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[灰色の男、善き光の街、出会い]

[灰色の男、善き光の街、出逢い]




「思い出せない?記憶喪失ってこと?」


「そう……なんだろうか?わからん……」


 ツカサは顎に手をあて、訝しげにヒカリを見る。向こうも少し不安そうにツカサを見返した。


「じゃあなんであなたはエヌエムを使えたの?」


「エヌエム……?なんだそれ……?」


「とぼけないで、ウチのドムゥの全力疾走に追い付いてくるなんて、足を速くするような力を使ってない限り考えられないわよ」

 

「そのエヌエムっていうのがなんなのかはわからないが、俺はただガムシャラに走ってあのデカイのから逃げてただけだ。そしたら君が……そういえば君の名前は?」


「ツカサよ、ツカサ・ユウキ」


「ツカサか、ありがとう……そう、そしたらツカサの荷車が見えたから助けを求めたんだ」


「ちょっと待って、じゃあアナタはただ普通に走ってただけってこと?それであの速度なの!?」


 信じられないような気持ちで尋ねるがそれも無理は無い。

 全力疾走するドムゥに己の身体能力だけで追い付ける人間など、恐らくはかなりのアスリートか鍛えぬいた軍人くらいのものだ。それもかなり一握りの。


「ふざけないでよ!こっちはアナタのせいで本当に恐い目にあったんだからちゃんと答えなさい!」


「それに関しては本当に悪かったと思ってる……ただ一時間近く全力疾走してて本当に限界だったんだ」


 ヒカリを睨み付けていたが、しばしすると呆れたような疲れた表情とともに肩の力を抜いた。


「わかったわ……じゃあ質問を変えましょう。アナタが思い出せる一番最初の記憶はなに?」


 ヒカリはしばし考えるような表情を浮かべたが


「ダメだ、いくら思い出そうとしても今日以前の記憶が無い……それにしたって砂漠で目が覚めてからはあのデカイのに見つかって逃げ始めるまでほんの少し歩いたぐらいだ……」


「つまり完全になにも思い出せないってわけね……目が覚めた時に周りになにかなかった?」


「いや、特になにも……強いて言えば周り全部を砂の山で囲まれてたくらいだ。けっこうな高さだったが越えるのに苦労するほどじゃ無かったし……」


 ツカサは少しだけヒカリを見ると、美味そうに草を食むドムゥのほうに歩いた。


「わかったわ、これ以上ここで考えても仕方なさそうだし街の医者に見てもらいましょ?アナタには何の借りも無いけどここに置いてくのも可哀想だしね」


「そうか、それは助かる。ありがとう」


「いいのよ、どうせ私も街に行く途中だしね」


 ドムゥを木から離し、荷車に括ると御者席に乗り込む。


「ほら隣どうぞ、行きましょ」


「ああ、ありがとう」


 ヒカリがツカサの隣に座ると、鞭が入れられドムゥは街に向かって歩きだした。





 荷車に乗りながら小一時間ほど二人は話していた。街まではあとほんの少しの距離である。

 ツカサはこの大陸での基礎的な知識をヒカリに尋ね、ヒカリがわからないようであれば教えていた。


「まさかグレート・ファイアまで知らないなんてね、子供だって知ってるのに……じゃあ食事とかトイレとかの、生活に必要そうなこと以外は本当になにも覚えていないわけね」


 グレート・ファイアとは遥か昔に起きた大災害の名だ。先ほど砂蟲と出くわした砂漠を生み出し、エヌエムをこの世界に造り上げたという話が一般には信じられている。


「そうなるな……1つ聞いてもいいか?」


「なに?なんでも聞いて」


「さっきツカサが言っていたエヌエムってなんだ?」


「そっか、そんなことも覚えてないのね」


 ツカサはふぅ、と息をついた。


「生きる上で絶対に必要だから覚えておきなさい。エヌエムっていうのはどんな生き物でも使える能力……というか技術なの」


「技術?」


「そう、原理はよくわかってないけど生き物は全て何かしら特殊な現象を起こせるのよ。例えばこのドムゥは一定時間だけ自分の筋力を増やしたり、私の一族は代々モノを凍結させることができるわ」


「凄いな、だが皆が皆そんな能力を持ってると危険じゃないのか?」


「そんなことないわ、もちろん各々できることに差があるから強力なエヌエムを使える人が犯罪に走ることもあるにはあるけど、だいたいの街は警察機構がしっかりしてるし。犯罪なんかしなくても凄いエヌエムが使えればそれだけで就ける仕事は山のようにあるわ」


「なるほどな、つまり社会に対する不満が少ないわけか」


「そう、それでもたまに頭のオカシイ人は出てくるけどね」


 不意にツカサはヒカリに顔を向ける。


「つまり、アナタもなにかしらのエヌエムを使えるハズなのよ」


「そうなのか?記憶が無いから何とも言えんが……心の中になんというか、確信みたいなものがあるんだ

 俺には使えないっていう確信が」


「なによそれ……そんなはず無いわよ、上手い下手はあるにしろエヌエムが使えないなんていう例外なんか聞いたこと無いもの」


「そうは言っても俺は自分のエヌエムがどんなモノなのかも、どうすれば使えるのかも知らないんだ。それでは結局、俺には無いのと変わらないんじゃないか?」


「うーん、まぁ使える力によって使い方も変わるから私のは参考にならないだろうしなぁ……」


 その時、鬱蒼とした森林の道を黙々と歩いていたドムゥが不意に足を止め天に向かって大きく吠えた。


「ん、いったいどうした……」


「しっ!静かに!」


 制止されヒカリは言葉を止める。

 ツカサの顔を見やると、緊張した面持ちで周囲を警戒しているようだった。


「私の家のドムゥは危険を察知すると吠えるように訓練してあるの、私たちにはわからないような危険でも事前に知らせてくれる」


「つまり今、俺たちに危険が迫っているということか……?」


「もしくはもう巻き込まれてるかも……」


 その時、ザワザワと周囲の木や茂みが音をたてて揺れる。

 何事かと周囲を見渡すと茂みの中からゾロゾロと、獣のような尖った耳が頭から生え、全身を毛に覆われてはいるが二足歩行をする。人のような獣のような、少なくともヒカリには既視感の無い生物が現れた。


「なんだ、アイツらは……」


 小声でツカサに尋ねる。


「そっか、それも覚えてないのね……アイツらは"ロウ"っていう人種よ、獣と違って知能はあるけどこういった森に住んでるのはだいたいは盗賊ね……」


「なるほどな……つまりコイツらの狙いは後ろの荷か……」


「たぶんね、でもこんな街の近くで活動している盗賊団なんて聞いたこと無かったんだけど……」


 その時、荷車の正面に腕組みをしながら立ち塞がる一番体の大きい灰色のロウが口を開いた。


「内緒話はやめてくれねぇかな?」


 凶暴さを滲ませる声を発したロウの体には革で作られたと思われる簡易な鎧が纏われていた、恐らくはこの荒くれたちのリーダーなのだろう。

 ギラついた目でこちらを睨み付け、威圧感を漂わせながらそいつは更に続ける。


「兄ちゃん達よ、俺らの要求はわかるだろ?余計なケガをしたくなけりゃ荷物を渡しな!」


 やはり狙いはこの荷か……自分の運の悪さを呪いながらツカサは答えた。


「アナタたちは何者なの?こんな街の近くで盗賊行為なんて正気の沙汰じゃないわ!」


「まぁこっちにも事情があんのよ姉ちゃん、俺らはヴァロン盗賊団、名前くらいは聞いたことあんだろ?」


「ヴァロン盗賊団ですって?嘘をつかないで!団長のヴァロンはもっと老齢のハズだわ!」


「引退したのさ、今は息子の俺が団長をやってんだ」


 コイツは今ウソをついた、ヒカリは直感した。何故かはわからないが自分にはコイツの嘘を見抜けているという確信があった。


「ヴァロンに息子がいたなんて聞いたこと無いわよ!」


「事情があるって言ったろ姉ちゃん?さぁ、下らねぇ御託はもう充分だ!大人しく身ぐるみ置いてくか、それともケガしてぇのか!」


 悔しげに荷車から荷を降ろそうとするツカサに、ヒカリが小声で話しかける。


「ここまで来たのに渡してしまうのか?街はすぐなんだろう?」


「渡すしか無いでしょう?私のエヌエムはコイツらに抵抗できるほど強力じゃないし、もしできてもこの人数相手、ケガじゃ済まないわよ」


「なるほど、確かにその通りだな……では俺がなんとかしてみよう」


「は?ちょ、ちょっと……!」


 ツカサが止めるより先にヒカリは荷車から飛び降り、団長のロウに向かって歩き出す。


「アイツ、やっぱり頭打っておかしくなったんじゃ……」


 心配を他所にヒカリは団長の前に辿り着いてしまった。二人の体格差は大きく、エヌエム抜きで戦ったとしてもヒカリが負けるであろうと予感させる。


「また内緒話をしてたかと思ったら俺になんの用だ?えぇ?」


「頼みがあるんだが、ここを通してくれないか?あの娘は大変な思いをして荷物を運んできたんだ、まぁ俺のせいなんだが」


「は?」


「お前たちも盗賊なんてしてないで街で働いたらどうだ?就ける仕事は山の様らしい、なんなら俺が仕事探しを手伝う」


 一瞬キョトンとする団長、後ろでツカサは頭を抱えてしまった。


「ク……ククッ……ハーハッハッハッ!!!」


 団長が大笑いし出すと同時に周りのロウ達も笑い出す。


「お説教したかと思ったら一緒に仕事探しときた、久しぶりにこんな大笑いをしたぜ」


「そうかそれは良かった、では通して貰えるな?」


 先ほどまで笑みを浮かべていた団長の顔が徐々に真顔になり始める。


「兄ちゃんよ、冗談も度が過ぎれば相手をイラつかせるだけだぜ」


「それは知らなかった、お前は冗談に詳しいな」


 ヒカリが団長に笑いかけるが、それと反対に団長の顔から完全に笑みが消えた。ツカサが慌てて口を挟む。


「こ、この荷物ならあげるから!ソイツ頭打っておかしくなってるのよ!大目に見てあげて!」


「それは無理な相談だな姉ちゃん、コイツは俺をおちょくり過ぎた、もう無傷では帰せねぇな」


 団長が言うと同時に盗賊団の醸し出す空気が変わる。どうしてこうなったのかとツカサは軽い目眩すら覚えた。


「野郎共、コイツらを痛めつけちまいな、男のほうは殺しても構わねぇぞ」


 盗賊団全員が牙や爪を剥き出しにしてジリジリと近づいてくる。

 そして正に飛び掛かろうという瞬間、ヒカリが薄く笑った。


「やはりお前は冗談が好きなんだな、さっきもそうだがお前は嘘をついている。理由は知らないが、お前らは誰かの命を奪ったりはしない」


「兄ちゃん、本当に死にたいらしいな……野郎共、コイツからやっちまえ!」


 団長の号令と共に、四人の盗賊が一斉にヒカリ目掛けて飛び掛かった。ツカサは凄惨な光景を見まいと目をそらす。

 殴打音が数度響き、誰かの倒れるような音がした。


「………?」


 てっきりあの馬鹿の叫び声なり命乞いなりが聞こえると思っていたが、それらしい様子がまるで無いので恐る恐る目を戻す。


「て、てめぇ……只者じゃねぇな……!?」


 驚きの表情を浮かべる団長と、依然として立ち尽くすヒカリ。

 しかしその後ろには、ヒカリに飛びかかった盗賊団員が四人とも地に伏している。


「そうなのか?体が勝手に動いただけなんだが、アイツらが弱かっただけじゃないのか?」


「なんだと……?」

 

 ヒカリの言葉に明らかに怒りを滲ませた声で返す団長。そんな二人を荷車の上からツカサは見ていた。


「アイツ、もしかしてけっこう強い……?」


 仲間を倒された怒りで今にも襲いかからんとする団員を、団長は手で制止した。


「お前たちは下がってろ、"これ以上"団員を減らすわけにはいかねぇ」


「ん?コイツらはまだ生きてると思うぞ」


「んなことは俺だって解ってんだよ、お前なかなかやるみたいじゃねぇか」


 団長はヒカリを鋭く睨み付ける。


「可愛い手下が声も出せずに倒れやがった、恐ろしく正確に急所を殴りやがったな」


「わからん、体が勝手に動いたと言ってるだろう」


「ふん、とぼけたヤローだぜ。恐らく身体能力を強化するエヌエムを使ってるんだろうが、それだけでこの状況を乗りきれると踏んで喧嘩を売ったならそれは大きな間違いだ」


 言い終わると同時に、団長の指先から獣のような鋭い爪が飛び出す。


「あの程度のスピードじゃ、部下はやれても俺は倒せねぇぞ……!」


「ッ!?」


 瞬間、団長の体がユラリと揺れた。少なくともツカサにはそうとしか見えなかった。しかし、ヒカリは慌てて後ろへと飛び退く。


「さすがに良い反応だな、そうでなきゃつまらん」


 その指先には串刺しにされた黒い布のようなモノが見えた。ツカサは一目見てそれがヒカリの服の切れ端だと気付く。


「な、なんてスピードだ……」


 額から冷や汗を流しながらヒカリが呟く。団長は爪からヒカリの服の切れ端を払い、笑った。


「やっと自分の失敗に気付いたみたいだな、大人しく荷物を渡しときゃ良かったんだよ」


 ジリジリと後退りをしながら間合いをとるヒカリ、しかし団長のスピードには悪あがきでしかないことは誰の目にも明らかだった。


「もう謝っても遅いぞ、お前をズタボロにしてやらなきゃ俺も手下も収まらないんでな」


 フ、と団長の姿が消えると共に四方八方からタタタタ……と音が響く。

 木々を蹴り足場にしながらヒカリの周囲を縦横無尽に走っているのだ。ヒカリはなんとかそれを目で追おうとするがまるで追い付けない。

 離れたところから全体を見ているツカサにも、団長が速すぎて灰色の影にしか見えなかった。


「そら!まずは左足ぃ!」


 そう言うと、団長はヒカリ目掛けて急激に方向転換をし、一瞬ヒカリと交差したように見えると次の瞬間ヒカリの左大腿部から鮮血が吹き出す。


「本当にたいした反応だ、足をまるごと引き裂いてやるつもりだったのによ」


「いってて……いや……お前はそんなことはしないさ、確かに必死で避けたがな」


 薄く笑いながらヒカリが答えると、団長の表情は完全に怒りで染まった。


「まだテメェは俺を舐めてるみてぇだな……!じゃあ次は本当に引き裂いてやるよ!」


 団長が駆け出す。さっき以上のスピードだ。


「死にさらせぇ!」


 今度こそ終わりだと、またもツカサは目をそむける。


「でりゃぁっ!!」


 団長が腕を伸ばすと同時にヒカリの声が響きわたる。

 体を捻りながら団長の腕を掴み、足払いとともに思い切り地面に投げつけ、ズドン!という音ともに背中から地面に叩きつける。

 しかし、団長も気を失ったりはしておらず信じられないといった表情をしていた。だが気をとりなおすとすぐさま起き上がりヒカリと距離をとる。


「テメェ、実力を隠していやがったのか……?」


 僅かに動揺した声で団長が尋ねる。


「いや、そうじゃない。今のだってギリギリだったが、お前は絶対に俺が死んでしまうような場所は狙ってこないという確信があった。だからこそお前が手を伸ばす位置はある程度予想ができた」


「へぇ……なんで俺がお前を殺さねぇと思ったのか聞かせてもらいたいね……」


 イラつきながら眉間をひくつかせる団長。


「わからん、わからんがお前の嘘はわかりやすいんだろ、たぶんな」


 団長は今度こそ完全にキレた。殺伐とした空気が漂う。


「調子に乗りやがって!もうわかってるだろうが俺のエヌエムはスピードの強化だ!だが出せるスピードはまだまだあんなもんじゃないぞ!」


「なにっ!?まだ速くなるのか!?」


 その事実はヒカリにとって完全に予想外であった。何かしらのエヌエムを使っていることは他の団員との桁違いのスピードからも予想は出来ていたが、さらに上があるとは。

 ツカサの言っていたエヌエムの上手い下手とはこういうことか……その事を考えていなかったのは自分のミスだ。


「今さら後悔しても遅ぇ!テメェは完膚なきまでにズタボロに引き裂いてやる!」


「くっ……!」


 ヒカリは険しい表情を浮かべ冷や汗が額を伝う。さらに速くなった団長相手にまたカウンターで戦えるか?


「だがその前に俺をおちょくった礼をしてやる!あの姉ちゃんはテメェの女だろ?アイツからやってやるぜ!」


「なっ!?」


「ちょっ!私たちは今日が初対面で…。!」


 ツカサの言葉を聞かず団長は走りだす。先ほどまでよりも更に速いスピードで。


「まっ、待て!その娘は!」


「今さら遅ぇんだよ!!」


「う、嘘でしょぉ!?」


「くっ……!!」


 突然、ヒカリの目には全てがスローモーションに見えた。

 腰を抜かして荷車の上に座り込まんとするツカサも、爪をギラつかせながら荷車に疾走する団長も。

 為す術無くただ右手を伸ばす自分も。


 場違いな既視感を覚えた。それと同時に謎の感情が胸に沸き上がる。

 また、自分は間に合わないのか。

 また、自分は遅かったのか。

 また、自分の無責任の為に誰かが傷つくのか。

 自分が一人では無いということをまた、忘れていたのか。


「やめろぉぉぉ!!!」


 そして、力が目覚めた──


[灰色の男、善き光の街、出会い・続く]

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