[少・年・王・者]
少年の頭からはガロンのような耳がピンと二本生え、弓を引き絞っている両手はまるで甲虫が如く硬い甲殻に肘まで覆われていた。
真っ青なコートの袖を肘近くまで捲り上げ、白い半ズボンと革のブーツを履いている。
「お兄ちゃん!」
庇われるように、リュナにぎゅっと抱き寄せられたメイが叫ぶ。やはりあれが兄か。
「おい!いきなり危ねぇじゃねぇか!」
「うるさい!誰だお前たち!」
先ほど肝を冷やしたガロンが怒鳴るが、まるで応えてないように叫び返してくる。
「ちょっと待って!あなたメイちゃんのお兄さんなんでしょ?」
「それがどうした!妹に手を出したら許さないぞ!」
見かねたツカサが割って入るが、聞く耳持たずだ。子供ながらにこの人数相手にいきなり矢を射ってくるあたり、頭に血が昇ってしまったのだろう。
「だから待てって言ってんだろ!俺らはお前に置いてかれたこの娘を助けてやってただけだ!」
自分が置いていった自覚はあったのか、少年は痛いところを突かれた様な表情になった。
「……そうなのか?メイ」
まだ弓を引き絞ったままだが、その表情のまま、未だにリュナの陰に押し込まれている妹に視線を向け問い掛ける。
「本当だよ!だから木から降りて、ガロンさんにゴメンナサイして!」
「……」
メイが兄に対して物怖じすることなく叱るように言い放つと、少年は渋々といった感じで木から飛び降りる。
「その……早とちりで攻撃して悪かったな……」
「ちゃんと謝ってよお兄ちゃん!」
気恥ずかしげに砕けた言い方をする兄を、隣に歩みでた妹がまたも叱りつける、二人で居るときは妹の方が気が強い様だ。
「ったく……まぁ良いぜ、幸い怪我もねぇしな。だがもう妹から目を離すなよ」
兄妹の並び立つ姿に何か思うところがあるのか、ガロンも文句を言い続けるようなことはせずに許してやる。
そんな少年の前にヒカリは膝をつき、目線をあわせた。なんとなくそうした方が良い気がしたからだ。
「君の名前は?」
「オレはオージャだ。本当は知らない奴に名乗っちゃいけないって村のジジババには言われてんだけどな、妹が世話になったから特別だ」
並んだ二人の服は下地だけでなく、施された独特な刺繍も同じだった。民族的な伝統でもあるのだろうか。
「メイちゃんとオージャ君か、俺はヒカリ、よろしく」
ヒカリに続いて、他の三人も名乗る。
「村の外の人間と話すの初めてだ、オレ」
全員の名前を聞き終えたオージャは、何処と無くワクワクした表情で語った。
「そうなの?」
「村から出ちゃいけねぇって言われてっからな。それじゃつまんねぇから、こうやってよく抜け出して探検してんだ」
「なら帰らなきゃダメじゃない、メイちゃんも見付かったんだし」
そう言うツカサはまるで姉の様だ、少なくともヒカリにはそんな風に見えると思った。
「え~、せっかく抜け出したのに、それじゃつまんねぇよ」
「……ワガママ、言わないの……」
ツカサに負けじと詰め寄るリュナの、その謎の圧力にオージャはたじたじとなる。
「うー……わかったよ、じゃあ今日のトコは帰るぜ」
「それが良い、二人だけで帰れるか?」
「大丈夫だ。この辺は危険な動物もいねぇし、オレの庭みたいなもんだぜ」
その庭で妹を見失ってるんだが……ついそう思いヒカリ苦笑する。
「じゃあ安心だな、気をつけて帰れよ」
「……ちゃんとお手手繋ぐんだよ……」
「そんな恥ずかしいことできっかよ!アンタらも、もし俺の村に寄ることがあったらこの礼はするぜ」
リュナの言葉を、頬を少し赤らめて断るとオージャはメイを連れてヒカリ達に背を向け歩き出した。
「なんか、慌ただしい子だったわね」
「兄妹か……俺にもいるかな?」
離れて行く二人の背中を見ていたヒカリが呟く。
「さぁね……でも居たらかなりのしっかり者よ、きっと」
「なんでだ?」
「兄妹はどっちかがどっちかの欠点を補うって言うのよ、アンタはヌケてるからね」
「そうかなぁ……」
ヒカリはその言葉に首をかしげる。そんな自覚は無いのだが……
「さ、気を取り直して遺跡の調査といこうぜ」
「そうね、とりあえず正面の一番大きい建物から入ってみようか」
ツカサの指差した先の建物は三階建て程の高さで、目の前の壁にぱっくりと大穴が空いていた。その先は暗くて良く見えない。
「……怪しい匂い……」
「もしかしたら一発目からピースメイカーと出くわすかも知れない、気をつけて行こう」
四人は気を引き締め直し、大口を開けたように空いた壁の穴から異質な建築物へと侵入していった。
[少・年・王・者]終




