15話「記憶の底は朱華い光」
15:記憶の底は朱華い光
・電車。
光志朗は音から探り出した病院へと向かっていた。電車で30分、バスで30分も掛かる場所。南風見の家からは30キロ以上も離れている。この2年間で幾度も街の病院や精神病院を回ったが全く発見できなかったがその理由がやっと分かった。ここまで遠い場所にわざと移送したからには何か魂胆があるのだろう。それを正答は無理でもある程度の想像も出来ないほど子供ではないし、自分が今やっていることはそれに逆らっている事も間違いないだろう。昨日は半霊召喚をしてしまったから朱華が我が家に現れ悠凪に牙を剥いた。ならば半霊召喚をしなければいいか?否。それでは目先の妥協案に過ぎない。もし朱華本人が目を覚まして帰ってきた時には恐らく同じ出来事が起きるだろう。そうなれば悠凪はもちろん前回は右足だけで済んだ穂凪までもがその手の凶刃に落ちかねない。自らの手を煩わせずとも病院に電話して安楽死を望めばすぐには出来ないだろうがいずれ安全に彼女を排除することは出来ただろう。
どうせ二度は覚まさぬ可能性の高い命だ。犠牲と呼ぶには些か偽善が過ぎる。しかし、それが正しいと思ってもなお他人の手を汚す度胸はなかった。それに愛した者こそこの手で終焉を飾っておきたい。どうせどのみち彼女を殺す理由は傲慢に過ぎない。ならば一番自分が望む形で終わらせたいものだ。
「………………ふわ、」
あくび。
気の張りが少ないのは最近ほとんど一緒だったあの少女の不在が由来か。どうやら思った以上に毒されていたらしい。しかし今思えばそれも悪くはなかった。だが、これ以上一緒にいてはいけない。今ならばまだタダの知人で済む。穂凪や円華は確かにどうしても巻き込まれてしまうだろうが仕方がないだろう。円華には是非幸せになってもらいたい。今年中には挙式をする予定だからそれに響かなければいい。だが、響いて欲しいとも心のどこかで思っていてしまう。
は、随分な笑い話だ。恋人のために今自分は一世一代の大問題を犯そうとしているのにまた別の愛する人にまだ自分を見ていて欲しいなどと浅ましい願いを持てるとは。思ってる以上に自分という生き物はどうしようもないほど愚かだったらしい。
「…………」
目的地まであと8駅。やや時間がある。少し眠ってみるのも悪くはないかも知れない。ほとんど逃避に近い形ではあったが光志朗は目を閉じた。
・5年前。
裏社会で何やら大きな出来事があったらしい。
「1つ、いいことを教えてやろう」
それは、当時起きた出来事の中心人物の口癖だったそうだ。そんなことまで知っているのだからきっと父親はただの大工ではなかったのだろう。間違いなく裏社会に関わっていた。そしてこの南風見に伝わる能力も持ち合わせていたに違いない。まだ中学生だった自分はそんな裏社会のドタバタなど興味なかったし知りもしなかった。むしろ都市伝説・火咲の方が現実味があって怖かった。その一方で自分が使えるこの旋律をどうしようもなく不思議がっていた。まだ当時大学生だった円華に大体の使い方を習った。
「いい? 南風見に、いや、あなた達に伝わるその力はね。役割なの。」
「役割?」
「そう。それは役割にして力、世界の構成物質でありやっぱり役割に収束される。光ちゃんも穂凪ちゃんも世界で数少ないその役割を担う存在なんだよ」
「お姉ちゃんは?」
「…………私は残念ながら選ばれなかった。でも、そのおかげでこうやって二人に会えていっぱい遊べるんだもん。私は力こそ芽生えなかったけどでも、自然と生まれたこの役割には満足してるよ」
「…………お姉ちゃん」
「光ちゃんは音、穂凪ちゃんとはちょっと違うけどでも自分を信じて」
「…………うん」
幼い頃からそう励まされてひたすらに音を奏でた。中学の3年間で目指せ200曲。ちょっと数が半端なかったが数は多い方がいい。特に自分のような直接何かを壊したり出来ないタイプならば尚更。とりあえず2年の7月までに60曲を覚えた時だった。父親がひとりの少女を拾ってきた。外見は中学生程度だろうか。ただ当時10歳だった穂凪とも近いような気がする。名前を尋ねた。だが、少女にはそれに答えるだけの知性は残されていなかった。
「あ、あうあうあう…………」
訳が分からなかった。今までこう言う壊れた人間は遠目で見たことはあったが実際に接するのは初めてだ。当然最初は抵抗した。無視もした。このような人の化は生きる価値がない。学校の先生の言葉を借りるならば欠陥品だ。酷い言い様だが理解できない物はこうして相手の価値を徹底的に引き摺り下ろさなければ安心できない無垢で偽善な生き物だから仕方がない。父は今回の事件で知性をむしり取られたと言っていた。つまり後天的な精神障害。だからか顔や匂いとかも一般人のそれと大差ない。黙っていれば壊れているなどとは分からないだろう。肉体や脳の検査をしたところ極めて悪質な人体実験の跡が見つかったそうだ。きっと元は正常な少女だったのにこの人体実験のせいで精神が崩壊してしまったのだと推測される。結局少女を預かることとなった父でもこの少女の名前や年齢、身元は分からないらしい。ただ言えることは三船と呼ばれる工場で発見されたと言う事。そして、発見された時には何かをぼそぼそと呟いていて「赤」と言う言葉だけ聞き取れたこと。そこからこの少女の名前を一時的に南風見朱華と言う形式にした。父は何か思い当たることがありそうだったがそれでも確証は全くなさそうだった。朱華との暮らしは意外にもそこまで変化を及ぼすものではなかった。穂凪との仲もよさそうだ。少しずつだが言葉も理解出来るようになって来ていた。だから1年経過した頃には学校に入れようとも検討された。年齢的には小学校か中学校か迷うべき点だがしかしそもそもこの少女は普通の学校には入れない。精神的な要因もあるしまた一応裏の関係者と言う事もあって特別に用意された教養施設に3年ほど通う事になるそうだ。朱華は特別南風見の家に引き取られただけで実際はあの事件でもっと多くの少女が発見されていた。いずれも身元は不明でありその肉体には実験の跡が見受けられた。しかしさすがに精神崩壊しているものは少なく、この施設で3年間様子を見られた後は普通の中学校に通う事が決まっているそうだ。その少女達にも朱華を知っている者は一人もいないそうだ。それに、他の少女達が声や顔が近くされていたが朱華は全く違う。どうやら同じ非合法組織による生物実験の被害者でも部署が違うらしい。
朱華がそこに通い始めて3ヶ月。大倉を名乗る組織の一員が朱華の検査を行なった。今までのとは全く別の特別な検査だ。
「彼女のGEARは分かったのか?」
「いえ、どうやらまだ未覚醒のようです」
「それは珍しいな。やはり彼女はシリーズではないのか」
「あの子にも聞いてみましたが聞いたことがないそうですよ。だから多分別物。いや、もしかしたらあの野郎どもの憂晴だったかもしれませんよ」
「………………そうか」
「しかし、お前さん。美少女相手だが反応しないのか?」
「そりゃ美少女は多い方がいいが火咲ちゃん程度ならともかくこの子は流石にな」
「……お前さんにしては珍しいな」
「正直なのがモットーですから」
いくつかの声があった。朱華は全裸で検査を受けながらそれを聞いてはいたが意味までは理解出来ていなかった。
………………
…………
……
検査が終わり朱華がスタッフによって南風見の家に送られてくる。ちょうど光志朗も中学の帰りで家の前の道を歩いていた。
「朱華……」
「こーしろー」
朱華は車から飛び出して光志朗に飛びつく。最近伸びてきた彼女の髪の毛は汗ばんでいたがそれ以上に何か薬のような匂いがした。
「この匂い……おい、あんた達。朱華に何をしたんだ?」
車から降りてきた無数の黒服に言葉を投げる。
「ただの検査ですよ」
「いつもとは少々違ったようですが」
「しかし彼女に危害は一切及んでいません」
「若干一名無類の女たらしがいましたがタイプではなかったそうです」
「…………」
毎回毎回あの車のどこから出てくるのかって言うレベルで黒服は大量発生する。あの連中も何かの能力なのだろうか?
「こーしろー、おふろおふろー」
「穂凪がいるだろ? 穂凪と入ってくれよ」
「あか、こーしろーと入りたい」
「…………仕方ないな」
「では、私達はこれで」
黒服はいつの間にかごく少数に戻っていて車に乗り込み去っていった。最初は怪しんだがしかしこの3ヶ月で全く朱華に異常が見られないため少しは油断してもいいのではと思いつつある。
「…………これじゃまるで俺が朱華の心配をしているみたいじゃないか」
「? こーしろー、あかのこときらい?」
「…………さてな」
「あは、しってるよ。こーしろーがさてなってゆーときははずかしがってるときだって」
「…………さてね」
「それもおなじで」
「いいから、さっさと風呂にでも入るぞ」
「うん、わかった」
無邪気に腕にしがみついてくる朱華。年は分からないままだ。たった1年と3ヶ月では成長も分かりづらいものだがもしかしたら実験の影響でもうこれ以上成長しない体になってしまっているのかもしれない。もしそうなら実年齢がどうだか分からない。今のところは兄妹のような感覚だが実際は朱華の方が年上なのかもしれない。……あまり考えたくはないが。最近は円華も大学の助教授になったとかで忙しい為かあまり会う機会がない。だから今は自分が兄妹で一番上なんだ。そして唯一の男。穂凪も朱華も守ってやらないといけない。そのためにも今年までに200曲を習得し終わらなければ。円華は来年までにと言っていたが思ったより順調なのだから姉の予想を超えてやらねばならない。予想を超え彼女を裏切ってみせてこそ彼女の期待に答える良き弟と言う物だ。今はまだオカリナでしか曲を出せないが今年中にはどんな音にでも力を持たせられるようにならないと。
「きゃははは」
「…………」
浴室。朱華と一緒に風呂に入っている。普通男子中学生と女の子を一緒に風呂に入らせるようなことはしないだろう。しかし朱華の場合もう去年の時点で何度も一緒に風呂に入ったり寝たりしているんだから親からしてみても今更だろう。たまに穂凪が混ざってみれば苦笑さえ生まれてしまう。しかしだ。年頃の光志朗からしてみたらこう、年の近い女子が無防備を晒すというのはどうにも冷静でいられない。最近は穂凪も成長が進んできていていつの間にか胸に谷間が出来ている。11歳にしては中々の体をしているではないか。それに朱華だって11歳よりは上なのかこの時点での穂凪よりかはまだ大人の体だ。下の毛が少し生えていることから13歳くらいなのだろうか? ……外見は。自分の1つ下と考えたらそりゃ興奮しないわけがない。最近は隙あればすごいことをしてやりたい衝動に駆られたりもする。
最初の頃からは考えられない現象だ。自分でも驚いている。もしかして自分は朱華に惹かれているのだろうか?裸を何度も見ているから? けど男が女の子を好きになる理由なんて所詮そんなものなのかも知れない。そこから愛にまで育てられるかそれとも所詮体だけの関係になってしまうのか。今まで彼女の一人も作ったことのない光志朗では正直惑いしかない。ならばと円華の事を思い出してみる。物心着いた時には姉として接してくれた8つ年上の彼女。数年前までは風呂や寝る時も一緒だった気がする。そんな彼女の女としての部分に興奮したかと言われればそりゃあしただろう。しかし彼女は姉のようなもの。実際は母の姉の子供で従姉なのだがここまで接してくれればもはや姉だ。そんな円華とは確かにずっと一緒にいたいと言う想いはあるだろう。だが、肉体関係を持ちたいとはまだ思えない。穂凪に対してだってそうだ。まだ11歳。実の妹。しかしその体はまだ中学生である自分の中の男を興奮させるには十分すぎる。もし仮に向こうから本気で誘ってきたならば拮抗出来る自信はない。
では朱華だとどうするか?1年と3ヶ月を共に暮らしている。苗字も同じ。詳しい話は聞いていないが本来の家族が見つかるまでは南風見の一員となるだろう。しかし、円華や穂凪と違って家族ではないし所詮まだ1年と3ヶ月だ。円華は自分の年齢14年間を、穂凪は彼女の年齢11年間を一緒にしている。その10分の1にも満たない。にも関わらずこうして一緒に風呂に入って寝て……。最近は言葉も覚えてきている。動作や表情、言動だって一般人のそれに近い。ならばいずれ元に戻った時のために自分色に染めてしまうのもありかもしれない。などと妄想をしてしまうほどには男子中学生の性欲は甘くはない。特にこの1年と3ヶ月はずっと訓練にかまけていたのだ。だから少しくらい本業と本能に身を任せても決して罰は当たらないはずだ。
「? こーしろー?」
「…………」
唾を飲み、喉を鳴らし、今まで決して自分からは触れようとしなかった朱華の女の部分に手を伸ばした。
………………
…………
……
それからさらに半年が過ぎた。
「すー……すー……」
「………………」
隣で半裸の朱華が眠る中光志朗は焦燥していた。明日、久しぶりに円華が帰ってくるそうだ。つまりはそこでこの1年9ヶ月の訓練の成果を見せる必要がある。だが、残念ながら現在習得しているのは170曲程度。本来ならばもう30曲は覚えるはずだったこの半年を朱華に対する邪で費やしてしまった。今からなら徹夜をしても1曲覚えられるかどうかと言ったところ。最初は戸惑いがちだった。だが、2度3度と行う内に抵抗は欲望に負けた。2週間を過ぎた頃にはついに目的であるすごいことも行なった。全く期待がなかったといえば嘘になるがやはり朱華のそこは既に使われていた。
3週間を過ぎた頃に父に尋ねた。女子には生理というものがあるはずだ、と。
「光志朗、女を知るのはいい事だがせめて道は誤るなよ。朱華は恐らく生物実験によって内臓のほとんどがまともに機能していない。そして最初の検査の結果でもう既に彼女は研究員の憂さ晴らしによって何度も陵辱されていてそれにより子供を産めない体になっていることは判明している。…………心身を通じ合わせるなとは言わないがその結果あの子が孕むのは命でなく絶望だということを忘れるな」
「………………」
そう言われたのは一度だけだった。だから自らの妥協を推してしまい結果訓練を怠りひたすら自分だけの快楽を求めてしまった。まさかそれを知るわけではないだろうが最近穂凪の対応も冷たいような気がする。……これはいい薬なのかもしれない。たった半年されど半年もの時間を怠惰のために消してしまった。もうそれで十分ではないか。気休めにはなったはずだ。自分はまだ正体も知らぬ南風見の男。ならばそれに従事して音を奏でる必要がある。…………だが、本当にそれでいいのだろうか?父がただの大工でないことはもうとっくに分かっている。その本来の役割に朱華が深く関わっていることも想像がつく。しかし自分はまだ14歳だ。見知らぬ物のために残りの人生を捨ててもいいのか?遠い未来のためと言えば聞こえはいいがしかし目先の欲望も決して不要ではないはずだ。むしろ人間である以上そちらの方を優先すべきではないのだろうか?
「…………」
朱華を見やる。この少女はもう本物にはなれない。元本物な偽物。玩具のようなもの。本来ならそう見捨てるべきだ。内臓がほとんど機能していないと言うなら恐らく先はもう長くはない。彼女を保護したのは飽くまでも現在のための気休め。彼女に未来を与えてやるなど残酷なことこの上ない。ならばその妄想に無心となってこのまま陵辱を続けるか?
「………………はぁ、」
嘆息。落ち着かない。どうにもこの夜は落ち着かない。ただ姉が帰ってくるというだけでここまで心情を揺らいでしまうとは……なるほど。両親が自分の監督に円華を選ぶわけだ。
「…………心情…………か」
もしも心が読めたのならば朱華の心を覗いてみるのもいいかもしれない。例えばシナプスから神経をめぐる電気信号。あれを何とか音で読み取れないものだろうか。もし自分が音ではなく電気だったら考えるまでもなかっただろうがどうしてこれがなかなか。
「…………」
そっと指を朱華の額に付けた。接触面を通じて朱華の体を流れるあらゆる音が伝わってくる。あるいはこちらから指先の音波を発して朱華の体内を透かす。レーダーのようなものだ。音で朱華の体内を確認する。確かに前に穂凪に対して使った時と比べても朱華の体は通常ではないことが分かった。特に脳は本当に人間のものかと疑うほど小さい。よくこれで毎日毎日活動出来ている。いや、毎日活動するためにはここまで脳を小さくしないといけないのか?ならば、もし朱華をしばらくの間眠らせてしまえば脳が回復を始めて元通りになるのでは?
「…………」
試しだ。試しに、丸一日だけ眠らせてみよう。それで朱華の脳がどういう状態になるか見定めてみよう。
どうせなら未来はあった方がいいし希望に満ちていた方がいい。壊れてしまった彼女が日々を不幸に過ごしているとはあの笑顔を見てしまえば間違っても言えないが他にいくらでも幸福な日々の方法はあるはずだ。ならばと、指を付けたまま強制睡眠の音を放った。まだ遠く離れた相手には数分程度しか効き目がないがここまで近くにいて肌と肌で触れているならば一日くらいは問題ないはずだ。そうして変わらぬ寝顔を晒す朱華の前で光志朗にもついに眠りの時が訪れた。
………………
…………
……
次の日。光志朗は1年ぶりに会う円華に詰め寄った。
「久しぶり、光ちゃん」
「お姉ちゃん……」
それから円華を交えて久しぶりの家族談話を行った。父親は朱華を紹介したがっていたが事前に光志朗が一日だけ眠らせてしまったことを聞いていたため敢えて説明をしなかった。それから4時間程光志朗は自らがこの1年と9ヶ月を用いて会得した術を披露した。思いの外円華は笑ってくれた。そう言えばそもそも200曲と言う目標を今年中にやろうと言うのは光志朗が勝手に決めたことであり円華本人は3年間と言う期限を設けていた。つまり昨夜焦る必要などなかったのである。それが自信につながった。だから今まで練習すらしていなかった新しい曲をも即興で披露してみせた。それには日々音色を聴いていた父もほう、と舌を巻いた。この1年9ヶ月。全く新しい曲を170用意したがどうやらその170をうまく組み合わせて全く新しい曲を即興で編み出すだけの力はついていたようだった。
何だ、こんなものなのか。光志朗は初めて慢心を覚えた。そこで10曲ほどぶっつけ本番で新たな技を披露したのだからどれだけ慎みを覚えていても自分には才能があるのだと驕れるのも無理はないだろう。
実際父親も見たことないほどの笑みをこぼし急遽光志朗の好物であるサーモンの握りを高級寿司店に注文したほどだ。10貫で8000円。食べるのが恐れ多い程だったが無言で頷く父やパチパチと手を叩く円華を見て容赦を捨てた。
「……お前には大学を卒業してから私の職場に紹介しようと思っていたがこれならもう少し早めに紹介出来るかもしれないな」
昼から焼酎を飲みつつしみじみと父は語った。柄にもなく赤面した光志朗はようやく一歩下がる。
と、今度は穂凪が前に出た。
「穂凪、まさかお前に技を教えた覚えはないぞ?」
「でも不条理だよ。いいから見てて」
穂凪は父が飲み干した焼酎瓶を手に取ると上に放った。そして落ちてきたそれを指一本で止めると音もなく瓶は8つに裂かれた。さらに落ちた8つの欠片は床に捧げられるより前に赤い炎となって消えた。
「おお……」
感嘆の声を上げたのは父だけでない。円華も、そして今まで欠片も事実を知らなかった光志朗もだ。
「友達から習ったんだ。その子みたいに何でもかんでも壊せるわけじゃないけどね」
「…………なるほど、乖離のGEARか」
「え?」
「穂凪にもせめて小学校を卒業したら教えるつもりだったがそこまで自力で覚えたなら免許皆伝だな。円華の仕事が1つ減ってしまった」
「…………おじさん、その事ですが」
「ん?」
アルコールに喉を焼きながら父は円華の顔を見た。
「実は紹介したい人がいるんです」
平たく言えば円華には新しく恋人が出来たそうだ。相手は大学時代の友人。現在は円華と同じ大学で教授をしているらしい。
「…………義父には言ったのかい?」
「ええ、既に両親は会ってくれました」
「…………なら私が何かを言う立場にはない。……お前にもな」
その目尻が光志朗を映す。
「…………」
報いって本当にあるものだなと光志朗は心で叫んだ。