[ミヤコ・デイズ・4]
[ミヤコ・デイズ・4]
「意識が戻ったようだな……それで、何か納得できる申し開きはあるのだろうな?」
研究所の一室、ベッドに縛り付けられたヒカリにジュリが問う。
その隣にはミナヅキが険しい顔で立っている。
「ん……ここは……?」
「研究所の一部屋だ、また暴れられても厄介だから拘束させて貰った、記憶の戻った貴様が危険人物の可能性もあるのでな」
その言葉にヒカリは手足を確認する。ベルトと南京錠でキツく固定されており、とてもじゃないが抜け出せそうにない。
「暴れる……?俺が何かしたのか……?」
目は覚めたものの、未だに頭はぼんやりとしていた。
「チッ、お前のあやふやな脳味噌には毎度イライラさせられる」
「貴方も毎度突っかかるのはやめなさいジュリちゃん」
ミナヅキが静かに嗜める。
「はっ、しかし……」
「しかしじゃないわ、先に目覚めた研究員もさっきの事は覚えていなかったでしょう」
「あの……俺は一体何を……?」
「貴様は検査中に突然錯乱して私に襲いかかってきたのだ、そしてミナヅキ様のエヌエムで強制的に眠らされ今に至る」
「凄かったわよ、プロトと闘った時みたいな雰囲気を感じたわ」
自分がそんなことを……?
考えるヒカリの脳裏に朧げながら記憶が蘇ってきた。
「そうだ、思い出した……知らない男が目の前に来て、そいつの顔を見た瞬間……何も考えられなくなって……」
「私達が見たヴィジョンもそこまでだったわ。その後、激しく痙攣してた貴方にジュリちゃんが近寄ったら、貴方が見た事も無い武器で襲いかかったの」
「そうなのか……だが、俺にはもう少し先まで見えたぞ?」
ヒカリの言葉に二人は少し顔色を変える。
「何だと?どんな光景だ?」
「えと……あの男が目の前に来た瞬間、俺は自分が閉じ込められてたガラスを割って外に飛び出したんだ。
そして武器を……ブレイダーを呼び出してアイツに襲いかかった」
「ブレイダー、それがあの武器の名前か」
「あぁ、そして奴の首に脚を降り下ろした途端、意識が途絶えた……」
「なるほどね、どうしてヒカリがジュリちゃんに襲い掛かったのかわかったわ」
考え込むように話を聞いていたミナヅキが口を開く。
「本当ですか?俺は何故?」
「貴方の見ていた光景と、検査を行なっていた現実の光景……シチュエーションが似ているとは思わない?」
その言葉に、ジュリが何かを閃いたような顔をする。
「そうか!コイツは検査中は記憶と同じようにガラスを隔てて我々を見ていた!」
「ええ、しかも周りにいる研究員は記憶の中と同じく白衣を着ている。その上、一番最初に近くに来たのは色こそ違うとはいえ、あの最後に映った男と同じ様なヤマトの軍服を着たジュリちゃんでしょ?
これだけ状況が似ていれば、まだ記憶の中に居ると錯覚して動いてしまった可能性は大きいわ」
「……」
しかしヒカリの表情は有力な仮説が出たにも関わらず暗い。
「どうした?自分に掛かった疑いが晴れるのもしれんのだぞ?」
「俺は……このまま拘束されていた方が良いのかもしれない……」
「それはどうして?」
なんとなくヒカリの言わんとすることがわかったのか、ミナヅキが気持ち優しげな声を出す。
「俺は……俺は、あの時間違いなく本気だった……本気で目の前のヤツを殺そうとしたんです……それが例え記憶の中で、怒りに飲まれていたとはいえ人を……。
記憶を失う前の自分が危険な人物じゃ無かったなんて今の俺には思えない……」
言いながらキツく拳を握りしめるヒカリの表情は不安と苦しさで溢れていた。
「フン!何かと思えばそんな事か、くだらん」
ヒカリの苦悩をジュリが一蹴した。
「そもそも貴様はプロトを殺す気で闘っていたではないか」
「そ、それは……アイツが俺の大切な人を傷つけたと……そういう記憶が戻ったからで……」
徐々に声が小さくなっていくヒカリの姿に、ジュリはイライラしだす。
ミナヅキは成り行きを見守っている様だ。
「ならば理由があれば人を傷つけても、殺しても構わんのか?」
「そんなことは……」
「軟弱者ッ!!!」
声を張り上げると、ヒカリはビクリとしてジュリを見る。
「全くイライラさせるヤツだ貴様は!貴様はプロトも、記憶の中の男も許せなかったのだろう!?」
「そ、そうだが……」
「ならば戦う事も、殺す事すら恐れるな!記憶の中の貴様は明らかに奴等に虐げられていたではないか!プロトも貴様の大切な人を傷つけたのだろう!?
そんな連中から自分の自由を、尊厳を守る為に闘って何が悪い!?なぜ悪い!?
この世は貴様の考えるほど甘くは無いのだぞ!闘わなければ、殺さなければならない時だってあるのだ!でなければ自分の大切なモノどころか、己の命すら失くす事すら有るのだ!」
「で、でも……勘違いとはいえ俺はお前に襲いかかって……」
「だったらなんだ!私が貴様に殺されるとでも思うのか!?」
「はいはい、やめやめ」
ヒートアップするジュリをミナヅキが宥める。
「しかしミナヅキ様!私はコイツの腑抜けっぷりには……!」
「わかったから、ジュリちゃんはちょっとお外で頭冷やしておいで」
「そ、それではミナヅキ様が危険です!」
「これだけしっかり拘束してれば大丈夫よ。さ、出た出た」
そのままミナヅキは嫌がるジュリの背中を押して部屋の外に追い出し、部屋に鍵を掛ける。
ジュリはしばらく外からドアを叩いていたが、諦めたのか大人しくなった。
「ふう、ごめんなさいね、ジュリちゃん熱くなりやすくて」
ミナヅキが椅子を手で引き寄せ、横たわるヒカリの顔前で腰掛ける。
「でもああ見えて優しいところもあるの、多分さっきのもその裏返し」
「どういう……事ですか……?」
「んー……今からする話は他言無用でお願いね?」
ヒカリは小さく頷く。
「ジュリちゃんがああいう考え方をするようになったのは半分は私の所為みたいなモノなの……。
ジュリちゃんは子供の頃に親を盗賊に殺されて孤児だった時期があるのよ」
「そんな事が……」
「ええ、その時の生活はとても悲惨なモノだったらしいわ……それで今みたいな強さに拘る性格になったみたい、強ければこんなに苦しまなくて済むってね。
そうしてジュリちゃんの一族に伝わっている剣術に頑張って打ち込ん出る時に、たまたまミヤコの武術大会を視察していた私の父上である現国王に拾われたのよ。
その時はまだ軍に入れる年じゃ無かったから、ジュリちゃんはまだ小さかった私の世話係に任命されたの、それが私とジュリちゃんの出会い」
ミナヅキは感慨深げに話す。
「ジュリちゃんは恩義を感じた父上と私以外の人に心を開かなかったわ、それどころかこの世の全てを拒絶しているかの様だった。あの頃の姿は、見ていて可哀想になるくらいだったわ……
そんなある日、城の余興で近くの山にみんなで野駆けをしに行った時に事件は起きたの」
声のトーンが、少し落ちる。
「窮屈な生活から逃げたかった私がみんなからコッソリ抜け出した時に足を滑らせて崖から落ちちゃって……低かったから命は助かったんだけど、体を強く打った私は気を失ってしまった。
しばらく経って気がつくと、目の前には野生動物の群れに襲われそうになっていた私をいち早く見つけたジュリちゃんがボロボロになりながら守ってくれていたのよ。
でも私より年上とはいえ、まだ子供だったジュリちゃんはついに膝をついて動けなくなってしまったの」
「それで……どうなったんですか?」
「間一髪、他の人間が間に合って無事だったわ。でもそれ以来ジュリちゃんは益々強さに固執するようになった、自分一人で私を助けられ無かったのを悔いているのね……
軍に入ってからは出世の為に積極的に野盗討伐に出たりして、危ない目にもあってるわ」
そこでミナヅキは不意に言葉を切ってヒカリと目を合わせる。
「なんです……?」
「でも私ね、ジュリちゃんの考えも間違ってはいないとは思うの。私も大きくなって色々知って……綺麗事だけでは国は守れないというのがわかったから。
敵対する人間は必ず倒せとまでは思わないけど、戦うことを……敵の命を奪うことを恐れて何もしないのは一番愚かなことよ」
融和できるのならそれが一番だが、とミナヅキは続けた。
「でも……でも俺は怖くなってしまった。いつか突然記憶の戻った俺が、実は恐ろしい殺人鬼か何かだったらと思うと……」
弱音を吐くヒカリを見て、ミナヅキは真剣な表情になる。その威厳はとても十代そこそこの少女には見えなかった。
「良いですか一つだけ、大切な事を教えてあげます。貴方が何者かというのを決めるのは、今この瞬間の貴方ではありません、それを決めるのは今まで貴方が積み重ねてきたモノです。
記憶を失った貴方にも、少なくとも今日までの思い出はあるでしょう?」
「積み重ねて来たもの……思い出……」
ヒカリは天井を見つめる。その脳裏に浮かんでくるのはリュナ……ガロン……そして……
「ツカサ……」
呟いたヒカリを見てミナヅキは微笑んで席を立った。
「見つかったみたいですね、それを忘れなければ貴方はきっと大丈夫です」
そう言うと南京錠を外しベルトを解く。ヒカリは自由になった。
「長話になってしまいましたね、今日はもうお帰りなさい。先ほど見た記憶については明日また話し合うとしましょう」
横たわっていたヒカリが立ち上がる。
まだ完全復活とは言えないモノの、その目には先ほどまでの迷いは無かった。
「ありがとうございました、ミナヅキ姫……正直まだ不安は消えないけど、頑張って前に進んでみます。
そうしなきゃ、何かを積み重ねる事も出来ないから」
「いい心懸けです、その気持ちを忘れぬように」
「はい、それではまた」
「ええ、また明日」
外はすっかり日も沈んで夜の帳が降りていた。
涼やかな春の風を肌に感じながらヒカリはドンの別荘への帰路を歩く。
「俺の積み重ねたモノ……俺がこれから積み重ねるモノ……答えはまだわからない、でも俺は……アイツらと一緒に居られる存在でいたい」
それはヒカリに初めて出来た、いわば夢であった。
「あ、ヒカリ〜!」
道の少し先にツカサとガロンとリュナが見えた。こちらに手を振っている。
ヒカリは無性に嬉しくなり、思わず小走りになる。
「私たちさっき偶然バッタリ会ったのよ、丁度同じくらいに皆用事が終わったみたいで」
「まさかヒカリまで合流するなんざスゲェ偶然だがな」
「……みんな……一緒に……かえろ」
「ああ、そうだな……みんな一緒に……一緒に行こう」
ヒカリは気づいた。これが好きという事なんだと。
みんなの事が、ヒカリは好きで堪らなかった。
何があろうとこの人達の側にいようと、そう決意した。
これは、出会いと別れの物語ーー日は沈み、夜が来る
[ミヤコ・デイズ・4]終




