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[ランナウェイ・フロム・グレートアイ]

 


 彼は長い、とても長い時間を待ち続けていた……待っているという自覚すらも無いままに。何を待っているのかすらも分からずに。

 彼はただ、己を創った者からの、その最後の指示を忠実に守り続けていたのだ。己の記憶回路に残る創造主の最後の姿は焦りと、恐怖に塗れていた。

 去り際に創造主は言った。今からお前にコントロールキーを託すと、そして管理AIからも切り離し孤独な番人にすると。

 そして、閉まる扉の向こうに消えた彼をいつまでも見送り続けているかのように、鋼鉄の守護者は悠久の時を開かぬ扉の前で微動だにせず過ごした。

 だが彼は辛くはなかった。それどころか安らぎも退屈も、何も感じることなど無かった──何かを感じる心など持ちはしないのだから。

 どれほどの時間が流れたのだろう、彼のニューロンに備わるタイマーはとっくにカウントを止めていた。だが彼は──ティタンは、創造主が最後に残した指示を忘れてはいなかった。己の居るこの部屋に入って来た者は誰であろうとキーを狙う侵入者と見なし、その細胞の一片に至るまで撃滅する。


 そしてその日、この部屋に近づいてくる存在を敏感に感じ取った瞬間からティタンは、その歪つな頭部に据え付けられた荷電粒子砲に火を灯していた。

 果たして開かれた扉の向こうにいる存在が誰かを認識するよりも早く、頭部にあるたった一つの眼から赤白い閃光を──その死の熱を一直線に解き放った。




「ぐ……ああああああああ!!!!!!」


 咄嗟にガントレットで防御したものの、ほとんど効果は無かったと言ってもいい。粒子砲を真っ向から受け止めたそれは一秒も保たずに表面から融解を始めていた。

 そのあまりの熱に、ヒカリの口からは絶叫とも取れるような声が上がる。


「だ、大丈夫かヒカリ!?」


 時間にして一分も経たずに閃光の奔流は止まった。それと同時に崩れ落ちるように膝をついたヒカリにガロン達が駆け寄る。


「ぐっ、うぅ……」


 呻くヒカリの右腕──ガントレットは脆くも溶け落ち、所々覗く生身の身体は醜く焼けただれたいた。あと少しでも粒子砲の直撃が長引いていたなら、間違いなくヒカリの右腕はこの世から消滅していただろう。


「ひ、ヒドい……ヒカリ……」


「だ、大丈夫だ……!それよりも油断するな!奴はまだ……」


 息を飲むツカサの言葉を遮り、ヒカリは目の前の鉄塊に目を向けさせる。優に大人三人分はあるような、巨大なソイツは今まさにその左腕をこちらに向けていた。

 次の瞬間、その腕の肘のあたりが火を吹き、鉄の拳がこちらに向かって凄まじい速度で吹き飛んでくる。


「させっかよぉ!!」


 気合い一喝。膝をついたまま動けぬヒカリの前にガロンが立ち塞がり、巨拳を真正面から受け止めようとしたのだ。


「だ、ダメだガロン!避けろ!」


 ヒカリがそれを止めようとするが、時すでに遅し。飛来した拳は、待ち構えるガロンの上半身に吸い込まれるかのようにぶち当たった。


「ぐうっ!?」


 四人の中で一番の膂力を誇るガロンと言えど、その巨拳をマトモに食らってはタダでは済まない。吹き飛ばされこそしなかったものの、骨が折れるような音と共に衝撃で数歩分押され、口からは血反吐が溢れ出た。

 打ち出された拳が、肘から伸びる鉄の縄によって巻き取られるように番人へと戻っていくと共に、ガロンは力尽きるように俯せに倒れる。


「……ガロちゃん……!」


「ガロン……!!」


 涙目でガロンに駆け寄るリュナの後ろでヒカリは、そんな場合では無いと解りながらも焦りと後悔の念に苛まれていた。

 今この状況に陥っているのは紛れもなく自分の責任だ。皆の忠告を聞かず、焦りに任せて部屋に突入した己の。


「これ以上やらせないわよ……!」


 その時、不意にツカサが鉄塊の前に躍り出る。その両手からは霜の様な冷気が漂い出ていた。


「リュナちゃん!私が動きを止めたらここを塞いで!」


「うん……!」


 言うが早いか、ツカサはエヌエムを全開にする。両の手から溢れる冷気は空気中を伝い、鉄の番人へと向かった。

 プロトの時の経験ゆえか。今回はその力を相手の全身ではなく、その関節のみへ集中させる。上手く操れる自信は無かったがやるしか無い。


「……お願い!」


 祈りが通じたか、敵は全身の関節から氷柱を吹き出して一瞬動きが止まった。リュナはそれを確認すると、床や壁、可能な限りの広範囲にリプレイを触れさせ一気に能力で操り巨大な壁を作り上げる。

 それは動けぬヒカリ達を番人から分断するように囲い、一時的とは言え安全な空間を形成した。


「さぁ逃げるわよ!」


「だ、だが……」


「反論は無し!今の状況でなんとかなる訳無いでしょ!」


 やられっぱなしの悔しさか、ヒカリは食い下がろうとするが一蹴される。実際問題、主な戦力足り得るヒカリとガロンが行動不能で、敵はいまだに底が知れないとあれば当然と言えるが。


「リュナちゃんは頑張ってみんなを乗せる籠か何かを作って!ヒカリも、まだ足は動くでしょう!?ブレイダーでその籠を押して外まで行くのよ!」


 ツカサが次々と指示を飛ばす。

 何れにせよ議論の時間は無いようだ。なぜならリュナの作った壁に、番人が先ほどの閃光を発射しているのか、煌々と赤熱化しているからだ。

 対抗してツカサが全力で壁を冷却しているうちに、リュナが最後の気力を振り絞って荷車の様な籠を作り上げる。それにヒカリが残った左腕でガロンを担ぎ入れると、疲労困憊の表情のリュナも乗り込んだ。


「ツカサ!お前も!」


「わかった!」


 最後の駄目押しにと、壁全体が氷に包まれるような出力でエヌエムを解放し、ツカサも籠に入る。

 それを確認したヒカリはブレイダーを脚に出現させ、左腕で後ろから荷車を押すような体勢を取った。


「行くぞ!しっかり掴まってろ!!」


 ブレイダーのチェーンソードを全速力で回転させると、金属同士が擦れ合うようなけたたましい音を立ててヒカリと荷車は階段を駆け上がった。

 右腕の痛みに耐え、そのままヒカリは三人を乗せた荷車を遺跡から何とか外へと運び出す。


「追っては……来ないのか」


 振り返り薄暗い遺跡内をしばし見つめるが、何かが動くような様子は無い。

 籠の中ではガロンだけでなく、限界以上にエヌエムを使用したツカサとリュナもいつの間にか気を失っている。


「何とか逃げ切れたか……」


 そう呟いてから、ヒカリは悔しさに顔を歪めた。そう、自分は逃げたのだ。

 己の責任でこんな事態になって置きながら、仲間をここまで追い込んで命からがら逃げ出したのだ。無様に。


「ちくしょう……ちく……しょ……」


 歯を食いしばって耐えていた右腕の痛みが、自責の念と共に脳内に舞い戻って来ると同時にヒカリも意識を失った──




[ランナウェイ・フロム・グレートアイ]

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