6-5 決着
安堵したのが悪かったのか、ヴァロは瓦礫の山に落下した。
フィアが落ちる瞬間、魔法で上昇気流を作ってくれなければ大けがをしていたかもしれない。
もっともヴァロの魔法抵抗が高さが災いして、わずかしか衝撃を軽減できなかったが。
ヴァロが地面に落ちるのに続いて、魔王だったものの頭部が乾いた音を立てて地面に落下した。
「いてててて」
体の節々は痛むがどうやら無事であるようだ。
残骸の中に埋もれてしまい身動きは取れないが。
ヴァロが落ちてしばらくして、ヴィヴィは空から降りてくる。
それはまるで天女のようだったとその場にいた者たちは後に語る。
いつの間にかヴィヴィと共にいた赤い鳥の姿は消えている。
おそらく彼女の魔法か何かなのだろう。
「うわー、なんて魔力量よ。空だった魔封緘四本がほとんど満タンじゃない。ま、今回はラッキーてとこかな」
ヴィヴィはにこにこしながら、懐に魔封緘をしまった。
教会守護兵の視線は彼女たちに釘付けである。
魔女という異端者に対する恐怖というよりは、ただあまりに異様な存在に目が離せないのだ。
『紅』の魔女はそのままヴァロのもとに歩み寄る。
「よくやった」
瓦礫の上にいるヴァロに、ヴィヴィが笑顔で右手を差し出す。
「遅い」
ヴィヴィの差し出された手をとり、ヴァロは瓦礫の中から起き上がった。
「ひどい言われよう。これでも急いだのよ。
フゲンガルデンからここまで来るのにかなり禁じ手使ってるんだけどな」
ヴィヴィは彼の住処で見るいつものヴィヴィだ。
それは暗に脅威が去ったことを意味していた。
気が付けばヴァロの脇にはいつの間にかフィアがちょこんと立っている。
周囲を見渡すとカティに覆いかぶさった瓦礫を取り除こうとしている教会守護兵の姿が目に入ってくる。
カティはどうやら無事のようだ。ヴァロはほっと胸をなでおろす。
「ヴィヴィ様、お久しぶりです」
キールは片膝をつき頭を下げた。
「キール君。しばらく見ないうちに大きくなったね。君も今回手伝ってくれたんだ。感謝するわ。
君と会うのは前回の魔剣『ルマ・エファン』の調整以来となると十数年ぶりかな。こりゃ私も年を取るわけだわ」
魔物討伐のほかに魔剣の調整も彼女たちの仕事の一つである。
「覚えていただいているとは…恐縮です」
キールと面識があっても不思議ではない。
「ったく、お気に入りの扇子が一丁台無しになりましたわ」
背後からヴィヴィに声がかかる。
ニルヴァの右手は血まみれで、見るからに重傷だが高飛車な態度は相変わらずだ。
ニルヴァの脇で彼女の弟子らしき女性が、せわしなく傷の手当てをしている。
「腕もいたそうだけど、結界ずいぶん壊されてるけど大丈夫?」
「まったく、フゲンガルデンでおとなしくしていたと思えば」
「おかげで聖都は無くなんないですんだでしょ。結果オーライじゃん」
ヴィヴィはしれっと言い放つ。
「あなたのそういうところが嫌いなのですわ」
言葉とは裏腹にニルヴァの表情はどこか柔らかい。
ヴァロはニルヴァが人間らしい表情を見たのはこれが初めてのような気がした。
二人は存外仲がいいのかもしれない。
ヴァロは魔王に視線を投げた。正確には魔王だったものの頭部の切れ端にだが。
「核は別次元に吹き飛ばした。アレはもうじき終わる」
ヴィヴィがヴァロに告げる。
ヴァロはフィアとともに足を引きずりながらそこに向かう。
それはあまりに無残で生きているのかすらわからない。
かろうじて眼が動いたのをヴァロは察する。
「あんたウルヒさんだな?」
ヴァロはその残骸に呼びかける。
「…アア」
その残骸からかすれた声が聞こえてくる。
「こんな終わり方で、あんたは満足か?」
「マアネ」
その表情はヴァロにはどこか笑っているように見えた。
「…ズットアコガレテイタンダ。コウイウオワリヲ」
表情はわからないが、その声はどこか満足気に聞こえた。
「サイゴニキミノセンパイダッタモノトシテ、ヒトツイワセテクレ」
「なんだ?」
「『カリュウド』ニココロヲユルシスギルナ」
「?」
その言っている意味が分からずヴァロは首をかしげた。
「…シトイウモノハゾンガイヤスラカナモノダネ」
そういうとウルヒだったモノははゆっくりと瞳を閉じた。
ヴァロには自然と憎しみが湧かなかった。
ヴィヴィは遠くからそれを見ていた。
「さてとあんたの小言はまたあとで聞くことにする。
自分はここにいちゃいけないモノだから早々に退散しないと。ニルヴァ、ここのあとは任せる」
「わかりましたわ。『アレ』の後始末はあなたがやってくれるのかしら?」
「…するしかないでしょ。『アレ』を放置したままじゃ、どんな災厄をもたらすかしれない。
あんたは傷もあるおとなしく聖都の結界の修理でもしてなさい」
「…わたくしに命令するつもり?」
「それじゃ、お願いでいいわ。弟子の人ニルヴァを頼むわよ」
彼女の周りの三人の弟子は黙って頷いた。
「まったく、それよりもあなたこんなところまで出てきて大丈夫なんですの?」
フゲンガルデンにはヴィヴィの管理する結界が張ってある。それを抜け出てきたのだ。
ニルヴァの言葉も当然ともいえた。
「ああ、私のところなら心配しなくてもいいわよ。一年前の一件以来結界もかなり強化してる。
変わりも置いてきたし。一日ぐらいなら抜け出しても大丈夫。…それに破られるわけないし」
ヴィヴィの最後の一言はだれにも聞こえないほどの小さなつぶやきだった。
「…結界のことじゃないですわ」
目をそらしながらニルヴァが小さく呟く。その呟きにヴィヴィは小さく微笑む。
「…ありがと。私は大丈夫。
…それとついでに言っとくけど、自分ちの結界補強しといたほうがいいわよ。
人払いの効果が消えかかってる。まったくあれだけでかい屋敷だと人払いだけでも大変でしょうに」
「見栄も張れなくなったらお終いですわ」
そういって彼女はそっぽを向いて歩き出す。
「あなた『狩人』の…」
すれ違いざまにニルヴァが声をかけてくる。
「ヴァロだ」
「…今回のことに関して一応礼を言っておきますわ」
ニルヴァはそう言って、ヴァロから顔を背ける。
彼女はそのまま三人の弟子を連れてその場から立ち去った。
「ヴァロ、このまま私に付き合いなさい。式典とかもうそれどころの話ではないでしょ。
『アレ』の後始末しないとね」
ヴィヴィが命令口調の時は聖堂回境師としての職務を遂行する時だ。
ヴァロは短い付き合いだがそのぐらいはわかるようになった。
「ああ」
これから一人のモノにあわなくてはならない。
この事件の本当の幕を下ろすために。
「その前にその服どうにかしないとね」
ヴァロは自身の一張羅の無残な姿に向き合うことになった。




