いや、ドレット・アヴェンジーを再雇用したのだった。
というわけで意外と重いウォレットさんの過去話。
でも実はドレットさんが主人格と。
清楚なドレットさんと初心でクールなウォレットさん。
ちょっとキャラが薄いかもしれませんが、よろしくしてあげてください。
以上で第二十一話は終了です。




