[ワンアイ道中]
ヒカリ達が大穴からワンアイ遺跡に入って五分ほど。その内部は、壁の穴から外の光が差し込んではいるものの薄暗く、床には細かな瓦礫やガラス片の様なものが散乱している為に歩行にも神経を使う様であった。
「なんだか……見覚えがあるな、この中は」
内壁は薄汚れてところどころ陥没していたりはするが、外壁同様白く塗られゼンコウで立ち寄った病院を連想させる。この場所ができた当初は清潔な空間だったことは想像に難くない。
「本当か?もしかしたらいきなりドンピシャなんじゃねぇか」
「どこで見たのかも思い出せる?」
「そうだな……多分ミヤコの研究室で調査をしている時に見た映像に、ここと似た様な光景があった」
内装もそうだが、天井に規則正しく並んだ謎の装置は─今はいくつかのガラスが割れているものの─それがあの時の映像……ヒカリがガラス管に囚われていた映像で、ちらと目に入った照明器具と同じものである事がわかった。
「似てる、ってことはここでは無いのね?」
「それはまだわからない、どんどん進んでいこう」
その言葉と共に一行はまた足を進める。
「しっかし、ここってどんくらい昔からあるんだ?」
汚れたり壊れたりはしているものの、それ自体では年代の判別がつきにくい壁を触りながらガロンが口を開く。
「なんでも、何十年も前にミヤコの人が見つけた時は既にこんな状態だったらしいわ。その時に調査も一応行われたらしいんだけど、どのくらい古いモノなのかは解らなかったんだって」
「へぇ……でも、調査済みの施設にまた来ても意味は無いんじゃ?」
その答えに、今度はヒカリが質問を投げかけるとツカサは首を横に振った。
「その時の調査では開かなかった扉がいくつもあって、大して内部の様子は解明出来なかったそうよ」
「なるほどな。ていうか、なんでツカサはそんなに詳しいんだ?」
「これのお陰よ」
ツカサは背負ったリュックから一冊の本を取り出しヒカリへ渡す。
「これは……ダイコク監修ミヤコ周辺遺跡究極図鑑?」
茶色い本の表紙には、口に一輪の花を咥えてキメた格好をしたダイコクの肖像画と共にそう書かれていた。
「そ、出発前に爺やさんが渡してくれたの。いろんな遺跡の情報が載ってて楽しいわよ」
「にしてもこの表紙、国王のオッサンも目立ちたがりだな……っと、分れ道か」
ガロンの言葉に一行は立ち止まる、前方には脇道が一本生えていた。
「真っ直ぐ行くか、右に曲がるか」
「なら真っ直ぐだな」
呟いたヒカリにガロンが答える。
「どうして?」
「右の方は奥に薄っすらと階段が見えっからな、上にあがる前に先ずはこの階を調べた方がイイだろ」
「これだけ暗いのに良く見えたな」
「夜目が効くんでな、こっからは更に暗くなるみてぇだし俺が先導して行くぜ」
「それが良さそうだな。なら俺は最後尾に着こう」
「……私が二番目になるね……」
「なら私は三番目ね、頼むわよガロン」
「任せとけ、行くぞ」
そうしてヒカリ達はガロンの先導で遺跡を更に奥へと進んでいった。
それからしばらく歩き、何度か突き当たりを曲がっている内に、ついに周囲から陽の光は消え失せてしまった。しかし、何故だか妙に完全な暗闇にはならない、壁自体がとても薄くだが発光している様にも見える為だろうか。
「なんだか肌寒くなって来たわね……」
前方のツカサが己を抱きしめるように腕を組んで身震いした。
「そうだな……それに、図鑑にあった様にどこの扉もビクともしない」
ヒカリの言葉通り、進行途中に幾つか鉄の引き戸の様なモノがあったものの、そのいずれもが頑として動かなかった。
「おい、前方にまたなんかデケェ扉みたいなもんがあるぜ」
「行ってみましょう、また開かないかもだけど」
ガロンの言葉の通り、今までで一番の大きさの扉がそこにはあった。大きさはヒカリの二倍程だろうか、見上げる高さだ。
「これも……引き戸みたいだが、取っ手すら無いな。これじゃどうやって開けるのかもわからない」
「そうね、壊して無理やり入る訳にもいかないし」
遺跡は、そのほとんどが文化的に貴重な遺産であるために、ピースメイカー絡みを除いてダイコクからは極力破壊行為はしないようにと言われていた。
「ここで一階は行き止まりみてぇだ。しょうがねぇ、階段まで戻ろうぜ」
「……たんけん、たんけん……」
一行は諦め、先ほど見つけた階段まで引き返して行く。
全員の姿が扉の前から消え、それからさらに少し経ったころ。思い出したかのように、大きな扉の上にある謎の網目状の物体から小さく音が響いた。
『…ザ…ザザ……ババ…イタル…かかくににん………よよようここそそ……ナナンババーセブ……ン……』
雑音混じりにそれが言い終わると、扉の淵に沿って、闇に染みていく様に青い光が灯る──
階段を登ると、そこは広間の様に開けた空間であった。二階全体が広々とした通路で繋がっており、窓だったと思われる穴も大量にある為に日差しも良く射し込み明るい。中には金属製の机や椅子のような物の残骸がそこかしこに床から生えている。
「ここは……昔、人が住んでいたのかしら?」
手近にあった机から、堆積した土埃を指でなぞる様にして触りながらツカサが呟く。
「そう見えるな」
「……こっちにもなにかあるよ……」
広間の奥、腰の高さ程の台で区切られた箇所を、身を乗り出して覗き込んでいたリュナが振り返る。
「厨房かな?あれなんか鍋みたいに見えるし」
隣に並んだツカサが大きな机に置かれた寸胴を指差す。
「あ〜あ、こんなもんばっかりじゃなんの収穫にもならねぇぜ。相変わらずどの扉も開かねぇしよ」
この階にも一階ほどでは無いものの扉はあったが、結果はガロンの言葉通りだ。
「まぁまだ一つ目だし、そう上手くはいかないよ」
だんだんと飽きてきたのか、ガロンがつまらなさそうに頭の後ろで手を組み椅子に腰掛ける。それを見てヒカリは苦笑するが、自分自身小さな落胆は感じていた。
「そうだけどよ……期待外れだぜ、なんかこうワクワクするような仕掛けとか罠とかあっても良さそうなモンなのによ」
ヒカリ達はグルリと二階を一周して、目立ったものも無いので元の階段の位置まで戻ってきていた。
「二階も何も無さそうだな、もう一つ上に行ってみようか」
「そうしましょ、外から見た限り三階が終点みたいだし」
再び一行は階段を登り、今度は三階へと到着する。しかし、そこには入り口としていきなり扉が設けられてしまっていた。今までのモノとは打って変わって両開きで握りも二つ付いている。
「なんだよ……まぁた開かない扉かよ、もう飽きたぜ」
そう言ってガロンは扉に手を掛け捻る。すると、握りは錆びついた音を立てながらぎこちなく回って見せた。
「ぅお!?あ、開いたぜ……」
驚きと共に扉を開けると、そこには見たことも無いような、不可思議な金属物体が壁や床に這うように伝ったいる。まるで、プロトの体内を見ているかのようだ。
「これは……なんだ?」
ヒカリの見つめる先、部屋の中央には巨大な台座の様な物が設置されている。部屋中の配線や金属は全てそれに繋がっている様だ。
不意に、その台座から点滅しながら青い光が発せられ辺りを照らし出した。
「おいおい、急に怪しくなってきたじゃねーか!」
「あの台の中央を見ろ!あれは……人か?」
楽しくなってきたガロンの横でヒカリが指を指す。その先、台座の中央では光の点滅に合わせて揺らめきながら人のような影が見えた。
そして、それはゆっくりと声を発した──
『ようこそ、ナンバーセブン』
[ワンアイ道中]終




