3-2 修理
「何度か来賓の護衛したことがあるだけだよ」
そんなことを話していると、玄関のドアがひとりでに開いていく。
「はじめまして、あなたがフゲンガルデンの聖堂回境師フィアさんですか。
これはこれはずいぶんとかわいらしいお方ですね」
息が乱れていて、額には汗がにじんでいる。
どうやら急いで駆けつけてきてくれたようだ。
出迎えた子爵は気さくな笑顔でヴァロたちを迎えてくれた。
背は低く恰幅の良い姿をしていて、口にはちょび髭を蓄えている。
高価そうな服を身に着け、手には指輪がいくつかはめられている。
「ヤコイさんから話を受けてお伺いさせていただきました。
こちらは今回私の警護をしてくれているヴァロ=グリフというものです」
フィアは礼儀正しく一礼した。
子爵はヴァロを一瞥するとフィアに再び向きあう。
もともと招待されたのはフィアだ。ヴァロはおまけに過ぎない。
「郊外に住んでいるのですね」
「郊外に屋敷を持っているのは一部の魔法道具が聖都の結界が反応してしまうからですよ。
過去に何度か魔法道具が発動してしまい。教会から何度も注意をうけました」
子爵は苦笑いを浮かべた。どうやら生粋の魔法道具マニアのようだ。
普通なら異端扱いされそうなものだが、そうならなかったのは彼の家柄と人柄のためであろう。
「それでこんな郊外に屋敷を買ったと?」
「ええ。郊外なら魔法道具を使っても咎められることはありませんから。
ここは以前貴族が住んでいた屋敷らしいのですが、売りに出されていて私が買い受けたというわけですよ。
住んでみれば聖都の中に住むよりもこちらのほうが縛りがなくて快適ですよ。
魔道具のおかげでここと出会えたというべきですかな」
子爵は豪快に笑う。
魔道具のために聖都の郊外に屋敷を持つという。それは趣味を通り越して、もはや狂気に近い。
「魔道具の取引はもともと教会も公には認められていないものでして。
教会の目もあります。野良の魔法使いは見つけることも厳しいですし、
仮に見つけたとしてこちらの足元をみて法外な値段をふっかけられることもしばしば。
最悪、魔法道具を盗まれる場合もありまして…」
魔法道具の収集家というのも想像以上に気苦労が絶えないものだ。
「聖都の聖堂回境師殿にも何度かお頼みしたのですが、
私たちは聖都を守護するのが目的であって、人の趣味の手助けをするためのものではないと断られてしまいました」
ヴァロとフィアは顔を見合わせ、苦笑いを浮かべた。
正論だ。『白亜の麗仙』という二つ名も伊達ではないらしい。
「それで修理してほしいものというのは?」
フィアが話を切り出す。
「今回修理してほしいのはこの短剣です。二三年前に購入して、つい最近まで使えていたのですが…」
「少し貸していただけますか?」
子爵はフィアに短剣を迷うことなく差し出した。
多少の装飾はされているものの、見た目はどこにでもある短剣だ。
店で見かけたとしてもそれとは気づかずに通り過ぎてしまうだろう。
貴重な短剣を疑いもなく差し出してきたのは、おそらくフィアの聖堂回境師としての立場を信頼してのこと。
フィアは差し出された短剣を手に取り、しげしげと見つめる。
凝った装飾はしてあるものの、ヴァロの見た感じではただの短剣と変わらない。
フィアは柄に刻まれた文字をそっとなぞる。
「ただの魔力切れですね。また魔力を籠めれば使えるようになりますよ。少しいいですか?」
フィアはそういうと。目を閉じ、何か唱え始めるのと同時にその短剣が鈍い光を放つ。
鈍い光はフィアが瞼を開くとほぼ同時に消えていく。
「魔力を込め直しました。これでまたしばらくは使えるはずです」
子爵はフィアから剣を受け取ると短剣を振ると、剣の軌跡にあわせて宙に火花が舞う。
「おお!!!」
男が歓声をあげる。ヴァロは剣の放つ火に少し驚いた。
「すごい、見事です」
「このぐらいならばたやすいことです。他に何かあればこの機会に直させていただきますが」
フィアは当然のように子爵に持ちかける。
「よろしいのですか?」
「ついでです。それに魔道具はフゲンガルデンではあまり見かけないもので、
この機会に見せていいただくのも悪くないかと」
「ではお言葉に甘えて、ヤコイ」
子爵が手をたたくと、ヤコイが台車を引いて魔法道具を運んできた。
台の上には鎚の形をしたもの、壊れかけの人形、置き時計のようなものなどが山のように並べられている。
一見するとただのガラクタの見本市だが、それらは何らかの効力をもつ魔法道具なのだろう。
子爵が依頼してきたものはざっと見十数点にもわたる。
フィアは嫌な顔一つせずそれらを手に取った。
「大丈夫なのか?」
これほどの数を出してくるとはヴァロは予想していなかった。
「すぐに終わるわ。結界の管理業務と比べれば大した仕事じゃない」
「それならいいんだが」
フィアの普段の業務を知りたいところだ。
難しい顔のヴァロを気にせず、フィアは手慣れた手つきで作業をこなしてゆく。
ヴァロはフィアの手際の良さに思わず下をまく。
作業は半刻ほどで終わった。
「ありがとうございました。さすがは聖堂回境師!」
子爵は満足げに修理された魔法道具を手に取り、その効果を試していた。
子供のように目をキラキラさせながら子爵は、その魔法道具を一つ一つ手に取り確認する。
「フィア、どうだった?」
ヴァロは小声でフィアの脇から耳打ちする。
「…ほとんど魔力切れ。式の修復が必要なものは二三点だった」
「違う、やばいものとかなかったか」
ヴァロの言葉にフィアは小さく嘆息した。
「ほとんどが知られていない魔女が小遣い稼ぎにに作ったようなもの。魔器と呼べる代物はなかった。
初めに修理した短剣もただの火打ち石の用途で使われていたもの。
保有魔力量、効力から考えてとくに危険性を感じるようなものは無かったわ」
「それならいいんだが…」
魔法道具も上位のモノは魔器、魔剣と分類される。
もともとは魔王戦争の際に造られた決戦用兵器である。
モノにもよるがその秘めた力は計り知れなく、一つだけで一国の師団クラスを壊滅させたモノまであるという。
現在はその製造は禁止されており、製造法も教会が厳重に管理していると聞く。
ヴァロも狩人の立場から、そういったものが個人で所有されているのは見過ごせない。
「ヴァロは心配し過ぎよ。魔力を帯びた小物は結構あるし、
魔器、魔剣の類は教会のほうがきちんと管理してる。
そんなものが裏ルートででもそうそう出回るのは極稀にしかない。
子爵の収集癖が黙認されているのもおそらくそういう理由なんじゃない?」
現役の聖堂回境師の言葉にヴァロは納得せざるえなかった。
「昼食を用意させていただきました。もしよろしければ一緒にいかがでしょう?」
気付くとヤコイがにこりと微笑みながら問いかけてきた。
「よろこんで」
フィアはにっこりとほほ笑み返した。