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聖都事変 時計台が止まるとき  作者: 上総海椰
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6-3 時計台の止まるとき

先ほどまで混乱していた大広間が嘘のように静まりかえる。

聖都全体の結界がその強大な魔力に呼応し、けたたましい警告音をあげる。

遠くで時計台が狂ったように鐘を鳴らす。

そこにいる人々はそれをただ茫然と見上げていた。


かつて魔王と呼ばれたモノを。


四百年の時間を超えて、現れたその姿は人形そのものの姿だった。

表現するなら宙吊りにされた木の人形。

人形の姿から感じる異様な存在感により、その場の誰もが動けずにいた。

聖都全体の結界が魔王に呼応するかのように収束し、具現化してゆく。

そう結界はこの魔王を敵とみなしたのだ。

「『白亜の兵団』」

ヴァロたちの頭上には白の兵団が展開されていく。

その数は数千にもおよぶ無数の白い人影が、ヴァロたちの頭上を覆い尽くした。

それは壮観といっても過言ではなく、その場にいるもののほぼすべてが、その非現実とさえいえる光景に意識を奪われた。

「あなたが何者であろうとこの際どうでもいいですわ。目障りです、さっさと消え去りなさい」

ニルヴァが手持ちの扇をたたむのを合図に、一斉にそれらは魔王に襲いかかる。


魔王が腕を振り払うしぐさをしてみせた。


ただそれだけの行為で周囲には魔力を伴った暴風が吹き荒れる。

ヴァロはフィアを抱きかかえるようにして、その暴風に耐えた。

暴風が吹き荒れ終わるとヴァロは周囲を見回した。

展示場の屋根が吹き飛び、空が姿を現している。


星空にはシミのようにそれが浮かんでいた。

「魔力だけで私の『白亜の兵団』を消し飛ばした…ですって?」

ニルヴァの顔に戦慄が走る。

彼女は魔法を行使した時と変わらずその場所に立っていた。

ニルヴァの周りにいる三人の弟子が彼女を守ったらしい。

頭上では白亜の兵団はゆっくりと形を戻そうとしていた。

「ジャマダナ」

魔王はその腕を伸ばすと数発、黒い魔力の塊を放った。

時計台と聖都を囲う塔にその魔力の塊は吸い込まれるように消え、

爆音とともに閃光があたりを照らす。


フィアは冷静に現状を分析していた。

圧倒的な存在感。でたらめなまでのその魔力。

魔力だけで聖都の結界を消し飛ばすなど考えもしない。

言うなれば魔王とはそれだけの魔力量のひらきがあるということだ。

そうその一撃で戦局はほぼ決したといってもいい。

「ハハハ、コレガマオウノチカラカ!!!!」

唖然とたたずむ皆の頭上でそのモノは狂ったように笑っていた。

大気が震えるほどの存在感。笑い声だけでこの場にいるすべての者を呑み込んだような印象を受ける。

教会守護兵たちはただ立ちつくし、見上げることことしかできない。

「契約は果たされタ。僕はもういくヨ。あとは君の気の済むようにするといいヨ」

それは魔王の真下にひょっこり現れた。

ヴァロはウルヒの姿をしているが、妙な違和感を感じた。

彼の形をしているが彼ではない?

「マダダ、キミニハココニイテモラウ」

魔王が手を振りかざすと彼の姿をしたものの回りに黒い霧のようなものが沸きはじめ彼を包み込む。

ウルヒの姿をしたものは、やすやすと魔力の檻をすり抜けた。

「・・・僕は仮にも君らの言う魔王だヨ。ああ、今は元か。この肉体の保有魔力が少なくても君じゃ捕まえることは無理だネ」

彼の手のひらには黒い球体が複数浮いていた。

「マテ、キサマ…」 

「じゃーネ。契約は完了しタ。その体をどう使おうと君の自由ダ。

この魔力は餞別代りに貰っておくヨ。それじゃ健闘を祈ル」

そう言い残すとウルヒの体をした何かは魔法の式を瞬時に展開し、光ととも消え去った。

「・・・マアイイ、イズレミツケダス」


「あんたの想定した最悪の状況だ」

ヴァロは混乱の中で魔器に語りかける。

先ほどの混乱の中、ニルヴァが落としたのをヴァロが拾ったのだ。

「…もうじき着く。ラフェミナにも連絡済み。ヴァロたちはできるだけ時間を稼いで」

「弱点とかはないのか?」

「わかればもう言ってる。相手は魔王。気をつけて、第四魔王の魔力保有は歴代魔王の中でも第三位。

彼は禁呪で自分の肉体を捨てることにより、魔力の保有限界を引き上げたといわれてる。

無限の魔力があると思っていい。できるだけ接近して魔力をためる時間をあたえないこと。

魔力だけでもその聖都を吹き飛ばすぐらいの力があるわ」

ヴァロは生唾を飲み込んだ。

「聖都を吹き飛ばすとか簡単に言ってくれるなよ」

状況は二年前のフゲンガルデンの事件よりもはるかに悪い。

ヴァロは逃げ出したい衝動に駆られるも、

これを放置して自分だけ逃げるようなマネは騎士として、一人の人間として断じてできなかった。

ヴァロは一呼吸して、腹をくくった。

「フィア、援護を頼む」

ヴァロはそばにいるフィアに小さくつぶやいた。

すでに聖都の結界は魔王の力によって機能を停止しているようだ。

これならばフィアも魔法を使える。

ヴァロが言葉にするより早く、背後のフィアは魔法の構成を始めていた。

結界が破壊された今魔力の使用云々とか言ってられない。

「重力魔法展開」

フィアのその言葉を合図に、魔王の周囲に重力場が形成される。

魔王の真下の地面が重力魔法により陥没するほどの力を受ける。

魔王はたまらず体制を崩し、宙から地面に落ちる。

「ナイス」

同時にヴァロは第四魔王に向かって駆け出していた。

「シニイソグカ、ヴァロクン」

フィアの重力魔法で地面にたたきつけられながらも、魔王は無傷のままだ。

魔王の手から先ほど結界を破壊した魔力の塊が数発放たれる。

「力場形成、揚力防御」

フィアが声を張り上げるとヴァロの周りに力場が発生し、魔王の光弾を上空にそらす。

ドンドンドン

空に光の球体が四散し、夜の聖都を昼間のように照らした。

直撃していたらその場一帯が瞬時に焦土になるほどの火力。

このフィアの判断は正しかった。

近くで爆発していたとしたら、衝撃波や爆風に伴う破片でこの場にいる人間は全滅していただろう。

衝撃波により爆風が塵を巻き上げ、魔王の視界を覆う。

魔王の視界からヴァロが完全に消える。

魔王はただ自分の判断に驚いていた。力とはここまで判断を変えてしまうものなのか。

異端審問官のときの自分ならば今のような大味な攻撃はしないはずだった。

その一瞬の躊躇がヴァロの接近を可能にした。


魔王が向き合う頃には、ヴァロはすでに魔王に肉薄していた。

失敗はできない。初手で倒せなければ倒すのは困難になる。

ヴァロの渾身の一撃が魔王の胴体を切り離す。


時計台が倒壊する音が聖都中に響き渡った。

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