7話「共同生活はデンジャラス」
7:共同生活はデンジャラス
・兄妹二人暮らしをしていた南風見の家に新たな住人が加わった。
「う…………ん」
朝、悠凪が目を覚ますと見慣れぬ天井があった。疑問が生まれるよりも前に頭の覚醒を待ち、そして疑問より先に昨日一昨日の出来事を思い出した事で疑問を圧殺する。
「…………そっか。本当にここに暮らすことになったんだ」
上半身を起き上がらせ伸びをしながら追憶を鮮明にする。習慣的に両手が頭を一本結びに変える。光志朗……正確には穂凪から貸し与えられたこの部屋には残念ながらタンスがない。穂凪からカラーボックスを2つ用意されさらに足りなくなったら自分の部屋のタンスを使ってもいいとは言われた。
「…………」
改めて与えられたこの部屋を見回す。物置にしては物が置かれていない。と言うか普通にそれなりに広い。8畳半の部屋だ。部屋に置かれているのは机1つだけ。今自分が眠っていた布団も穂凪から借りたものだ。…………そうなると自分は早く眠ってしまったから分からないが穂凪は一体どこで眠ったのだろうか?などと無知ぶる必要もない。風呂にだって一緒に入るのだ。一緒で寝るくらいされても驚きはない。
兄妹だから大丈夫だとは思うがしかしどちらも年頃。もし仮に自分が眠った後に二人で行くところまで行っているなど言われても不思議ではない。もちろんそうでないことを祈るが。
「……念の為に確認しておいた方がいいのかしら?それとももし本当にあんなことやそんなことになっていた後だったらどうしたら……」
朝一から不遜な考えをまき散らしながら時計を見やる。いつもより1時間近く早い時間。しかしこの家から行くにしては案外妥当な時間だと言うのを昨日光志朗から聞いた。
「…………」
机の引き出しを開ける。昨日はそこに大学の参考書を入れたのだがそこには既に設計図のような物が大量に入っていた。夜遅かったため聞くに聞けず参考書と同衾させておいたのを今思い出す。そして今拝見する。それは恐らく家の設計図だろう。少なくともこの家ではない。そして恐らく複数の家の量であるだろう。あの二人のどちらかの物ではないだろう。ならばあのふたりの両親だろうか。趣味で集める物とは思えない。だとすれば仕事の書類の可能性がある。不動産屋かあるいは大工か。また、書類には2年前の日付が記載されていた。一昨日の風呂場で穂凪は自分の右足を失った事故は2年前だと言っていた。もし全ての辻褄を合わせるのならばその際に何らかの事故があって二人の両親は死亡、そして穂凪も右足を失った。そう考えてしまえる。この部屋の家具がほとんどないのは両親の部屋で亡くなった際に全て処分したからだろうか?しかし、確かもう1つ部屋があるのを見た気がする。そちらの部屋へは立ち入り禁止状態だがそちらが片親の部屋か?
「…………言いたくないけどとんでもない家に転がり込んじゃったのかも」
疑念。しかしそれを屁理屈で除く。どんな事情があろうと所詮過去形。現在には関係がない、自分には関係は及ばない。そう自分を過信させてしまえば多少は気が晴れる。
「…………よし、」
忘れた。そして寝間着を脱ぎ外出着に着替えた。引き出しに書類をしまい代わりに今日使うであろう参考書を出してカバンにしまう。部屋を出ると既にリビングからは物音が生まれている。足を運ぶと台所で穂凪が何かを作っていた。
「あ。悠凪さんおはよう」
「おはよう、穂凪ちゃん。朝ごはん?」
「うん。3人分。今日は目玉焼きだからお兄ちゃんも大丈夫なの。悠凪さんは目玉焼き大丈夫?卵アレルギーとかない?」
「ええ、大丈夫よ。それと、もしよければだけど出来れば今度から5人分作ってもらえる?」
「ふぇ?5人分? …………えっと悠凪さんってもしかして見える人?私、よく分からないけど幽霊さんはご飯食べないと思うんだ。私の料理食べてくれるなら嬉しいけど」
「あ、ううん。違う違う。私にそんな愉快な能力はないわ。ただ、あの、ちょっと人より食べる方というか……」
「ひょっとしてフードファイターさん?」
「そこまでじゃないわ。今まで6回チャレンジしたけどわんこそば760杯が限界よ」
「いや、それ十分すごいよね? って言うかひょっとして目玉焼きも750個食べたいとかかな? えっと、流石にそれは家計が大変といいますか…………」
「そ、そんなことはないわよ!大丈夫。5個までで我慢するから」
「…………あ、あはは…………」
乾いた笑いが赤面を呼び、それを冷ますために悠凪は席に座る。
「……あいつは?」
「お兄ちゃんならまだ寝てるよ?昨日も遅かったから」
「…………あいつが起きる時間教えたのに本人がまだ寝てるの?」
「だってお兄ちゃんだもん」
「…………穂凪ちゃんそういう信頼関係はあまりプラスに働かないと思うな」
「そうかな~?」
途切れる会話。3回目のこの朝の風景はやはりまだ慣れるものではない。しかし、2ヶ月程度しかなかったとは言え一人暮らしをしていた間にはなかったこの感覚は決して悪いものではないはずだ。例え同居人が普通じゃなかったとしても。
「悠凪さん、」
「ん、何?」
「そろそろお兄ちゃん起こしに行ってきてくれる?ドア叩けば起きると思うから」
「あ、うん。…………分かった」
部屋に入れと言われたら困ったろうがドアを叩くだけなら問題ない。光志朗の部屋には一度も入ったことはないが穂凪の部屋の向かいだと聞いた。ならば場所は分かる。
「…………あのさ、1つ聞いていいかな?」
「何?」
「…………あいつのいびきや寝言でまた何か起きたりしないわよね?」
「……?」
穂凪は振り向き首を傾げる。そのまま数秒。
「…………あ、なるほど。そういう事か。うん、大丈夫だよ。お兄ちゃんは何でもないように使ってるけどお兄ちゃんのあの技はかなり高度で集中力がいる技だから寝てる時にはもちろん寝起きや寝る前にも使えないんだよ。点字パズルを目隠しでやるようなものなんだって」
「…………あいつそんな高度な事をして昨日あれほど嫌がらせをしてきたの?」
高等技術の無駄遣いだ。そもそも偏差値が決して低くはないあの大学に通ってゲームで過ごしているのだからきっとあいつはそう言う価値のある物を使っての無駄遣いが好きなのだろう。ともあれ、悠凪は席を立ちリビングを出る。一日目に寝かせてくれた穂凪の部屋まで行き、その向かいの部屋を正面にする。
「ちょっと、起きなさい。朝よ」
ドアをノックする。これだけで起きると言われたからそうするが、どうなのか。ノックを止めて数秒すると、やがてドアの向こうで物音が生まれ始めた。そうしてドアノブが動き、中から寝ぼけ眼の光志朗が出てきた。
「…………」
「おはよう、穂凪ちゃんが朝ごはん作ってくれているわよ。早く起きなさい」
「…………」
その指が小さく壁を叩く。その音が、物理法則に介入し、その結果。
「…………へ!?」
悠凪のスカートから膝にかけて下着が落ちた。
「…………もう起きている」
「普通に言いなさいよ馬鹿ぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」
続いて乾いた大きな音が廊下に響き渡った。
・朝食を終え、登校を終え、授業を終え、夕方にここへと帰ってくる。
今日は午前中は光志朗の、午後に悠凪の授業を優先した。とは言え二人共やっている事は一切変わらない。
「あんたさ、今更だけどそれ仕事なの?」
隣を歩く光志朗の両手には握られていないことの方が珍しいゲーム機。
「…………何が言いたい?」
「いや、私詳しくないから分からないんだけど遊んでお金貰えるなんて最高じゃない」
「…………ゲームは遊びじゃない。人生だ」
「は?」
「それに責任のある仕事だ。俺が1つでもバグや不都合を見逃せばどうなるか。軽度のバグならばまだ目を瞑れる。だが、もし進行不可能な程の不都合があったとしたら。それを俺が黙認して販売されたらどうなる? 赤字どころの騒ぎではないし間違いなく俺はクビだ。それもただのクビではない。賠償金を支払う必要があるだろう。…………その上でもう一度同じ事が言えるか?」
音ではなく声が悠凪の耳を通る。言葉を返せなかったのは音ではなく声故。
「…………悪かったわよ」
「…………謝罪の意は求めていない」
「じゃあ何?今日は私が夕食を奢れって言うの?」
「そんなものはどうでもいい。と言うか二日連続で穂凪を怒らせるな。殺される」
「…………それもそうね。でも、私のせいで食費が増えるのだからせめて食費は私が払うわ。荷物持ち手伝ってちょうだい」
「…………どうして俺が」
「私があんたから離れられないからでしょうが!それとも女の子が両手にたくさんの荷物を持っている中あんたは素知らぬ顔でゲームやれるわけ?」
「性別を盾にしてくるような醜女相手なら是非もない」
「何ですって!?」
廻し蹴り。足を上げて防ぎ、靴紐が軽く足に触れると悠凪が繰り出した足の関節が外れる。
「えええぇっ!?嘘でしょぉぉぉ!!」
ついでにもう片方の足の関節も外す。
「…………行くぞ」
「あ、ちょっ……嘘でしょ!?こ、このまま……あ、あ……」
ゲームをしながら敢えて走る光志朗。その後を両足を外されて座り込む悠凪がまるでゲ○ター3のように追いかける。この光景はその日の内にはリアル都市伝説としてネットを騒がせた。




