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[朝焼けと共に来た男]


 豊かな木々に囲まれ、穏やかな風が吹き抜ける村、リトル。穏やかな朝日に包まれて、今日もいつも通りの一日が始まろうとしていた。


「お母さんおはよぉ」


「あらツカサおはよう、早いじゃない、まだ寝てても大丈夫よ?」


 早朝、二階から寝起きの覚束ない足取りで階段を降りてきた少女、ツカサ。腰ほどまである淡い紫の髪の美しい、ユウキ家の一人娘だ。


「ううんいいの、早めに準備してドムゥの世話してあげたいから」


 そう言ってツカサは起きたばかりの乾いた喉と空腹を解決しようと、机の上に置かれた瑞々しい果物を取る。


「そう?ならいいけど」


 ここは惑星アトムにたった1つある大陸の、そのまたはずれにある、海に面した小さな村だ。


「とりあえず荷車にはもう荷物を載せてあるわ」


「そんなこと自分でやったのに、でもありがとお母さん」


 ユウキ家はリトル村で唯一の商店を営んでいる。

 商店は、大きな街との交易で村の農畜産品や水産品と引き換えに貴重な加工物質を仕入れてくるので重宝されている。

 春の終わり、穏やかな風が吹き抜けるその日もツカサは村で採れたモノと共に近くの街へと旅立とうとしていた。


「いいね、わかってると思うけど砂漠の横を通るときは昼になる前に抜けるのよ」


「大丈夫だって、心配しないで」


 もう何度目かにも関わらず毎回心配そうな顔を自分に向ける母に笑って返す。


「ちゃんと明日の日の出前には歩き始めるようにするから」


 街に向かう途中の道には広大な砂漠にほんの少しだが面している箇所がある。

 距離的にはさほどでもないのだが運んでいる物資がダメになってしまうので、日の出前に砂漠道に入り日が登りきる前に通りすぎてしまうのだ。


「今回もいつも通り3日は持つようにエヌエムをかけておいたから」


「んもー、そんなに時間かけないよぉ」


 エヌエムとは、知性のあるなしに関わらず生命体全てが使用することのできる技術であり、その能力は使用するモノによって様変わりする。

 そしてユウキ家は代々物体を凍結させるエヌエムを使えるので、移動に何日か必要な距離でも物資を痛ませず運ぶことができるのだ。


「それじゃあ、行ってきます」


 しばらくして準備を終えたツカサはそう言い残し、見送る母に背を向け荷車に乗り込む。

 オフホワイトのふんわりとした帽子に、同じ色の上着にズボン。

 ゆったりとした袖と裾は熱が篭りづらく砂漠超えの必要があるツカサにはピッタリの服だ。

 これがいつものスタイルだった。


「先に行った父さんとすれ違ったらよろしく言っておいてね」


「うん、わかった」


 ここ最近は豊漁の為に街へ行く頻度が上がり、ツカサの父は別の荷車で先に発っていた。


「気をつけて行ってくるのよ」


「はいはい、いってきます」


 苦笑して返すと荷車を牽く、アトムでは一般的な家畜のドムゥ、そのくすんだ灰色の弛んだ皮膚に鞭を入れる。

 もちろんドムゥもエヌエムを使用でき、その内容は「自身の筋力を増大させる」というものだ。


「お、ツカサちゃん今から出発かい?」


「はい、またゼンコウの街に」


 村の門から外にでる際、門番に声を掛けられた。虫の様な外見をしたランバンという種族の中年の男だ。

 喋る度にハサミの様な顎がカチカチと鳴るが、ツカサは慣れているので気にならない。


「そうかいそうかい、そしたら何か農具を仕入れてくれないかね?村で使ってるのもそろそろ古くなってきてね」


「わかりました、何か見ておきます」


「すまんが頼んだよ、そいじゃ行ってらっしゃい」


 笑顔で会釈すると、門番が開いてくれた道を通って出発する。ツカサにとっては既に慣れた道程の始まりだ。



 村を出て数時間が経過したころ、間もなく日が傾こうという時間であった。

 周囲は豊かな木々に囲まれた森林地帯、ここまでは何の問題もなく進んでくることができた。


「今日はこの辺で休もうかな」


 ドムゥに鞭を入れ足を止めさせる。

 まだ互いに体力は残っているが、ここからあと数キロ進めば砂漠に面する箇所に入ってしまう。

 今いる箇所ならば夜間の野宿でもさして危険は無いが、砂漠地には夜行性の危険な生物もいるため、その手前での野宿をいつも選択しているのだ。

 そして、日が出る前に目覚め歩きだし、一~二時間程で砂漠を抜けるのがいつものパターンであった。


「お腹へったしご飯ご飯!」


 ドムゥを近くの木に繋ぎ、自分も毛布を広げて寝床を作り火を起こす。

 ユウキ家のドムゥは自分の身に危険が迫ると吠えるように訓練されているため、ツカサは安心して眠ることができる。

 簡素な夕飯を食べ終わると、体に纏った毛布と焚き火の温もりは彼女を直ぐ様眠りに誘った。


 翌日、まだ日の出前、既にツカサは寝床から出てドムゥの世話をしていた。

 小一時間程ブラッシングを行い、ほんの少しだけ空が白んで来たころ全ての用意を終え、また街へ向かう。ここから先しばらくは休憩を挟まず進み続けることになるが、これもまた既にツカサには慣れたことであった。


「いつも通り、大丈夫そうかな。さ、もう一踏ん張り頑張ってね」


 砂漠に面した部分に入りしばらく、太陽は完全に地平線から顔を出し、徐々に気温が上がってきていた。

 街について荷物を捌いたら少しゆっくりしようかな。お父さんもまだ街にいるかもしれないし一緒にご飯でも……

 そんな事を考えながらまたしばらく進んでいると、ふいに砂漠の中心の方向、少し遠くからズゥン…と重たい音が聞こえてきた。


「なんだろ……?」


その方向に目を向けると少し離れた箇所に砂煙が盛大に立ち上り、その中にほんの少しだけ、橙色の巨大で硬質な物体が見えた。


「やばい!!」


 それを目にした瞬間、強く鞭を入れる。それと同時にドムゥは全力疾走を開始し、鈍重な体からは考えられない程のスピードで爆々と走り出した。


「まさかこんな砂漠の端に砂蟲がいるなんて…!!」


 砂蟲、巨大で長大な体を持つ蟲であり、砂漠においての生態系の頂点である。こんな砂漠の端に、目立ったエサも無いのに現れるのは滅多に無い事だ。


 もしや自分達を察知して補食しようとしているのか?いやしかし、それならば砂蟲に察知された時点でドムゥが吠えるはず…

 もう一度砂蟲のほうを見ると、先ほどまでよりさらにこちらに近い箇所で砂の中から頭を飛びださせていた。頭を振りながら巨大な顎を鳴らしている。

 このままでは追い付かれるかもしれない、そう思い距離を計りながら砂蟲を見ていると、それと自分の中間地点に何か動くモノが見えた。


「……あれは……人?」


 よく目を凝らすと、確かにそれは全力疾走して逃げているらしい人であった。なぜかはわからないが砂蟲に追われているらしい。


「あの砂蟲、私たちを見つけたわけじゃ無かったんだ…」


 そういって少し安心しかけるも、すぐにまだ気を抜けないことに気付いた。なぜならばその人影がこちらに向かって、こちらをも上回るようなスピードで走ってきているからであった。

 このままでは、それに釣られた砂蟲も──


「冗談じゃない……!」


 焦りながら再び鞭を入れるとさらにスピードを上げほとんど全力疾走になる。

 このスピードなら逃げられる!


「待ってくれ!助けてくれぇぇぇぇ!」


 男の声だ。

 いつの間に近づいたのか、ほとんど荷車の真後ろにまで例の迷惑なヤツが迫っていた。

 真っ赤な髪を振り乱し必死の形相で走っている、信じられないくらいのスピードだ。


「なんなのよ!?アンタなんで砂蟲に追われてるの!?」


「わからん!そんなことより頼む!それに乗せてくれ!もう一時間くらい走りっぱなしなんだ!!」


「嫌よ!!私まで追いかけられるじゃない!!」


「そんなこと言わずに!頼む!」


「嫌よ!」


「頼む!!」


「嫌っ!!!」


「乗せてくれぇぇぇ!!!!」


「嫌ぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」





[朝焼けとともに来た男・続く]

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