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[準決勝、そして]

[準決勝、そして]



「よう、戻ってきたぜリュナ!」


「すまないリュナ君、待たせたね。おや、カナリアさんもいらしたんですね」


 観客席に戻ってきたカムイとガロンが、ちょこんと座っているリュナに声をかける。

 二人に向かって小さく手を振るリュナの横にはいつの間に来たのかカナリアも座っていた。


「わりぃなリュナ、カッコいいとこ見せらんなかったぜ。っと、どうした?」


 ガロンが言いながら胡座を掻くように座席に座ると、リュナがその脚の上にいそいそと座ってくる。そのままくるまれる様に座ると、リュナはガロンを見上げる。


「…ううん…ガロちゃん…かっこよかったよ…」


「そうかい、ありがとうよ」


 リュナの言葉にガロンは笑って返す。そんな二人を挟むようにカナリアとカムイが座席に座った。


「あんたがリュナの言っていたガロちゃんだね。リュナが話してくれたよ、今まで自分の作品を見た人の中で一番目が輝いてたってね」


「恥ずかしいからガロちゃんはやめろい。そういうアンタはカナリア婆さんだな、アンタの事は前から噂で知ってたが、まさかリュナの婆さんだとはな」


「確かにリュナの婆さんだがアンタに婆さんと呼ばれる筋合いは無いよ」


「へっ、お互い様だぜ。お、そろそろ準決勝が始まるみたいだ」


 ガロンの言う通り、舞台の上には司会が立っていた。いつの間にか観客席にも人が戻っており賑わっている。


「ヒカリちゃんもツカサちゃんも待機場に戻ったみたいだね」


 カナリアが待機場を指差した。


「しっかし、あのツカサちゃんがまさかこの大会に出るなんてねぇ……それも本戦にまで出場するなんて立派になったもんだよ」


「そう言っていただけると親としても師としても嬉しいですよ」


 カナリアの言葉にカムイは微笑んで返す。しかし、その目はやはり少し心配そうだ。

 カムイ達がそんなやり取りをしていると、舞台上の司会が声を張り上げた。


「皆様お待たせいたしました!只今より、準決勝を開始いたします!!」


 司会の言葉に観客席は再度盛り上がりを見せる。もはや待ちきれないといった様子だ。


「それでは早速第一試合に参りましょう! 準決勝第一試合はジュリ選手対ヒカリ選手となります、両者、舞台上へどうぞ!」


 司会から呼ばれたヒカリが舞台へ向かう。その背中に、ツカサは思わず声を掛けた。


「ヒカリ…!」


「ん?」


 呼ばれたヒカリが振り替える。その表情には、不安や恐怖といったようなモノは見えない。


「あの……頑張って!」


 ツカサにはその言葉しか思い浮かばなかった。


「ああ!見ていてくれ!」


 ヒカリはツカサに微笑みかけると、背を向けて再度舞台へと歩き出した。

 そこには既にジュリが待ち構えている。


「ふ、逃げずに出てきたことだけは褒めてやろう。だがお前は棄権しなかったことを後悔する、直ぐにもな」


「勝っても敗けても後悔なんかしないさ。まぁ、敗けるつもりは無いけどな!」


 舞台上で火花を散らす二人をよそに、司会が観客を盛り上げにかかる。


「さぁ!両者共に舞台に現れました!まずはジュリ選手、1回戦では圧倒的な勝利を魅せてくれました!その剣術は一撃必殺!ヤマト軍きっての腕利きは準決勝において如何なる絶技を我々に魅せてくれるのか!?期待が高まります!!」


 観客がジュリに歓声を送る。その美貌もあってか、心なしか男性層の声援に熱が籠っているようだ。

 当のジュリは、ミナヅキ姫の居る特設席に向かって深々と頭を下げている。


「続いてヒカリ選手!詳細不明の選手でありながら、1回戦ではガロン選手と白熱した試合展開を魅せてくれました!!荒々しくも実に男らしい闘いに心を掴まれた観客も多いでしょう!さぁ、その鋼鉄の右手に再び勝利を掴むことができるのか!?それともジュリ選手の剣技がその鋼鉄すら打ち砕くのか!?間もなく試合開始です!」


 適度に距離を取る両者。

 試合開始前から互いに相手のエヌエムを警戒しているのだ。


「それでは準決勝第一試合……」


 司会が腕を上げる。

 ツカサは右手を前に半身に構え、ジュリは刀に手を掛け腰を低く落とす。


「開始ぃぃぃぃぃ!!!」


 司会が腕を降り下ろす。

 それと同時にヒカリはガントレットを呼び出し、ジュリは刀を抜き放ち、切っ先を垂らし下段に構えた。

 しかしそのまま両者動かない。ジリジリとした探りあいが始まった。


「あの人のエヌエム……刀の見掛けの長さに捉われてはダメだ……それに1回戦で見せたあの剣速は凄まじい……あの刀を自由にさせるワケにはいかないな、なら……」


「奴のエヌエム、鈍重そうな外見に反して中々の素早さだ……その上一撃の威力も高い、マトモに喰らうワケにはいかん。拳を振らせないに越したことは無いな、ならば……」


「「相手より先に懐に入る!!」」


 奇しくも互いに同じ結論に辿り着いた瞬間、ほぼ同時に踏み込む。

 ジュリは下に向いていた刃を返し、低い姿勢で下段から斬りかかる。一方ヒカリは飛びかかるようにして踏み込み、上段から右拳を降り下ろす。

 場内にカン高い衝突音が響き渡った。


「ふん、考えることは同じだったわけだ。雑魚のわりには良く反応したと誉めてやる」


「そりゃどうも、誉めてもらっても嬉しくは無いけど…!」


 刀と鉄拳が両者の間で鍔競り合う。

 互いが相手の考えに気付いた瞬間、両者共に動作を相手へのカウンターに切り替えたのだ。結果、二人の得物はぶつかり合った。


「だがそれも一度きりだ、幸運はそうは続かん」


 ジュリが刀を一瞬引き戻し、そのまま中段から突きを放ってくる。

 ヒカリもそれをガントレットの甲で逸らし素手の左拳を打ち込むが、ジュリは体を最低限の動きで横にスライドさせ拳をかわす。両者はそのまま激しい打ち合いに突入した。


「ヒカリちゃん、なかなかやるじゃないかい」


「まるで記憶が無いのが嘘のようです。しかしあのヤマト軍人もまだまだ本気では無いようですな」


 確かにジュリは未だにエヌエムを使用していない。

 純粋な格闘能力だけでヒカリと互角以上に渡り合っているのだ。


「ふ、軟弱者にしてはよく動くではないか」


 幾度かの打ち合いの後、距離を開けた両者。

 挑発するようにジュリが言う。まだまだ余裕といった口調だ。


「なんだよ、さっきから随分と褒めてくれるな」


 ヒカリも軽く笑って返すが、激しい打ち合いによって額にはじわりと汗が浮かんでいる。


「なに、ただの気紛れだ。気紛れついでに見せてやろう、私のエヌエムを」


 ジュリが刀を鞘に仕舞い、柄に手を掛けたまま体制を低く落とした。


「見えれば、だがな」


 その瞬間、ジュリの目に明確な気迫を感じたヒカリは咄嗟に右腕を体の前に出した。

 刹那、場内に衝突音が響く。


「くっ、これは……!」


「ほう、良く防いだな。軟弱者らしく勘だけは鋭いようだ、まぁ一回戦で見せているのだからこの程度は予想済みだがな」


 二人の距離は凡そ10mほど。とても互いの得物の届く間合いではないはずだった。しかし、低い姿勢から鋭く居合い抜かれたジュリの刀からは例の青白い光がまっすぐ伸びていた。

 そしてその粒子ははヒカリまで届き、慌てて攻撃を塞き止めたガントレットにめり込むようにして止まっていた。


「これは……やはり刀の間合いを伸ばす能力か!?」


 試合前からある程度予想を立てていたヒカリが問う。しかし当のジュリはニヤリと笑った。


「そんな底の浅いエヌエムだったなら初戦から晒すと思うか?」


 ジュリの刀から光が消え、せめぎ合いの圧力からヒカリの右手が解放される。

 チラリとガントレットの様子を伺うが、刻まれた傷は思ったよりも深い。鋼鉄のガントレットにここまでの傷をつけるとは凄まじい威力だ、恐らくは剣速や剣圧もそのままあの青白い光に反映されるのだろう。


「そら、まだまだゆくぞ。見事受けきったなら少しは認めてやる」


 ジュリが大上段に刀を構え直した。二人の距離は未だに開いたままである。


「でぇいっっ!」


 気合いとともにジュリが刀を降り下ろす。ヒカリは右手を頭の上に掲げ防御姿勢をとった。

 瞬間、再度鳴り響く衝突音。青白い光がガントレットに食い込む。しかしジュリの攻撃はそこで終わらない。刀を返し、二撃目三撃目と次々に繰り出してくる。


「ぐうっ……!」


 ヒカリもなんとか剣先を読んで右手で防ぎ続けるが、防戦一方から抜け出す糸口すら掴めない。


「あれじゃどうすることもできないじゃないか……」


 観客席のカナリアが思わず呟く。ヒカリが追い詰められているのは誰の目にも明らかだ。


「くそ!これが試合なんかじゃ無きゃヒカリもまだ手の打ち様があるってのに!」


「なに?ヒカリ君にはまだ何か隠し玉があるのかね?」


 悔しさを滲ませるガロンにカムイが尋ねる。


「ああ、ヒカリのガントレットは"銃弾"っていう鉄の玉を、スゲェ速さで飛ばすことができるんだ。だがあまりにも威力が高いから当たったら相手を殺しちまうかもしれねぇ……下手をすりゃ観客にも当たる危険だってあるから使えねぇんだ」


「なるほど、ヒカリ君にそんな能力が……確かに試合では使えんな」


 舞台上ではなおも激しい攻撃が続いていた。剣撃を防ぐ度に少しずつヒカリは追い詰められていく。が、突然ジュリは刀から光を消した。


「なにを……!?」


 ヒカリが疑問に思ったのも束の間、半身の姿勢から中段に構えたジュリは鋭い突きを放つ。

 その間は1秒にも満たない。


「でやぁっ!!」


「うぉっ!!?」


 突きの鋭さをプラスした光が刀からヒカリの顔面目掛けて真っ直ぐに伸びる。凄まじい速さだ。


「あ、あぶね……!」


 放たれた突きをなんとかガントレットの甲で反らしてギリギリ回避したヒカリ。

 額には汗が伝い、度重なる攻撃を防いだガントレットは至るところに傷を受けボロボロだ。


「フ、よくぞ防ぎきったモノだ」


 ジュリは刀を鞘に納めながら言った。あれだけ激しく刀を振っていながら息切れ1つ無い。


「ギリギリだって……」


「良く言う。貴様、何か力を隠しているだろう」


 ジュリが鋭く問いただす。


「へぇ、何でそう思うんだ?」


「貴様の右手のソレを見れば、どんな機能を持っているのかなどある程度予想することは容易い。恐らくはその穴から何かを射出するのだろう?」


「さぁ、どうかな……?」


 あっさりと図星を突かれた。戦場を駆けているうちに培われた洞察力によるものであろう。


「ふん、まぁ何でも良い。今の問答でお前が何かしらの力を隠しもっているという確信は得られた」


「ヤなヤツ……」


 ヒカリの言葉を無視してジュリは続ける。


「私相手に力の出し惜しみだなどとナメたモノだ。隠した力を使え、貴様がどんな能力を使おうが私の勝ちは揺るぎ無い。貴様ら軟弱者の虚勢をへし折る良い見せしめになる、使え」


 ジュリが見下しを隠しもせずに言い放つ。

 対するヒカリも、突破口が見出だせない以上なんとかして徹甲弾を使わざるを得ないと考えていた。それに何より、ジュリの言葉が流石に癪に触っていた。


「後悔するなよ……!」


 右手をジュリに向かって構える。狙うは脚部、動いている相手に狙いをつけるのは厳しいが、ジュリは居合いの体勢から動かない。これならば冷静に狙いをつけることができる。


「脚だ、脚だけを……撃つ!」


 ヒカリは意を決して徹甲弾を撃ち放つ。

 会場には銃声の爆音が響き渡り、観客達は初めて耳にする凶音に身を竦める。そして弾丸はジュリの脚目掛けて真っ直ぐに突き進んだ。

 ジュリがカッと目を見開く。


「ぜぇいっ!!」


 ジュリは一喝と共に、居合いの姿勢から刀を逆袈裟に切り上げる。

 ヒカリの目にはほんの一瞬、刀の通り道に火花が散ったように見えた。


「ま、まさか……!」


 ジュリは振り切った刀を鞘に納め、ヒカリを見据えた。


「どうやら……万策尽きたようだな?」


 なんとジュリは飛来する銃弾を空中で切り捨てたのだ。刀に叩き斬られた銃弾の破片が掠めたのか、ジュリの頬に赤い傷が一筋生まれた。そこから伝った血を舌で舐め、刀を抜き放つ。


「確かに凄まじい速さだった、乱戦で撃たれたならば私も危なかっただろうがこれは試合だ。まぁ、先ほどの様子を見るに動く相手に狙いを定めるほど使いこなせてはいないようだがな……どちらにせよ私の勝ちであったということだ」


 ジュリの言う通りであった。

 今のヒカリの技量では動く相手に狙いをつけることは難しく、ガロンは愚かジュリ程のスピードでも本気で動かれたなら正確に当てることは難しいだろう。

 その上、止まっている状態のジュリには刀で打ち落とされてしまった。ヒカリはまさしく打つ手を失いかけていた。


「まだだ……考えろ……」


「軟弱者なりにここまで頑張った褒美をくれてやろう。私の能力の真骨頂を見せてやる」


 必死で思案を廻らすヒカリに追い討ちをかけるがごとく、ジュリにはまだ隠した力があるという。


「くっ……まだ何かあるのか!」


 険しい顔のヒカリをよそにジュリは刀を大上段に構える。


「これで終わりだ、輝閃一刀流(きせんいっとうりゅう)……掌縦薙(しょうじょうなぎ)!!」


 ジュリが叫ぶと同時に、刀の根元から例の光が吹き出す。だが、今度は真っ直ぐ上一直線にではない。

 上に向かってはもちろん、左右にも激しく吹き出す。そのまま光は巨大な獣の手の様な形を成した。それの大きさは舞台を覆ってしまうほどで、その威容に観客席からも驚きの声があがる。


「嘘だろ!?」


 ヒカリが驚愕に目を見開くと同時に、ジュリは上段に構えた刀を思い切り降り下ろした。


「ぜぇいっ!!!」


「くっ!!」


 舞台をすっぽりと覆う程の光の塊にヒカリは逃げることも敵わずガントレットで防御姿勢をとることしかできない。

 そして物理的な破壊力を持った閃光が、ジュリの剣速そのままにヒカリに降り注いだ。激しい激突音と共に閃光が舞台に衝突する。あたりには砕けた舞台の破片が噴煙となって立ち込めた。


「ヒカリ!!」


「ひ、ヒカリ……!」


 観客席のガロンや待機場のツカサが思わず叫ぶ。

 やがて噴煙が晴れると、徐々に舞台の様子が明らかになる。ヒカリらしき人影はどうやらまだ立っているようだった。


「ハァっハァっ…ぐっ……!」


 煙が完全に晴れ現れたヒカリの姿は痛ましいものであった。

 巨大な青白い閃光の中心、ヒカリと激突した部分には穴が空いている。粒子に囲まれるように立つヒカリの全身はいたるところから出血し、直撃を受けたガントレットは亀裂すら走っている。荒く息を吐くその姿はまさに満身創痍だ。


「ふん、どうやらここまでのようだな。まぁ軟弱者にしては良く持ったほうか」


 そう言うと閃光は舞台の上を這うように刀の根元に戻っていき、完全に戻りきるとジュリは刀を仕舞う。


「おい……何言ってんだよ……こっちはやっとアンタの弱点を見つけたってのに!」


 苦しそうに吐き出されたヒカリの言葉にジュリの眉がピクリと動く。


「弱点だと?苦し紛れにしても不快極まりない……このまま降参すれば良しと思ったが気が変わった、貴様は気を失い無様に倒れ伏すまで斬ってやる」


 ジュリが再び刀を抜き放った。その佇まいには殺気すら感じられる。


「どうするつもりか知らんが再びこれを受ければ貴様も立ってはいられまい」


 上段に刀を構える。もう一度、先程の技を放とうというのだろう。

 そしてヒカリに再度の攻撃を受けきる力が残ってはいないだろうということは誰の目にも明らかであった。しかし当のヒカリはソレを見てニヤリと笑う。


「どうした、気でも触れたか?」


「そんなんじゃないさ……いいから早く来いよ!」


 ヒカリは挑発するかの如く不敵に笑う。


「よかろう、そんなに喰らいたくばくれてやる……輝閃一刀流、掌縦薙!!」


 先程の再現の如く刀の根元からは光が噴出し巨大な掌を形作る。しかしヒカリはその場で微動だにしない。


「ぜぇいっ!!」


 ジュリが刀を降り下ろす。手負いの相手だろうと容赦の無い本気の剣速だ。目の前に閃光が迫る。

 だがヒカリは防御姿勢をとるばかりか右拳を握り締め真上に向かって正拳突きを放つかのような構えをとった。


「だりゃあっ!!!」


 雄叫びと共に拳を打ち出すヒカリ。

 そして閃光と鉄拳が激突する瞬間、ガントレットの爆砕機構を起動する。

 会場に轟音が響くが、今回は土煙は上がらない。そして舞台には真上に向かって拳を打ち抜いたヒカリと驚きに目を見開くジュリの姿があった。


「な……!どういうことだ!?なぜまだ立っていられる!?」


 ジュリの問いかけにヒカリはニヤリと笑って答える。


「簡単さ、細長く固めた時よりも薄く拡げた時のほうが薄く脆く弱い。アンタの能力はたぶん、あの光を出せる量に限界があるんだろう?だからさっきみたいに広範囲に拡げた時はどうしても密度も厚さも薄くなる……だから俺のガントレットで簡単にぶち抜けたんだ」


「チッ……良く気付けたものだな」


 ジュリが苦々しげに呟く。


「一回あの技を受けたからこそさ。もしも威力が変わらないのだったら防御なんかしたとこで最初の一撃で倒れてたよ」


 ヒカリが拳を構える。その目は鋭くジュリを射抜いた。


「さぁ、もうあの技は俺には通用しないぞ!」


 あえて挑発するようにジュリに言い放つ。ヒカリには勝つための秘策が生まれつつあった。

 ジュリのエヌエムの性質について先程もう1つ自分が気付いたことが予想通りならば、勝機はあるかもしれない。


「技を1つ防いだくらいで調子に乗りおって……!よかろう、そこまで痛い目にあいたいのなら再起不能になるまで斬ってくれる!」


「さて……上手くいくか……まだ隠し玉があるなら俺の敗けだな」


 苛ついたように刀を抜き放ったジュリを視界に納めながら油断無く構え、静かに呟くヒカリ。ジュリの刀の根元、鍔の部分からは再び青白い光が出現する。


「これで終わりだ!今の貴様に私の連撃を受けきることなどできんぞ!!」


 光が刀の延長上に細長く収束した。

 試合開始間もなくの時のように間合いの外から攻撃を見舞うつもりなのだろう。


「よしそれでいい……あとは……」


「でやぁぁぁぁ!!!」


 ジュリは再び高速の連続攻撃で間合いの外から切りつけてくる。

 既に体が限界に近いヒカリは最初の時のように上手く捌くことが出来ずにガントレットでマトモに受け止めることしか出来ない。


「くっ……技を一個破っても振り出しに戻っただけだ!これじゃジワジワと追い詰められてくだけだぜ!」


 観客席のガロンが悔しげに叫ぶ。しかしカムイが冷静に口を開いた。


「いや……ヒカリ君には恐らく作戦がある。彼の目は何かを狙っているかのようだ」


「マジかよ!?いったいどんな作戦が……?」


「そこまではわからないが……私が気づいたことにもしヒカリ君も気づいたのなら、この勝負の結果は未だわからないぞ」


「本当か!?でもヒカリのヤツあんなボロボロに……」


 ガロンが指差した舞台の上では、未だかろうじて攻撃を防いでいるヒカリの姿があった。

 しかし身体中の傷はさることながら、既に亀裂の入っていたガントレットはあちこちが砕け、まともに形を成しているのは拳部分だけというありさまであった。


「もう少し……もう少しのはず!」


 何かを待ちながら耐え忍ぶヒカリ。

 そしてついにそれは訪れた。今までの激しい斬撃の締めにジュリは鋭い突きを放つ。さながら一度目の連撃の再現のように。


「これだ!!」


 カッと目を見開いたヒカリは突きを避ける素振りを見せず、待ち構えるかのように構えた。


「血迷ったか!!」


 ジュリは若干の驚きを見せながらも突きの速度を緩めない。誰もが、貫かれ敗北するヒカリを想像したが


「何だとっ!?」


 なんとヒカリは自らに迫り来る青い光を、両の手で鷲掴み己の眼前で止めて見せたのだ。鋼で覆われていない左手には血が滲む。


「これを待っていたんだ、そして……」


「くっ…!」


 どうしたことか、ジュリは青い光を刀に戻し始めた。粒子を掴んだままのヒカリはそれを引っ張られるようにジュリへと接近していく。


「これで間合いだ!」


 完全に光を戻しきったジュリ、その眼前には己の刀をギリギリと握りしめるヒカリが立つ。


「ふんっ!!」


 ヒカリは歯を食い縛り、思い切り握った刀を捻る。そのままバキッという音を立てて刀は根元から折れた。


「チィッ!」


 折れた刀を手放しジュリは慌てて飛び退く。


「貴様……私のエヌエムを見抜いたというのか?」


「まぁ何度か見ることができたからな、予想は立てられた」


 ジュリのエヌエム、それは己の得物と同じ性質を持たせた青白い光を自由自在に展開する能力。

 しかし、それには制限があったのだ。


「まず、あの光は長時間出現させておくことはできないし一度に出せる量にも限界がある。あのまま連続攻撃を続けていれば勝てたにも関わらず一度目も二度目も突きを放って勝負を急いたのはそれが理由だろう?」


 ヒカリの言葉が図星だということは、ジュリの苦々しげな顔が物語っている。


「そして光に得物と同じ性質を持たせるということは刀と同じように手で掴むことも不可能ではなくなるということ……さっきみたいにデカく拡がったりしたら無理だけどな。そして光を戻すときは必ず刀の根元に向かって戻って行くのを見た。だったらアンタが限界になるまで耐えて、突きを放ってきたならそれを掴むことさえできればアンタが光を戻すのと同時にアンタの間合いに入れると思ったんだ」


「……それを私と闘いながら見抜いたのか……?」


「ああ、ギリギリだったけどな。そしてこれで終わりだ」


 ヒカリが右手を構える。ボロボロになったガントレットの銃口がジュリを狙う。


「降参してくれ、今度はアンタも防げないし下手に動かれたら何処に当たるかもわからない」


「そんな脅しに屈するとでも思うか……?私は誇り高いヤマト軍人だ、降参するくらいなら死んだほうがマシだ」


 あくまでも闘いを続けようとするジュリに、ヒカリは躊躇うことなく銃口を向け続ける。

 その眼光は普段のヒカリとは違う、人を傷つけることに何の躊躇いも無いような冷たい目をしていた。互いに向かい合ったまま、会場にはやけつくような空気が漂う。殺伐とした空気が限界に達しようとした、その瞬間。


「そこまでです!!」


 VIP用の観覧席から会場に澄んだ声が響き渡った。 ミナヅキだ。


「観客の皆様、突然の横いりをお許し下さいませ。これ以上続けば双方命の危険があると判断し、わたくしミナヅキの名を持ってこの試合の終了と勝敗を宣言いたします!!」


 突然の言葉に会場がザワつく。


「ジュリ選手は武器を失い、且つヒカリ選手には一撃必殺の手段が残されていると見ました。したがってこの試合はヒカリ選手の勝利とします!!」


 ミナヅキの言葉にジュリは驚愕して目を見開く。


「なっ…!お待ちくださいミナヅキ姫様!私はまだ闘えます!!それにこいつの方がダメージが大きいのは明らかのハズです!!」


 ジュリがボロボロのヒカリを指差し異義を唱える。会場のザワつきも少し大きくなったようだ。


「お黙りなさい。体にダメージがあったとはいえヒカリ選手は貴女を詰みに近い状態まで追い込んだのですよ?ヒカリ選手が警告せずに黙って貴女を撃ったなら貴女はそれを防ぐことが出来ましたか?」


「そっ、それは……」


「ならば貴女は情けをかけられたと同じこと。誇り高いヤマト軍人ならば敵に情けをかけられた時点で負けだと思えと教わるハズです……違いますか?」


「その……通りであります……」


 ジュリが苦々しく俯くのを見ると、ミナヅキはザワつく観客に向かって高らかに宣言をする。


「なればこの試合、ヒカリ選手の勝ちとします!しかし、我らが誇りであるジュリ大尉も素晴らしい実力を見せてくれました!皆様、二人にどうか盛大なる拍手を!」


 ミナヅキの言葉に推されたのか観客達は拍手を送り始めた。試合内容自体はハデだっただけに不満もそれほど無いようだ。いつしか二人へのエールも混じっていた。


「この屈辱、忘れんぞ……!いつか必ず貴様を叩き潰す!」


 ジュリはヒカリを睨み付けると、そのまま舞台を飛び降り肩を怒らせながら通路の暗がりへと消えていった。


「恨まれたか、参ったな……まぁでも、なんやかんや勝てたしいいか…な……」


 そのまま舞台に倒れそうになるヒカリを、待機場から登ってきたツカサが慌てて受け止めた。


「へへ……勝ったぞツカサ……ちょっとスッキリしない勝ちかたかもしれないけど」


「ううん、凄かったよヒカリ。あの凄い軍人相手にあそこまで闘ったんだから、私も勇気もらえたよ」


「そっか、なら良かった……」


 ツカサはボロボロのヒカリに肩を貸す。そのまま二人は待機場へと戻った。


「医務室へ行かれますか?」


 医療班の人間がヒカリに尋ねる。


「いや、次の試合を見たいんだ……ここで治療してもらえないかな……?」


「本人の希望ですので構いませんが……ダメージが回復しきるかは保証できませんよ?」


「ならば私が変わろう」


 声がしたかと思うと観客席からカムイが飛び降りてくる。


「カムイさん、よろしくお願いします」


「ああ、任せてくれたまえ」


 ツカサが長椅子にヒカリを座らせると、直ぐ様カムイが怪我やダメージの復元を始める。医療班の人間もそれを手伝った。


「しかし良く彼女のエヌエムを見破ったね、見事だったよ」


「これが試合じゃ無くて戦場とかなら俺が負けてましたよ。性質に気付けたのは攻撃を受けたからこそですから……刃が潰れてなかったら死んでいた。それに、これだけボロボロにされたら負けみたいなもんですよ」


 ヒカリが疲れたように笑う、その目には先ほどのような鋭さは無い。


「私も頑張るわ、自分の出来る限りのことをやってみる」


「ああ、俺もここで応援してるよ」


 二人は互いに微笑みあった。




「なぜ試合を止めたのですか!あのまま続けば私の勝ちは間違いなかった!!いくら姫様といえどあのような……!」


 観覧席の奥、豪華な椅子に座るミナヅキにジュリが詰め寄る。


「ジュリ大尉!姫様に向かって無礼であるぞ!」


 ミナヅキの隣に控える老齢の男が険しい顔でジュリを咎める。


「よいのです爺や。ジュリ、理由は先ほども言ったでしょう。それに貴女は己の実力に傲り、相手を嘗めてかかっていたのではなくて?相手に敬意を払うのも軍人の大切な心掛けですよ」


「あのような軟弱者に敬意を払えと言うのですか!?」


「その軟弱者に貴女は刀を折られ、あまつさえ情けをかけられたのでは?」


「くっ、しかし……!」


「よいですかジュリ、私は貴女の事を誇りに思っています。だからこそ貴女には軍人として戦士として、そして人として更なる高みに登って欲しいのです。なればこそ、今回私が貴女に敗北を言い渡した意味を考えてはくれませんか?」


 険しい顔だったジュリも、敬愛するミナヅキにそこまで言われたのなら言葉を収めざるをえない。


「……申し訳ありません、私が未熟であったが故の敗北でありました。姫様から戴いたこの敗北を糧に今後とも益々精進を重ねるつもりであります」


「貴女がそう言ってくれてわたくしも嬉しいです。貴女はわたくしだけでなく我が国の誇りとなれる人物だと確信しているのです、どうか頑張ってください」


「勿体無き御言葉にございます、その御言葉だけで万の勲章に値します。この度は出すぎた真似を致しました、どうかお許しを」


 ニッコリと微笑むミナヅキに対してジュリは深々と頭を下げた。

 その顔にはもはや険しさは無く、先程の言葉が心からのものと証明していた。


「許すも許さないも無いわ。さっ、堅苦しいのはここまでにして次の試合の解説をお願いするわジュリちゃん!」


「こっ、これ姫様!他の人間もいるなかでそのような言葉づかいをするなど……!」


「いいのよ爺や!ほらほらジュリちゃんの椅子を用意してあげて!試合終わりで疲れてるんだから!」


「なっ!軍人など立たせておけばよろしいでしょう!?」


 爺やに食って掛かるミナヅキをジュリは優しい表情で見ていた。それはまだ誰にも見せたことの無い表情であった。


[準決勝、そして・続く]

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