[ヒカリの本気]
[ヒカリの本気]
「あのヒカリという者、確かに強いな」
「ええ……ですが、本気になったヒカリはあんなモノじゃ無いですわ」
ジュリと激しく打ち合うヒカリを見て感心したようにダイコクが呟くが、ミナヅキは釈然としない反応だ。
「なに?手を抜いているようには見えぬが」
「大会でプロトと戦った時はもっとトンデモ無かったぜ。まぁ、あの時はキレちまってたみたいだが」
ガロンの言葉に、ダイコクは顎に手を当てしばし思案の表情を浮かべる。
「良い事を思いついたぞ、お主ら少し協力してもらえぬか?」
「あん?」
イタズラを閃いた時の悪餓鬼染みた顔をしたダイコクは全員に耳打ちで計画を伝え始めたーー
「くっ!攻め込む隙がない!」
「チィッ!ここまで私の刀を防ぐとは……!」
ヒカリとジュリはお互いに決定打の無いまま消耗戦を続けていた。二人とも肩で息をし、ヒカリは装備の至る所にヒビと傷が、ジュリは一度に放出できる粒子の量が目に見えて減っていた。
と、その時突然周囲に大声が響く。
「きゃー!助けてー!!」
どことなく間延びした叫びはツカサのモノだ。思わずヒカリが目を向けると、ダイコクがツカサの首に刀を突きつけている。その隣ではガロンとリュナが床に倒れ伏していた。
「ツカサ!?皆!?どういうことですかダイコク王!?」
「グハハハハ!罠にハマったなヒカリよ!儂はすでにピースメイカーの奴らと手を組んでいたのだぁ!!」
「オホホホホ!ツカサは人質にさせてもらいましたわ!」
「す、すまんヒカリ!油断しちまったぜ……!」
「……油断したー……」
大笑いするダイコクとミナヅキに、苦しげに呻くガロン。リュナはどこか変だが……
「な、なんだと……!!」
もちろんこれはヒカリを怒らせる為にダイコクが考えた演技なのだが、ツカサを人質に取られて焦っているのかヒカリには効果抜群だった。ダイコク親子がノリノリなせいかもしれないが。
この茶番は何なのですかミナヅキ姫……ジュリが呆れた目でミナヅキを見つめるが、ウインクを返されると考えを察したのか大きく溜息をついた。爺やは我関せずを決め込んだのかだんまりだ。
「さぁヒカリよ!ツカサを傷付けたくなければ見事ジュリに勝って見せよ!」
「わー助けてヒカリー」
嬉々として演ずるダイコクに対してツカサは適当さを隠そうともしない。みかねてダイコクは小声で注意する。
(ぬぅ、しっかりと演技せぬか!)
(そう言われましてもこんなのに引っ掛かるわけ……)
「くそっ!待ってろみんな!今助ける!」
(えぇ……)
しかしヒカリはすっかり乗せられてしまっていた。
(ほらほらジュリちゃん!)
明らかに気乗りしていないジュリをミナヅキが目で促す。ジュリは二度目の溜息をついた。
「はぁ……おいヒカリ、私を倒さねばアイツらを助けられんぞ」
こんなことで何が変わるとも思えんが……そう思いながらジュリはやる気なくヒカリに刀を構える。しかし……
「なら、倒すぞ」
呟きが聞こえたと思った次の瞬間、既にヒカリは間合いに居た。信じられない速度だ、地面に焼けるように刻まれたブレイダーのチェーン痕がそれを物語る。
「なッ!?」
油断しきっていたとはいえジュリが防御の構えを取ることすら許さぬ速さでヒカリの震電が迫る。
間に合わない!刀で防ぐ事を諦めエヌエムの粒子を放出し、可能な限りの最高密度で身に纏う。
「でぁあッ!」
「ぐうっ!?」
結果で言えばエヌエムでの防御は間に合った、しかしその上を伝う電流は、今まで受けたモノが只のマッサージに感じる程の強力さだ。身体を内側から焼かれるような痛みがジュリを襲う。
「こっ、この程度ォ!!」
電撃に焼かれながらもなんとか刀で切りかかる。しかしヒカリはそれを避けようともせずに、むしろガントレットで迎え撃つ姿勢だ。
「バカが!腕が飛んでも知らんぞ!」
予想以上のダメージに気を使っていられなくなったジュリはそのまま刀を振り抜かんとするが
「無駄だ」
なんとヒカリはあっさりとそれを掌で受け止めてしまう。そして……バキンッ!軽く手を捻るだけで呆気なく刀は折れた。
「チィッ!化け物め……!」
折れた刀を投げ捨てジュリは飛び退き距離を開くと爺やに目を向ける。
「爺や殿!”アレ”を!」
それを聞いたハットリは己の腰に下げた刀を無言で投げ渡す。ジュリはそれを掴むと素早く鞘から抜き放ち、逆手に持った独特の低い構えを取る。
「最上大業物……”キサラギ”!」
柄にそれぞれ紫の小さな水晶が嵌ったその刀は、見るからに異質な輝きを刀身から放っていた。まるで濡れている様なその刃に周りの人間は、こんな状況にも関わらず不思議とそれを見ずに居られなかった。
ただ一人を除いては……
「準備は終わりか、いくぞ」
全く意に介さずヒカリが仕掛ける。ブレイダーで高速接近してからの震電の一閃だ。だが……
「輝閃一刀流秘奥義……輪廻ノ太刀!」
凄まじい剣速でキサラギを振り抜き震電を迎え撃つ。しかしこのままでは先程と同じように、震電そのものは防げても電流を食らってしまう。
「ッ!?」
だがそうは成らなかった。雷の如き速さで繰り出されたキサラギは一瞬火花を散らしたかと思うと、震電の二本の雷棒を一刀の元に切り捨てた。
断ち切られた先端部分がクルクルと宙を舞うのを見てヒカリは後ろに飛び退く。
「どういうことだ……?」
「ふんっ……秘奥義の正体を易々と晒すバカがいるか」
ヒカリはジュリの刀を注視する。その表面は薄っすらと青い粒子を纏っているが、不自然に揺らめいて見えた。
「なるほど、予想はついた」
そう言い放つとヒカリは再度接近し、今度はブレイダーのチェーンソードを見舞うべく、接近速度を乗せた強烈な回し蹴りを放つ。迎え撃つジュリは刀を持ち替え突きの構えだ。
二人の間で、互いの攻撃が激突し激しく火花を散らした。
「やはり……ブレイダーと同じ性質の技だったようだな」
ヒカリは輪廻ノ太刀の秘密を早くも看破した。その正体は極限まで薄くした粒子を刀に纏うような形で絶え間なく放出し続けることにより、たとえ刀の勢いが殺されようと代わる代わる飛び出す粒子が最高の斬れ味を持った斬撃として敵を襲い続ける、確かにブレイダーのチェーンソードに酷似したものであった。
「フッ!見破ったのは褒めてやるが、貴様と違って私の刃の斬れ味が落ちることは無い!」
ジュリが一層力を込めて刀を突き出すと、ぶつかり合いによって耐久力の落ちたチェーンが糸の様に切れてしまう。そのまま刀は深々とヒカリの足裏に突き刺さり、ついには鮮血を上げて貫通した。
「ヒカリッ!」
息を飲むばかりだったツカサが思わず叫ぶ。当のヒカリは足を退くとバク転で大きく距離を開けた。
貫かれた足で二、三度地面を踏み、支障なしと判断したのか再びジュリを睨み、構える。
「もういいでしょッ!?やめさせてよ!」
「そうですお父様、これ以上は危険です!」
ツカサとミナヅキ、二人の言葉にダイコクは頷く。
「両者共もう止めよっ!戦いは終わりだ!」
しかし二人は言葉が耳に入らぬ程ヒートアップしているのか、互いにまた接近戦を始めようと近づいてしまう。
「ええいジュリまで!もう良い!ミナヅキよ、儂が動きを止めたらお前のエヌエムで落ち着かせるのだ!」
そう言い残してダイコクは、危険だからと止めようとする爺やを払いのけて二人の間に躍り出た。
「なっ!?国王陛下!?」
それに気付いたジュリが慌てて刀を戻すが、ヒカリは躊躇なくガントレットを振りかぶっている。
「縛鎖の岩壁!!」
叫んだダイコクが地面を足で激しく踏み鳴らす。するとヒカリとジュリ、二人の足元から凄まじい勢いで岩が地面から生え、見る見るうちに二人は顔だけを出して岩に埋まった形になる。
「くっ!こんな物!!」
「ミナヅキ!今だ!」
ダイコクの呼びかけに応えてミナヅキが岩から出ようと足掻くヒカリに駆け寄り、耳元に口を寄せる。
『戦いは終わり……落ち着くのですヒカリ……』
その言葉が鼓膜を通して脳に伝わった途端、頭に登っていた血が音を立てるかのような勢いで下がって行くのをヒカリは感じた。
[ヒカリの本気]終




