19話「エピローグはパラレル」
19:エピローグはパラレル
・大倉機関の病院をぶっ潰してから一週間が過ぎた。
まさか帰れるとは思っていなかった我が家に久しぶりに光志朗が戻ってきた。
「穂凪ちゃん、ただいま」
「おかえり、悠凪さん」
光志朗の前で悠凪と穂凪が抱き合う。きっと百合的な意味でなく仲良し的な意味なのだろうきっと。
光志朗が大倉機関への所属を飲んだ事で悠凪の怪我もまた専用スタッフによって集中治療されて三日程度で完治となった。それからはオフィスを紹介されたり簡単な仕事内容を教えられたりした。光志朗が動く関係上悠凪もそれに付いて行く形となり、結果的に悠凪も大倉機関の所属となった。GEARを認められていない人間がここの職員になるのは前代未聞の事らしい。しかしGEARが必要な場合には滅多に陥らないからか実際GEARの有無はあまり関係ないらしい。また、大倉機関の専門スタッフが三徹した上で調査しても尚二人を結ぶ赤い糸の効果は解明出来なかった。赤い糸自体にGEARは含まれていないのは確実だが。
「初めまして、私が大倉機関の現在の代表である赤羽美咲です」
本社オフィスビルの最上階。そこに案内された二人が出会ったのは一人の少女だった。穂凪や久遠よりかはやや年上に見える。落ち着いた雰囲気が年上に見せるが実際は光志朗や悠凪と同じくらいだろうか?それがここの代表を務めるということは一体どう言うことなのだろうか? 余程強力な、あるいは重要なGEARを持っているということだろうか?
「あなた方には来月から正式に我が社の社員となります。しかし南風見さんの要望により普段は大学生としての行動が許可されています。よって我が社には休日の時かこちらで招集した時だけで構いません。
仕事内容はこちらに記載しています」
赤羽は書類を2セット用意して二人に手渡した。接近した際に背丈や顔などを確認出来たがやはりまだ未成年の可能性がある。つまるところ彼我に年齢差はほぼないものと思われた。それでこんな裏社会の会社の社長になれるのだからきっと深い事情があるのだろう。
「赤城さん、GEARの有無に杞憂は必要ありません。なのであまりお気になさらずに」
「はい、社長」
「…………社長ではないのですがまあ、そこは構いません。…………何か質問はあるでしょうか?」
「俺とこいつは離れられない。それは考慮されているか?」
「はい、もちろんです。シフトはもちろん部署も同じにしています。お二人が離れられる距離が10メートルまでと言うのも配慮していますのでそちらの心配は一切必要ありません。更衣室も専用のをお使いください」
「…………了解した」
「ちょっと光志朗。あんた敬語を忘れてるんじゃないの? この人一応トップよ?年が近いからって失礼なんじゃ……」
「構いませんよ赤城さん。近いどころか同い年ですが私なんかに敬語は勿体ないですから」
「し、しかし……」
「社長、こいつの性分だ。許してやって欲しい」
「なんであんたの方が許しを求めてるのよ!」
「…………」
「あ、すみません。つい大声を出してしまい、」
「構いません。社内どこでも気楽にお過ごし下さい。緊張は無用です。我が社は表向きには空手道場の経営や医療機関の運営を行なっています。お二人は大学で経営を学んでいるそうですから経営部を担当していただきます」
「経営ですか」
「はい。詳しくは部長に聞いてください。基本的に暇が多いようですのでそういう意味で覚悟しておいてください。南風見さんはその間にもう片方の仕事をなさってくださっても構いません」
「そいつは結構」
「……ねえ、光志朗? 頼むから不遜って言葉を知ろう? 隣にいる私の方が畏まっちゃうわよ」
「気にするな」
「…………はぁ、私は何でこんな奴を選んじゃったんだろう?」
「良かったな、お前が今言った言葉が不遜と言う意味だ」
「あんたって奴は~~~!!」
悠凪の廻し蹴りが光志朗の顔面に炸裂した。
「……いい蹴りですね。誰から指南を?」
「え? あ、いえ、自前です」
「……采配を誤ったかもしれません。赤城さん、今からでも道場のスタッフになる気はありませんか?」
「い、いえ! 恐縮です!」
「……そうですか。自前でそれだけ素晴らしい蹴りをお持ちなのは正直嫉妬してしまいます」
赤羽は表情を暗く、顔を下に向けた。
・南風見の家。
「じゃあ結局朱華ちゃんは見つからなかったんだ」
「…………ああ」
夕食時。穂凪は兄に問う。二人の対面にはボウリングボール大且つ重のおにぎりを無貌に平らげる悠凪。
「病院食じゃ全然足りないのよねカロリーが」
「おかげで日夜問わず腹の虫の音がうるさくて眠れなかったからな」
「……あんたはねぇ~! 私に何か恨みでもあるわけぇ!? むしろ私の方が恨み節満載なんだけど~!?」
「もう、二人共? ご飯の時くらい静かにしようよ~? まあ、今度からは二人も働いてくれるからだいぶ食費が浮くんだけど」
「……穂凪、これから休日も一人になる。それでもいいのか?」
「今更でしょ? それにちゃあんと私にだって休日の予定くらいあるんだから。だから、時々でいいから膝に乗せてね?」
「…………ああ、なでなでまでつけてやる」
「やったぁ!」
「……はぁ、この上下対応シスコン野郎は」
食事時だと言うのに兄の腕に抱きついてにゃんにゃん言いながら肩に頬ずりの穂凪とそれに構わず食事を続ける光志朗。しかしその顔は間違いなく柔らかくなっている。
「だが、まずはレポートを書かなくてはな」
「……………………あ」
カレンダーを見る。6月はもう終わりに近い。その日から悠凪は徹夜の作業に追われることになった。
「………………」
夜中。光志朗は静かに朱華の部屋に入った。私物などほとんどない部屋だったが確かにそこに朱華はいたのだと言う思い出はあった。記憶還元手術であの頃の記憶を取り戻した光志朗は朱華の願いを思い出す。それは、不幸な出会いだったのかもしれない。だが決して見下していいものではない。どんな小さなきっかけであっても全ての出会いは平行線が交差しないと始まらないのだから。もし、まだ朱華が生きていてそして再び目を覚ますことがあるのだったら伝えるべき言葉を伝えたい。
「…………結局一度として言えなかったからな」
せっかく交差した平行線だと言うのに伝えずに捨て置いてしまう言葉があるのは勿体無い。
「……あれ、光志朗?」
水を飲み部屋に戻ろうとしたところで悠凪が部屋から出てきた。
「あんたまだ起きていたの?」
「…………レポートか?」
「うん。今日徹夜したら何とか明日には渡せそうだからそれまで待ってて」
「…………無理せずもう寝ておけ。体を壊してからでは遅い」
「…………うん、ありがと」
踵を返し光志朗は悠凪を背に部屋へと戻った。