5話「ポニーテールは胃袋の延長線上」
5:ポニーテールは胃袋の延長線上
・大学での授業を終えた。
悠凪がどうしてもと言うため本来なら3限終わったら帰れるのだが2限の逆パターンとして4限のプログラミングの授業に付き合うこととした。悠凪がノートパソコンを充電しながら授業に臨む。その傍らで光志朗は隷従ゲームを行う。今日だけで既に6時間。全く、大学の授業というのは本当に親切なものだ。
「やめなさい、素行が知れるわよ」
「………………」
数秒ほど指が止まったがしかしすぐにタイプを再開して電子のバイブを突っ込んだ。ついでにゲーム機を一度指で弾き、その指を手前の悠凪の耳に付ける。と、まるでイヤホンをしているようにその耳にゲームの音声がダイレクトに伝わった。
「!?ひゃ……っっ!!」
悲鳴を上げそうになり口を両手で覆う。一瞬教授が不思議そうな顔を向けたがすぐに授業を再開させた。
「あんた、何の真似よ……? ってかそんなこと出来るの?」
「…………」
しかし無言のまま指を離しゲームを再開させた。その口元は僅かに笑っているようにも見えた。液晶ではムービー画面に映っていて宇宙空間でのプレイが濃厚に行われている。本来なれば多くのプレイヤーは手が使えないため親切にボタンをタイプする必要がないようにムービーにしている……との事だ。しかし光志朗の指は未だ上半身、それも顎にあった。ゲーム機に触れた左手の指を自分の耳に当てて無線で音声を聴いている。そのフルHDでの濡場も光志朗は飽くまでも仕事として弁えながら眺めている。その理由だけではないが光志朗の体の一部分には一切の変化はなかった。
「…………無視でもいいけど侘びとして後で夕飯奢りなさいよ?」
「…………」
無視。しかし聞いていないわけではない。むしろ無意識に納得しているような表情の変化を悠凪はこの24時間で弁えた。それを数秒後に気付いた光志朗は驚きのあまり一瞬指を離した。既に悠凪はパソコンとにらめっこをしていた。
「…………」
それから数秒ほど表情を固めていたが頭を振ってから作業を再開させた。
・全ての授業が終わり帰り道となった。
この時間になると円華はもう出ているためあのコンビニに行く理由はない。
「いい?」
隣……と言うにはやや離れている悠凪が声を放つ。しかしどうせ返事はないと分かっているためか問うておいてそのまま言葉を続ける。
「あんたから離れられないことは分かったからさ。一度私の家に戻りたいんだけど。ここからそんなに時間掛からないんだけど……」
言葉が奏でるは真剣。ならばこそ光志朗も無下にする理由はなかった。
その色の視線で返す。
「そ、じゃあお言葉に甘えさせてもらうわ」
そうして悠凪はいつもの、光志朗はいつもと違う電車に乗った。
「…………後さ、」
数駅で二人が電車から降りて階段を下り、改札を潜った。その後人通りが少なくなったところで悠凪は躊躇を出した。
「穂凪ちゃんの右足って…………」
「…………どこまで聞いた?」
「…………事故だって」
「ならばそれが事実だ。それ以上口を挟むな」
「…………分かったわよ」
静寂。
互いに挟む言葉もなくやがてあるマンションに到達した。見上げるのも馬鹿馬鹿しくなるような高さだ。悠凪がカードキーを使ってフロントの自動ドアを開ける。開いた自動ドアが閉まらぬ内に光志朗が中に入る。10歩ほど歩いたところに再度カードキーを通す場所が有り悠凪が当然のように通す。そうすることで前面の壁が左右に分かれる。その先にはエレベータがあった。二人が中に入るとボタンが押されることなくエレベータが上に上がり、振動もなく数秒で目的地に到達した。エレベータから降りるとまたやや歩くと1つの扉が見えた。
「ここよ」
「待て、お前はどこのお嬢様だ」
「なによ? 別にこれくらい普通でしょ?」
「どこの世界の普通だ?」
珍しく突っ込んだ光志朗。その反応につい乗っかりそうになる悠凪はそれをうまく誤魔化し何事もないように部屋に入る。それから数歩遅れて躊躇を振り払ってから光志朗は前に進んだ。
「親ならいないから気にしないでいいわよ」
「…………」
「両親ともに学校の先生でね。お母さんが中学、お父さんが高校の先生。
…………聞いてよ、中学の3年間がお母さんで高校の3年間がお父さんが担任だったのよ」
それは……中々の地獄だ。
「だからあの大学でやっと親の支配から抜け出せたのよ。その両親も二人揃って転勤の関係で和歌山まで引っ越しちゃって今は私一人だけど」
靴を脱ぎ自分の部屋らしき場所へ着いた悠凪は
「あ、あんたは部屋に入らないでね。下着とかあるから」
「部屋干しか?」
「違うわよ」
光志朗は部屋の前の壁に背をもたれさせてゲームを再開させた。
「……この家、異性が入るとビームが出るとかないだろうな?」
「……何よそれ。あんたゲームやりすぎなんじゃないの?」
壁を指の関節で叩く。と、その音色を聞いた悠凪は急に悶絶し、数秒後に部屋に軽い音と臭いが生まれた。
「あんたマジで殺すわよ!?」
「勝手に放屁しておいてよく言う」
赤鬼がデッキチェアを投げ、それをゲーマーがサマーソルト回避。
………………
…………
……
1時間程度で荷物をまとめた悠凪が大きなリュックを背負う。登山用リュックは大玉のように巨大になっていた。それを背負いながら、表情を曇らせた悠凪が言う。
「あんたも手伝いなさいよ」
「…………理由がない」
予想に反してやや作られた間。怪訝な悠凪だが直ぐにその理由に気付いた。
「そう言えばあんた……ちっちゃかったわね」
笑う悠凪は167センチ、オカリナに口を付ける光志朗は157センチ。
放たれた音色が悠凪を腰から曲げて背丈を半分にした。
「こ……今度は……何?何なの!?この下腹部が重たい…………あれのような感覚は!」
「…………恐らくお前が想像したとおりの状況だ」
「あんた生理現象まで操れるわけ!?」
「気にするな。…………帰るぞ」
オカリナからもゲームからも手を離し光志朗は背を向けたまま言った。
「…………あ」
その意味を理解するのに数秒掛かった。その言葉にそのまま応じるにはまだ信頼が育っていない。だから言葉を濁し悠凪はその小さな背中の後を追いかけた。
・駅前の牛丼屋。
時刻は6時を回った。この頃合になると家族連れが多くなる。
「いらっしゃいませ、2名様ですか?」
右目に眼帯をつけた女性店員が作り笑顔を見せる。光志朗は半歩下がるが悠凪は構えず応え二人席に足を向ける。
「矢作さん、いつものお願いします」
「はい、銀河牛飯・特盛ですね」
「…………」
銀河牛飯・特盛。この牛丼屋にしかない特別メニューで米3合と牛肉1キロを使ったフードファイター御用達メニュー。……この女、そっち系の道を歩く者だったか。その感想を下すのは光志朗ともう一人の男性店員。互いに同じ表情をしていたことに気付いて俯いた。
…………ああ、こいつは絶対自分と同じ運命を辿る…………。
「おかわりお願いします」
「そう来ると思っていたわよ。はい、銀河牛飯・特盛2杯目で~す!!」
…………おかわりだと!?
通常の牛丼の並盛りを食していた光志朗がくわっと目を見開いて己が時を止める。それを見た男性店員は嘆息した。その後光志朗が並盛りを食し終えるのと同時に悠凪も食し終えた。
「矢作さん、ひょっとして少しサービスしてもらえた?」
「ええ、だって私とあなたは食女。……戦友でしょ?」
「…………矢作さん…………」
固く握られる両手達、整った顔を合わせながら二人がポニーテールをそれぞれ揺らす。それを遠い目で見ながら光志朗は2600円を支払った。
「…………また200円足りない」
店員:伊王野塔矢はかつての自分達と同じ二つの背中を見やりながら声を絞った。




