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聖都事変 時計台が止まるとき  作者: 上総海椰
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3-1 子爵からの誘い

朝食を食べ終わり、ヴァロはフィアの部屋を訪れていた。

宿の部屋はかなり大きめで、フィアとヴァロは用意された中央のソファに向かい合うように座る。

フィアの身なりはきちんとしていて、ゆったりと目の前でお茶を飲みながらくつろいでいる。

ヴァロはというといつもと同じ、いつでも動けるような服装をして、横には剣が立てかけてある。

もともと護衛という立場できたのだから当然といえば当然だ。

お互いに集団生活経験者であるため、その辺はきっちりしている。

「フィアは今日の予定はどうするんだ」

ヴァロはフィアの護衛として同行している。

彼女の今日の予定を確認し、予定を立てなくてはならない。

「ニルヴァへの挨拶も済んだし、今日は特にない。

ニルヴァが話がしたいって言っていたけれど、式典が済んでからかな」

ティーカップを片手にフィア。

「またニルヴァと話すのか?」

「私はヴィヴィ以外の聖堂回境師と、魔法のことで話せる機会があるのはうれしい」

無邪気な微笑みをこぼした。その笑みにヴァロは出かかった愚痴を飲み込んだ。

フィアといい、ヴィヴィといい魔法の話題になると周りが見えなくなる節がある。

「魔法の話か。そこまで話すようなことがあるのか。基本は一緒だろ」

前回はニルヴァの予定があったために、中断したが、

次はどのぐらい話し込むのか見当がつかない。

フィアから聞いた話だが、魔法を使用する際に用いられるものは『原論』に書かれた

ルーン文字で描かれた式の集まりで、それが幾重にも重なることによって魔法という

望んだ奇跡を引き起こすのだという。

ヴァロは魔法はさして詳しくないが、フィアと一緒に過ごすうちにそのぐらいはわかるようになってきた

「基本は一緒。ただ系統別にいろいろな流派とか型とかあるから…剣術とかにもあるでしょ」

剣術に例えられヴァロは思わず頷いてしまう。

「違った系統の魔法でも違った方向でその場所にたどり着くこともある。

例えば聖都に行くまでの道のり。私たちは最短のルートを通ってきたじゃない?

けれどあの古戦場跡地を遠回りした別のルートがあったでしょ。

別の言い方で言えば最短ルートを通って来たのならば絶対に経験することのないこともある」

「…それが迷い道だったとしても」

「迷った過程にも意味があったと考える。そっちのほうが楽しいでしょ」

フィアははにかんだ笑みを浮かべて見せる。

「大したもんだよ」

ヴァロは肩を竦めた。

この笑みのためならば、丸一日木石のように立ち続けるのも我慢できる気がした。

「かといって数行ですむ魔法を使うのに、何十行も使ってるのはあまりいいことだとは思えないけれどね」

「例えるなら?」

「フゲンガルデンから聖都コーラルまで来た道とは逆方向に大陸一周」

ヴァロはそれを聞いて思わず吹き出す。

「違いない」

「今日の予定なのだけれど、私はヴァロがよければヴァロと一緒に聖都を見て回りたい。

せっかく聖都まで来たんだし…もっともヴァロがよければだけれど…」

こちらの表情を覗き込むようにフィア。

もともとの目的は聖堂回境師たる彼女の護衛である。断る理由などないわけだが、それ以上に

ヴァロは、この小さな少女に少しでも外の世界を見せてあげたいと思った。その思いは一年前と変わらない。

「それじゃ、今日はお嬢様のエスコートでもさせてもらいますか」

「…ヴァロ、それ似合わない」

フィアは笑いをかみ殺すような感じだ。

「一応騎士なんだけどな」

ヴァロは肩を竦める。二人はいつものように笑いあう。

そんな中ドアをたたく音が聞こえて、ヴァロとフィアは顔を見合わせた。

お互いにここ聖都コーレスには二人とも顔見知りはいないはずだ。

ニルヴァは式典の準備で大忙しのはずだ。そもそも訪ねてくるような女性ではない。

他にはキールとカティがいるが、彼らも現在明日の式典に向けての警備配置等で今日は時間を取れないはずだ。

思いあたるとするならばウルヒあたりか。

「俺が出てくるよ」

ヴァロは護衛でもある。彼女に対応させるわけにはいかない。

ヴァロはそばに立てかけてある剣を片手に立ち上がった。

ドアを開けると、ドアの外にはきちんとした身なりの男が立っていた。

初老の男性で、服装は黒のタキシードを身に纏っている。

顔からもどこか品のようなものを感じる老紳士だ。

ヴァロは全く心当たりがないため首をかしげた。

「どちら様でしょう」

ヴァロが尋ねると老紳士は頭を下げる。

「私はグーディス卿の使いでやってまいりましたヤコイという者、

こちらにフゲンガルデンの聖堂回境師フィア殿がいると伺い訪ねてきたのですが?」

「フィアなら部屋にいますが…。どうして私たち宿泊している場所わかったのです?」

「わたくしめ共にもその道の知己がいまして。その方から伺いました」

考えてみれば、宿は招待状に書かれていた場所を使っている。

フィアの身分は別としても、名前ぐらいは式典の出席者名簿を調べ上げればすぐにわかることだ。

「ご用件は?」

「主人が魔道具の修理をお願いしたいと」

「魔道具の修理?」

「はい、私の主人は魔道具の収集が趣味でして、魔と名のつくものなら何でも収集したがるのです」

魔道具というのは文字通り魔力を帯びた道具だ。

魔器と違うところはその魔力の保有量が極端に少なく、その使用が限定されるところだ。

所有は基本禁じられているものの一般にも広く出回っており、教会の監視も薄い地方の都市では裏で魔道具を取り扱う店もよく見かける。

火打ち石、声を大きくするもの、水を沸騰させる金属などその用途は多岐に渡る。

魔術王直轄地があり、結社の本部の多い北の地では、魔道具が生活に溶け込んでいると聞く。

もちろんそれらは教会は禁じているものであり、所持しているのを見つかれば当然処罰される対象にもなるわけだが。

「はあ」

ヴァロが対応に苦慮していると、部屋の奥からフィアが姿を現した。

「それは興味がありますね」

フィアは顔に笑みを絶やさずにヤコイと話す。

さっきまで一緒にいた少女とはとても思えない。聖堂回境師としてのフィアの顔なのだろう。

ヴァロは少しだけ彼女を遠くに感じた。

「ちょうど今日は予定が空いていたところです、よければこれから伺わせてもらいますが?」

その言葉を聞いて、ヤコイの表情が明るくなる。

「ありがとうございます。それでは是非これから伺ってもよろしいでしょうか」

「ええ」

「それでは私は外の馬車でお待ちしております」

そう言うとヤコイは一礼し、その場から去った。


「それじゃ支度するからヴァロは少し待ってて」

フィアはそそくさと奥の部屋に入っていき、ドアを閉める。

「ヴァロ、コーレス観光に行けなくなっちゃってごめん」

ドア越しにフィアが声をかけてきた。中からはかすかに物音が聞こえてくる。

こういう時に年頃の娘の部屋にいることは遠慮したいが、取りあえず護衛ということでヴァロは自らを納得させた。

「それはもういい、ただフィアはこれでよかったのか?」

魔道具の修理というのは聞いたことがない。

「私としては行けなくなったのは残念だったけど、まあこれもいい経験かなと…」

「そうじゃなくて、相手は個人の魔道具の収集家だろう?フィアの立場上、魔道具を修理にいくとか

あまりよろしくないんじゃないのか?」

一般人の魔道具の所持は教会に認められていない。悪質なものと判断された場合、懲役もありうる。

フィアの聖堂回境師という立場上そういったものと関わることが心配だった。

「私たちの行くのは魔道具の管理。これも仕事の一環」

フィアは当然のようなそぶりで言う。確かにモノは言いようだ。

「それにわざわざ私のところに来たってことは、ニルヴァは受け付けてないってことでしょ」

「おいおい、そんな話、勝手に引き受けてもいいのか」

あのニルヴァが受け付けていないと聞いてヴァロは少しだけ不安になる。

「私も一応聖堂回境師のはしくれ。聖堂回境師といっても個々の考えは違うし、独自の裁量を与えられている。

聖堂回境師というか魔女一般に言えることだけど、基本ある一線をこえなければお互いの行動に干渉はしない」

フィアのいう一線がどこにあるのかわからなかったが、ヴァロは取りあえず相槌を打った。


ドアが開くと、フィアはヴァロの兄からもらったという私服の姿で現れる。

すべてがフィアに怖ろしいぐらいぴったりと合っている。

まるで人形みたいだというのがヴァロの感想だ。

「それに私自身個人の魔法道具収集家のコレクションに興味があったのよ。

フゲンガルデンにはいないし、この機会に一度拝見させてもらうのもいいかなって」

「そっちが本音か」

「へへ」

フィアのいたずらっぽい笑みにヴァロは苦笑いを浮かべた。

もともと護衛であるヴァロに拒否権はない。

「なら行こうか。相手をあまり待たすのも悪いだろう」

「うん」

ヴァロたちは部屋を後にした。

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