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[チケット・トゥ・デンジャラス]

[チケット・トゥ・デンジャラス]



 波乱の闘技大会から数日の後、ゼンコウの町外れにある駅にて。


「さて、準備はいいかね?」


先導していたカムイが入場ゲートの前で立ち止まる。


「今からチケットを渡すから、それをゲートにいる駅員に渡せば機関車に乗れる。知っての通り他の乗客はVIPばかりの様だから、くれぐれも粗相の無いように」


言い終わるとカムイはチケットを配る。

ヒカリ、ガロン、ツカサ、そして


「……ありがとう……」


もう一人はリュナだ。

ヒカリが手にした賞金では大人用の乗車券を二枚に子供用を一枚買うのが限界で、カムイはリトル村に物資を届けた後にドムゥで追い付くということになった。

代わりに子供用の乗車券が使用できるリュナが随伴に加わる運びとなったのだ。


「しかし、良かったんですかカナリアさん?もしかしたら危険な目に会う可能性も0ではありませんよ?」


駅まで見送りに来たカナリアにカムイが問いかける。

ヒカリに対してピースメイカーがどんな行動を起こしてくるかがわからない為だ。


「いいんだよ、見聞を広げて欲しいし生まれはミヤコなんだ、この子はね。それにヒカリちゃんや皆が一緒なんだし大抵のことは大丈夫だろうよ」


リュナはカナリアの言葉にあわせて小さく頷いた。


「おい!早く入って機関車見に行こうぜ!」


ガロンが待ちきれない様子で急かす。

その表情はまるで子供のようだ。


「すまないガロン君、あとひとつだけ皆に伝えなければいけないことがあるんだ」


「なんだよぉ、手短に頼むぜ」


「なに、大したことでは無いのだが皆の安全に関わるからね。この鉄道がVIP専用の高級交通機関なのは皆が知っての通りだ……そうなると、乗客や積み荷を狙って野盗や山賊が襲ってくる危険性がある」


「まぁ当然と言えば当然ね。お金持ちが纏まって移動してるんですもの、良いカモだわ」


「その通り、だが鉄道が襲われたことは一度も無い。なぜなら警備の人間が多数乗り込んでいるし、この鉄道はミヤコまでノンストップで進む為に襲おうにも乗り込む術が無いからなんだが……」


「おいおいカムイさん、何が言いたいんだよ?」


ガロンが痺れを切らすと、カムイは苦笑しながら続けた。


「すまない、つい回りくどくなってしまったね。つまり、この鉄道は基本的にはこの大陸で一番安全な乗り物なんだ。

だが裏を返せば、何かしらの異常があったならそれは並大抵のことでは無いということになる。もしそういった事態になったなら、他の乗客のことは気にせずに自分達の安全だけを考えるようにしてくれ」


「それは……何故ですか?もしプロト達が襲ってきたら他の乗客にも危険が及ぶんじゃ?」


「ヒカリ君がそう思うのも当然だ。だがVIP達はその立場上、外出するときはボディガードを随伴させている。

鉄道に乗れるレベルのVIPならば、あのジュリ大尉と同等レベルの腕を持つボディガードを雇っていることがほとんどだ」


「なるほど、なら心配せずとも大丈夫なんですね」


カムイが頷く。


「だから、もし異常が起きたなら自分たちのことを最優先に考えなさい。今回は私が同行していない以上、軽いケガすらしない気持ちでいるように」


カムイの言葉に各々頷く。ガロンだけは上の空だったが。


「まぁ、あくまでも異常が起きたときはだから、それほど心配しなくても大丈夫だとは思うがね」


カムイが軽いトーンで締めくくると、いよいよ待ちきれなくなったのかガロンが入場ゲートを指差す。


「話はもう終わりだろ!?じゃあ早く機関車を見に行こうぜ!!」


そう言うとゲートへと一目散に駆け出した。

呆れたようなツカサと、無言のリュナが続く。

ヒカリも後に続くべく歩き出そうとするとカムイに引き留められた。


「ヒカリ君、あと一つだけ良いかね?」


「はい?なんですか?」


「大会の賞金を受け取った時、それとは別に賞品も貰っただろう?」


「ああ、"これ"ですね?」


ヒカリは自分が背負っていた、布に包まれた細長いモノをちらと見やる。

なにやら棒のような形をしている。


「そう、それだ。それはとても貴重なモノで、この大陸にたった一つしかない。私も実物を見るのは今日が初めてだ」


「あの大会の賞品なんだからそれなりのモノだとは思いましたが、カムイさんが言うなら相当なモノなんでしょうね」


「ああ、そこが問題なんだよ」


カムイは少し声のトーンを落とした。


「今から乗る鉄道はVIP専用というのは話した通りだが、金持ちと言うのは貴重品を集めたがる人種が多い……時には金にモノを言わせて手段を選ばないようなのもいる」


「つまり、これを狙ってくる人間が乗客にいるかもしれないと……?」


「その通りだ。先ほど、山賊などが鉄道を襲うのは難しいと言ったね?しかし、内からの手引きがあれば……」


「不可能では無い…と?」


カムイは静かに頷く。


「只でさえピースメイカーが襲ってくる可能性もある。その上、乗客もそれを狙ってくるかもしれない……さっきは皆を変に緊張させないよう大したことないと言ったが、実際問題、ミヤコまでの道程で何かが起きる可能性は決して低くは無いと私は思う。そこでだね…」


カムイはさらに声のトーンを落とし、ヒカリに耳打ちをする。

話を聴くヒカリの目は、何があったか少しだけ見開かれた。




 「遅ぇぞヒカリ!」


カムイとカナリアに別れと礼を言い、門番にチケットを見せ入場ゲートをくぐり少し進む。

しばらくすると発着場に辿り着いた。

そんはヒカリにガロンが待ちわびたように声をかける。


「お父さんと何の話をしてたの?」


「ああ、大したことじゃないよ」


ツカサの問いに答えると、ヒカリはちらとリュナを見た。

それに気付いたリュナが何事かと小さく首を傾げるが、ヒカリは軽く笑って誤魔化す。


「それで、これが機関車か。なんというか……デカイな、あと黒い」


発着場には長大かつ立派な機関車が横たわっている。

先頭の機関車両はゴツゴツとしたボディを黒光りさせているが、後に続く客車は小綺麗な装飾を施され、華美では無いものの高級そうな雰囲気を放っていた。

さらに後ろには貨物車と思われる車両が連結されている。


「ったく、子供みたいな感想だな!見ろよこのボディ!武骨な中にも、なんていうか機能美みたいなもんかあってよぉ……やっぱカッコいいよなぁ!」


ガロンが頬擦りするような勢いで機関車両に飛びつく。

そんなガロンの腕をリュナがちょいと引く。


「ん、どうしたリュナ?」


リュナは無言で車両の端の一部を指差す。

その先には何やら文字の刻印された鉄のプレートが車両に溶着されている。


「これ、製作者の名前か?なになに……サバタ及びアーケイ・ガリアン共同製作?これがどうかしたのか?確かにこんなスゲェもんを作ったヤツにも礼は言いてぇが……」


「……これを作ったの……私のお父さんとお母さん……」


リュナが小さな声ながら、どこか誇らしそうに答えた。

だが、それを聞いたガロンはまるで雷に打たれたようになる。


「なん…だと…!?ドラゴン像といい機関車といい……お前の一族は一体どれだけ俺の琴線を激烈に刺激しやがるんだ!」


そう言うガロンの目はもはや涙目に近い。


「これだけは言わせてくれ……お前の一族がこの世に産まれたことを神に感謝」


「………えっへん……」


誇らしげに腰に手をあて胸を張るリュナにガロンはビシッとサムズアップをした。


「バカなことやってないで早く乗るわよ」


先ほどから呆れっぱなしのツカサは二人を置いてさっさと客車に乗り込んでいく。

ヒカリも苦笑いでそれに続いた。

発着場には未だ胸を張るリュナと、親指を立て続けるガロンが残された。




 ヒカリ達は自分達のチケットに記入された番号の車両に乗り込む。先頭から二両目だ。

警備の都合なのかVIPの固まる車両はもっと後方らしい。

車両の中は細い通路が一本と、その両脇に一定間隔で扉が並んでいる。

どうやら個室で区切られているようだ。


「あら、けっこう広いのね」


ツカサが一番手前の個室をノックしてから扉を開ける。

個室の中は三人掛け程度の椅子が向かいあって二つと、壁には大きな窓が設置されていた。


「荷物は窓の上のここね…ヒカリもそれ乗せる?」


ツカサが窓の上に作られた簡易的なキャビネットに自分の荷物を置き、ヒカリに向かって尋ねた。


「いや大丈夫だ、ありがとう」


カムイに言われたことが何となく頭の中で思い出され、ヒカリは背中のモノを自分の脇に置いて窓際に座った。


「もともと私物なんて無いようなものだったけど、まさかベルトの万能ポケットに全部納まっちゃう程なんてね……

カナリアさんの服が凄いのか、あんたの私物が少なすぎるのか」


ツカサは言いながらヒカリの正面の席へと腰かける。


「ま、そうは言っても俺が今持ってるものなんて乗車券を買ったときの釣りと、賞品で貰ったこれくらいなもんだからな」


壁と自分の間に立て掛けた、布に包まれたそれをヒカリは目で見る。


「それもそうか。ところで、それって結局なんなの?

賞品の受け取りに行ったときはあんただけ通されて私たちは外で待たされたから、未だにソレの中身知らないのよね」


「俺も説明は受けたんだが、ハッキリ言ってあんまり良くわかんなかったんだよなぁ……とても貴重なモノらしいんだけど、カムイさんに聞いたら恐らく今の俺には使えないモノらしいし」


「へー、てことはお父さんはソレがなんなのか知ってたってことね……ね、ちょっと開けて見てみてもいい?」


ツカサが興味深そうに尋ねるが、ヒカリは困ったような不思議な表情を浮かべる。


「いやっ…!なんというか、その、これはカムイさんに言われたことで俺の意見じゃないんだがっ……俺はぜんぜん構わないと思うんだけど、カムイさんの言い付けは守ったほうがいいかなーとも思うし……」


「どうしたのよ、何が言いたいわけ?」


「つまり、まぁ……カムイさんが言うにはツカサには絶対にこれを触らせるなと」


ヒカリが躊躇いがちに言うと、案の定ツカサはムッとした表情になる。


「なによそれ、私がこれを壊すとでも思ったのかしら?いくらなんでも、これが貴重なモノとわかっていて粗末に扱うような女じゃ無いわよ。ちょっと貸してみなさい」


心外そうに言い終わると、ヒカリの弱々しい制止に聞く耳持たず

布にくるまれたそれを手に取り、包みを開いた。


「なにこれ?杖?」


中から現れたのは、透き通った橙色の水晶か宝石のようなものが先端に据えられた木製の杖のようだった。

長さは凡そ1.5m程だろうか、焦げ茶色の古めかしい杖の先で綺麗な石がキラキラと輝く。


「確かにキレイな石だけど……正直そんなに貴重には見えないわね」


思ったよりも質素な外観のそれに拍子抜けしたようにツカサが呟く。


「確かにそうだな、これの何処にそんな値打ちが……」


ヒカリがカムイの言葉を疑問に思った次の瞬間、ツカサが持ったままだった杖の先端部水晶が突然、眩い光を放って輝きだした。


「ちょっ!?ちょっとなによこれ!?」


ツカサが驚きの声を上げた瞬間、室内に弾けるような音が響き渡った。





 それと同じ頃、ガロンとリュナはやっと車両に乗り込んでいた。


「いやーホント惚れ惚れするぜ、あのゴツい煙突なんか特によぉ……ていうか、ヒカリ達はどこに乗ったんだ?」


うっとりしていたガロンが思いだしたように言うが、リュナも首を傾げるだけだ。


「乗車券にはこの車両の番号が書いてあるから、この中のどれかなんだが……まぁ、片っ端から開けて……」


ガロンが一番手前の個室を開けようとした瞬間、まさにその扉の奥から破裂音のような音が響く。


「なっ、なんだぁ!?まさかピースメイカーの野郎どもか!?」


いきなりかと思いつつ直ぐ様ドアを開ける。

リュナはガロンの後ろに隠れるようにして中を覗きこんだ。


「なにがあったぁ!!…………なにやってんだお前ら?」


部屋の中は何があったのか壁全体を這うように氷が伝い、向かいあって座っているツカサとヒカリは座ったまま後退ったような姿勢で固まり、驚いたように目を見開いている。

その視線の先には、細長い杖が不自然に直立していた。

よく見ると部屋全体の氷はその杖の根元から伸びており、杖と床の接合部はさながら氷で出来た台座のようになっている。


「な、なんなのよこの杖……!」


ツカサがやっとのことで口を開く。

その声には驚きと困惑がありありと滲み出ていた。


「や、やっぱりカムイさんの言う通りになった……」


言いながらヒカリは恐る恐るといった感じで杖を氷から引き抜く。

すると最初から存在しなかったかのように部屋中の氷がたちまち消え失せた。


「き、消えた……なんなのよこの杖!?」


「いや、俺もあまり詳しくは理解できてないんだけど……」


引き抜いた杖を布で包み再び己の脇に立て掛けると、

ヒカリは杖についてカムイから聞いた話をそのままツカサ達に話始めた。


「この杖は"リプレイ"という名前らしい。この杖を作った人がそう名付けたんだけど、古い言葉で意味はわからないそうだ」


「そいつは意味がわからないのに名付けたのかよ、適当な野郎だな」


ガロンがヒカリの隣に座りながら突っ込みをいれる。


「いや、なんでも作った人は意味を知っていて名付けたらしい。だが、これをミヤコの王室に献上してすぐに行方不明になって結局誰も意味がわからず終いなんだそうだ。

それに、それももう百年以上前の話らしくて、今では"リプレイ"を作ったのが誰かってことすら正確にはわからないんだってさ」


「へぇ……でも百年以上前に作られて、しかも王室への献上品だなんて、とんでもない値打ちがあるんじゃないのこれ?」


「そうらしい、だからあんまり目立つなってカムイさんに言われてたんだ」


「まぁ誰が狙ってるかわかったもんじゃねぇから用心に越したことはねぇな。そんで、さっきの騒動は一体なんだったんだよ?」


「ああ、それは……ん?」


言いかけたヒカリの前をリュナが横切り布に包まれたリプレイを手に取る。


「ちょ、ちょっとリュナちゃん危ないわよ……!」


するすると布の包みをほどいていくリュナに、ツカサは何が起こるかと身構える。


「ううん……大丈夫……」


リュナは包みに使われていた布越しにリプレイに触れている。

その状態ならば杖はなんの反応も示さないようだ。


「まぁ当然ちゃ当然か、それに触る度に今みたいなことが起きてちゃ大変だろうしな。それにヒカリが運んでる時もなんもなかったんだしよ」


「いや、俺はこれを受け取った時に直接触れたりもしたが、それでも何も起こらなかった。

リプレイが力を発揮するには、たぶん何か条件みたいなものがあるんじゃないかな?それで、その杖がどうかしたのかリュナ?」


リプレイを持ったままじっと見つめ続けていたリュナに問いかける。


「…これ……」


小さくそう言って杖と水晶の接合部を指差す。

綺麗な装飾が施されたそこには、小さく紋章のようなモノが刻まれていた。


「このマーク……紋章?これがどうかしたのか?」


∞と8を交差させたようなマークが円で囲まれている。

何か意味があるのだろうが、紋章自体はシンプルなモノだ。


「…これ…ドンパの紋章…もう滅んじゃった部族のだけど……」


「じゃあこれを作ったのはドンパの人ってこと?」


リュナはツカサの問いかけに小さく頷く。


「へぇ…って、そんなことより、さっきのアレは結局なんなのよ?」


「ああ、それなんだが……なんでもこの杖は、これを持った者のエヌエムを半強制的に再現するらしい。再現しているだけだから、他の人が触れば効果は消える。

使いこなせれば任意で発動できるようになるらしいんだけど、ここ何年か、完璧に使いこなした人はいないそうだ」


「だから私が触ったらいきなり周りが凍りついたのね……ていうかエヌエムならその杖が無くても使えるし、危ないだけで役立たずじゃないこれ!」


ツカサの発言はもっともだ。

己のエヌエムを使えない人間などおらず、ましてや強制的に発動してしまうのではこの杖にメリットなど無いようなものだ。


「確かにその通りなんだよなぁ……俺が理解出来ないっていうのもそういうとこ何だけど……」


「大会の賞品とか言って、面倒なもんの後始末任されただけなんじゃねぇのか?」


からかうように笑うガロン。

確かにそう言われても仕方がない。


「………ううん…違うよ…」


口を開いたのはリュナだ。

いつの間にか、包み越しにでは無く直にリプレイに触れている。


「…あれ、大丈夫みたいね?」


直接触れているにも関わらず、リプレイはなんの反応も見せない。


「…この杖は…たぶん…ドンパの人以外には…使えないようになってる…と思う…」


「なんでそう思うんだ?」


問いかけるヒカリに、しかしリュナは首を横に振る。


「わからない……けど…そう思う……」


「そうか……まぁでも、リュナが持っていても何も起きないあたり、使いこなす云々じゃなくて本当にそうなのかもしれないな」


と、その時突然ヒカリ達の使用する個室のドアが派手な音を立てて開く。

全員が驚いて振り向くと、開いたドアの向こうに背の小さい男と、その男のボディーガードだろうか、青い甲殻に身を包んだ虫の様な姿の屈強そうな男が立っていた。

先に入ってきた方は恐らくはドンパの者だろうか、顔付きは人間で言えば50代ほどだ。

天辺まで禿げ上がった頭と対照的に立派な口髭を生やし、全身に綺羅びやかなアクセサリーを身に付けている。その過剰な迄の装飾品は見ていて眼が痛くなるほどだ。


「ほっほーっ!それじゃなリプレイは!」


男はずかずかと個室に入ってくると、リュナの手から引ったくるようにしてリプレイを掴む。


「…あう…」


「すまんのぅお嬢ちゃん、ちょいと貸してくれい!」


やはり男がドンパだからなのか、リプレイは何の反応も示さない。


「ええのぉええのぉ……この小綺麗な装飾掘りとアンティーク感はワシのコレクションと上手く調和しそうじゃなあ!」


リプレイを舐め回すように見ながら、さも楽しそうに一人語る。


「お、おいオッサン!いきなり何だってんだ!?」


突然のことに面食らっていた一堂であったが、いち早く我に帰ったのはガロンだ。

目の前で杖を振り回し始めた男に声をかける。


「んん?なんじゃお前は?名をなのらんか」


「うぇ?お、俺はガロンてんだ、よろしくな」


「ガロンじゃな、年上への礼儀ちゅうもんを覚えたほうがええぞ」


「お、おお…すまねぇ……って違うわ!失礼なのはそっちだ!誰だてめぇ!」


思わず相手のペースに乗せられていたガロンだが思い出したように問い直す。

突然部屋に押し入り、そのままリプレイを人の手から強奪したのだから当たり前ではある。


「ん、おおそうじゃったな。つい舞い上がってしまったわい、悪かったなお嬢ちゃん」


そう言ってリプレイをリュナへと手渡す。

今度はリュナが引ったくるようにしてリプレイを受け取った。


「ほっほ、そう警戒しなさんなや。わしの名前はドン・ユーロ・エンドルゲン、ドンちゃんて呼んでええぞ。

エンドルゲン商会のトップをやっとる、簡単に言えば大金持ちじゃな。名前くらいは聞いたことあるじゃろ?」


「え、エンドルゲン商会!?嘘でしょ!?」


「知ってるのかツカサ?」


「当たり前よ!この大陸で知らない人なんかいないわ!

元々はミヤコの隣の国のロマリにある流通の会社だったんだけど、鉄道が開通してからはこの大陸全体の物流を一手に牛耳るようになったばかりか、他の会社も色々と吸収して今じゃ何でも屋状態、大陸屈指の大企業よ!

そもそもこの鉄道の開発もエンドルゲン商会の主導で始まったものだし、その商売の才能は私たち商売人からすれば商いの神様みたいなもんだわ!まさか会えるだなんて……すいませんサイン貰えますか?」


興奮したように捲し立てるツカサはそのままドンにサインをもらい始める。


「よく知っとるなぁ、お嬢ちゃん。なんか商売でもやっとんのかい?」


ツカサから渡された手帳にさらさらとサインを書きながらドンが尋ねる。


「は、はい!リトルで商店をやっています!小さな商店ですが、いつかエンドルゲン商会さんとも取引をしたいなぁなんて……やだ私ったら、すいません」


「いやいや、ええんじゃよ。ワシらも方々の村までは中々手が出んでな、何かしら繋がりが欲しかったとこなんじゃ。こんど詳しく話をしよう、お嬢ちゃんの名前は?」


「つ、ツカサ・ユウキと言います!カムイ・ユウキの娘でして、父の商店で働いてます!」


「ほぉ、あの武神カムイの!あいつが商店をやっていたとは驚きじゃな!」


「ちょ、ちょっと待てよ!アンタが誰かはわかったが何でここに来たのか聞いてねぇぜ!」


飄々とするドンにガロンが変わらず突っかかる。


「いや噂に名高いリプレイがついに宝物庫から外に出されたと噂を聞いてな。いてもたってもいられず金を湯水のように使い在処を探しだしたんじゃよ……そしたら闘技大会の賞品になったと情報を掴んでな、ここまで探しに来たんじゃ」


色々と人に言えないこともしたがとドンは軽く笑って続けた。


「なぁお嬢ちゃん、このリプレイをワシに売ってくれんかの?金なら孫の代まで遊んで暮らせるほど払うぞ、どうじゃ?」


リプレイを抱き寄せたままのリュナに目を爛々と輝かせてドンが詰め寄る。


「…だめ…」


「なんでじゃ!金が足りんか!?」


「待て待て爺さん!ソイツはそもそもこっちのヒカリのモンだし、幾らなんでもいきなりすぎるぜ!」


リュナに食って掛かるドンに、たまらずガロンが割って入る。


「なぬ、そうじゃったか。ではヒカリ君、どうじゃね?ワシにこれを売らんかね!?」


今度はヒカリを標的に切り替え詰め寄る。

そのあまりの圧にヒカリは思わずたじろいでしまった。


「す、すいません……俺は貴方のことをあまり良く知らないですし、このリプレイも苦労して勝ち取ったモノなので誰かに譲ることは……」


「ぬぅぅぅ!これから先、一生遊んで暮らせるんじゃぞ!なんならそこの彼女さんの店にとんでもない額の支援をしてやってもええ!

だから!な!ええじゃろ!?」


「ご、ごめんなさい……俺にはお金の価値があまり良くわからないので……」


「な、なんて強情なヤツじゃ!むむむむ……!」


不意に出た自分の商店への支援の話にツカサは顔を輝かせたが、しかし何とか断りをつけようとするヒカリに、ドンは子供のように地団駄を踏んだ。


「どうしても…!どうしても売らないんじゃな……!」


「え、ええ…すいませんが……」


「むぅ…!ならばええわい!部屋に戻るぞプリンス!」


諦めたのか、単にこの場は引き下がることにしたのか。

ドンはプリンスと呼ばれたランバン種のボディーガードと共に部屋を後にした。


「め、めちゃくちゃな爺さんだったな……あんくらい図太くねぇと金持ちなんかなれねぇんだろうか……」


ガロンの言葉に皆が暗黙ながら同意する。

一行は嵐のように来て帰っていったドンに呆気にとられていたが、ツカサだけは残念そうな顔だ。


「あ~あ~、せっかくエンドルゲン商会と繋がりが持てるチャンスだったのにぃ……」


「す、すまんツカサ…でもリプレイは色々あって手に入ったモノだったから……」


「わかってるわよぉ……でもそれと残念な気持ちは別だわ……後で個人的に会いに行こうかしら」


そうこう言いながらヒカリはリュナからリプレイを受け取り元あったように包みに戻し、全員が席についた。

相変わらずツカサは残念そうだったが、やっと落ち着くことができた。

それから少しすると振動と共に列車が動き始め、ガロンが尻尾を振りながら窓に釘付けになる。


「動き出したぜ!こんなデケェもんがこうやって動くんだからスゲェよなぁ……これを作ったことにはあのオッサンに感謝だぜ!」


「……えっへん……」


「おっと、実際に作ったのはリュナの父ちゃん母ちゃんだったな、わりぃわりぃ」


列車は次第にスピードを上げていき、しばらくしてゼンコウの街は遥か後方に僅かに見えるのみとなった。


「ニヤけたりして、どうしたの?」


窓から小さくなったゼンコウの街を見ていたヒカリにツカサが声をかける。

思わず感情が表に出てしまっていたようだ。


「いや、あの街で色んなことがあったなぁってさ」


「まぁそうねぇ、危ないことばっかりだった気もするけど」


「でも楽しかったよ、なんていうか新鮮でさ……記憶が無いから当然なんだけど。

みんなとも出会えたし、これから行くミヤコの国でも何があるか楽しみで」


「そっか、アンタがそう言うなら良い思い出ってことにしときましょ」


「思い出…思い出か。俺にも思い出ができたんだな」


「これからもいっぱいできるわよ」


そう言って優しく微笑みかけるツカサに、ヒカリは胸が暖かくなるように感じた。


[チケット・トゥ・デンジャラス、続く]

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