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聖都事変 時計台が止まるとき  作者: 上総海椰
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1-2 道中

魔器。

魔王戦争中期から後期に作られた兵器の一つである。

ものにもよるがその力は小隊にも匹敵するといわれていて、

魔王戦争後、教会に属する国にそのいくつかは貸し出すという形で分配された。

古くは聖ジムングが大戦の最中、その製法を考案、確立したとされる。

しかし大戦後、人々はあまりに巨大すぎるその力を恐れ、

本山の地下深くにその製法は封印された。その製法を知る者は現在皆無とされている。

魔器保有者は現在騎士団領でも十数名ほどしかいない。

ヴァロと同期のミランダの持つ『烈炎刀』もその一つだ。

管理は家ごとになされていて、代々その家の当主に継承されるというのが一般的である。

五年ごとに地区ごとに聖堂回境師が中心となり、その魔器の所有者の認定を行っているという。

言い返せばそれだけ危険な代物であり、厳重に管理されてるともいえる。

中には封印指定されて、本山の地下深くに厳重に保管されているものもあるというものまであるらしい。


「本当にすみません。無理言って同行させてもらって」

ヴァロは深々と頭を下げた。ヴァロは聖都に向かう騎士の一団に同行させてもらっている。

今は聖都に向かう途中の小高い丘の上にある岩場で一休みしているところである。

「気にするな。ついでだ」

ヴァロのすぐ隣にいる甲冑を身にまとった男はキールという。

騎士団有数の名家に生まれ、眉目秀麗、品行方正、文武両道。

さらに名門の出ながらもそれを鼻にかけない振る舞い。

若手の騎士たちの間では騎士の理想とまで言われ慕われている。

まさに非の打ちどころのない騎士である。

ヴァロとはちょっとした事件で知り合いになった。

キールは由緒正しき名家の出であり、数少ない魔器の保有者。

ヴァロの二つ上の先輩で尊敬する騎士の一人だ。

式典の警護にはマールス騎士団からも数名派遣されることになっていて、今回キールはその隊長に割り当てられている。

「仲間たちにはとある貴族のご令嬢で、お前は悪い虫が寄り付かないようにつけられた護衛ということで話してある。

聖堂回境師は事情を分からんやつに説明するの大変だしな。何か質問されたらうまく口裏を合わせろよ」

「助かります」

遠巻きから殺気じみた視線を感じる理由に合点がいった。

若干理不尽にも思えるがそういう理由ならしかながないと自身を納得させた。

たしかに事情を知らない人間にとって、少女が結構な役職についてること自体不自然であろう。

ふとヴァロは横に座っているのフィアに視線を向ける。

フィアの容姿は貴族の令嬢といわれても違和感はない。

真っ直ぐな双眸はエメラルドを思わせ、金色に輝く長い髪は見るものの目を奪った。

服装はギルドの長をしている兄ケイオスがどこからか仕入れてきたものらしく、かなり細かく作られている。

振る舞い、しぐさは一つ一つ上品であり、優雅にすら見えるかもしれない。

あの薄汚れた身なりの少女がたった一年半でここまで変わるものかと、ヴァロ自身奇妙な感慨がこみ上げてきた。

「どうしたの?」

ヴァロの視線に気づきフィアが聞いてくる。

「子を持つ親ってのはこんな感じなのかなって」

「…ヴァロ、じじくさい」

呆れたような視線をヴァロに送る。

それを聞いて近くにいたキールは盛大に吹き出した。

「しかし、驚いたよ。まさかお前が式典に招待されているなんてな。招待状を見せられた後も信じられない」

「はは…」

それもそうだろうと思いヴァロは苦笑いをした。

逆の立場ならば絶対に信じられない。

式典というのは高度な社交の場でもあり、一介の田舎騎士風情が出られるものではない。

今更ながら出席することがひどく場違いな感じがして、ヴァロは少し後悔していた。

「大体正式に式典に呼ばれるのは教会と関係のある国の要人、もしくは教会に強く影響力のある王侯貴族だけだ。

まさか後輩の護衛をすることになるとは夢にも思わなかったよ」

皮肉にもとれるが、彼が言うと皮肉にも聞こえないから不思議だとヴァロは思う。

「…おそらくフィアの護衛として招かれたんでしょう」

唯一考えられるのはウルヒだが、一介の狩人がそこまで影響力があるとは思えない。

考えられるのは聖堂回境師という立場をもつフィアだけだ。

ヴァロは背中にいるフィアをちらりと見た。彼女はヴァロの後ろにちょこんと座っていた。

フィアの持ってきた荷物は、騎士団の運搬用の馬車に他の荷物と一緒に運んでもらっている。

「だろうな、だがもう少し胸を張ったらどうだ?

正式な招待状が届いたのであればお前も教会の正式な客人ということだ。

あまりおどおどしていては我々騎士団の面子にも関わってくる」

「そうですね」

ヴァロはその一言に笑みを浮かべた。

「フィア殿、馬車の荷台はいかがでしょう。そこなら馬上よりは幾分か楽なはずです」

キールはおもむろにヴァロの脇にちょこんと座るフィアに声をかけた。

長時間ヴァロの後ろに座るフィアを気遣ってのことだろう。

「お申し出は嬉しいのですが、あいにく私の騎士はこの者だけと決めております。ですから心配なさらず」

フィアはにこりと笑み一礼した。

「姫のエスコートとは騎士冥利に尽きるな」

キールは近づいてくるなり、肘でヴァロの脇を小突いてきた。

「そのバカがなにか粗相したらいつでも言ってください。この私がとっちめてごらんに差し上げましょう」

腕まくりしてキール。

「それは…」

ヴァロはたまらず抗議の声を上げるが、フィアの楽しげな笑い声に遮られる。

「はい、期待してますわ」

ヴァロは頭を掻いた。昔からこの人には頭が上がらない。

ヴァロは居心地が悪くなって視線を周囲に向けてみる。

周囲には見渡す限りの草原が広がる。

何度か通過したことはあるが特に気にしなかったことでもある。

「この場所…妙な感じがします」

フィアは眼差しを周囲に向ける。

「フィア殿は鋭いですね。特に今我々のいるこの地は第二次魔王戦争の主戦場の一つでして、

もともとこの場所は対魔王用の砦があった場所なのです。

等間隔に砦跡があるのも、名前が呪われた丘と呼ばれているのも、そのような理由からと聞きます。

掘り返せば人か魔物わからない骨が大量にでてきますよ。

夜な夜な死んだはずの兵士たちが徘徊してるとかそんな噂もちらほら。

そんな話もあり、なかなかここに住もうと考える人間はいません。

地質的にも痩せた土地というのもあると聞きますが…」

行き交う人が極端に少ないのには合点がいった。

まともな神経を持った人間なら迂回ルートを通るだろう。

「…ここもひどいがもう少し西に行ったササニームという場所は

魔法兵器を使われたらしく、五百年たった今でも草すら生えない。…怖い話です」

ササニーム地方は師ギヴィアとともに廻ったことがある。

見渡す限りの広大な砂漠が広がり、人を寄せ付けない。さらに西には屈強な部族、魔物の支配する土地が続くという。

教会から支配を受けない土地のひとつでもある。

「よく思います。魔王という存在は我々にとっての通過しなくてはならない試練だったのではないかと」

キールはどこか遠くを見るように語る。

「試練にしては苛烈すぎはしませんか?」

「ははは、そうかもしれません」

フィアの言葉にキールは苦笑いをした。

教会から魔王認定されたモノを人は魔王と呼ぶ。魔王は災厄を呼び、屍の山を築くとされる。

教会の敵つまりは人類の敵ということだ。

現在教会から魔王認定されたモノの数は十二体。

最後に魔王認定されたのが六十年前だという。

その時は当時の異端審問官、教会守護兵、聖騎士が総出で討伐にあたり、

大半を失ってようやく打ち倒したらしい。

「そこまでして魔王とやらは何がしたかったのでしょう。

教会の教えには人類を根絶やしにすることが連中の目的だったそうですが…。

そのあと彼らは一体何をするつもりだったのでしょう。

魔なるモノの論理は私には計りかねます」

ただ神妙な面持ちでキールの言葉を聞いていた。

「できるだけ我々も夜この地を宿営地にするのは避けたいと思います。

剣も言葉も通じない相手には極力出会いたくありませんもので」

フィアは黙って頷いた。

そう言い残すとキールは部隊のほうへ戻っていった。

気が付くとフィアの視線は草原の先に向けられている。

「どうした?」

不自然に思いヴァロは声をかけてみる。

「なんでもない」

フィアは頭を振った。

「ここにいるわけがないもの…」

フィアのつぶやきは空に消えた。

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