エピローグ
目を覚ますと一人の男が、たき火にあたるように座っていた。
「起きたかい?」
その聞きなれない声で意識が覚醒する。
周囲は岩肌に覆われていた。
「ここは…?」
「メルゴートの本拠地から北に少し行った洞穴」
メルゴート
体には包帯が巻かれていた。
身を起こすと体中が痛みという悲鳴を上げる。
痛みが自らが生きているということを教えてくれる。
「私は生き残ったのか…」
生きていたという安堵よりも、生き残ってしまったという絶望のほうが強かった。
どこまでも人生というのは自身の思い通りにいかないものだ。
「死を受け入れてる人間を殺すのはしゃくだったからさ」
「貴様も『狩人』だろう?」
あの地にいたということはそれ以外に考えられない。
あの掃討作戦中、本拠地は完全包囲されていたのだから。
「そーだね。けれど今はただの人間」
男はそういってこちらに向き合ってきた。
端正な顔立ちだが、その笑みはどこか作りものめいていた。
「聞きたいことがある。魔王崇拝者でしょ、君ら」
「そうだ。何が目的だ?」
「俺の元飼い主もそれでね。魔王がどんなものか興味があったんだ。
とはいえ、ここ六十年魔王と呼ばれるものは現れていない。
さらに封印指定されたものとなればさらに百年以上もだ。
最近、俺の寿命が尽きるまでそれと出会えるか少し不安になってきてね」
「魔王と会いたいだと?正気か?」
「正気だよ」
男の口元こそ笑っているものの、目は笑っていない。
「出会ってどうするつもりだ?」
「質問する。魔王さん魔王さん、君らはどうして魔王なのってね」
私は思わず噴き出した。傷口が痛むが、そんなことはどうでよかった。
「ふざけた男だ」
「君らの魔王の研究はどこまで進んでいたんだい?」
「私が話すと思うか?」
「さあ。拷問されても話すようには見えないね」
私はふっと肩の力を抜いた。
「別にいいさ。私にはもう背負うべき者たちも、守るべき規則もない。
…私たちの研究していた対象は第三魔王クファトスと第四魔王ドーラルイだ。
どちらも帰還の手筈まで考えてあった。いささか条件はあるがな」
「いいね。どちらも最古にして最強クラスの魔王か」
その男の表情はどこか楽しげだった。
「結果だけ見れば、フゲンガルデンの結界は破られず、今まで通り。
メルゴート最大戦力と二体の巨人、屍飢竜を投入したにもかかわらずだ」
さらに切り札も何枚か用意していた。フゲンガルデンごと消滅させるほどのものが。
単にフゲンガルデンの聖堂回境師が優秀なだけか、もしくはほかに何かフゲンガルデンにはあるのか。
「そう、俺も結界は破られてフゲンガルデンが地図上から消えると考えていた。
『紅』がそれほど無能とは思えないけど、相手は第三位の結社。
個人じゃ組織を相手取るには少し荷が重い」
「『紅』?」
フゲンガルデンの聖堂回境師の名前だろうか。
「フゲンガルデンの聖堂回境師の呼称。ヴィヴィと呼ばれてる」
懐かしいその名前を魔女以外の誰かから聞くことになるとは想像もしなかった。
初め何がなんだかわからなかったが、
「…あははははははは」
私は狂ったように笑い出した。
「どうしたの、急に」
「世の中は意外と狭いものだと思ってな。第四魔王の帰還方法を答えてやってもいい。ただし条件がある」
私のその言葉に目の前の男は割れた笑みで答えた。
「魔女である私の言葉を信じるのか?」
取引というにはあまりに軽薄なもの。
担保もなければ、責任もない。ただの子供だましの口約束だ。
「君という人間は信じてもいい気はしてるよ」
「本当に変わった男だ」
どのみち私には何もできない。
ならばこの男の口車に乗ってみるのもいいかもしれない。
「できればでいい。そのクーナという魔女は…」
誰かを助けたいと思ったのは私のエゴ。頼るのは男の気まぐれ。
取引というにはあまりにもあいまい。男がそれを実行する保証もない。
そもそも私の出した情報の信ぴょう性も疑わしい。そのことは男もわからないわけではないだろう。
「殺さない自信はないよ。手練れなんだろ。ただ君は気に入ったから、最善は尽くすことは約束する」
「すまない」
口約束でもいい。ほんの少しでも彼女が生きる可能性が出来るのならばそれにかけてみようと思った。
「それと…もしフィアという魔…」
言いかけて私は口を閉ざした。
捨てたのは私自身。私はあの娘と親友を秤にかけ、娘のほうをを見放した。
許されるわけがない。
ただ私の知るヴィヴィならば、あのサフェリナ様の遺児を無下に扱うことはない。
その考えが脳裏によぎった瞬間、彼女は一瞬でも彼女に頼ることを考えた自身を恥じた。
私にはもはやどうすることもできないのだから。
「さて、これからどうするかは君次第。死ぬもよし、生き恥をさらすのもよし」
「北にでも行ってみるさ。あそこは私のようなはぐれものが集まっていると聞く」
「魔術王直轄地ね。ここからもそれほど離れてないし、いいんじゃない。
君の実力ならなら…まあ歓迎されるでしょ」
歓迎されることなどはなから望んではいない。
そこへ行くのは少しでも生きられる可能性があるからだ。
「私の名前はフェリコ。もっともこの名前はここに置いていくがな」
「俺の名前はウルヒ。もっとも次は名前を変えてるかもしれないけどね」
そう言い放つと、お互いに背を向ける。
相手は『狩人』背を向けることは死を意味する。
この男ならばいつでも私を殺すことができたはずだ。
ここで殺されてもそれは大差あるまい。
ふと野生の獣と目があう。
そうここは『外』なのだ。
これからはどこにでも行けるし、どこでも死ねる。
美しい反面、生物を拒絶する閉じた世界。
それはまるでこれから私が歩む道そのものだと感じた。
私は世界には不要な存在なのだろう。それでも私は生きて罪を償いたいと思った。
その結社のあった証として、私は生きなくてはならない。
空の雲の切れ間から日の光が垣間見える。
世界は残酷だ。抗うことが生きることならば、私は死ぬまで贖い続けよう
思うに世界には神などいないのだろう。だからこそ人は生きていけるのだ。
この残酷な世界の中で。
次は自分自身を見失うものか。
私は今日選んだのだ。外で生きる続けることを。
どれほどの困難が待ち受けようともそれは私自身の選択、仮に神に背くことになったとしても絶対に後悔などするものか。
そして私は一歩を踏み出した。
これで一部終了。
もし読んでいただけたのであれば心から感謝します。
さて、本業の小説家は売れるものを書かねばなりません。
そういう意味ではこの小説は単なる自己満足の発露なのでしょう。
世にすばらしい小説は星の数ほどあれど、どうも自分の求めている気がして
一年前から執筆活動しております。もちろんそれらに敵うなどとはつゆほども思っておりませんが(笑)
ただの小説家かぶれですが、作品とともに成長できればいいかなと考えております。
反省を書かせてください。
彼と魔女の生き方は処女作品。
どうも詰め込みすぎた感が…。
夜の雫
本当は聖都事変を描くつもりが、その間に何かはさみたいなぁと思い入れてみました。狩人のグレコとクワン、魔女クーナ、それぞれ今後に絡んできます。ただしずっと先。
聖都事変
二年以上前の書きかけの作品。かなり設定を変えています。
魔王というものは勇者に倒されるという二十世紀の神話の概念を打ち破ってみたいなあと考え描きました。魔を倒すのはただの人であり、特定の人間が倒すべくして倒すものではないという考えで。と偉そうなこと書いておりますが、作者はへっぽこです。
これでも今後にいくつか種はまいてあります。
ネタバレになりますが、フィアは自分自身の核となるモノを手にします。
それはいずれ歪な形で芽吹くことになります。
さらに一部で出てきた四人のメルゴート出身の魔女たちは、それぞれの人生の延長線上でいずれ出会うことになります。(それまで書けるといいのですが)
そしてクファトスという最強の魔王には実は一つの目的があります。
これは物語の根幹になってくるものなのでここでは語れませんが。
それぞれがそれぞれの道を進み、その結果に絡んできます。
全十部構成、死ぬまでに描けるかな(笑)
これで一部終了。次は二部、遺跡都市ササニーム編に入ります。
今度は少しワールドワイド。異邦や幻獣王が絡んでくるお話。
これからはドーラルイもヴァロたちに協力していくことになります。
ササニーム編に入る前に二つ短編をはさみます。
フゲンガルデンの日常の話と第四魔王ドーラルイの話です。
自身の仕事もあるのでどうしても執筆のペースは上がりませんが…。
そんな中でも見捨てずに読んでいただければ幸いです。
ご意見、感想等あれば下記のメールまでお願いします。
momongacofe@gmail.com




