[チケット・トゥ・デンジャラス・2]
列車に揺られること小一時間、時刻は正午を過ぎた辺りであった。
ヒカリ達四人はツカサの作ってきた弁当を食べながらこれからの事について話していた。
「とりあえずミヤコには今日の夜に着く予定だから、まずは宿探しね」
ツカサが魚の切り身を、穀物からできた生地で包んだモノを持ちながら話す。
ヒカリとガロンは弁当にがっつきながら、リュナはツカサが持っているのと同じモノを小さな口で小動物のように一生懸命かじりながら聞いている。
「本格的に行動するのはその次の日からね、とりあえず招待状……というか強制出頭状を貰ったエヌエム研究機関にいかないと……」
構わず話していたツカサだが不意に言葉を止めて、いまだに弁当に夢中になっている三人を見回した。
「……美味しい?」
三人は口に食べ物を入れたまま、頬を膨らませブンブンと首を縦に振った。
その時、不意にヒカリ達のいる個室のドアがノックされる。
四人は動きを止め目を見合わせるが、ツカサ以外は口が満杯なので必然的にツカサが応対するしかない。他の三人も一様にツカサを見つめていた。
ジト目で呆れたように三人を見返すと、小さくため息をついてからドアのほうに顔を向けた。
「はい、どうされましたか?」
ツカサは努めて明るく淑やかな声を出した。
相手が上流階級の人物だった場合を考慮してだ。
「突然申し訳ありません、ヒカリ様…という方はこちらにいらっしゃるでしょうか……?」
返ってきたのはいかにも育ちの良さそうな、生まれてこのかた大声など出したことも無いかのような、か細い綺麗な声であった。しかし、その美しい声音とは反対にヒカリ達は体を緊張させた。
わざわざヒカリを名指しで指名とは、先ほどのドンの様にリプレイ狙いの金持ちか、最悪ピースメイカーの連中かもしれない。
先ほどとは違う多少緊迫した表情で視線を交わす四人であったが、一度答えてしまった以上あまり相手を待たせては置けない。
「おりますが…どういったごよ……!?」
ツカサが相手の目的を聞く為に言葉を紡ごうとした瞬間、それを最後まで待たずに勢いよく部屋のドアが開かれる。
四人は思わずさらに体を固くする。
「本当ですか!?あぁ…!貴方様が…!会場では遠くから見ることしかできなかったけど、近くで見ても何て凛々しいお方……!」
ドアから入ってきたのは、いかにもお嬢様といった感じの出で立ちをしたツカサとそう年も変わらないような少女であった。
ヒカリの姿を見つけるや否や駆け寄るように近づき、弁当を持っていないほうの手を両手で包むように握りしめた。
「あ、あの……あなたはいったい……?」
なんとか口の中のモノを飲み込んだヒカリが戸惑いながらも問う。
「あぁ…ワタクシったらはしたないことを……申し訳ありません、ワタクシはエバン・エバー・エバンスというモノでございますわ」
少女はスカートを両手で摘まみ、ちょこんと頭を下げ礼をする。
「そ、それでそのエバンスさん家のエバンさんは何しにヒカリに会いに来たってんだ?」
ガロンがエバンに尋ねる。
「そう!ワタクシ、実はヒカリ様の闘うお姿を先日の闘技大会で拝見致しまして……その強さと何度でも立ち上がる姿に…その…ファンになってしまいまして!」
エバンは、質問をしたガロンには向き直らず真っ直ぐにヒカリを見つめたまま話す。
その両手はまたしてもヒカリの手を掴んだままだ。
「それで…その…できればワタクシと、お友達になっていただけないかと……」
「へ…え…?い、いいですよ……?」
顔を紅潮させたエバンの言葉に戸惑ってギクシャクしながらヒカリは頷いた。
その隣ではすっかり警戒を解いたツカサがつまらなそうに腕組みをして成り行きを見ている。
リュナは我関せずといったようにまた食べ物を囓りはじめた。
「あぁ嬉しい…!ありがとうございます……!」
「あ、いえ、こちらこそ……」
「あの、用が済んだら出てくれないかしら?私たちまだ食事中なので」
相変わらず戸惑いっぱなしのヒカリと、目を輝かせて手を握る力を強めるエバンに痺れを切らしたのかツカサが割って入る。
「あぁこれはこれは気付きませんで……それでは一先ずおいとまさせていただきますわ、また来ますねヒカリさん」
そう言うとエバンはやっとヒカリから離れてドアに向かっていった。
最後に振り返ってもう一度礼をすると、そのままボディーガードらしき人物を連れ添って出ていく。
その視線は何故か最後だけはヒカリには向いていないようにツカサには見えた。
「な、なんだ……金持ちってのは変人しかいねぇのか……?」
あっけにとられていたガロンが口を開く。
ヒカリも、嬉しさよりも驚きのほうが強いような表情だ。
「ま、ヒカリもファンが出来てよかったんじゃなーい?」
「なんだ、ツカサは妬いてんのかぁ?ま、相手が見るからに良家のお嬢様じゃそれも仕方ねぇか!」
ガロンがからかう様に言うが、ツカサは堪えた様子も無い。
「なに言ってんのよ、バカじゃないの?それにホントに良家のお嬢様かも怪しいモンだわ、エバンスなんて名字のお金持ちなんて少なくとも私は知らないし」
「なに、そうなのか?」
やっと落ち着いたヒカリがツカサの隣に腰を下ろしながら訪ねる。
「ええ、アンタ達みたいな世間知らずと違って私はこれでも商売人だからね。大陸中の有名なお金持ちはだいたい知ってるわよ」
「なーに、ただお前が知らないヤツだっただけだろぉ?ヒカリにファンが出来て悔しいのはわかるが、その言い訳は苦しいぜぇ?」
「が、ガロン…もうそのくらいで……」
調子に乗ってしばらくからかい続けたガロンがこの後氷付けにされたのは言うまでもない。
列車後方貨物室、その薄暗がりに佇む二つの影があった。
「いかがでございましたか……?」
「そうだな、我々の目当てに違いない」
「おお…!ではやはり……?」
「ああ、情報は間違い無かったようだな。ついに動く時が来たようだ」
「この日をどれだけ待ちわびたことか…!思えば艱難辛苦、忍び難きを忍んだ日々でございました……!」
「言うな、まだ計画は始まってもいないのだ。油断はならんぞ」
「申し訳ございません、私としたことがつい興奮してしまいました」
「よいのだ、気持ちはわかる。さぁ始めようか、我々の大いなる夢を叶えるために!」
「ははーっ!」
しばらく時が経ち、時刻は夕暮れ時。
列車は変わらぬスピードで走り続け、今はだだ広い平原を突き進んでいた。
ヒカリ達の個室では、はしゃぎ疲れて眠ってしまったガロンの膝に頭を乗せてリュナもまた眠っていた。
ツカサは一時間ほど前から、何やら本を読んでいる。
「なにを読んでいるんだ?」
一段落したのか本を閉じたツカサに、ヒカリは声を掛ける。
「経営学の本よ、うちの商店を大きくしたいからその勉強ね」
「偉いな、ツカサは」
「ふふ、ありがと。お父さんはああ見えて適当だからお店の売り上げは気にしないし、お母さんも似たようなもんだからね。
でもリトル村は小さな村だから私たちの商店が頼りだって人もそれなりにいるのよ、だから私がお店を大きくして、村をもっと快適にしたいなって思ったの。だから、その勉強」
ツカサは目を細めて語る。
リトル村のことを心底好いているというのがヒカリにも伝わってきた。
「そうか、俺にも手伝えることがあったら言ってくれ。ツカサには返しきれない恩がある、少しでも役に立ちたい」
「ありがと、何かあったら頼らせてもらうわ」
そう言って少しの沈黙が流れる。しかしヒカリはその沈黙が嫌いでは無かった。
個室に柔らかく夕陽が射し込む。
「あのさ………!?」
ヒカリが口を開こうとした瞬間、外からドカンと凄まじい音が響いた。
そして列車が甲高いブレーキ音と共に急停止する。
「な、なんだぁ!?」
眠っていたガロンが停車した勢いに眼を覚まし、寝惚けた声を出す。
リュナも目を擦りながら体を起こした。
「外で何かあったみたい!」
ツカサが窓を開けて身を乗り出す。
「なにか見えるか?」
「一番先頭の機関車両から煙が上がってるわ!」
ヒカリの問いに窓を閉めながらツカサが答える。
全員が互いに顔を見合わせる。それぞれの思うことは同じだろう。
「ピースメイカーだと思う?」
「わからん、だがただの事故だとは思わないほうが良いだろう」
ヒカリは言いながらガントレットを呼び出す。
ガロンも既に爪を剥き出して臨戦態勢だ。
「リュナ、ツカサの隣に行け」
普段とは違うガロンの真面目な声に、リュナも素直に従う
ツカサとリプレイを抱えたリュナが窓際に、ヒカリとガロンは個室の扉の前で身構えた。
「どうする?」
「とりあえず車内の様子が知りたい」
「だな」
ガロンは他の全員にアイコンタクトし、扉に手を掛ける。
「開けるぜふんっ!?」
そのまま扉を開こうとしたその時。
不意に扉が凄まじい勢いで押し開けられ、ガロンの顔面に叩きつけられる。
「お主らぁ!」
扉の開いたそこにはドンが凄まじい形相で立っていた。
その後ろには背中合わせにプリンスと呼ばれたボディーガードが立ち、その複眼で周囲を油断なく警戒している。
「な!?オッサンどうしてここに!?」
思い切り鼻を強打したガロンが涙目で問いかける。
「そんなことはどうでもええわい!リプレイはどこじゃ!?」
「り、リプレイはここにありますが……」
ヒカリがリプレイを抱えてドンを睨むリュナに目を向ける。
「まさかオッサン!リプレイを奪うために列車を……!?」
「違うわい!まだ盗られてはおらんかったようじゃな、安心したわ!」
ドンはガロンの言葉を否定し、フンと鼻息をつく。
「ドンさんは今何が起きてるかご存知で?」
「賊じゃ!賊が入り込んだんじゃ!」
「えっ!?ど、どうやって……?」
「ドン様、賊が近づいて来たようです」
ヒカリの言葉を遮るようにして不意に プリンスが口を開く。
その複眼の様な目は先頭にある機関車両の方向を見ているようだ。
「ぬぅ、のんびりはしてられんか!とにかくお主ら、ワシと一緒に後ろの車両に移動じゃ!詳しくはそこで話す!」
また顔の険しくなったドンに促される形でヒカリ達は個室から出て、後方へ移動する。
しんがりはプリンスだ。
そのまま1つ後ろの車両に移動すると、プリンスが扉に両手をあわせる。
「しっかり閉じるんじゃぞ」
「イエッサー」
するとプリンスの両手から灰色の泥の様なモノが溢れだし、扉に張り付いていく。
それはみるみるうちに泥は量を増し、ついには扉が見えなくなった。
「こんなものかと」
プリンスが積もった泥を、甲殻に覆われた手の甲でノックするように叩く。
すると先ほどまで柔らかかったそれはコツコツと硬質な音を返した。どうやら相当な強度まで固まるようだ。
こうなってはちょっとやそっとでは扉は開かないだろう。
「よし、ええじゃろう。それじゃこのまま貨物室まで行くぞい」
ヒカリ達はそのままドンに連れられて、貨物室目指して移動を続けた。
車両を移動するたびにプリンスが扉を泥で塞ぐ。
後方からは時々、先ほどのドカンという音が聞こえてきた。
[チケット・トゥ・デンジャラス、続く]




