6話「バスルームは地雷原」
6:バスルームは地雷原
・帰宅した。
悠凪は2度目の道筋。二度と見ることはないだろうと思っていたドアが目の前に現れ、一瞬の躊躇いの後に光志朗によって開け放たれた。
「おかえりー! お兄ちゃん!」
ガシャドタガシャドタガシャドタ……と音を立てて穂凪がやって来た。その姿は下着姿だった。視線を下ろす。短く揃えられた茶髪、高校生とは思えないあどけない表情、悠凪の物より尚頼りない肩幅、それと反比例した立派な胸とそれを包んだ桜色のブラジャー。それと全く同じ色をしたショーツとそれに挟まれた健康的なへそ。桜色のショーツの下に伸びた2つの足は片方は肌色でもう片方は膝から鉄色。
「……あんたいつも妹にこんな格好で出迎えさせてるの?」
「……………………」
「あれ!?悠凪さん!?」
兄の後ろに続く悠凪を見て驚きの声と羞恥の色を生む穂凪。いや、普通は逆ではないだろうか。
「じゃあ、円華お姉ちゃんでも無理だったんだ」
それからリビングで服を着た穂凪がカップ麺を貪りながら事情を聴く。対面の悠凪はなるだけ笑顔で応えつつ目尻の果てに至るソファで気まずそうな背中を見せる光志朗を睨む。汁や麺をすする音が下品なほど響く様に聞こえるのは怨嗟か誤解か。ボタンを弾く音がいつもより大人しい様に聞こえるのは放心か無心か。
「…………ご馳走様」
やや低いように聞こえる声を放ってから穂凪はカップを右手の人差し指の上に乗せ、けん玉のように真上に飛ばしてから今度は中指の上に乗せる。直後にカップは花びらのように八方に裂かれた。
「!?」
表情を固める悠凪の前で咲いたスチロールの花は地に至るより前に青白い炎となって消えた。
「お兄ちゃん? お風呂洗っておいたからね」
「…………………………あ、ああ」
席を立ち兄が座るソファの横を通る穂凪。その左手に持つ割り箸がちょうど兄の視界に入ると同時に細切れとなり、また床に至るより先に燃えて散った。
「悠凪さん、部屋を案内するね」
笑顔で振り返り悠凪に告げる。リビングを去る穂凪の背中を追いながら悠凪は、
「…………えっと、流石にごめん」
「…………気にするな、兄の甲斐性だ」
冷や汗の瀑布を生み出しながら液晶に意識を集中せざるを得ない光志朗に声をかけた。
・脱衣所。
部屋に荷物を置いた悠凪は穂凪と共にそこへやって来た。半日前にもここへはやって来たがまさか2度目があるとは思ってなかった。そしてそれがさらに今後続くと言うのも…………。
「…………」
ワンピースを脱ぎながら悠凪は前方で先程と同じ下着姿になる穂凪の背中を見やった。やはりどうしても視線は機械の右足に注いでしまう。その視線に気付いたのか穂凪が振り向いて首をかしげる。
「? どうかした?」
「あ、ううん。こうやって誰かと一緒にお風呂に入るのも久しぶりだなって。昨日はあまりそんなこと考える余裕なかったし」
「そうなんだ。ご両親が単身赴任中だっけ?」
「いや、正確に言えばむしろ私の方が単身状態なんだけど。…………って穂凪ちゃんは久しぶりじゃないの?」
「うん。たまにお兄ちゃんと一緒に入るもん」
「…………」
あ、あ、あのシスコン奇術師がぁぁぁぁっ!!!
「わ、どうしたの!? 悠凪さん体から湯気が出てるよ!?」
「…………大丈夫よ穂凪ちゃん。もしかしたら家族がひとり減るかもしれないけど大丈夫」
「そ、それ全然大丈夫じゃないよぅ」
「…………家族といえばあなた達ご両親は?部屋もないように見えるけど」
踏んだ。地雷を踏んだ。
「……………………あ~、えっと、その…………」
「…………あ、ごめんなさい。何か事情があるのよね。あなたのその足のように事故か何かかな?」
踏んだ。2個目を踏んだ。両足を地雷に乗せている。
「………………………………えっと、そんなようなものです、はい。あの………………お兄ちゃんから口止めされてるんで、その………………」
肩が下がる。そのあどけない表情が曇るのを見てまるで幼子を苛めているような錯覚に襲われる地雷少女・赤城悠凪は
「い、いいのよ! 大丈夫! 大丈夫だから!いやいや、そうじゃなくてあのその、私の方こそごめんなさい……」
地雷の上で平身低頭した。
………………
…………
……
それから互いにやや気まずい雰囲気を出しながらもシャワーを浴びる。光志朗も男子として背は低い方だったがその妹たる穂凪もかなり小さい。悠凪の胸辺りにちょうど彼女の頭が来る。140行ってるかどうかも怪しい。右足の義足のせいだろうか?それともそういう血筋なのだろうか?ただ、自分のより尚も大きなその胸にはまた別の感情を向けざるを得ない。その低身長でその巨乳!何なのだろうか? 植物系の名前を持つ少女の宿命なのだろうか?
「穂凪ちゃん握力弱かったりする?」
「え、普通だと思うよ? 中学の時は30キロくらいだったけど」
「そ、そう。ならムエタイとかはどうかな?」
「…………何を言っているのか分かりませんけどあまりそういうのは良くないと思います」
「…………そうね」
確かに穂凪の胸はデカイがKカップには届いていないだろう。まあ、カップ数と握力が平行しているわけでもなし。
「お兄ちゃん、学校でどうしてる?」
「…………ああ、同じ大学に通って2か月だけどよく今まであんなインパクトの塊みたいな生きた台風みたいな奴を知らなかったわって感じだったわ。今日だけで何回あのメロディーを聞いたことか。……これからもあれを聴き続けるとなると流石に気が滅入る」
「あはは……お兄ちゃんらしいや。高校の時もお兄ちゃん放送室ジャックして最大音量で学校中に響かせたことがあったって」
「………………それでどうなったの?」
「なんかみんな有明の海に飛び込んだらしいよ?」
「………………同じ高校じゃなくてよかった」
心からの嘆息をこぼし姿見を曇らせる。
「でも、あいつのアレ何なの?……昔から使えたの?」
「う~ん、覚えてないや。小学校くらいの時にはもう使えてたと思うけど。あ、私は使えないよ? だから安心してね。無機物だったら八分裂きにしたり燃やしたり出来るけど」
「…………龍人怪人の家計?」
邪推。しかしそこで会話が止まってしまう。体を洗い、髪を洗いそれから二人で浴槽に入った。何だか不思議な感覚だった。自分も裸でそして隣に裸の少女がいる。ここは密室で二人しかいない。ともなれば当然に経験はないものの変な意識をしてしまっても仕方ないのではと我が肩を持つ。
「悠凪さん、」
「な、何?」
変な意識のモヤを全力で払いつつもしかしビジョンを浮かばせてしまっていた中で声を掛けられたため返すための声が上擦ってしまった。
「…………お兄ちゃんどうかな?私、外でのお兄ちゃん知らないから…………」
「…………まあ、一人も恨んでいる人がいないって言ったら嘘になるわね」
「……………………やっぱり」
「でもまあ、そこまで悪い奴じゃないのかもって思いつつもあるわよ。本当に悪い奴だったらこうして私を泊めてくれたりしないだろうし夕飯も奢ってくれたりなんてしないだろうしね。…………まあ、不思議な奴って印象が強すぎるけど」
「それは……その、ごめんなさい」
「穂凪ちゃんが謝ることはないわ。悪気がないのは分かってるし」
水滴が湯面に落ちるとそれを合図に静寂が生まれる。しかし今度の静寂は短い。
「改めて今日からいつまでになるか分からないけどよろしくね、穂凪ちゃん」
「あ、うん。よろしく、悠凪さん」
裸の胸と胸を合わせて互いの体を抱き寄せる。合わさった胸には互いに正反対の感情が芽生えつつあった。




