[夢]
手を繋いで走っていた。
もうどうにもならないと知りながら、それでも遮二無二走っていた。
繋いだ左手の熱さが男の足を動かしていた。後悔を噛み締めるように俯く。
今までの自分の愚かさを、無責任さをどうしてもっと早く気付かなかったのだろう?
ふと、目の前に人影が現れる。
それが誰かを確認するよりも早く右手の黒い塊が火を吹いた。どさりと倒れたモノを見ても何も感じない、考えない。
なんとしても手を繋いだこの少女だけは助けたかった。
自分自身は何をどうしても、もう助からないだろう。胸に打ち込まれた小さな杭が、それを証明するかのように鈍く光った。
「まって…!お願い…!もう走れない……!」
聞こえた声に立ち止まって気付いた、いつの間にか周りには誰の気配も無い。自分たちを追ってくるものも無いということに。
「逃げ切れたのか…?いや、しかし……」
戸惑いながらも、自分の中の冷静さをかき集めた。しかし答えは出ない。
自分たちを追っているものが諦めることなど、絶対に無いと解っていた。
ならば何故、追撃が止んだのだろうか。
「ねぇ、もう怖い人たちこない?」
安心させようと無理矢理笑顔を作るが、きっとひどい顔だろう。笑顔を作るのは得意じゃなかった。
腰まで届く綺麗な赤い髪の感触を手のひらに感じながら答える。
「わからない……でも、もう少しだけ先に行こう。もしかしたら身を隠せそうなところがあるかも……」
空からゴォッと響きわたった爆音に言葉は遮られた。
音の正体を確かめようと上空に目を向け、遠く空に輝く"それ"の姿を視界に捉える。
同時に全てを理解した、もう何もかもが遅いということを。
そして自分が、自分の信じて従ってきたモノがいかに愚かで救いようの無いモノだったかを。
「もう俺には……!俺には君を……!」
「もう、ダメなの……?」
「遅かったんだ何もかも!ごめん……!本当に……!俺は君に何も!!」
「ううん、いいの、貴方に会えて幸せだったよ。ありがとう、ライト……」
「ヒカリ……!俺は……!」
そして閃光と熱とが全てを包んだ。
暗い部屋でヒカリは飛び起きた、何か夢を見ていた気がするのだが思い出せない。
「な……なんだったんだ……?」
全身は汗で寝巻きまでぐっしょりと濡れている。ふと、頬に暖かいものが伝う。
「これは……涙?なんで涙なんか……」
涙を拭い、上半身だけを起こしたまま病室の窓から外を見ると少しだけ白んでいる空が見えた。
「もうすぐ、朝か……」
体の疲れを思い出して再び横になるが、ヒカリの頭の中には不快感と、故の知れぬ悲しみがしばらく焼き付いていた。
[夢]終




