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[そして、動きだす欲望]

[そして、動きだす欲望]



 舞台上から会場を跳ね昇り、VIP観覧席にジュリが軽やかに着地する。フォルンを始めとした騒動は、とりあえずは自分がいなくても大丈夫だろう。


「大丈夫だった?ジュリちゃん」


「ええ、少なくとも私が手を下すようなことにはならなそうです。爺や殿にせっかく用意していただいたこの刀も、今日の内に陽の目を見ることは無さそうかと」


 ミナヅキに返事をし、流麗な鞘に仕舞われた刀を見る。


「この大会で血生臭いのは避けたいから、くれぐれもよろしくねジュリちゃん」


「はい、私がいる限り如何な蛮行も許しません。どうぞご安心ください」


 ミナヅキは満足気に微笑み頷く。しかし、とジュリは刀を持ち替え己の手を見つめる、その手のひらは汗でじわりと濡れていた。


「ヤツのあの気迫、先ほどの試合とはまた別物だった、まるで悪鬼羅刹のような……まさかこの私が一瞬とはいえ気圧されるとはな」


 ジュリは先ほどの一連の流れ、そしてヒカリの見せた凄まじい気迫を思い出す。

 その時突然、自分たちのいる観覧席の下方、舞台を中心に会場がにわかに騒がしくなった、小さな悲鳴や息を呑む声がする。


「どうしたのかしら……?」


 ミナヅキがざわつく舞台を見ようと観覧席の奥から進み出てくる。


「ちょっ、ちょっとジュリちゃん!なんなのアレ!?」


「どうなさいました?」


 舞台を見下ろすと同時に困惑と驚きの声をあげるミナヅキに、ジュリは慌てて駆け寄り己も舞台を見る。


「な、なんだアレは……!?」



 高笑いをあげるフォルンを、ガロン達は呆然と見つめるしかできない。それほどにその姿は異質で、誰の記憶にも類似するものが存在しなかったのだ。


「開いた口が塞がらんか?まぁ無理もなかろうがな」


 フォルンがさも楽しそうに語る。


「お、お前はいったい……なんなんだ!?」


 ガロンがやっとのことで口を開く。


「知りたいならソイツに聞いてみればいい。もっとも、覚えていればだがな」


 そう言ってフォルンが指差したのはヒカリだ。

 しかし様子が明らかにおかしい。呼吸が荒く、目の焦点も合っていないまま頭を抱えて踞っている。


「ククク……その様子を見るに貴様で間違いないようだな。尤も、やはり俺のことなど覚えていないようだが」


「お、おいどうしたヒカリ!大丈夫か!?」


 ガロンが駆け寄り呼び掛けるが返答は無い。


「ふん、情けない姿だ……まぁいい、ソイツが元に戻り次第お待ちかねの決勝戦といこうじゃないか、なぁ?」


 フォルンが司会役の軍人に話しかけると、急に話しかけられて驚いたのか司会はガクガクと首を縦に振って答えた。


「では、それまで俺はゆっくりとさせてもらおう」


 フォルンは他の面々を舞台に残し、脱ぎ捨てたローブを鋼の体へと纏い悠々と待機場へと戻っていった。


「とりあえずヒカリくんもツカサと一緒に医務室へ運ぼう。司会の君、後は上手くやってくれたまえ」


「へ?あ、はい!」


 カムイ達はその場を司会に任せ、未だ回復しきらぬツカサと、意識を無くしたのかグッタリとしたヒカリを抱え医務室へと急いだ。



 どこだ此処は……

 見覚えの無い景色、全てが炎に包まれていた。

 その炎の中でヤツが笑う、鋼の顔を不気味に揺らして、ヤツが笑う。

 足元には、無残に焼け焦げ、バラバラになった死体が無造作に転がっている。

 見渡せば、周囲の家屋や木々にも火が燃え広がっていた。焼けていく、あの子の産まれた村が焼けていく。

 そうだ、ここは……

 俺の守りたかった場所が。守ってくれと頼まれたのに。

 全てが燃え尽きても、高笑いは止むことなく響き渡っていた。




「……リ!…ヒ……リ!」


「ヒカリ!!」


「……ッハァ…!」


 ツカサが自分を呼ぶ声に、息を乱しながらヒカリは跳ね起きた。

 全身が冷や汗でじっとりと濡れ、不快感に包まれているのがわかる。


「目が覚めたか、かなりうなされていたようだが大丈夫かね?」


 カムイがタオルを差し出しながら尋ねる。


「え、ええ……」


 ヒカリはタオルで汗を拭きながら答える。


「お前どうしたんだよ?フォルンが素顔を顕した途端におかしくなっちまってよ……」


「すまん……アイツの顔を見た途端、物凄い頭痛がして立ってられなくなって……」


「ふむ、ではやはりフォルンは記憶を失う前のヒカリ君に何かしらの関わりがあったのだろう。何か思い出したりはしたかね?」


「そんなには……ですがアイツの正体は少しですがわかります」


「マジかよ、アイツは一体なんだってんだ?あんな風に身体中が鉄みたいになってる種族なんて聞いたこともねぇぞ。それにオイルだとかネジだとか……まるで自分を機械みたいによ」


 ガロンの言葉に、ヒカリは慎重に言葉を選ぶ。自分自身でもあまり現実を受け止めきれていないのだ。


「ガロンの言うとおり、アイツは機械なんだ。それも全身ほぼ全てが」


 シンプルに自分の思い出した事柄だけを口にするが、やはり周りの表情は驚愕に染まる。


「機械だとぉ!?んなアホな話があるか!ミヤコみたいなデケェ国だって、つい最近、蒸気で物を動かす技術が他の国から入ってきたばかりなんだぜ?お前はアイツが腹の中で湯でも沸かして動いてるってのかよ!?」


「そこまではわからない、俺は自分が思い出したことを言っただけだ。それともう1つ、ヤツの本当の名前はフォルンじゃない、フォルンは謂わばヤツの品名みたいなモノだ」


 ヒカリはそこで一呼吸置いた。

 自分が如何に荒唐無稽なことを口にしているのかは、周りの表情から嫌でも伝わってくる。


「ヤツの本当の名前は"プロト"。量産型汎用機械人形フォルンシリーズの第一号機だ」


 しばしの沈黙が流れるが無理もない。ヒカリの口にした言葉はあまりにも非現実的だ。

 しかし、実際にフォルン……いやプロトの全身を、その生命体という枠組みから外れた驚異的な耐久力を見てしまっている。


「な、なに言ってんだお前……機械人形って……そんなバカな話あるかよ!ならアイツは生きた機械だっていうのか!?」


「ああそうだ、ヤツの体で生身の部分は脳髄だけ。それ以外は全て鋼で出来ている。生きた機械と言っても良いだろう」


「お、おいおい……冗談キツいぜ……」


「いえ、私は信じるわ……あの時私は自分が凍り付くほどの力でエヌエムを使った。でもアイツはなんのダメージも無く平然としていたんでしょ?そんなコトができる生物なんているわけ無いわ」


 ツカサの言葉には、実際にプロトに触れ、闘ったからこその確信が込められていた。闘った本人にそう言われてしまえばもはや事実を受け入れるしか無い。


「だが、もしプロトが本当に機械であったとして一体何処の国がそんな技術を持っているのかね?蒸気機関をミヤコにもたらした技術大国のロマリですらそんな技術は無いはずだ」


 カムイの問いにヒカリは申し訳無さそうに首を振って答える。


「すいません、そこまではまだ……でも、次の試合で実際にヤツと触れあえば何かを思い出せるかもしれません」


 ヒカリの言葉にツカサが驚いた顔をして詰め寄る。


「ちょっ、ちょっとヒカリ!アイツと闘うの!?」


「ああ、当たり前だろ。次は決勝なんだ、それに結果はどうあれツカサを殺そうとしたのは許せない」


「私のことなんて気にしなくていいから!あんなやつとマトモに闘ったら怪我じゃすまないかも知れないのよ!?」


「大丈夫だ、危なくなったら今度はツカサが助けてくれ」


 そう言ってヒカリは笑顔を作った。


「あ、あんたねぇ……!」


「いや、ここはヒカリ君の好きにさせてあげよう。せっかく記憶の手掛かりになりそうなんだ。それに今度は我々も待機場にいるようにする、それなら良いだろうツカサ?」


「……はぁ、わかったわよ。でも、無理はしないでね?」


 カムイの言葉にツカサもしぶしぶ頷く。


「よし、それじゃ行きましょう。観客も待っているだろうし」


 ヒカリがベッドから立ち上がり出入口に向かう。他の皆もそれに続いた。


「プロト……お前はいったい何なんだ……?」


 通路の先頭を歩きながらヒカリは小さく呟いた。

 頭の中では、炎に包まれながら笑うプロトの顔がいつまでも離れなかった。


 ヒカリはまだ知らなかった、ヒカリだけでなくこの星の誰もがまだ知らなかった。

 この星の全てを覆い尽くしてもまだ余りあるほどの暗く醜い欲望が、今日まさにその姿を見せ始めたのだ。

 破壊の時が迫っている。


[そして、動きだす欲望・終]

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