[灼熱の闘技大会・4]
[灼熱の闘技大会・4]
司会の呼び掛けに応えて、クサカベとフォルンが舞台に登る。
観客はクサカベに向けての声援一色であった。クサカベはそれに手を振りながら笑顔を見せる。
「皆さん応援ありがとう!!」
爽やかな声と笑顔に観客席の女性からは黄色い歓声があがる。
それだけでなく、男性からの声援も多いことがクサカベの人気を物語っていた。
「さて、それでは選手紹介に移らせていただきます!まずはフォルン選手。こちらは先ほどのヒカリ選手と同じく名前以外の情報が全くありません!なおかつ、予選においても戦闘の模様が我々の観察班でもまるで掴めていないという異常事態であります!この不気味な雰囲気のフォルン選手から一体いかなる攻撃が繰り出されるのか!注目です!」
フォルンの紹介に対して観客はそれなりの拍手と歓声を送ったが、期待は既にクサカベに注がれていた。司会がクサカベに向き直る。
「続いてクサカベ選手!クサカベ選手は皆様ご存知の通り前回大会の優勝者であります!その高い実力は当然のことながら、その正々堂々とした誠実な人柄はファンの心を惹き付けてやみません!私個人で調べました優勝候補の下馬評では堂々とナンバー1の人気を獲得しております!今大会も、あの炎の剣が我々を如何に魅せてくれるのか!?さぁ、間もなく試合開始です!!」
司会がそう叫び、試合開始の準備に入った。するとクサカベがフォルンに向けて歩み寄っていく。
「よろしく、良い試合にしよう」
クサカベが握手を求めてフォルンに手を差し出す。しかし、フォルンはその手を握ろうとはせず俯き気味に佇んだままだ。
「なるほど、対戦相手と仲良くはできないというわけだな、ならば僕もただただ全力をぶつけるとしよう」
そう言ってクサカベは所定位置へと歩いていく。フォルンはほんの少しだけ顔を上げたように見えた。
「……まったく……なぜ俺がこんな下らないことを……導師はいったい何をお考えなのか……」
掠れたような声で小さく呟いたフォルンの言葉は誰にも聞かれることは無い。やがて司会が舞台上に戻ってきた。
「それでは、第四試合を間もなく開始いたします!この試合が1回戦最終試合!否応なしに白熱せずにはいられません!それでは第四試合……」
司会が腕を振り上げる。
クサカベは背中の大剣の柄を握り戦闘体制に入る。フォルンは相変わらず俯いて棒立ちのままだ。
「開始ぃぃぃぃ!!!」
司会が手を降り下ろすと同時に、クサカベは剣を抜き放ちフォルンに向かって駆け出す。見る間に剣は炎に包まれた。
「まずは小手調べだ!でやぁっ!」
剣を上段に構え、接近した勢いのままフォルンに飛びかかる。
あえての大振りな攻撃はフォルンの出方を伺う為だ。
「さぁどうかわす…?何処に逃げても炎が追うぞ!」
しかし、攻撃が迫ってもフォルンは微動だにしない。それどころか試合開始から一歩も動いていなかった。
「どういうつもりだか知らないが遠慮はしないぞ!刃を潰しているとはいえ、怪我では済まないからな!!」
クサカベは着地の勢いそのままに、力の限りを込めて炎の剣を叩き下ろした。
「なっ…なんだとっ!?」
クサカベの驚愕と同時に、観客席からもどよめきの声が挙がる。
それもそのはず、フォルンは攻撃を避けるどころか凄まじい勢いで降り下ろされた炎の剣を片手で受け止めて見せたのだ。しかも人差し指と中指、たった二本の指で挟み込んだだけで、である。
包帯に包まれた顔の中、唯一覗く暗い瞳が紅く輝きクサカベを睨む。
「くだらん…全くもってくだらん。この程度の雑魚が優勝した様な大会を視察することなど、やはり意味があるとは思えんな…」
「くっ…な、何を…!」
フォルンは燃え盛る剣の熱などまるで意に介さずに愚痴るように呟く。
剣を指から引き抜こうとクサカベは腕に満身の力を込めるが、まるで動かない。
「お、お前はいったい何者だ…!?」
思わずクサカベが尋ねるが、フォルンは答えない。そしてそのまま、剣を挟んだままの指をほんの少しだけ捻った。
「ば、バカなぁ!」
バキンと音を立てて、クサカベの剣が真っ二つに折れた。
フォルンは指に挟み込んだままの剣の前半分を無造作に投げ捨てる。捨てられた剣が舞台に落着した音に我に帰ったクサカベは慌てて距離を取った。
「君のエヌエム…どんなモノかは解らないがかなり強力なようだな!こうなっては僕も本気を出さねばならないだろう!」
クサカベはフォルンに向かって一人叫ぶと、おもむろに己の両手を握りあわせた。すると、クサカベの両拳が煌々と燃える炎に包まれる。
「まさか一回戦でこの技を使わされるとはね……君はかなりの強者のようだが、勝つのは僕だ!」
クサカベは両拳を腰だめに構え、中腰の姿勢をとる。その姿はまるで正拳を繰り出そうとしているかのようだ。
「くらえっ!炎王爆裂波!!」
クサカベが両拳を遠距離に佇むフォルンに向かって、思い切り突き出した。すると、クサカベの拳に纏われた炎が巨大な奔流となってフォルンに向かって突撃する。
待機場にいるヒカリ達にすら解るほどの物凄い熱量だ。
しかし巨大な炎の塊が眼前に迫ってもフォルンは未だに動かない。
「この期に及んでまだ動かないつもりか!このままでは焼け死んでしま…!?」
「もうよい……ちょろちょろと目障りだ貴様」
一瞬であった。
繰り出した炎がフォルンの居た位置に着弾したように見えた瞬間、何故かクサカベの目の前にはフォルンと、フォルンの右掌底が迫っていた。
「そ、そんな!!」
「失せろ」
フォルンが掌底をクサカベの顔面に叩き込むと、そのまま舞台と平行に吹き飛んでいき観客席下部の壁に凄まじい勢いで激突した。
壁に背中からめり込んだクサカベは、気を失ったのかそのままうつ伏せに倒れ伏す。
「き、救護班!!」
呆気にとられていた司会が声を荒げる。
観客は優勝候補クサカベの突然すぎる、そしてあまりに圧倒的で呆気ない敗北に呆然とした空気で静まり返っていた。
倒れたクサカベに担架を担いだ救護班が駆け寄り脈を確認する。かろうじてクサカベの生存を確認すると、司会に手で合図を送った。
「い、生きているようです……クサカベ選手は生存!し、しかしこの勝負クサカベ選手のリングアウトによりフォルン選手の勝利です……!あまりに衝撃的な試合展開となりました、クサカベ選手まさかの一回戦敗退!」
観客からの拍手や歓声は無い。未だに試合の内容が受け止められないのだろう。
当のフォルンは勝ち名乗りをあげるでもなく、既に待機場に戻っていた。
「え、えー……これにて1回戦全ての試合が終了致しました。只今より一時間の休憩の後に2回戦を始めますので観客の皆様はこのタイミングにぜひ昼食等をお済ませ下さい。選手の方々は待機場で待つのも医務室の利用も自由となりますが、2回戦開始前にはこちらにお戻り頂くようお願い致します」
司会が会場全体へと告げると、観客の半数近くは先程の試合結果に対して多少ざわめきながらもぞろぞろと会場を出始めた。
そんな中、ヒカリとガロンは待機場に立ち尽くしていた。
「お、おいヒカリ、アイツの動き見えたか……?」
ガロンが動揺したように尋ねる。
「全く見えなかった……予備動作すら……」
「ありえねぇ……超高速で動くのに慣れてる俺にすら全く見えねぇだなんてよ!」
ヒカリとガロンは、試合前と同じように待機場の隅で静かに佇むフォルンを見る。
包帯に包まれた顔では表情すら察っすることができないが、その様が試合前よりもさらに不気味に感じられた。
「ヒカリ……お前アイツの能力、想像つくか?」
「皆目検討もつかない……あの動きや、剣を受け止めたことから肉体強化の類いだろうか」
ヒカリがガロンの問いに首を降って答える。ガロンも理解不能といった様子だ。
「だが、肉体強化にしちゃ妙だぜ……俺にすら見えない程の速度にクサカベの剣を受け止めるような腕力も強化して、なおかつ炎にまで耐性をつけるなんて至れり尽くせりな力……いくらなんでも聞いたことが無ぇ、もしあったとしても、そんなエヌエムの持ち主がいたら多少なりとも名が知れてても良いはずだしな」
「だが事実としてアイツはそれをやってのけた………次に闘うツカサに情報を与える為にも何かしら突き止めてやりたいが……」
その時、ヒカリ達の背後から声がした。
「フ、もうすぐこの私と闘うというのに他人の心配とは………私も甘く見られたモノだな」
二人の背後にいつの間にかジュリが立っていた。ジュリは挑発するような目付きでヒカリを睨む。
「まぁ、相手が私ではいくら自分の心配をしたところで無駄ではあるが」
ジュリの言葉にヒカリよりも先にガロンが突っ掛かった。
「ケッ、相変わらず気に入らねぇ女だぜ。テメェこそ自分の心配をしたらどうだ?ヒカリに負けた時に軍のお偉いさんにする言い訳の心配をよ」
「さすが負け犬らしいアドバイスだな、そんなモノを考えなくても私は絶対に負けん。少なくともあんな泥臭い闘いをするような連中にはな」
ジュリの言葉に、今度はヒカリが前に立つ。
「いい加減にしろよ、アンタが誰であれ俺とガロンの真剣勝負を貶すことは許さない」
「勝者と敗者で馴れ合うような軟弱者共が偉そうに……まぁいい、貴様程度の実力では次の試合で私に負けることは決まっているようなものだ」
「どうかな、やってみなきゃわかんないさ」
しばし二人の睨み合いが続き、待機場には緊迫感が漂った。
「ふん、どちらにせよ試合が始まれば嫌でも実力差に気が付くだろうさ。それまではそうして調子に乗っているが良い」
ジュリは自分の言いたいことだけを言うと返事を待たずに踵を返して何処かへ去っていった。
「ケッ、口の減らねえ女だ」
苦々しく吐き捨てるガロンにヒカリは苦笑混じりに返す。
「ま、彼女もこの大会に何か背負うモノがあるんだろうさ。そんなことより、ツカサに会いに行ってさっきの試合の事を伝えてやらないと」
そう言ってヒカリは医務室に続く通路へ向かって歩き出した。ガロンもそれに続く。
「だがよ、実際次の試合になんか対策はあんのか?あの女はいけすかねぇが実力はそれなりのもんだぜ」
ガロンがヒカリの後ろを歩きながら尋ねる。
「んー、色々考えてはみたけど確実そうなのは何も浮かばないかなぁ……まず身体能力や戦闘技術もかなり高そうだし、あの人のエヌエムも具体的にはどんなものか解らないから」
「まぁ見た限りじゃあの刀が鍵なんだろうがな」
「俺もそう思う。まぁ、また行き当たりばったりになるかな」
ヒカリは苦笑した。そうこうしているうちに医務室に二人は到着する。
室内に入りツカサを探すと、部屋奥の一角に置かれたベッドで休んでいるようだった。隣にはカムイが座っている。
「ツカサ、体調はどうだ?」
ヒカリ達は声をかけながら近づいていく。ツカサはベッドから顔だけをヒカリ達に向ける。
「もう全然大丈夫なんだけど、お父さんがまだ休んでろってうるさくて」
「腕が氷ついたんだから安静にするのは当然だろう」
横たわった姿勢のまま苦笑まじりに話すツカサの横でカムイは真顔で返す。
父親なのだから当然だが、年頃のツカサにはその厚意が少しむず痒く感じるのだろう。
「ところで、第四試合はクサカベ君の負けのようだね?先程意識不明の状態で奥の集中治療室に運ばれて行くのを見た」
カムイがヒカリ達に尋ねる。
「ええ、フォルンという選手が勝ちました」
「凄かったぜ、あのクサカベが子供扱いだ。ヤツの剣を受け止めるわ俺にも見えない速さで動くわ」
ヒカリ達の言葉にツカサは暗い表情になる。
「クサカベって去年の優勝者でしょ?それが子供扱いって、そのフォルンてヤツはどんだけ強いのよ……」
「正直、検討もつかない。試合を見ていてもフォルンのエヌエムがどんなものかすら解らなかった」
ツカサが深くため息をつく。
「最近、運悪いのかしら私……」
「その試合でフォルンについて何か気付いたことは無いかね?どんな小さなことでもいい」
カムイの言葉に思案を巡らせるヒカリ達。しばらくしてガロンが口を開いた。
「そういえばよ、1つだけ妙なことがあったんだ」
「妙なこと?」
「ああ、試合中にフォルンに剣を折られたクサカベがスゲェ技を出したんだ。見た感じ、でっけぇ炎の塊みたいなもんを相手に飛ばすって技なんだがよ」
「ふむ、それで」
「俺にはその技がフォルンの野郎に間違いなく当たったように見えたんだ。少なくとも俺には、ほんの短い間だがフォルンの姿が炎の中に見えた。で、妙なのはそこからなんだが、フォルンの野郎は技が"当たってから"クサカベの目の前に突然現れて一撃で場外にぶっ飛ばしたんだ」
「つまりフォルンは技を受けてから移動したと?」
カムイが訝しむように尋ねた。
「ああ、スゲェ速度だ、俺にも見えなかった。だがよ、そんな速さで動けるなら最初から技に当たるハズ無いんじゃねぇかと思ってな」
「ふむ、たしかにその通りだな。しかもその様子だと、技に当たったにも関わらずダメージを受けていない可能性もある」
しばし沈黙が流れる。次に口を開いたのはツカサだった。
「そういえば、ヒカリの次の相手って例の軍人さんでしょ?私の心配してる場合じゃ無いんじゃないの?」
「い、いやぁ……まぁ何とかなるかなーって……」
苦笑いを浮かべるヒカリに、ツカサは呆れたようにため息をつく。
「あんたねぇ……」
「ヒカリ君、本戦前に私が言ったことを覚えているね?」
「ええ、ヤマト軍の軍人との試合、身の危険を感じたら降参しろというものですよね。俺も無理はしないつもりですが、そこまで危ないものなんでしょうか?」
「うむ、彼女が一回戦で見せた実力などは参考にならんだろう。私が思うに、彼女の実力はクサカベ君やヒルコよりも上だ。それ程でなければ前回クサカベ君に優勝を譲ってしまったヤマト軍の面子が立たんだろうしな」
「わかりました、くれぐれも注意します」
「そんなこと言って、本当は危なくても棄権するつもりなんか無いんでしょ?」
ツカサがジト目でヒカリに問う。
「はは……でもそれはツカサも同じだろ?」
「さあね」
互いにやれる所まで自分の実力を試すつもりであったが、カムイの顔はどことなく心配そうだ。当然と言えば当然だが。
「さ、私はもう大丈夫よお父さん。この通り動けるわ」
そう言ってツカサがベッドから立ち上がり体を動かして見せる 。確かに調子はすっかり良さそうだ。
「うし、じゃあ待機場に戻るか。あと30分もすりゃあ準決勝が始まるはずだぜ」
ガロンが先頭に立ち、4人は医務室を出ていく。通路の途中で、一番後ろを歩くカムイが口を開いた。
「私はここから観客席に戻ろう、リュナ君も残してきたままだしね」
「おお、じゃあ俺もそっちに行くぜ。一回戦敗退の俺がいつまでも待機場にいても変だしな」
カムイとガロンは二人と別れて通路脇の階段から観客席へと向かっていった。
通路にはヒカリとツカサが並んで歩くのみとなった。
「ねぇ、私、勝てると思う?」
不意にツカサが口を開いた。その口調には、どこか緊張が混じる。
「勝てるさ、ツカサならきっと勝てる。俺が負けたヒルコにだって勝って見せたじゃないか」
ヒカリはそう言ってツカサを励ますが、ツカサの表情はやはりどこかぎこちない。
「でも、そのフォルンてヤツはクサカベさんに圧勝したんでしょ?私なんかじゃ……」
「なぁツカサ……」
ツカサの弱気な言葉をヒカリは遮った。
「次の試合、例えどんなに実力に差があっても俺は諦めずに闘ってみせるよ。そして絶対に勝ってみせる」
「どうして……どうしてそんな自信が持てるの?だってヒカリ、記憶も何もないのに……」
途中まで言って、失言だと思ったのかツカサは言葉を切る。
「ごめん、私……」
「いや、いいんだ。俺だって自分に自信なんかない、ツカサの言う通り自分の記憶も無いしね。でもだからこそ、今の俺にとってはカムイさんやガロンや、何よりツカサとの記憶が全てで、大切なんだ。自分の闘いを皆が見てくれていると思えば、きっと闘える。だからツカサも頑張ってくれ、俺が後ろで見守っている、ツカサが危なくなれば、必ず俺が助ける。だから心配せずに精一杯、自分の実力を出し切れば良いんだ。俺も、そうするから」
ヒカリの言葉をツカサは黙って聞く。その表情は心なしか少し柔らかくなったように見えた。
「あ、あの……変だったかな…今の言葉……」
沈黙に耐えかねて、ヒカリが少しだけ顔を赤らめながら尋ねる。
「ううん、私も頑張ってみるよ、ありがとうヒカリ」
ツカサは小さくクスリと笑って答える。その目はヒカリを真っ直ぐ見つめていた。
「いや、礼を言わなきゃいけないのは俺のほうだよ。あの日から今まで本当にありがとう、ツカサ」
ヒカリもツカサを見つめ返した。ツカサの表情には、もはや陰りは見えない。
「よし!じゃあ互いに頑張ろ!」
「ああ!行こう!」
二人は試合会場へ向けて再び歩き出した。
いよいよ準決勝が始まる。
[第5章・灼熱の闘技大会・終]




