3話「由来探しは意味不明?」
3:由来探しは意味不明?
・朝が来た。
現在時刻は7時45分。今まで二人肩を並べていただけの食卓には対面の存在が生まれた。
「……まさか朝食まで頂くことになるなんて」
悠凪が茶碗に盛られたご飯を食べている。穂凪が高校の制服に対して悠凪は昨日と同じ水色のワンピースだ。
「ごめんね悠凪さん。そんなのにご飯盛っちゃって」
「ううん、いいのよ。私こそご馳走様」
「…………」
女子二人で朝から談笑している中穂凪の隣に座る光志朗はコーンフレークを貪っていた。
「……なんでこいつは朝から一人だけ別メニュー?」
「お兄ちゃんは寝起きだと口の中がまずいからってライスは食べないの。まあ、どっかの兄妹二人暮らしみたいに毎日三食全部バター入りフランスパンよりはマシじゃないかな?」
「…………それは、色々と破綻してるわね」
「…………」
その会話の中でも光志朗は牛乳とフレークを掬うスプーンを止めていない。
「けど、そんな食事で昼まで持つの?あんただって今日は大学でしょ?」
投げた言葉を受け止める者はいない。それを確認してから穂凪がカレンダーを見やる。カレンダーの下には月曜から金曜までの兄妹の時間割が記載されている。それを見るに光志朗は午前1つと午後1つしか授業が入っていない。兄妹、いや3人揃って睡眠時間は3時間程度しかなかった。つまり光志朗は午前の授業を寝て過ごす算段なのだろう。それを穂凪の後から気付いた悠凪が言葉を出す。
「ダメよ、大学の授業だって聞き流していい授業はそんなに多くないでしょ?あんた私と同じ大学なんだから妹さんには誤魔化せても私には誤魔化せないわよ」
「…………誰も誤魔化すつもりはないし必要もない。そして仮に授業を寝潰して大学を追われる羽目になったとしても俺には仕事がある。ならば現状の方が足でまといだ」
「……ならどうして大学に通っているのよ」
「…………」
口をフレークで閉ざす。咀嚼しては今度は牛乳を、続いて空気をで口を閉ざす。
それを見て悠凪の眉間が動くのを確認して、
「お姉ちゃんに会いに行ってるんだよ」
「お姉ちゃん?」
フォローの穂凪に視線を戻す。
「うん。従姉の円華お姉ちゃん。お兄ちゃんの大学の助教授をやってるんだって」
「…………もしかして経営の南風見先生?」
「多分そうじゃないかな?お兄ちゃんはお姉ちゃんが、ぶ……」
「そこまでにしろ。今は食事中だ」
光志朗のスプーンに放られた米の塊が穂凪の口を塞いだ。それをもぐもぐと咀嚼する穂凪を見つめながら悠凪は面白そうに表情を変えた。
「へえ、あんた本当にシスコンだったのね。上と下両方に対応しているなんて今時珍しいシスコンじゃない。もしかしてわざわざこんな遠くからあの大学に入ったのもそれが理由だったりして」
「誰がその口で俺への感想を述べろと言った。食事1つも黙って食えないのか」
表情を変えずに言葉を捨てたその口でフレークを頬張る光志朗。それを見て悠凪は戻したばかりの眉間をまた動かし、言葉なく朝食を頬張り始めた。何かフォローの言葉を探そうとしていた穂凪だがただの努力で終わり、無情に咀嚼の音が響く静寂の時間となった。やがて食事を終えた穂凪が一足先に家を出る。
「…………」
「…………」
残されたのは私服の大学生二人。やがて食事を終えた悠凪が立ち上がり食膳を台所へ運び洗い始める。それを終えてリビングへ戻ってくる。そして光志朗を見ることなく告げる。
「ご馳走様。きっともう会うこともないでしょうけどもし会ったら礼はさせてもらうわ」
「…………」
無視。しかしその無礼は自分も同じと弁えている悠凪は荷物を持って玄関へと向かう。が、やはり靴を履くことが出来ずにいた。ドアの音も外の風が入る感覚も来ない事から自分がまだ家の中にいる事は光志朗にも分かっているはずだがやはり自分を気にする気配は見当たらない。
「…………あんた、やっぱり私がこの家から出られない理由分かってるんじゃないの?」
数秒の沈黙のあと言葉を放った。
「さてな」
短く言葉を捨て、光志朗が席を立つ。そうして玄関とは逆の位置にあたる台所へ移動すると
「わっ!」
悠凪が後ろ向きで歩いてきた。
「…………」
「そんなゴミを見るような目で見ないで!仕方ないでしょ!?何かに引っ張られるようなそんな感覚で……」
「お前、昨日あの店で赤い糸を買ったか?」
「え?」
「答えろ」
「…………確か買ったような気がするわよ、10円の……でしょ?」
「…………先にあの店に行くぞ。その糸を持ってな」
ふう、と息を吐いてから光志朗はやっと悠凪と対面した。
・家を出てバスで30分、その後電車で一時間。
まさかここまで掛かるとは思っていなかったため悠凪は1限の欠席を覚悟した。そんな思惑を最初から無視しながら光志朗は大学の最寄り駅前のコンビニまで足を運んだ。ここまでの交通で分かった。あの赤い糸を通じて自分達は引かれてしまうようだ。正確に言えば悠凪の方が光志朗に引き寄せられてしまう。その影響が出始めるのは大体10メートルほど。これではまともに距離を取ることは不可能だろう。一度光志朗が全速力で走り出した。すると悠凪はそれに並走は出来なかった。だが、立ち止まってからしばらくすると息を切らせた悠凪が走ってきた。
「な、何なのよあんたは!?」
どうやらスピードは関係ないらしい。ともなれば距離があろうと向こうの接近速度以上の速度で移動していれば問題はないようだ。しかしかと言って常に全力疾走などしていてはこちらが疲れてしまう。
「こっちだ。行くぞ」
「…………ホントあんた嫌いだわ」
互いに言葉を捨てながら進路に臨む。それから歩いて5分程度で件のコンビニに到着した。
るらら……
「いらっしゃいませ!ってあれ?光ちゃん。どうしたの?」
入ってすぐに陳列棚の整理をしていた円華と出くわした。自然と表情が崩れる。
「姉さん、ちょっといいかな?」
「……ぶっ!!」
後ろで噴出した女を無視して光志朗は続ける。
「昨日買った赤い糸なんだけど」
「うん、あれがどうかした?」
「…………買ってしばらくしたらコイツがついてきた」
顔を見ずに親指で背後の人物を指す。その親指を由来に悠凪と円華が目を合わせた。
「えっと、私も昨日ここで同じ10円の赤い糸を買ったんですけど。それ以来何故か足が勝手に動いてコイツの家から離れられなくなったんです。それで今日色々試された結果もしかしてこの赤い糸が私達を引き寄せてるんじゃないかなって」
「う~~~ん、」
円華は腕を組んで唸った。それを見た二人は期待と不安と後悔を募らせた。この人ならば何か知っているかもしれない、けど普通に考えればこんなファンタジーありえない。円華の可愛らしい沈黙の間はしかし今は悪魔のように思えた。
「はっきり言って分からない」
「へ?」
「結論言っちゃうと今まであの糸を買ったお客さんはたくさんいるけどこんなこと言われたの初めてだもん。だから多分二人だけなんだと思うよ?私だって半年くらい前に非番の時に同じの買ったけど何も起きなかったよ?」
「…………そんな」
背後は見ていないがきっと二人は同じ表情をしていただろう。
「ごめんね、役に立たなくて」
「…………あ、ううん。姉さんのせいじゃないよ…………」
そう言いつつも振り向こうとする光志朗のその肩を円華が止めた。
「でも、ダメだよ?今の結果はその行動の由来にはならないんだから」
「………………」
拳を握るための力が手首で止まる。互いの視線が交差するこの状況を理解出来ないのは悠凪だけ。やがて、光志朗は肩を下ろし控えめながらポケットから赤い糸を取り出した。
「なら…………」
「…………うん、分かった」
円華はその手を握りながら赤い糸を受け取った。ではどうか、と二人が悠凪を見やる。
「……へ?」
「あなたのその糸も私が回収するよ?」
「…………あ、そういう事ね」
悠凪もポケットから赤い糸を出す。
「姉さん、何か買っていくよ」
「ありがとう。でも授業はいいの?」
「あ、そうだった!私時間がないんだ!急がないと……!」
悠凪が踵を返し自動ドアを抜ける。
るらら……
「…………」
振り返ることなく光志朗が弁当コーナーに向けて一歩する。と、
るらら……
「きゃああああああああああ!!!」
悠凪が後ろ向きで全力疾走してきた。そうして足を滑らせて激しく転倒しながら店棚で目当ての弁当を漁る光志朗の足元に倒れる。
「器用だな」
「……う、っさいわねっ!!」
起き上がり鼻の頭をさする悠凪に後ろを向いたまま声を放つ。
「と言うか赤い糸ないのに変わってないじゃん!と言うか前よりも強くなってないこれぇ!?」
「騒ぐな。姉さんの迷惑になる」
「この……シスコン野郎……!」
「ま、まあまあ、落ち着いて落ち着いて」
袖をまくる仕草をする悠凪の肩を掴みながら宥めるは円華。
「でも、おかしいなぁ。今のあなたの……」
「あ、悠凪です。赤城悠凪」
「今の悠凪ちゃんの動き明らかおかしかったし。やっぱり何か変みたいだね。」
「そいつの頭なら昨夜からずっとその調子だよ姉さん」
「誰がよ誰が!!」
「もう、悠凪ちゃん落ち着いて。光ちゃんも煽らないの!」
「…………」
弁当を探す手を止めて光志朗が反り見る。しかしその手にはわかめおにぎりが3個握られていた。
「姉さん、いいかな?」
「あ、うん。105円が3点で315円になります」
「あうううう~~~~~なんで……なんでこんな目に…………」
示された金額ちょうどの金貨を差し出す光志朗の足元で涙ぐむ悠凪。その赤い糸は見えなくとも手放していようとも繋がりに変化はないようだ。




