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切欠はコンビニで10円  作者: 黒主零
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1話「切欠はコンビニで10円」

1:切欠はコンビニで10円


・るらら……

 そのコンビニの自動ドアはそんな愉快な音を鳴らして彼を舞台に迎え入れた。南風見はいみ光志朗こうしろうは表情を崩すことなく足を運ぶ。19歳男児にしては少々頼りない背丈と首から下げたオカリナが特徴の青年だ。

「……」

入って右には雑誌コーナーが、左には小さな喫茶店地味た一間がある。しかしそのどちらもが彼の目指すべき路にはない。彼は手に商品を握るでなく真っ直ぐにレジへと趣いた。

「姉さん」

感情と共に声を投げる。その先にいた女性はあっ、と声を漏らし視線を変える。

こうちゃん。いらっしゃい」

彼が姉さんと呼んだ南風見はいみ円華まどかと言う女性は笑顔を見せた。その笑顔は少なくとも生まれて最初に見た笑顔とまるで変わりがない。姉弟ではないが姉のような人でありそしてその意味を据え置いたままの好意を抱く人だ。8つ年上の彼女は自分が通う大学の助教授でありこのコンビニでアルバイトもしている。だが、その生活ももう半年は続かないだろう。先月、結婚することが決まったのだ。その報は誰よりも先に彼女の口から伝えられた。衝撃がなかったといえば嘘になり、肩を落とした自分を抱きしめてくれたことまでを嘘だといえばそれは欺瞞である。ともかく直接彼女の糧となるわけでもないが大学の帰りに光志朗はここへ立ち寄っている。次の日の朝食となる弁当を購入したり適当に飲み物でも購入したりで今という時間を呑む。

「あ」

そんな中だ。レジに赤い糸と言う商品があった。定価10円に見合うかも分からない程小さなひと結びの赤い糸。全て解いても5センチに満たないだろう。

「光ちゃんにはいらないかも知れないけど……買う?」

「……………………そうだね、買ってもいいかも知れない。あ、でもそういうつもりは……」

「うん、分かってるよ」

580円の弁当と120円の飲料水とそして10円の赤い糸を対価ごと彼女に手渡す。そうしてレジを通す彼女の姿を、その僅かな時間を見やる。その微かな時間を終えるとまだ話し足りなかったが背後に人の気配を感じたため商品を手に取って軽く視線を交わすと店を出た。

るらら……

奇妙な電子音。1度目は期待だが2度目のそれは酷く空虚を誘った。

「あ」

「きゃ!」

出入り口で足を止めてしまったためかちょうど入ってきた少女とぶつかってしまった。悔しいが自分より背が高かっため自分の方が吹っ飛ばされてしまった。

「あ、ごめんなさい!」

「……いや、こちらの方こそ」

素早く立ち上がって彼女の表情を見ることなくその場から走り去った。……これでは益々自分がちいさい事を示してしまうではないか。いやいや、忘れておこう。そう努めて光志朗は走った。再会は信じていなかった。


・夜だ。

 大学から電車で1時間。バスで30分の位置に南風見の家はある。

「……ただいま」

ドアを開けて中に入る。

「あ、お兄ちゃん。おかえり」

ややあってから声が返って来た。それは妹:南風見はいみ穂凪ほなぎのものだ。ドアを閉め靴を脱ぐとやがて声に遅れて本人がトコトコとやって来た。4つ年下の妹はこの春から高校生になった。

しかし南風見の祖先は余程天が嫌いだったのかいずれも低身長が伝わってしまっている。彼女のそれは背丈が150に満たない、高校生らしからぬ姿だった。

「どうかしたの?」

外で出すものにもさらに増して甘い声を出して穂凪は腕に抱きついてくる。腕に押し付けられるその感触は背丈と反比例していて中々のモノだ。中学の頃までは揉んで遊んだりもしていたがアレもあって最近は謹んでいる。

「…………」

無言を返し靴下の足で床を踏む。その傍らに立つ二つの足も片方は靴下を履いていた。それも含めた4つの足を以てリビングへと向かう。キッチンと1つの部屋が含まれたリビングは広い。

家具をすべてどかせば学校の教室くらいはありそうだ。その中央に図々しく居座り続けているソファに腰を下ろす。カバンを足元に放ると同時によく出来た妹は好物である青汁の入ったコップを持ってきてくれた。無言で受け取り口に運ぶ。ゆっくりと喉に流すこと十数秒。ただ一言、まずいと溢すとこれまたよく出来た妹はすかさずおかわりを持ってきてくれる。それも飲み干すと今度は何も溢さず隣で微笑む妹の頭をひと撫でしてカバンを手に足を運ぶ。今日は火曜日だ。風呂洗いと夕食作りの当番は自分である。自分の部屋にカバンと商品袋を投げ捨てるとそのまま浴室へと向かう。

「…………」

その途中に通り過ぎた二つの部屋はもう必要ないものだ。1年は誰も足を踏み入れていない。だから興味もない。……いや、こう考えてしまっている以上は愚かしくもまだ未練は残っているのだろう。19にもなって過去を過去と見れないとは何という体たらくだろうか。猛省をお供に浴室のドアを開ける。

「やっほー!」

すると何故か穂凪がそこにいて浴槽に体を浸からせていた。……さっきまでリビングにいて少なくとも自分より後にそこを去ったはずなのに。と言うかいくら兄とは言え冗談で裸体を晒すとは少し無防備すぎるのではないだろうか?

「ん?」

「…………」

冗談もくひょうを終えた穂凪は雫まみれとなった裸体を惜しげもなく晒して浴槽から上がる。そしてさも当然のように自分の脇を通り抜けてタオルで体を拭き始めた。……これに反応しては失礼だ。

首から下げたオカリナを服の中にしまい、袖をまくって妹の代わりに浴室に入る。風呂の栓を抜いて水を棄てる。水がなくなるまでの間に壁や床タイルの掃除を行う。自分の趣味に値しない行動は効率を重視して如何に効率的に物事を終わらせるかに尽きる。右手でシャワーを持ち左手のブラシで壁を磨き、左足で踏んだスポンジで床タイルを洗う。

「ボケ~~~」

それを穂凪が興味深そうに見ている。まだ体を拭いている途中なのか全裸のままだ。その年かさにしては大きな胸やその下方にある秘部を隠すことなく晒しているのは信頼の証か。乳首を垂れる水滴も陰毛から落ちる雫もそのどちらもが男を刺激してくれるがそれに見とれて手が遅れてしまうのは恥だ。なので十分に見やりながら手足を動かして掃除する。……これで恥ではないだろう。そうして右手のシャワーで泡を洗い流すとちょうど風呂の水が絶え、洗剤を浴槽内にぶちまけ、内部の掃除に取り掛かった。角度的に妹の立派な物を見ることが出来ない。おまけに先程から布が擦れる音がしていることからきっともう服を着てしまっている。残念にほかならない。さっさと掃除など終わらせよう。

……………………

………………

…………

……

風呂掃除と夕食を終わらせて光志朗はソファに座り穂凪を猫のように膝に乗せながら仕事ゲームをする。ゲームといえど決して遊んでいるわけではない。光志朗は友人からの誘いを受けてとあるゲーム会社にアルバイトで所属しては開発中の新作ゲームのテストプレイヤーを担当しているのだ。

現在受け持っているゲームは2つ。これらを1ヶ月で100時間ずつプレイして感想も込めて結果を報告する。最終確認の色合いが強いためそこまで専門的な知識がいるわけではない。これで月19万貰えるのだから真面目にゲーム機を握り液晶に視線を注ぐ。都合一日7時間以上は行わないと間に合わない。

今やっているのはFPSと美少女調教ゲーだ。当然後者は18禁である。前者はともかく後者をやるには少なくともまだ15歳の妹の前では出来ない。ふわあ、とあくびをする妹の顔を下に認めながらゲーム機と言う名の銃身を手繰る。時計を見やる時間はない程度にはロード時間は短い。しかし、射撃のタイミングがややずれている感覚がある。

「……」

一瞬だけ穂凪に視線を送る。

「今11時45分だよ」

……本当に出来た妹だ。手が使えないため多少不服ではあるが肘でその頭を撫でてやる。痛いかも知れないだろうに屈託のない笑顔を返された。しかし、そろそろ眠ってもいい頃ではないだろうか。

「……」

「大丈夫だよ。お兄ちゃんが眠るまでは私もだいじょーぶ」

この手際の良さというか以心伝心具合にはつい自分にはテレパシー能力が使えるのではと疑ってしまうレベルだ。しかし口に出してしまえば道理を弁えていない自称一般人どもにゲーム脳などと言われてしまう。風評被害といえどそれは御免被りたい。もちろん穂凪はそれを弁えたよく出来た妹だ。彼我の間にはもはや僅かな乱れも存在しない。……それを証明するための今でもあるのだから。

………………

…………

……

それから2時間。現在のプレイ時間は64時間ほど。クリア度は8割程度か。残り2割ならば今週中に終わらせられる。月末までの丸々3週間をもう1つの方に専念出来る。この時までの光志朗はそう思っていた。だが、予期せぬことが起きてしまった。

ピンポーン

「?」

「ふぇ……!?な、何!?」

半分眠っていた穂凪が目を覚ます。それはインターホンの音だった。時刻は既に深夜1時を回り2時に近付きつつある。そんな時間にいったい誰がやって来たのか。

ピンポーン

2度目だ。

つまり何かの間違いと言う訳ではなく確かに来訪者が居るという事。穂凪に目配せをしながらゲームをスリープにする。穂凪が膝から上半身をどかすと光志朗が立ち上がり玄関へと向かう。靴を履いて警戒しながらドアを開ける。

「あ……」

すきま風が脇を抜けて部屋に走る。その風上には一人の少女が立っていた。おしゃれに気を遣っているというのが疎い光志朗の目にも明らかな手入れをされた黒いロングヘアー。初夏を感じさせる青いワンピース姿の少女。その顔は光志朗と同い年くらいと窺わせる。そしてその胸の前に組まれた両の手には赤い糸が握られていた。

「…………」

「あ、あの……どうして私はここにいるんでしょうか?」

何かの冗談ではない確かな声色を少女は吐いた。

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