4話「ランチタイムは超常現象」
4:ランチタイムは超常現象
・2限から授業に参加する光志朗と悠凪。
「私は一回も休まないようにしてるのよ!だからこっち!!」
「俺は俺の道を行く。それだけだ」
光志朗が自分の授業の教室に向かおうとすると見えない赤い糸に引き寄せられるように悠凪がその後を後ろ向きでついていく。
「ま、待って!せめて……せめて前を向かせて……!」
後ろで聞こえる悲鳴に構わず光志朗は先を進む。とは言え全く構っていないわけではない。実際に悠凪が光志朗から離れられない事の証明のために互いのカバンを縫いつけてある。しかしこの状況はまずい。悠凪の事など考えずにずっと自分の事を優先させてもいいがそうするのもあまり好ましくない。後で一体何をされるか。コイツの行き先を決められるのは自分だがしかしコイツの自由まで奪えるわけではない。あまりやりすぎて狂乱した末に家を破壊されても背後から刺されても困る。事情を説明できない知り合いなどにあることないこと流布されても困る。だからある程度はこの女の事情も鑑みてやらないといけない。
が、先程二人の時間割を見比べてみたところ同じ授業は1つもなく、同じ時間にある授業も離れた教室であることが多い。と言うか10メートルしか伸びないのなら許容範囲は隣の教室までだろう。それでも席次第では悠凪が壁をぶち破って飛来しかねない。……それもそれで見てみたいものだが尚更後で何されるか分かったものではない。
「…………いやあんたね。出席日数が危ないって言うから今回は譲ったけどなんで授業中にゲームなのよ」
授業中の教室。悠凪が小声で語りかける相手はゲームをしていた。
「時間が勿体無い」
「授業料の方が勿体無いでしょ?」
「言ったはずだ。授業などどうでもいいと」
「なら私を優先してよ……」
悠凪の前の席で座りながら前の席の背中に隠れつつゲームをやる光志朗。流石にイヤホンは使えず無音のためかその状態で行うFPSは勝手が違って妙に苦戦している。90分の授業をフルで活用出来る為効率がいいのは確かだが。悠凪は全く興味のない授業で且つ既に応用に入っていたため最初の方は抵抗していたが20分ほどで追随を諦め、手前の液晶の中の戦場を眺めることにした。90分の授業が終わると生徒達は昼休みの戦場に向けて走り出す。あまりタイミングが良くなかったからか光志朗はまだ席を立たずゲームを続けている。と、
「よう、相変わらずだなお前は」
一人の男子生徒が声を掛けてきた。当然その言葉を投げた相手は光志朗だろう。
「…………」
投げられた言葉を無言で落とす光志朗だが悠凪への対応とは違い、別段嫌がっているわけではなさそうだ。
「ん?あんたこの授業にいたっけ?」
近付いてから気が付いたのか悠凪に声を放つ。
「あ、いや、私は……」
「…………」
光志朗は無言で足元のカバンを蹴り上げる。宙を舞う2つのカバンの紐が複雑に絡み合っている光景がちょうど彼の視線の中央に収まる。
「…………あ~…………なるほど。朝からお前何したんだ?あやとりにでも目覚めたのか?」
彼からの問。反応は変わらない。しかしもう慣れた事なため流されたことを流して今度は悠凪の方を向く。
「俺、鳳星竜嗣って言うんだ」
「あ、私は赤城悠凪……です」
「1年生?」
「はい」
「なら、タメだから敬語はいいよ」
「ど、どうも……」
「コイツの相手疲れるでしょ?」
「…………それはもちろん」
感情のままに掴んだ椅子の背もたれ淵が砕ける。それを表情を固めたまま竜嗣が数秒見やる。
「……えっと、赤城さん。昼食はいかがでしょうか?奢りますが」
「嬉しい申し出だけどどうしていきなり敬語?」
「……人の後ろで漫才をするな」
と、1ゲームを終えたのかゲームをスリープにして光志朗が立ち上がる。背後の二人に視線を送ることなくカバンから買ったばかりのおにぎりを出して封を開ける。
「なんだよお前はまた円華先生のところで早弁か」
愚痴る竜嗣。同時におにぎりを置いてオカリナに口を付ける光志朗。空気を送られた木製のオカリナからとても吹奏楽器から出るとは思えないメタルな重低音が響き渡る。それを耳にした両者はその場で連続でバク宙を始めた。
「わ、悪かったから止めてくれぇぇぇぇっ!!」
「私スカートなのに何やらせるのよ馬鹿ぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」
その音色を聞いた全ての者に連続でバク中をさせる虚労のメロディー。20秒ほどでそれを終えて目を回しながら二人が床に倒れるのと同時に光志朗がオカリナを戻しておにぎりを頬張り戻す。
「ね、ねえ、鳳星くん。2つ質問していいかしら?」
「な、何かな……?」
「あいつのあのオカリナ何なの?」
「あ、ああ……。俺にもよく分からないけど奏でたメロディーによってそれを聞いた奴に奇行をさせる事が出来るらしいんだ」
「…………あいつエスパーか何かなの?」
「さ、さあ……?」
「…………で、もう1つなんだけど」
「何かな?」
「…………私のパンツ見た?」
「ワンピースなのでブラジャーまで見ましたとも!」
直後目を回していた竜嗣の頬を亜音速で悠凪の平手が払った。
・昼休み。
食欲を解放させた生徒どもが煮溢れる食堂。そこでの1時間の長い休みでもやはり光志朗はゲームで過ごしていた。しかもやっているゲームは先程の物とは違う。サンドイッチを口に含みながら悠凪が覗くと今度の液晶は戦場ではなく売春宿だった。
「ぶっ!!」
「…………どんな教育を受けている」
「あ、あ、あんたこそ何をこんなところでやってるのよ!?」
「ここは大学だ。ごく一部の例外を除いて18歳未満は来ない場所。ならば何も問題はないはずだ」
「法的倫理じゃないのよ!秩序倫理の問題なのよ!」
口元を拭きながら赤面した悠凪が立ち上がる。対面で座る光志朗……の下半身を見やる。しかしそこに変化は見当たらない。
「…………もう一度言う。どんな教育を受けている」
その言葉でさらに顔を赤くした悠凪が羞恥のままに背を向けて走り出す。が、数秒後にその倍の速さで後ろ向きに走ってきては光志朗の足元ですっ転ぶ。
「…………3度目を言われたいか?」
「あんた……本当に嫌いだわ」
「今時生娘でもあるまいにそんな反応をしておいて何を言うか」
「き、生娘って…………!」
立ち上がり自慢のポニーテールが羞恥で沸騰したように怒髪天する。その光景を一瞬見やってから、
「……………………ああ、なるほど。処女だったか。悪かったな」
光志朗がその言葉を放つのと悠凪が水の入ったコップを持ち上げたのは同時だった。
……………………
………………
…………
……
授業が始まるまでのあと10分。授業前の準備を終えて軽食を貪ろうとしてやって来た教授が見たものは、
「そ、そろそろ助けてぇぇぇぇぇ~~~!!」
PSPからマイクを介して倍音で食堂全体に響き渡る録音されたその音色をバックに椅子でお手玉をしながらコサックダンスを続ける悠凪含む生徒達や職員の姿だった。
「…………………………」
その中央では必死にゲーム機を直す光志朗の姿もあった。
「…………こんなものか」
濡れて壊れた部品を付け直して再起動。ちゃんとその液晶には首輪を繋がれた少女達をバックに<国立従属学園○等部>のタイトルが生まれた。それを確認してからマイクとPSPを切ると、椅子の落ちるけたたましい音と悲鳴やら倦怠のため息やらが巻き起こった。青白い顔をした悠凪が椅子を持ったままPSPに向かうも、
「諦めろ。俺は口笛や指で机を突く音だけでも今のと同じことが出来る」
その恐怖の呪文を聞き、椅子とともに崩れ落ちた。それを捨て置いて次の教室を目指すと上半身を倒しながら膝とつま先だけを動かしてイモムシみたいに悠凪がその後を追いかけた。
それら一部始終を見たその教授はそのまま早退して病院に向かった。




