11話「切欠はレズ56」
11:切欠はレズ56
・南風見家。リビング。
「で、どうよ?」
両腕が変な方に曲がった暁帆がしかし健気に努めて言葉を投げる。
「…………どんなゲームでも構わん。やるだけだ」
光志朗は新たに渡されたゲームを手にする。今度もやはり2本。1つは海王星女体化シリーズでサンドボックス系のゲームだ。こう言うタイプにしては珍しくシナリオがある。尤も他のシリーズ同様シナリオはメインではないが。光志朗も趣味でこのシリーズは購入している。しかし、確かこのゲームは別の会社だったりする。
「なんでも、あんたに手渡しているそのゲーム機。それを正式に商品化するみたいよ。先月の2本と今月の2本はそのローンチタイトルにするんだって」
「…………」
手で握るそれを見やる。今時のゲーム機はインターネット接続はデフォルトだ。オンラインでゲームの購入はもちろんメールやブログも可能。しかし、このゲーム機はインターネット接続は一切出来ない。メモリーカードなどのような気の利いた機能もついていない。はっきり言って3つは時代を遡った時代遅れな代物だろう。しかし、それ故に単価は安く新品でも2万しない。ソフトそのものもそこまでコストが掛かっていないのか最近のソフトにしては安く1個4000円ほどで売る算段らしい。また、このゲーム機本体には複数のソフトを同時に挿入出来るスロットがある。さすがに複数同時は不可能だが現在プレイしているソフトを中断すればソフトを入れ替えることなく最高4つまでのソフトを連続でプレイ出来る。そして先月のアレで証明されたようにジャンルを問わず国民的RPGからFPS、さらにはエロゲまでプレイ出来る。最近のゲームのような美麗な画質や音質などは出来ないがしかしゲームそのものには問題ない。まさに完全にゲームをやるためだけのゲーム機とされている。
「開発部はいま多忙すぎて逆にハイになってるそうよ」
「…………そりゃ量産の予定がない試作機を量産する羽目になればな」
光志朗が早速海王星女体化シリーズのそれを上のスロットに挿す。
そして、もう1つのソフト。
「…………これは?」
「ええ。18禁の本格的百合ゲーよ。ちなみに本来主題歌はなかったんだけど昨日私が収録したわ」
「え!?暁帆さんって歌手でもあったんですか!?」
後ろ。バスケットボール程の大きさのおにぎりを見える範囲3つ以上を作りながら悠凪が驚く。その様を見て逆に暁帆が驚きの声を上げた。
「気にするな。あいつは一日10キロ食わないと死ぬ」
「死なないし失礼じゃないかしら?」
「見ろ。食わないとは言っていない。自らの所業を一切否定していない。何と不遜な女か」
「あんた、随分と言うようになったじゃないの」
「ま、まあまあ。お兄ちゃんも悠凪さんも落ち着いて。…………って言うか悠凪さん。お願いだからそれ以上お米を使わないで」
米の入っていた袋2枚を指先で粉々にしながら暗い顔の穂凪。それを見て悠凪は顔面蒼白でその手を止め、光志朗は嘆息して顔を正面に戻す。
「……そう言えばお前は歌手になりたいと言っていたな」
「覚えてたんだ。ええ、そうよ。うまくいけば今度から我が社のゲームは私が歌う事になるわ」
「…………」
「何よ、惚れた?」
「やめろ、命が惜しくはないのか?」
「…………そんな緊迫しないでも」
光志朗がそのソフトもゲーム本体にセットする。自分で持っている物と合わせて4つ全てのスロットが埋まり、ピキーンと言う音が鳴る。……本当にコストを減らしたいならばこう言うのも無駄なのだろうが何故かこういうところだけは無駄に凝っている。しかしそれに否定的感情はない。
「前者はともかく後者は一般的な紙芝居ゲーだろう。前回と違って無数の選択肢によってイベントが変わるわけでもあるまいし、俺のチェックが必要なのか?」
「何言ってるのよ。あんたがお金足りないって言うから必要ないのにあんたに仕事回してるんじゃない」
「………………それは申し訳ない」
「…………まあいいわ。あ、そうだ。サンドボックスの方はかなり自由度が高いから=であんたの仕事の難易度は高いわよ」
「承知している。しかしそれは問題にならない。後者の方はどうなっている?」
「ええ、基本は8人のヒロインが談話するストーリーなんだけど途中から8人の内一人を主人公にして残り7人から一人を攻略するそうよ」
「…………待て。それ全部で56ルートあるぞ」
「大丈夫よ、エンディング以外はほとんど中身一緒だから。既読スキップをすれば56ルートでも50時間は掛からないわ、多分」
「…………それはプログラマが死ぬな」
「なんでも社内に猛烈に熱心な人がいてどうしても56ルート用意したかったそうよ。その人、前者の担当だから今回ほとんど関わってないけど」
「最悪だな」
自分はシナリオのほとんどないサンドボックスで済ませておいて相方には自分の理想全てを注がせて56ルート分のシナリオを用意させる。
「……ないとは思うがここで止めておかないと次は3桁になるかもな」
「我が社はブラックじゃないから死人は出ないと思うけど……」
56ルートと言うだけでも間違いなく騒ぎになると言うに3桁ともなれば伝説になるだろう。
「じゃあ私はそろそろ帰るわ。社長から怒りの電話も届いていたし」
「…………また会えるといいな」
「…………命が惜しくないの?」
「お前のクビと我が家の資金事情を心配しているだけだ。お前以外が担当だとあまり融通が聞かない」
「はいはい、どうせそういうことだと思いましたよ」
「…………ところで1つ聞きたい」
「何?」
「…………どうして俺の給料の入った封筒は一度封が解かれているんだ?」
「……………………………………それは、その、」
「どうしてこんな遅くなった? 今まで何をしていたんだ?」
「プ、プライベートって言う言葉が世界にはあると思うの」
「……懺悔のラプソディ」
オカリナで奏でるメロディはある種、自白剤以上の効き目を発揮した。
暁帆は非常に赤面し、興奮した表情で身体をくねくねさせながら
7時間もレズ喫茶にいて36回絶頂した事をその時の行為まで隠語を交えながらに説明した。説明を聞くだけで数時間過ぎてしまいそうになったため10分で解除した。
「…………このゲームお前がやった方がいいんじゃないのか?」
「け、結構よ!!」
さっきとは別の意味で赤面しながら暁帆は走り去ってしまった。
「…………世界とは無情なものだな」
「…………そうね」
穂凪の耳栓&目隠しを解きながら悠凪が賛同した。
・それから6時間。
夕食をとりながらも早速光志朗はゲームに勤しむ。新たなゲームが届くまでの数日、光志朗は必死になって予定を練っていた。悠凪と言うハンデがいるこの状況でどうやってゲーム2本を制覇するか。そしてその結果が出た。朝方近くまでゲームをしてから寝て、大学でゲームと言う今の状態を改善し、大学から帰ってきてから一睡もせずにゲームをやり続け大学や電車内で寝ると言うスタイルに変更する。こうすれば一日15時間以上は確実に稼げる。体への負担はより激しくなるだろうが確実性は増す。とりあえずこの6時間でサンドボックスの方はシナリオをクリアした。後はひたすらビルドするだけだ。しかしそれが問題でもある。実はこの手のゲームはやった事がない。そして光志朗の美術の成績は万年1だ。
美的センスのない光志朗では豆腐すら作るのが難しい。どうしたものかと困っていた。
「あのさ、」
「忙しい後にしろ」
話しかけてきた悠凪を瞬断する。
「…………それマイクラみたいなものでしょ?」
「後にしろ」
「それなら私持ってるんだけど」
「後に…………なんだと?」
この6時間で初めて液晶から目を離して傍らの悠凪を見やった。風呂上りなのか未だ石鹸の香りが残る薄着がそこに立っていた。
「見てるとあんた豆腐すら上手く出来てないじゃん。だからさ、もしよければだけど私がやってもいいよ?」
「………………」
思ってもみなかった。今まで全てのゲームは自分ひとりでやっていた。当然苦手なゲームもあった。途中で投げ出したくなるような物も。しかし結局はひとりで全てを終わらせてしまった。だからこの考えには至らなかった。
「やり方教えて。そしたらあんたはお風呂に入って少し休んできたらどう?」
「…………いいだろう」
光志朗の心の中で初めて悠凪に対してプラスの感情が芽生えた瞬間だった。10分程で操作法を教えてから光志朗は風呂に向かった。
「どう? 悠凪さんは?」
浴室。何故か当然のように穂凪が一緒に入っていた。確かそれまで悠凪と一緒に入っていたような気がするのだが。
「…………さてな」
「へえ、随分だね。でも私も知ってるけど悠凪さんあの手のゲームは好きみたいだよ?」
穂凪が浴槽から上がり椅子に座る。と、右足の機械と生身とをつなぐネジを回す。そうして慣れた手つきにより数秒で義足を外し右足の断面を晒した。そこはまだ濡れていなかった。つまり穂凪はまだ悠凪にはそこを晒していないということになる。
「いま女子高校生でも流行ってるみたいで2年前にはネットにすごいのが投稿されたんだよ! サンドボックスを使ってアニメ映画を作り上げちゃった子がいるんだから! しかも自分でアフレコまでして完全にスタンドアローンだよあれ!」
意味は違うがしかし、それがもし本当ならとんでもない怪物だろう。自分ではどうやれば出来るのか、その想像すら出来そうにない。
「その子がブログで解決した鮫島プチエンジェル事件の全貌もすごかったな~」
「…………」
その少女、よく消されなかったな。と言うかあの少女は素性を公開したら色々とまずいんじゃないのか?
そしてすごかったーと連呼する妹が右足の断面や義足の接続部を洗う光景は中々ない。それからは特に意味のない日常会話をしながら二人で体や髪を洗い、風呂を後にした。しかしこの妹中々義足をはめようとしない。だから今は自分が肩を貸している。裸で肩を貸せばどうなるか?当然裸の胸が兄の胸に幾度となくぶつかる。最近ますます大きくなってきたと疑える妹の巨乳はその内火が咲きそうだ。
「お兄ちゃん、そのネタはもう2度目だよ?」
「…………そうか」
光志朗が中学時代に流行った都市伝説:人体を破砕する奇乳少女・火咲。時期的に穂凪は知らないはずだからきっと穂凪にその話をしたのは悠凪だろう。高校に上がった年にはいつの間にかそんな話はなくなってたからついさっきまで忘れていたが。
「…………~♪」
穂凪が髪をドライヤーで乾かしている間光志朗は意味もなく手をグーパーしてた。
「ゲーム機握ってないと落ち着かない?」
「…………かもな」
思えば一日で20時間以上は握っている。ならばもはや手の一部と言っていい。それが手元にないとなれば不安さえ覚える。
「お兄ちゃん少しは悠凪さんの事よく思ってきたんじゃないの?」
「…………わからないな。どうしてそうくっつけたがる? ありえない話だがもしそうなってしまえば、あいつは死ぬぞ?」
「…………かもね」
「……………………その殺意はその立派な胸と同じように隠しておけ」
「さあね」
パジャマを着て穂凪は脱衣所を出た。
「…………」
照明を消してから光志朗もまた脱衣所を後にする。リビングに向かうと、まだ悠凪がソファでゲームをしていた。…………何だか妙な感覚だ。
「…………首尾は?」
「あ、上がったんだ。……うん、大丈夫よ。携帯のマイクラと比べてかなり使いやすいわねこれ。多分売られたら私買うわこれ。キャラクターもかわいいし」
「…………そうか」
「今のところ目立ったバグはないわ。ちょっとキャラが出しゃばってるけどこれはシリーズの特徴だから仕方ないんでしょ?」
「ああ、そこは諦めろ」
そう言って冷蔵庫から牛乳2リットルを出してがぶ飲みする。
「…………もう19なのに」
「…………何だ?」
「何でもないわよ。無駄な足掻きご苦労様ってだけだわ」
「…………」
否定できず尚も口から出そうになった無駄な足掻きをカルシウムに混ぜて含んだ。
・部屋。
光志朗が戻り携帯の電源を入れる。充電は既に完了している。着信は一切ない。
「…………俺だ」
電話をかける。相手は暁帆だ。
「何? どうしたの? 忘れ物でもしてた?」
「いや、だがあの海王星女体化サンドボックスだがあの女がハマったようで今はあいつに任せている。そこで相談だがあのゲーム機、もう1つ貸してくれないか?」
「…………なるほど。悠凪さんに片方任せてその間にあんたがエロゲの方をやるのね」
「ああ。都合がいい。それに邪魔ばかりしているあの女の数少ない使い道だ」
「ひどい言い様ね。……まあいいわ、分かった。明日出社した時に掛け合ってみるわ。まさかあんたも今日の今日で解決するとは思ってないでしょ?」
「当然だ」
「じゃ、切るわよ。今からお風呂なんだから」
「……証拠隠滅しても消えたものを戻すことは出来ないぞ?」
「…………時折あんたのその不遜さが見習いたくなるわ」
枕詞もなしにそのまま通話が切れ、光志朗は再び携帯の電源を落とす。
「…………」
ここ2年はずっと生きる為にゲームをし続けていたからかゲームを手放している時が不安でならない。机の引き出しにしまったDSやPSPを取り出して久々に古いゲームでもする事にした。
「ちょっと、いる?」
扉の向こうから悠凪の声。
「充電器どこ? もうバッテリーがほとんど残ってないんだけど?」
「…………」
口は開くが声は出さず口笛を奏でる。その音色には充電器の在り処を乗せていた。音色を聴いた悠凪の頭にはソファの下に充電器があると言う情報が備わった。
「…………あんた本当に怪物よね」
「…………」
怪物。
その言葉から連想するは今まではゲームでの敵だった。しかし1週間ほど前に遭遇したあのシスターが今では真っ先に浮かぶ。同時にそのシスターから渡された楽譜を思い出す。机の上に置き去りになったそれを手に取り解析を再開する。休符のないモールス信号地味た音符の羅列。オカリナで吹いてみたがやはり不協和音にしかならなかった。一体あのシスターはこの楽譜で何を伝えたいのか。
「ちょっと、どうかしたの?」
いつの間にか悠凪が部屋に入っていて一緒に楽譜を覗いていた。
「あの時の楽譜ね。何か分かった?」
「…………」
「そう。私の方のハサミも意味不明よ。力が弱すぎてあれじゃ紙も切れない。一体あんなもので何を切れっていうのかしら」
「…………」
その言葉に対しても無言で応える。しかし全く動じていないわけではない。少なくとも悠凪に渡されたハサミの意味は分かりかけている。高確率で正解だと言える選択肢が既に頭の中にはある。だが、きっとそれでは意味がない。この楽譜の謎が解けるまでは前に進めないような気がする。
「…………まあいいわ。今日はもう寝る。あのゲームどうする?」
「…………ソファに置いておけ。後で回収する」
「わかったわ。じゃ、おやすみ」
悠凪があくびをこぼしながら部屋を出ていく。扉が閉まってからも思案を続ける。だが、結局いい答えは思い浮かばなかったため中断していたゲームを再開して1時間ほどで暗闇のリビングへ向かう。
「!?」
暗闇には一瞬人影が見えた。しかも見慣れた人物のだ。だが、次の瞬間にはそこには何もない。どうやら幻想だったらしい。冷蔵庫に蓄えた水を飲み、ソファの上に置いてあったゲーム機と充電器を拾い、部屋へともどる。充電を再開し、ベッドに横になりゲームを再開させる。ご丁寧にサンドボックスは一度中断されていてゲーム本体のタイトル画面に戻っていた。これは都合がいい。光志朗はそのままもう1つのゲーム、18禁の百合ゲーをプレイすることにした。どうやら男は出てこないらしい。しかし、当然ながら挿入がないにせよやはり登場人物は全員18歳以上のようだ。決して無視できないがひどく小さな情報が手に入った。
「………………」
メインシナリオはエロの欠片もないゆるふわ日常系とでも言ったような作風だ。声もどこかで聞いたようなものばかりだ。メインシナリオだけならば日曜朝にでも放送されても問題ないように見える。……尤もレズだのセフレだのと言った単語が時折出てくるためそのまま放送したら抗議の雨だろうが。しかし、百合物は初めてだからか中々新鮮な感覚だ。夜であり疲れているはずなのにどんどん先に進んでいってしまう。既に深夜の3時を回っているが別段珍しくはない。
「…………」
時計を見る。その既に4時を超えた。プレイ時間は4時間程度。通常のこういうタイプならば既に何らかの動きは見られていておかしくない。場合によってはもうヒロインのルートに入っているのもあるだろう。だがこのゲームは内容が単調で平坦だ。まさにエロのないゆるふわ日常系のようでどこから見てもいいタイプで全然話が進んでいない。よって現在の進捗度が分からないでいる。そのため最初は吸い込まれるようにタイプしているがこうも続けていると飽きてきてしまう。
「…………仕方ない、今日はもう寝てしまうか」
セーブをしてから電源を落とす。スリープモードすらないのに商品化しても平気なものか? そういらぬ世話を心中で吐きながら意識を闇に誘った。