表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
聖都事変 時計台が止まるとき  作者: 上総海椰
21/24

6-4 死闘

粉塵が収まったあとその場にあったものは、ヴァロと胴体を切り離された魔王だけだった。

しばらくの沈黙の後、周囲から歓声が沸きあがる。

歓声のなかヴァロはゆっくりと後ろを振り返る。そこにはいつもと変わらない少女の笑顔があった。

「終わったな…」

ヴァロが安堵し天を仰いだ次の瞬間、それの声が聞こえてきた。

「クックッ、イギョウノオウトハヨクイッタモノダ」

その機械のような片言の声に、周囲の歓声が一瞬で消え去る。

ヴァロはその声のほうを振り返った。

そこではも魔王の再生が既に始まっていた。


魔王は今だ自分の優位を疑わない。

ヴァロが追撃をかけるべく一歩を踏み出そうとするが、

魔王から黒い霧のようなものが立ち上り、魔王の姿を覆い隠す。

濃密な魔力だということは魔と戦った経験者ならばだれでも分かる。

ただ一つだけ異なっているのはその魔力の密度の高さだった。

当然一般人からすれば濃密な魔力は害以外にない。

ヴァロは迫りくる黒い霧から逃れるように後ろに飛びのいた。

「あんたらはけが人連れて逃げろ」

ヴァロの声に我に返った教会守護兵が、まばらに逃げ出し始める。

「カティさん」

カティは運悪く瓦礫の下敷きになったようだ。

見ると数人の教会守護兵たちが瓦礫を押しのけようとしている。

「私のことはいい。ヴァロ君は目の前のことだけ考えろ」

ヴァロはその言葉に頷くしかなかった。


「ヴァロお前は…」

キールの声が届く。もはや魔器ではこの魔王には傷すらつけられないと彼は無意識に悟っていた。

「俺はここでできるだけこいつを食い止める」

ヴァロは振り返ることなくその場に踏みとどまる。

「死ぬぞ」

ここでは自分たちしか魔王と戦える人間はいない。

背を向ければこの聖都コーラルはこの魔王に内側から蹂躙される。

結界の要である時計台が崩壊した以上、結界の力には期待できない。

ニルヴァは背後で弟子とともに魔法式を描いていた。

何をしようとしているのかは判別できないが、彼女なりの手段があるのだろう。

ただし、大きな魔法を使うにはそれ相応の時間がかかる。

あの魔王は魔法式なしで時計台を破壊して見せた。それも魔法式なしでだ。

目の前の状況に対応できるのはヴァロたちだけである。

ここで自分が退けば、ヴィヴィの言葉通り聖都が消滅する。

ヴァロは屍飢竜と対峙した時を思い出していた。

「まったく貧乏くじばっかりだな」

さっきから手にした剣の切っ先の震えが止まらない。

本能がどうにもならないと告げている。さすがに今回ばかりはもう終わりかもしれない。

目の前のででたらめに巨大な存在に、体よりも先に心が壊れそうだ。

ふと背後を見やる。そこにはいつも一緒にいる少女がいた。

「フィア、お前も…」

「私もヴァロと一緒に残る。それに聖堂回境師だものここで逃げ出すわけにはいかない」

魔王を見据えながら彼女はつぶやく。

「ほんと頑固だよな」

説得しても無駄だといわんばかりの表情にヴァロは折れるしかなかった。

今フィアは聖堂回境師という役職についている。

このような事態の対処も彼女たちの仕事に含まれるのだ。

「ニルヴァは何かしようと機会を伺ってる。私たちのすることは…」

「時間稼ぎだな」

声のしたほうを振り向くとそこにはキースがいた。

「部下は避難させたよ。俺も戦う」

キールも小刻みに震えているのがわかる。

皆あれが怖ろしいのだ。

そのことにヴァロは少しだけ気持ちが軽くなった。

「逃げろと言っても聞いてはくれないんでしょうね」

「どのみち逃げたところで一緒だろ。それにこれは魔剣所有者としての意地でもある」

キールは魔剣『ルマ・エファン』を解き放つ。

それは轟音と共にその黒い魔力を帯びた刀身があらわになる。

魔王戦争時に作られたという古の兵器。魔器。

その一撃は巨岩すら砕くといわれている。

それを所持することは騎士たちのあこがれであり、また限りない名誉でもある。

「で、俺はどうすればいい?聖堂回境師殿」

キールはフィアに問いかける。

「キールさんは私と一緒に援護にまわって。魔王には極力魔力を使わせないように攻撃の手を緩めないで。

またあの魔力の塊を出されたら、次は防ぎ切れるかわからない」

「了解」

キールはそういって構えを取った。

「ヴァロは標的に一撃を負わせることだけを考えて。

アレに傷を負わせられるのはヴァロの剣だけ。

隙を見てあの魔王に一撃を与えてくれればいい」

「ああ」

ヴァロの握りしめるは退魔の宝剣。

銘はないが、二年前師ギヴィアから託されたものだ。

ヴァロは刃が届けばどんな魔物ですら倒しきるものだと信じていた。

黒い霧がゆっくりと晴れていく。

そこにはヴァロが斬りつける前の姿の魔王がいた。

予想はしていたことだが、無傷という事実がヴァロに少しショックを与える。

だが、状況は躊躇すらも許してくれない。

今ここで目の前の化け物を討たなければ、この地は蹂躙されるのだ。

キールの魔剣『ルマ・エファン』の繰り出す衝撃波の巻き上げる粉塵が、戦いの第二幕の始まりを告げる狼煙となった。

絶え間ない魔法の攻撃で

相手に魔力を溜められる機会を


攻撃を繰り出そうとしていた魔王が不意にバランスを崩す。

そのあまりに予想外のできごとに、その場が静まり返る。

「サイセイガウマクイカナイ…?」

完全には再生はしきれないことに魔王は多少の動揺を見せる。

効いていないわけじゃない。

ヴァロはその隙を見逃さず、勢いに任せて相手に詰め寄る。


ヴァロが走り出すと同時に魔王のいる場所が陥没する。

フィアの扱う重力魔法だ。直接的な魔法はヴァロには効果は少ない。

ただ少ないというだけで影響がないわけではないが、ヴァロはそんなことお構いなしに魔王の元へ駆ける。

ヴァロは肉薄し、剣戟を繰り出す。

動揺しているならそれにつけこみ、平常心を装うならば混乱を誘う。

こちらは普通の人間、まともにやりあっても勝てるわけがないからだ。

師匠から何度も言われたことだ。

魔法使いとの戦闘は初手決殺、間合いに入ったならば、その間合いを可能な限り維持せよ。

魔王はヴァロの一撃を左手で剣を受け止める。

ヴァロの目前で魔力の塊が生成されていく。

ドン

直撃。並みの人間ならば上半身、骨も残らず消し飛んでいる。

「ヴァロ」

フィアの悲鳴がその場にこだました。


黒い魔弾の直撃を受けたものの、ヴァロ自身はその高すぎる魔法抵抗により無傷だった。

身に着けていた服が一瞬でぼろぼろになってしまったが、そんなことを気にしてはいられない。

ヴァロは魔王から目を離さない、決死の斬撃を繰り出す。

もはやなりふり構っていられない。間合いに奴がいるうちにけりをつけたかった。

ヴァロの考えを見越したのか、魔王は体全体から魔力を放出させ、強引にヴァロとの間合いを引き離す。

間髪いれずフィアが重力魔法をかけるが、すんでのところでかわされる。

その隙を逃さずヴァロは死角から攻撃をかけようとするが、魔王は身を翻し空に逃げた。

空の飛べない相手にとって、空は絶好の逃げ場となる。

キールは魔剣を使いこれを打ち落とそうとし、フィアは重力魔法を三回連続で放つが、魔王をとらえきれない。

地面にはまるで巨人の足跡のような陥没痕だけが三つ残される。

魔王は少しづつだが、その動きがよくなってきている。

魔王は相手を視界に捉え、上空で体制を整えた。

フィアの間合いから外れたことを確認し空中で停止する。

「・・・ツヨイナ」

彼は後退したことに対して屈辱をおぼえるより、素直に賞賛していた。

目の前のヴァロと名乗る男に。

間合いをとれとはいうが、死の恐怖を目前にして実行できる者は少ない。

そして戦闘が始まった後の判断は見事というほかない。

事実周りにいた教会守護兵は誰一人として動けなかったではないか。

地平線が白くなっているのを魔王は見た。

もうじき夜が明ける。事件が発覚してからすでに三刻。

あの少女の対応が早ければ、すでに何らかの対応が打たれていてもおかしくはない。

惜しいと思う反面、彼は状況を冷静に理解していた。

長引けば大魔女ラフェミナがこの場にやってくる。唯一無二の絶対的な抑止の力。

そしてあまたの魔を葬ってきた最悪にして最大の敵が。

完全に魔力をコントロールできない状況で、大魔女ラフェミナとの戦闘はなんとしてでも避けねばならないと

考えるのは当然の流れである。

「モウオワリニシヨウ」

そう呟くと魔王は両手を頭上に掲げた。


相手は自分たちの間合いの外で魔力を溜め始めた。

光の球体が徐々に大きさを増してゆく。

絶対絶命の状況でもヴァロはあきらめてはなかった。

ヴァロの目前の瓦礫が不自然な動きをする。魔法によるにぶい光。

背後のフィアと目が合う。二人はお互いの考えを瞬時に理解する。

死が近づく状況にも関わらず、ヴァロとフィアは冷静に次の手を打っていた。

チャンスは必ず来るそう信じながら。


「うそだろ」

キールはただ唖然と立ち尽くし、その光景をただ眺めることしかできない。

その魔力量は常軌を逸したものであり、魔法に精通したフィアの目にもそれは絶望的な量に見えた。

「タノシカッタヨ。モウスコシジカンガアレバアソンデアゲテモヨカッタ」

肉体に不慣れな魔王にとって、魔王の優位は魔力の過多。

魔王の持つそれは勝敗を分けるには絶対的ともいえるほどの魔力量。

光の球体は次第に大きくなっていく。

この聖都ごと消し去るつもりだということは誰の目からも明らかだった。


魔法の構成を描きながら、フィアはヴァロの背中を見ていた。

この絶望的な状況下でもヴァロはあきらめていない、なら自分は自分のできることをするだけだ。

彼のために生きる。

そう誓った相手が目の前にいて、自分を必要としてくれていることに自然と涙が出てきた。

仮にここで自分が果てることになったとしても悔いはない。

フィアの顔に自然と笑みがこぼれる。


「セイトノレキシモコレデオワル」

そして、魔王の手が振り下ろされる。

ゆっくりと巨大な光球が地上に向けて加速をはじめる。

先ほど放たれた光の球の数十倍の大きさであり、

それはその場に居合わせたものに容易にその威力を想像させた。

残った教会守護兵はその終わりの光景に立ち尽くし、何人かは神に祈りをささげている。

それはまるで神の怒りによる終末を連想させた。


突如魔力の塊が円を描く様に食い破られる。

その中心にあるのは、フゲンガルデンで何度か目にしたことのある魔封緘と呼ばれるものだ。

魔力を保存することができるという道具だと聞いている。


「残念でした。もう少しだったわね」

魔王が声のほうに視線を移すと屋根のない空に、真っ赤な髪をなびかせた一人の魔女が、

大きな赤い鳥らしきものとともに魔王を見下ろしていた。

その姿は朝日に照らされ、

『紅』その二つ名をもつ彼女が。

「ナゼオマエガ…」

魔王はあり得ないものを見るようにその赤い魔女を見る。

魔王の周りを白い人影が埋めていく。

機会をうかがっていたのはニルヴァもらしい。

ニルヴァの周りに膨大なルーン文字が一斉に展開していく。

「封印術式結界第十七号『カルラ』」

白い人影が集まり魔王を包み込んでいく。

「詰んでいたのはあなたのほうでしてよ。再び結界の中にお戻りなさい」

ニルヴァが手にした扇子を広げるとそれは球体状になり

球体の周囲には、ルーン文字がそれを包むように幾重にも展開されていく。


白い球体が魔王の膨大な魔力の放出により内側から食い破られる。

魔力の放出は彼女の周囲の魔法使いがそらすものの、

結界を破られた衝撃により彼女は左腕をはじかれる。

「ぐ…」

はじかれた左腕は血まみれだ。

「ムダダヨ、ソクセキノケッカイデハネ」

「ですわね」

血まみれの片腕をだらんとさせながらも、彼女は不敵な笑みを絶やさない。

「ナニヲ…」

頭上に気配を感じ魔王は空を見上げる。


ヴァロは瓦礫とともに魔王の頭上にいた。

魔法による投擲。

ヴァロ自身の魔力抵抗は稀有ともいえる高さだが、何か媒介をはさむならばその抵抗力は意味をなさない。

魔王がヴァロを視認したときには、すでにヴァロが渾身の一撃を振り下ろさんとする瞬間だった。

魔王が両手でその剣を受け止めようとする。

もしこれで終わりにできなければ勝機はもうない。

ヴァロは渾身の力を籠めた一撃が魔王を捉える。

「うおあああああああ」

ヴァロは雄たけびを上げ、思い切り剣を振りぬいた。

魔王の体が頭から真っ二つに両断される。


魔王は二つに別れようとする体を、離れないよう両腕で押さえつける。

これでも死なないのか。

ヴァロは落下のさなか、ただその光景を見ていた。

どんな生物でも頭から真っ二つにされれば、即死のはずだ。

目の前の生物は真っ二つにされても意識を保ち、その傷を治そうとしている。

信じられなかった。

また黒霧を出されては手が出せなくなる。

ヴァロは、ヴィヴィが上空で魔法式を展開しているのを視界の端にとらえる。

突如、魔王の胸元にゆっくりと小さな黒い孔が出現した。

真っ二つに切り裂かれた魔王はそれを目の当たりにしながらも、バランスを失い避けることができない。

その黒い穴は魔王の頭部以外を飲みこみ消え去った。


魔封緘が地面に落ちる音がその場に響いた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ