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[レポート・オブ・アフターフライトスネーク]

 


 暗い部屋の中央に置かれた長机の上で蝋燭の炎が揺らめく。ここは惑星アトムの何処かにあるピースメイカーの本拠地。

 その内部は、巨大な柱が遥か高い天井まで規則正しく無数に立ち並び、床に描かれた荘厳な絵画もあってか何処と無く神秘的なモノも感じさせる。


「試運転の方は如何でしたか、プロト」


 一つの大きな扉を開けてプロトとウランが入室してくる。閉まるドアの奥では、巨大な鉄塊が静かに鎮座しているのが見えた。


「上々だ、あのドンパ種の男を少しは見直してやらねばならん。なぁ、ウランよ?」


「冗談じゃないわ……誰がアクロバット飛行や世界一周旅行がしたいなんて言ったのよ……」


 何処と無く上機嫌なプロトの横で、ウランはグッタリとしながら答える。


「あんなもので音を上げるとは、しばらく闘争から離れていたせいで体が鈍っているのではないか?」


「あのねぇ、私はアンタやチェルノと違って頑丈に作られてないの!ちょっとはレディに気を使ったらどう!?」


 イラつくウランが反論する度に、暗い部屋の中で蛇のような黄色い瞳が揺らめいた。


「ふん、誰よりもしぶといエヌエムを持っている癖に良く言えたものだ」


「お二人とも、そこまでにしましょう。貴方方がY-Burn(ワイバーン)でこの星を一周している間に、導師から新しい情報が告げられています」


 言い合いに発展しそうなところを、読んでいた本をパタンと閉じたチェルノが制する。


「ほう、聞こうか」


「ヒカリちゃんに関する情報?」


 興味を示した二人に、チェルノは頷いてから答えた。


「彼らの一行はミヤコを出発してロマリに向かったようです」


「一行……てことはまだあんなチンチクリンの女とかと一緒に行動してるのねヒカリちゃん」


 ウランはどこか憎らしげに口調を尖らせる。組んだ腕には豊満な胸が溢れんばかりに乗っていた。


「その様です。人間の女性一人、ロウの男性一人、ドンパの少女が一人……ヒカリも含めて合計四人ですね」


「仲間が必要なほど落ちぶれるとはな……やはり”アレ”はヒカリの手元には無いと見て間違いないな、それに記憶も戻ってはいないだろう」


「でしょうね、もしどっちか片方でも持ってたらもう私達のトコまで来てるわ」


「もう一つ、気になる情報があります」


 一人椅子に座ったままのチェルノが再び本を開き、そちらに無感情な視線を移す。


「なんだ?」


「ヒカリ達が進むと思われるルート上にフュージョンの集落があります」


「それがどうかしたの?昔ならまだしも、あいつらが今更何をどうこうできる訳でもないでしょ?」


 興味なさげに長机に腰を掛けたウランには目もくれずチェルノが答えた。


「忘れたのですかウラン、あの集落には……いえ、彼らからは一定周期でヒカリと同じ”制御型”が生まれるのですよ」


「まさか……!」


 その言葉に反応したのはプロトの方だ。ウランは相変わらず机の上に行儀悪く寝転がっている。


「ええ、もう既に生まれていてもおかしくは無い時期です。例え小さな子供だったとしても、制御型の個体がヒカリに出会うのは……」


「……マズイわね」


 寝転んだままでウランが深刻なトーンでチェルノの言葉を受け取る。その時、プロトが不意に笑い出した。


「どうしたのですか?」


「何を気にする必要がある、俺がワイバーンでもろとも灰にしてくれるわ。フュージョンの奴らには個人的な恨みもあるしな」


「アンタ、まだあの時のこと気にしてたのね……」


 苦々しげに、そしてどこか愉悦を含んだ様子のプロトに対してウランは呆れ気味に返す。


「当たり前だろう、当時の制御体にしてやられたせいで長きに渡りワイバーンは使用不可能だったのだ。その借りは奴の子孫で晴らさせてもらう」


「はぁ……まぁ好きにしなさいな」


「私も賛成です、我々の中で一番臨機応変に動けるのはプロトとワイバーンですので。それに今回の件、導師からは我々で判断して動いて良いとも言われていますしね」


「よし、そうと決まればワイバーンの補給が済み次第発進する。お前も来るのだウラン」


「えぇ……アンタと乗るのもう嫌なんだけど……」


 全員の同意を得たプロトからの命令染みた誘いに、当然ウランは乗り気でない様子だ。


「操縦できるのが俺しかいないのだからつべこべ言うな。してチェルノよ、補給が済むまではどれくらい掛かる?」


「そうですね、だいたい一週間程でしょうか」


 プロトの問いに、数瞬考えてから答える。生真面目なその脳内で補給完了までの時間について凄まじい演算が行われたことは他の二人も気付かない。


「なんだと、そんなにか」


「アンタが調子に乗ってスッカラカンになるまで飛ぶからでしょ」


 机上で横になった姿勢のままジト目で睨みつけてくるウランに、プロトは金属が擦れる様な音を返す。恐らくは舌打ちであろう。


「ヒカリ達がフュージョンに立ち寄らない可能性もあります。もう少し状況を見てからでも問題無いでしょう」


「なら私はしばらく研究室に篭るとするわ、あの子達の量産も最終段階だしね」


「フォルンシリーズか、あんな劣化品等に頼らずとも俺とワイバーンがあれば充分だろうに……」


 己を模して作られた、いわば贋作達の存在をプロトはどうしても受け入れられなかった。


「文句言わないの。導師からの命令だし、私の趣味でもあるんだから」


 机から下り、自室兼研究室である一室へと続く扉に手を掛けたウランにチェルノが声を掛ける。


「それで、最終的には何体ほどが使用可能になりそうですか?導師へ報告しなければなりませんので教えて下さい」


「んー、ロクに環境も整ってない中で作ってるから何%かは動かなくなるだろうし、えーと……」


 ウランはその問いかけに暫し考え込む、たっぷり一分ほど掛けると扉を開きながら答えた。


「ざっと一万体くらいかな!」


 ウランが開けたその部屋の中には、夥しい数のガラス管が並んでいた。液体で満たされたその中に一つずつ脳髄を浮かべて──



[レポート・オブ・アフターフライトスネーク]終

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