[ミヤコ・デイズ]
[ミヤコ・デイズ]
ヒカリたちはそれぞれ二階の個室に連れられ荷物を置いた後、一階フロア隣にある大広間にてドンと一緒に食事を摂ろうとしていた。
大きなテーブルの上には見たこともないような豪華な食事が次々と置かれ、蝋燭に火をともしたシャンデリアの灯りを受けキラキラと輝くようにすら見えるその料理たちにヒカリは思わず唾を飲んだ。
「いい匂いじゃの〜、今日のメニューはなんじゃ?」
上座についたドンが隣に立つメイド長と思しき人物に尋ねる。
「はい、本日は前菜にヒダ村産マーブルの葉のお浸し、スープはミヤコの川で今日捕れたばかりのコロナを出汁に使った吸い物。メインはロマリ領の有名牧場からブランドドムゥを取り寄せステーキに致しました。
デザートはシェフが厳選したカラカルの果実をシャーベットにしたものです。」
「ほほ〜、今日はまたは手がこんどるのぉ」
「ご客人と御帰りになられましたので、時間は限られておりましたがシェフ一同腕に一層よりを掛けたとのことです」
メニューの内容の半分もヒカリには解らなかったが、辺りに漂う芳しい香りに腹の音が収まらなくなっていた。
隣に座っているガロンも同じなのか、先ほどから料理を凝視したまま尻尾をブンブンと振っている。
「さて、それじゃあ食うとするかの」
「「いただきます!!」」
料理が出揃ったと見てドンが号令を掛けた途端にヒカリとガロンは目の前の料理に手当たり次第かぶりつく。
「ちょ、ちょっとあんた達!はしたないわよ!すいませんドンさん……」
「ああ、ええんじゃええんじゃ。若いもんの食いっぷりは見ていて気持ちがええからの、おかわりも有るから幾らでも食うとええぞ」
恥ずかしそうに申し訳なさそうに謝るツカサにドンは笑いながら答える。
「「ふぉいひいへふ!」」(美味しいです!)
二人は口に物を溜めたままドンに礼をいう。ツカサは終始呆れ顔だ。
リュナは小さい口で黙々と食べている。
「そ、そうだドンさん!今度、会社経営のコツとかそういうお話を伺いたいんですが……」
「ふむ、ワシなんかで良ければいくらでもええぞ」
「あ、ありがとうございます!」
ドンの返事にツカサがパァっと顔を輝かせて小さく頭を下げる。
「なぁ爺さん、酒はねぇのか?正直、飲まねぇとやってらんねぇ気分なんだ」
ガロンが不意にドンに尋ねる。
「もちろんあるぞい、ガロンちゃんはイケる口かね?」
「当たり前よ」
「そうかそうか、ヒカリちゃんはどうじゃ?」
「すいません、酒っていうのがどういうものか……」
「む、記憶喪失とはいえ酒もわからんのか」
列車の中でヒカリの記憶喪失の件はドンに説明済みだ。
「はぁ…すいません」
「なに、謝ることではないぞ。試しに飲んでみるとええわ」
「はい、戴きます」
「リュナちゃんは…まだダメじゃったの。ツカサちゃんは飲める年じゃったか?」
「はい、あんまり得意じゃないけど戴きます」
「よしよし。メイド長よ、今一番旨い酒はなんじゃ?」
ドンが声をかけると、すぐ後ろで待機していたメイド長が進みでる。
「今でしたらクーロン国の果実酒が旬でございます。もしくは、ミヤコ王室から先日戴きましたお酒も極上かと、ただ少し辛口ですが」
「ふむ……ヒカリちゃんは酒を飲んだことが無いようだし、果実酒の方が初心者向けかの」
「かしこまりました、それではお持ちいたします」
二時間ほど後……
「だぁかぁらぁ、言ってるれしょお?アンタはいつもいつもぽけ〜っとしすぎらのよぉ、わかってんノォ?」
「うっるさいなぁ…ツカサはツカサでいつもズバズバ言い過ぎなんらって。そんらんじゃ友達なくすぞぉ?」
「らによぉ、記憶喪失のくせに言うじゃないのよぉ」
「…」
「…」
「「んふふふふふふふふふ」」
ツカサもヒカリもすっかり出来上がっていた。互いに互いの文句を言うものの、突然無言になっては目を合わせてニヤニヤするのをすでに数回繰り返していた。
一方……
「ホントはな?俺だってわかってんだよ?
いつまでも自分勝手なだけじゃ周りに迷惑かけるだけで何にもならねぇってよ…でもいざ緊迫すると自分が抑えらんねぇんだ……
今回だってそのせいでよぉ…うっ…うう〜……」
「ええんじゃええんじゃ、それが出来るのは若いうちだけじゃ
若いうちはな、いくらでも失敗して良いんじゃ。だがこれだけは忘れてはいかんぞ?今のガロンちゃんの周りには支えてくれる人がおるんじゃ、その人たちへの恩だけは忘れちゃいかん、いつか立派になって恩返しするんじゃぞ」
「う、うぉぉん!ありがとうよぉみんなぁぁ〜!」
泣上戸と化したガロンにドンが人生の訓示をかれこれ二時間ほど授けていた。ちなみに半分は同じ話の繰り返しだ。
リュナは眠気の限界がきたのか涙目のガロンにもたれかかって船を漕いでいる。
そんなこんなで屋敷の夜は深まって行った…
さらに二時間後…
時刻はすっかり深夜となり、流石にグダグダと話しこんでいたヒカリ達も解散してそれぞれの部屋に戻っていった。
ヒカリは初めて味わう(少なくとも記憶を失ってからは)酔っ払うという感覚にフラつきながら個室に備え付けられたシャワーを浴びていた。大浴場もあるらしいが今の状態で湯船に浸かるのはやめたほうが良いだろう。
金を掛けた屋敷ではいつでもお湯が出るようにエヌエムを利用した建築がされているとツカサから前に聞いたことがある。
「ふぅ……」
一息ついてシャワーを止める。
良い匂いのするタオルで体を拭き、用意されていた寝巻きに着替える。それは白色でとても柔らかく着心地の良い素材で作られており、着るだけで眠気を誘った。
夜風に当たりたくなりテラスへ向かおうとすると、不意に部屋の扉がノックされた。こんな時間に誰だろうか。
「はい……ツカサ?」
返事をしてドアを開けると、そこにいたのは薄いピンク色の寝巻きに身を包んだツカサだった。
ツカサもシャワー浴びたのか、髪はほんのり湿り気を帯びている。
「ごめんね、もう寝るとこだった?」
「いや、ちょっとテラスで夜風に当たろうかと思ってたんだ」
「それ、私も一緒してもいい?」
「もちろん、どうぞ」
ヒカリはツカサを招きいれると、グラス二つに水を入れテラスに持っていく。
「水、飲むか?」
「うん、ありがと」
二人はテラスの手すりに肘を乗せて、そこから見えるミヤコの街の灯りをしばし無言で眺める。
街の一番奥の方では一際明るく輝くミヤコの城らしきものが見えた。
「それで…どうしたんだ?こんな時間に」
ヒカリが顔だけをツカサの方に向けて問いかける。
テラスには気持ちのいい夜風が吹く。
「なんとなく…かな?リトルの村を出て、アンタに会って……それから色んなことがあったわ」
ツカサはミヤコの街を眺めたまま答える。
「そうだな、まだそんなに時間は立ってないハズなのに、俺の頭の中には色んな思い出ができたよ」
「何が一番心に残ってる?」
ツカサが不意に、微笑み交じりにヒカリの方を向く。二人の視線が触れ合った。
なんとなくヒカリにはそれが気恥ずかしく、今度は自分がミヤコの街へと向き直る。
「何だろう…プロトのことや、今日のことも強烈だったけど……」
ヒカリは一度言葉を切って空を見上げる。
夜空には数え切れないほどの星が輝いていた。
「でもやっぱり、俺の中に一番強く残ってるのは皆と……何よりツカサと交わした何でもない会話かな」
そう言ってツカサへと向き直る。ツカサも、まだヒカリの方を見ていた。
「そっか、それなら私も嬉しいよ」
二人は互いに微笑みあう。
ヒカリは、自分の胸に湧き上がる感情が何なのかわからなかった。とても暖かい感情だった。
その後も二人は夜が明けるまで何でもない会話を楽しんだ。
[ミヤコ・デイズ、続く]




