16話「朱い華は朱を呼ぶ華」
16:朱い華は朱を呼ぶ華
・光志朗は中学を卒業した。
あの日目をつけた応用力という才能を全力で活かす事で既にオカリナで奏でられる曲は600を超える。さらに単純なものであれば口笛や指を鳴らす音など楽器でなくとも可能になった。一度父親が連れてきた面白い奴と模擬戦を行なった。当然戦闘なんて考えていなかったから面食らったがよくよく考えたらこの力は他人をどうにかしてしまう事も出来る。実際朱華の睡眠時間を倍増させて彼女の脳を正常に近い物に僅かずつだが近付かせている。
「……なるほど。お前があの朱華って子の彼氏か」
不遜を唱えるは自分よりやや年上に見える少年。高校生くらいだろうか?
「いいことを1つ教えてやるぜ」
「…………」
「この勝負、勝負にならない」
「は?」
「何故ならこっちとお前のGEAR。その上下がそのまま勝敗を導く。お前さんが上ならこっちゃ文字通りお前さんの手の上で踊ることになる。誇れよ。だが、こっちが、零のGEARが上だと言うのならお前さんの歌はマイナス。海底でどれだけ暴れようとも水面には届かない。……前置きが長くなったな。じゃあ、やろうぜ!」
走る。相手の動きはまるで弾丸。地を蹴ってものすごいスピードでこちらに迫る。
握るは拳。そのスピードと彼の体重がそのまま威力となって拳から放たれる。
光志朗は咄嗟に悟った。この一撃、もしも受けてしまえば自分は朱華より酷い体になってしまうかもしれない。だからその考えが至るのと同時にオカリナを吹いた。音色に込めるは自虐のノイズ。相手の拳と音が同時に出て宙を切る。結果は、
「………………は?」
相手は突如その場に立ち止まりひたすら自分を殴り始めた。聞いたものすべてに自傷を強要する自虐のノイズはどうやら水面を軽く超えていたらしい。しかし、相手は少なくとも光志朗を10回は気絶させられるだけの拳をその身に何度も浴びているにも関わらず一切の無傷。こんなことは初めてだ。
零のGEAR。彼はそう言った。一切ダメージを受けない力なのだろうか?あるいは外的干渉を一切受けない体質になるものか。ならば本来自分の音色も通用しないはずだったが……ああ、そうか。音が聞こえる以上自分が奏でる音は自然とノーガードになる。そもそも音は物体を振動するものだ。どれだけ無敵で傷付ける事が出来なくとも自分の音に込めた効果は発動するのだろう。
「……」
試しに回転の口笛を吹いてみた。すると今度は、
「ぎゃああああああああああ!!! 目が回るぅぅぅぅぅぅっ!!」
勢いよくその場で回転し始めた。しかし、数秒で収まる。本来なら30秒は続く予定だったそれは5秒に満たなかった。…………そういう事か。こちらの音と向こうの零では僅かにこちらが上。正式な楽器を用いてフルパワーでやれば全く相手を制御出来る。まさしく相手が言っていた通り踊らせることが出来る。だが、それ以外で放った姑息な音では最初こそこちらが有利だがしかし向こうの抵抗が俄かに上回り、弾かれる。
「なら……こうしてやる!」
回転を止めた相手が自分の耳を叩く。そして再び走り出した。
「…………」
今度はオカリナでジャイロを掛けてみる。だが、相手に効果は全くなし。
「!?」
「でりゃああああああああああああおああああああ!!」
通用しないと理解した時にはもう相手は自分の懐に入っていた。そして拳……と見せかけたローキックが左足を穿った。
「ぐっ!!」
一瞬、視界が360度回った。どうやら今のローキックで自分は腹を中心に横回転したらしい。とんでもない威力だ。それでいて着地した時に痛みはほとんどなくただ痺れているだけであれば力だけでなく技術もかなりのもの。これは彼が学び磨いた純粋な体術か。しかしどうして彼には急に音が通じなくなったのか。
「せやぁぁぁぁぁぉぉぁぁぁぁっ!!」
「!」
見えないほど速く鋭い拳が胸を穿った。光志朗の体は漫画のように吹っ飛び、10メートルはあろう後方の壁に叩きつけられた。
「がばっ!!」
最初、自分の口から出た物が何なのか分からなかった。膝を折り、両手で床を踏み、懐からオカリナを落としてからやっと気付く。今自分は内臓を圧迫されたことで吐血したのだと。そうして相手の声を聞いて理解した。今、相手はついに音と言う外的干渉を遮断したのだと。
なるほど、こうなれば自分の音は相手には聞こえない。今相手は宇宙空間にいるようなものだから音が届かないんだ、と。だから彼の後ろの方でなんか偉そうな人がやめろ! と大きく叫んでいるのに全く無反応なのか。純粋にすごいと思った。さっきまで自分を完全無効していた相手を今度は無効にしているのだから。
「止めだぁぁぁぁぁぁぁぉぉぉぉぉぉぁぁぁぁぁぁぁぉぉ!!!」
「やめろと言っているだろうがぁぁぁぁっ!!」
駆け出した彼をついに後ろからさっきの人が押さえつける。
「!?」
「さっさと耳を戻さんか!?」
「聞こえねえよ!」
「……怒」
あ、眉間に皺が大量発生。同時に彼を押し倒しどこから出したのかマジックペンで彼の顔に文字を書く。
「耳を戻せと言っているこの阿呆助糞野郎!」
そして同じくどこから出したのか分からない姿見でその文字を見させた。
「…………ちぇっ、」
彼は再び自分の耳を叩いた。すると彼の声も通常に戻った。
「君も、もうこの模擬戦は終わりでいいね?」
「…………はい」
悔しいが完敗だった。修得者同士の戦闘など想定もしていなかった。けど、それは言い訳だ。3年も特訓しておいて対人戦を全く備えていないなんて間抜けにも程がある。……なるほど、父はそれを教えたくて急に模擬戦などをやったのか。自分はまだまだ未熟だと言う事だろう。
この日はそれを学べた。その授業料にしては数滴ばかりの血液はあまりに安いのだろう。もし本当の実戦ならば自分は2度は死んでいる。そしてそれこそが新しい情報の1つだ。…………父はいずれ自分に命の取り合いをさせるつもりだ…………。
・模擬戦が終わり、念のため医務室で怪我を見てもらった。
「この程度なら問題ないだろう」
医者は手で触れただけでそう下した。よく見ればこの部屋は医務室であろうに医療器具がほとんどなかった。つまり、この医者も力を持っているということだ。恐らく治癒関係のを。決して前線に出ないであろう人物でさえ力を修得している。自分が今いるこの施設に疑問を感じざるを得なかった。いずれ自分もここに所属することになるのだろう。そして命のやり取りをする。
「こーしろー」
「朱華!?」
医務室を出ると朱華が飛びついてきた。
「朱華、どうしてここにいるんだ?」
今日は朝から48時間眠らせてあるはずだ。ならばここにいて起きているのはおかしい。
「光志朗、」
次いで父の声がする。
「お前だな? 朱華を長時間眠らせているのは?」
「…………」
「理由を話せ。お前がイタズラに朱華を、いや他人を強引に眠らせるなどするはずがない」
「…………朱華の脳を調べたことがあるんだ。音を使ったレーダーで」
「…………ほう、」
「それで朱華の脳は毎日活動するために日々縮小していっていた。だから俺は毎日会えなくてもいい。数日置きでも構わない。その分を眠らせて朱華の脳を元の状態に戻そうとしている。……1年前から続けていてもその効果は薄いようだけど」
「…………なるほど」
「…………今更だけど俺の力って人を殺すためにあるんだよな?」
「何故そう思う?」
「今日のあの中国人だかフランス人だか分からない名前の人との模擬戦だよ。今まで俺は力の性質からまるで名家のお武芸とか伝統みたいな物だと思って訓練していた。けど、あの男が言うGEARってのは同じGEARを殺すためのものじゃないのかな?」
「…………光志朗、質問を質問で返すようで悪いがノーベルと言う人を知っているか?」
「…………ノーベル賞の由来となった人でダイナマイトを発明した人?」
「そう。彼は間違いなく平和的な目的のためにダイナマイトを作った。しかし残念なことに後の世でダイナマイトが本来の目的で使用されるよりは圧倒的に建物を壊し街を焼き払い人を殺すために多く利用されてきた。きっと多くの人間はダイナマイトをそういうものだと思っているだろう」
「…………GEARは平和的なモノだって?」
「所詮物は使う人間次第で善にも悪にもなる。今日お前が戦った少年が使う武術だって元を辿れば戦争の道具だ。現代だってその意義は、如何に効率よく人体を破壊するかに収束してしまう。だが、世界に数多くいる武術家の一体どれだけが人体を破壊するためだけに学んだか。……結論を言えば言葉でも武術でも道具でも使う人間の心を表すんだ。そしていずれもどこまで練磨していようが相手がいなくては虚ろな物に終わるだろう。今日お前を彼と戦わせてみたのは是非壁を知って欲しかったんだ。お前はあまりに優秀すぎた。それにかまけて今まで壁を用意してやれなかった私を許せ」
「…………父さん」
「それから朱華だが、お前のやっていることは間違っているとは決して言えないだろう。詳しいことは私には分からないが、もちろん朱華には今の哀れな姿でなくもっと元気になって欲しい。人並みの幸せを得て欲しい。彼女が望むのであればお前の嫁にしてやりたい。…………だがな、彼女の体は本当に酷いことになっているんだ」
「…………知ってるよ。内臓がほとんど機能していないんだろ?」
「そう。この大倉機関の医術のGEARを持った名医が何度も言っているんだ。彼女は後5年は生きられない。お前がその内4年を眠らせて仮に脳が戻ったとしてもまともに生きられるのは1年もないんだ。お前が、いや私達が描くまともな1年か、彼女が彼女らしく生きる5年か。可能かどうかは別として最終的な判断を下すのは彼女なんだ。せめて彼女を思うのであれば彼女には多くの選択肢をくれてやった方がいい」
「………………」
「こーしろー?」
自分に抱きついたままの朱華が笑顔のままで顔を覗いてくる。挟まれていたと言うのにどうやら今の会話を理解出来ていないようだった。無理もない。眠らせて脳の崩壊を防いでいたとしても彼女の精神年齢は小学校低学年がいいところだ。哀れ……と言ってやれるには自分を傲慢だと信じきれない。昔道徳の授業である医者の漫画を見た。可能なれば絶対に人を助けてしまえる医者と不可能であれば死なせてしまえる医者の話だ。この二人のどちらが正しいか、そんなこと分からない。だけど諦めてしまえば全てこの手からは逃げていってしまう。しかし自分は確か後者を選んだような記憶がある。時には介錯を務める事も救済になってしまうのだと教わった事があったから。けど、それを今の状況に当てはめたらどうなるんだろうか。哀れと宣いながらも5年間を過ごさせることだろうか?
「光志朗、無理強いをするつもりはない。だからそれをお前もさせるな」
「え?」
「言ったぞ、決めるのは朱華なんだと」
父はきょとんとした表情で見つめる朱華の頭を軽く撫でてやった。
・1年が過ぎた。
光志朗は高校に入ってからは一度として朱華に音色を使ったことはなかった。そのために毎日朱華の笑顔を見ていられた。その笑顔は近い将来失われてしまうだろう。しかし人間が死ぬのは当たり前のことだ。朱華は不条理にその時を急かされただけで決してその運命から逃れることは出来ない事に変わりはない。少し早いだけだ。もしかしたら朱華の寿命が尽きてしまう前に自分が事故か何かで死んでしまうかもしれない。
「こーしろー」
朱華は残念ながら施設を卒業しても中学への進学は出来なかった。1か月前まで穂凪と同じ中学へ行こうとされていたのだが。
「…………朱華ちゃんの方が大事だもん。仕方ないよ」
穂凪はそう言っていたが明らかに納得していない表情だった。朱華の精神年齢はやはり変わらず初歩的な算数も出来ないままだった。それに最近よく眠るようになってしまった。
光志朗が何もしていないのは誰もが分かっていた。そしてもう脳が限界に近いのだとも誰もが分かっていた。むしろこの3年をよく持ちこたえられたものだと手を叩けるものだ。
「それでね、こーしろーがね」
「…………」
高2の夏だ。朱華が光志朗を認識出来なくなった。重度の認知症だ。おまけに左手の神経が麻痺していて事実上の不随になっている。光志朗は夜が来る度に旋律を奏でた。それは朱華に何かをするものではない。今まで全く行なっていなかった自分を対象としたメロディだ。抗鬱剤に近い働きをするメロディで自分を律している。
枯れ尾花、生きて眺むは 情け哉
結局自分は最愛の朱華を死なせてしまってもそれに殉じるだけの度胸もない、それどころかそれに対する悲しみを粗末に誤魔化そうとしているだけの最低野郎なんだ。きっと朱華が死んでしまった日にも同じメロディで気取り、いつしか忘れてしまえればいいと思ってしまえるそんな狂った最低野郎なんだ。
「お兄ちゃん! 待って! それ以上はダメだよ!」
穂凪が部屋に入ってきて強引に光志朗の手からオカリナを叩き落とす。
「穂凪、何をするんだ」
「これ以上はダメだよ……お兄ちゃんまで壊れちゃう!」
「…………」
自分が壊れる……?全く以て意味が分からない。ただ、慌てふためく穂凪が呼んだ父親に全力で押さえ込まれやがて意識を失った。
「……穂凪、苦労をかける」
「…………ううん、いいんだよ大丈夫」
穂凪は横たわった光志朗を眺める。
「…………空虚なセンセーション。空元気を起こすメロディか。
しかしそれを以てして心中では自暴自棄を呼び起こしていたとはな」
「…………あのままだと間違いなく朱華ちゃんより先にお兄ちゃんの方が壊れてたよ」
「…………朱華は?」
「…………うん、多分そろそろ起きる。そしてきっとここに……あれ?」
穂凪が立ち上がり、振り向く。同時に背後のドアが粉々になった。
「………………だあれ? 朱華の全部を奪おうとするのは」
「朱華! よすんだ!」
父が穂凪を庇って一歩する。だが、
「きゃ!」
「…………ん、」
突き飛ばされた穂凪が光志朗の上半身に乗ってしまった。その際に穂凪の唇が光志朗の極めて唇に近い頬に当たる。
「…………あはっ、あははははっ! そうなんだぁ。穂凪ちゃんはぁ、そうだったんだね」
「ち、違うよ朱華ちゃん!」
「もういいよ、もういいんだよ。だってね朱華は朱華で、……あれ? 朱華って誰だっけ? ううん、もう構わないっかぁ~? 誰が誰を愛しているかとかそういうのはもうどうでもいんだよね?」
朱華が死んだ左腕をブンブンと振り回す。と、その軌跡が三日月のような形の赤と黒の光を生んだ。
「どっか~ん」
「!」
光はまっすぐに飛び、一瞬で穂凪の右足を切断した。
「うああああああああああああああ!!!」
「穂凪…………!?」
「もういいよ、もういい。全部全部、ゼンブゼンブゼンブゼンブゼンブゼンブ光になっちゃえばいいんだ」
「そこまでだ朱華」
目を見開いて喉が潰れそうなほど声を張る朱華に当身を放つ父。鳩尾と後頭部に一発ずつ放ち、朱華から光を奪う。
「あ……」
朱華は糸の切れた人形のようにその場に倒れた。
「…………なんだよ、何なんだよこれはぁぁぁぁっ!!」
「うあああああああああああああああああ!!!」
「………………」
訳が分からず絶叫する光志朗、右足を失い泣き叫ぶ穂凪、全く動かない朱華。3人の子供に、しかし声を掛けられないまま父は無残に佇むしかなかった。
翌日。南風見夫妻はついに朱華を始末することを決意する。もう脳死寸前とは言えだからこそ何をするか分からない朱華を放っておくわけには行かない。よりにもよって朱華のGEARが切断能力であるとは思わなかった。3年前の検査では不明だった彼女のGEARがどうして何が原因で目覚めたのかは分からない。でも、その理由は今はどうでもいい。
「…………」
夫妻はベッドで横たわる光志朗、穂凪、朱華を見比べる。と、インターホンが鳴った。
「すみません、光志朗いますか?」
クラスメイトの暁帆がやって来た。
「プリントを渡すように言われたんですけど」
「あ、ああ。ありがとう」
父が一度朱華を見やってから玄関に向かう。ドアを開け暁帆を迎え入れる。
「光志朗どうしてます? 最近学校に来ませんけど」
「ああ、ちょっとね」
「…………ところで、あのおトイレ借りてもいいでしょうか?」
「…………」
沈黙した。本当なら帰すべきだ。30分もしない内に機関の人間が朱華を回収しに来る。それまでには不変を望むべきだ。しかし無下にも出来ない。さっさと要件だけ済ませて帰らせればいい。そう油断してしまった。
「失礼します」
暁帆が靴を脱いで中に入った時だった。
「また女がいるよ来たよこーしろーを奪うためなんだよね」
「へ!?」
赤と黒い光が瞬いた。直後には暁帆の両腕は肩から先が切断されていた。
「きゃあああああああああああああああああああ!!!」
「朱華!」
父が走る。
「まただまただまただまただよ、殺さなきゃ殺さなきゃ殺さないといけない。朱華だよ、あかが欲しい。赤をもっと綺麗な赤。だって女の子なんだからもっともっと輝かないといけないんだよ。そのためにも他の何かを全てをいとしいものを殺して奪って捧げないといけないんだよそうだよね? こーしろー? こーしろーはずっと赤の隣にいるんだもんね」
朱華が上体を起こしていた。しかし既に下半身が麻痺しているのか立てない様子だ。だが、彼女が照らす狂った光は暁帆の両腕だけに限らず、朱華を監視していたはずの母親の首をも切り落としていた。
「赤だ、赤だよねえ、みんな、赤が赤を呼んでいるんだよ! アハハハハ! 月が見える! これ綺麗なんだよね、あ、ほらこうやってびしゅって」
「!?」
またしても光が飛ぶ。父はしゃがんで回避したが次々と光が飛んできて、それから暁帆を庇う必要があった。
「…………光志朗、前言撤回する。お前だけが彼女を……!!」
そして、狂った光は最後の言葉を紡ぐ前の彼の首を切り飛ばした。
「ねえ、見てみて光志朗。綺麗な赤でしょ? 光志朗が赤だけを見てくれないからこうしてもっともっと綺麗になってね、赤を、あかを……あかを……朱華だけを見てくれないから…………もうどうなってしまってもいいって思っちゃってるんだからぁぁぁぁっ!! どうして、どうして朱華だけを見てくれないの!?
どうして朱華だけが……朱華だけが……」
「…………朱華」
朱華と赤が荒れ狂う部屋で光志朗は目を覚ました。
「…………光志朗、」
「お前は……俺が……」
立ち上がり、オカリナを手に握りながら朱華を抱きしめた。そして耳元で音色を奏でた。全てを終わらせるための終焉を奏でた。
「……光志朗……朱華は……」
「…………」
その言葉に続くことはなく朱華は光志朗の腕の中で意識を落とした。その数分後に大倉機関のスタッフが駆けつけたが当然全てはあまりに遅すぎた。死者2名、重傷1名。意識不明が1名。両腕をたった今失った暁帆はもちろん、ほとんどまともな治療を受けられていない穂凪も機関の病院に搬送された。両親の遺体も回収された。朱華を光志朗は離そうとしなかった。だが、
「……もういいだろ、赦してやれよ」
あの男に後頭部を穿たれ意識を失っている間に朱華はどこかへ連れ去られてしまった。そして半日過ぎてから光志朗は円華の家で目を覚ました。
「…………姉さん」
「光ちゃん、今はもういいの。だから何も言わないで」
「…………姉さん」
涙する彼女を見たのはこれが初めてだった。その珍しさに感動することが出来ないまま光志朗は再び闇の中に意識を落とした。
それから穂凪と暁帆には機関が用意した特別製の義肢が与えられた。当然二人の頭の中から機関に関する情報をすべて抜き取ってからだ。朱華は決して光志朗と合わせてはならない条件付きで機関の病院に護送された。もはや脳死した植物人間と何一つ変わらない状態だったが彼女のGEARを探るために今しばらく生かされることとなった。朱華が眠る病院を知るのは機関を除けば円華と穂凪だけとなった。また2か月の間光志朗の中のトラウマを完全に鎮静させるために入院をする事が決定した。2ヶ月の成果で無事トラウマは鎮静させられた。ついでにこの件だけでなく過去の物も含めたこの機関に関する全ての情報が削除された。誰も機関の事を知らなくなった今でも南風見の家の家賃と兄妹の学費は秘密裏に機関が払い続けているのは罪滅ぼしか感傷か。
・目を開ける。
景色は見たことのない物だった。
「…………夢か」
光志朗が電車の中で目を覚ます。現在位置を確認すると、幸運にも目的駅の1つ前だった。
「…………俺はあの時朱華を殺せなかった。けど、今度こそ朱華を殺してみせる。全てを懸けてでも……」
首から下げたオカリナを握り締める。