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聖都事変 時計台が止まるとき  作者: 上総海椰
2/24

1-1 始まりはその手紙から

ヴァロがフゲンガルデンにある魔女の住処を訪れたのは平日の昼過ぎだった。

いつもの手順を取り、ヴァロはその場所にやってきた。

相変わらず途中から人影は途絶え、世界に一人取り残されたような感覚を受ける。

なんでも人払いの魔法がかけられているらしく、一般の人間では入ってこれないという。

建物の間を縫うように進みヴァロはそこへたどり着いた。

「珍しいじゃない。平日に来るなんて」

魔女は珍しくゆっくりともたれかかるように長椅子に寝そべりながら、庭先で本を読んでいた。

この魔女の名前はヴィヴィ。ここフゲンガルデンの聖堂回境師である。

聖堂回境師というのは大魔女からフゲンガルデンの結界の管理を任された魔女であり、

彼女たちは四百年もの長き間、このフゲンガルデンを守護しているのだという。

要はこの結界の中に住んでいる教会公認の魔女である。

彼女のことを知る人間は『紅』と呼ぶ。

ヴァロとは一年前にある事件をきっかけに知り合いになった。

「それはこっちのセリフだ。てっきり部屋の奥に籠っているのかと思ったぞ」

「少し気分転換…研究も少し行き詰っていてねー」

彼女はそのたおやかな赤い髪を無造作にかきあげ、上体を起こした。

ヴィヴィとは最近訪問する際に割と出会う機会が多かった気がする。

「ところでフィアは?今日はフィアに用事があって来たんだが…」

「フィアなら台所。あんたが来るって気づいて、あんたの分のお茶用意しに行ったから。

ここにいればそのうち来るでしょう」

ヴァロはヴィヴィの向かいにある椅子に腰かけた。

「そんなこともわかるのか」

フゲンガルデンは結界で覆われている。

主な命令は二つ、魔法式の構成の禁止と魔力を外部に逃がさないこと。

その結界はマールス騎士団領首都フゲンガルデン全体を覆い、地下に封印された魔王から長い間この土地を守護しているという。

彼女たちは管理者のため、その力の一部を自在に使うことができるのだという。

「フィアも聖堂回境師なんだから、そのぐらいできて当然よ。

その気になればフゲンガルデン内のすべての人間のプライベートを丸裸にすることも可能だわ」

「そ、それはすごいな」

ヴァロは思わず顔をひきつらせた。

「まぁ、私的に使うことは禁じているから大丈夫。

ところで平日の昼間に来たってことは何か用事があるのよね」

ヴィヴィは本を片手に、目の前のテーブルに置いてあるお菓子をほおばっていた。

「聖都コーレスから式典の招待状…。俺とフィアあてにご丁寧に二通来てる。差出人は聖堂回境師、ニルヴァ=アルゼルナ」

その名前を聞いてヴィヴィの表情に微妙な変化が生じる。

「…『バニラ』の奴からか。少し見せて」

ヴァロは招待状をヴィヴィに手渡した。

「さすが形式と格調を重んじる聖都の招待状ね。中の文はおろか、付箋までしっかりしてるわ」

ヴィヴィはしげしげと招待状を見ていた。

「聖都の聖堂回境師か」

聖都にも聖堂回境師がいると話には聞いてはいたものの、どこか現実味がわかなかった。

「コレの差出人がその聖堂回境師本人。

聖堂回境師ニルヴァ=アルゼルナ。『白亜の麗仙』通称バニラ。聖都コーレスの結界を管理している魔法使い。

私とは以前の会合で会ったきりだから…十数年会ってないわ」

言い終わるとヴィヴィは再び菓子をほおばり始めた。

「危ない奴ではないわ。めんどくさいやつではあるけれど。一年前の一件であんたらに興味もったんじゃない?

フィアは聖堂回境師としては異例の抜擢だし、うちらの中でもあんたのこと『竜殺し』だの呼ばれてるみたいだしね。

あの事件の後いろいろなとこから、あんたのことで問い合わせがあったわ」

「あれは成り行きだろう」

約一年前ヴァロは確かに屍飢竜と呼ばれる存在を倒した。

ただしそれはフィアと『狩人』の数名の協力を得た上でのことだ。

断じて自身の力のみで倒したものではない。

「そう思ってない人間が多いことが問題なのよ。ま、ヴァロにも後々『狩人』としても関わることになるのだから

顔合わせのいい機会なんじゃないかしら。それに今後のためにも、

フィアにも私以外の聖堂回境師にも合わせておきたいし」

「今後のため?」

「こっちの話よ」

微妙に引っかかるものを感じながらヴァロはヴィヴィの提案に同意した。

『狩人』に入ってわかったことだが、『狩人』は聖堂回境師と密接な関係にある。

「そうそう、ヴァロ。例の詩編集の件なのだけれど」

「例の詩編集?」

「ウルヒのやつが集めていたものよ」

「それか」

ヴァロは思い出したように手をたたいた。

「何よ忘れていたの?」

「すまん」

二か月も前の話だ。ヴァロは例の事件の後、仕事に忙殺されていて考えている余裕などなかったのだ。

「それで、その調査はどうだったんだ?」

「あの本、およそ四百年前まとめられたらしいわね。

一集から三集までおおよそ三十部ほど写本が作られてる。

ノウデリカ地方の北部、ローア教会で写されたものらしい。依頼者はその地を治める地方貴族」

四百年ほど前は現在ほど印刷技術が進んでいなかったため、

各地の修道施設で写しが作られていたのだそうだ。現在は印刷技術が進んだため、その風習は廃れてしまったが。

「四百年前の書籍、よく調べられたな…」

「教会の目の届く辺境の教会まで調べてもらったわ。おかげで二か月もかかっちゃったけどね」

辺境においては教会がいわゆる情報発信源になっている。

地方の教会相手に中央の教会が命じれば血眼になって探すだろう。

「権力ってこういう時にこそ使うべきじゃない?」

「…礼を言っておくよ」

職権乱用という言葉が出かかったが、ここは素直にお礼をいうことにした。

「詩編集は聖歴128年に発行された第三集までで、トーゴ詩編集第四集は発行された形跡はなかった」

「それじゃやっぱり…」

「個人単位で書かれたものならば…。ただ、妙に引っかかるのよね…」

「妙に引っかかる?メルゴートが保有していたからか?ウルヒさんが手に入れたがっていたからか?」

例の事件以降、ヴァロはウルヒを呼び捨てにすることはしなくなった。

「それもある。それとは別に年代がね…」

ヴィヴィは考え込むようなそぶりを見せた。

「年代?聖歴128年っていうと、確か第三次魔王戦争の始まる手前ってところか」

「詳しいじゃない、見直したわ」

「ほめられたと受け取っておくよ」

士官学校では歴史の授業も必須科目。なんでも騎士たる者、一般の教養もあって当然なのだそうだ。

ヴァロは歴史の授業は比較的熱心に聞いていた。

「第三次魔王戦争っていうと、第四魔王ドーラルイが引き起こした戦争ですよね?

辺境では魔女狩りが横行しはじめた時代で、まだ結社という存在もなかったとか…」

いつの間にかフィアはヴァロの隣にきてお茶を注いでいた。

「よ、フィア、何も変わりないか?」

「うん」

フィアは小柄であどけなさがどうしても残るがこれでも、ヴィヴィと同じ聖堂回境師という役職についている。

彼女はヴァロが一年前に捕まえた魔女でもある。

当時メルゴートという結社に所属していた彼女は、とあるいきさつで兵器としてこのフゲンガルデンに送り込まれた。

そのあといろいろないきさつがあり、今ではこのフゲンガルデンでヴィヴィの弟子として生活している。

ヴィヴィはフィアに茶を継ぎ足してもらうと、お礼を言ってカップを口に運んだ。

「そう。戦争の中心にいたのは第四魔王。あのころは第二次魔王戦争が終わって、復興も一段落した後だと聞くわ」

魔王戦争、最近起こったものでもすでに百年以上も昔になる。それは人類の存亡をかけた戦争であり、人間と魔王の最終戦争である。

特に第二次魔王戦争中盤には、人類の領土は六分の一、人口に至っては最盛期の三分の一以下まで減少したという。

当時の人間にしてみればその存在は忌むべきものであり、恐怖の対象でもあった。

そんな戦争のしばらくあと、魔王の後継と言われる魔法使いが現れる。

当時の人の恐怖はどれほどのものだったのだろう。

「その第三次魔王戦争の舞台になった場所がノウデリカ地方。当時その地は魔王戦争のために人間は生存していなかったと聞くわ。

現存しているトーゴ誌編集三集までの書籍は、戦時中ずっと修道院の地下室で眠っていたものらしいのよ」

「…つまりそんな詩編集を書く人間がいなかったと」

「依頼した地方貴族も著作者も戦争の混乱の中、消息を絶ってる」

「無事に逃げせて、どこか違う土地で書いたとかは?」

「それなら多少なりともどこかに名前が残るはず。それにその地から逃げられたとは少し考えにくいのよね」

ヴィヴィが少し考え込むように答える。

「ああ見よ、眼下の平原に広がる黒い死霊の群れを。すべてを等しく蹂躙し、人間はおろか家畜にいたるまで我が物とし、永遠と行軍し続ける。

私は怖い。あれに追いつかれたら最期、私には死すら与えられず、あの黒い死霊の群れの一部となり果てるのだ」

「ブードの書いた戦記の一文ね」

「はい。以前ここの図書館で読みました」

ヴァロはフィアとヴィヴィの博識ぶりに驚く。

「第四魔王の使っていたのは死霊の軍。手持ちの兵はいなかったけれど、死霊を操り、周囲の村々を襲い自身の軍にしていったというわ。

連中の通ったあとには生きているものは誰も存在しなかったとか。

最盛期には野生の獣や家畜等を含めて百万を超えていたという話も。

それを裏付けるように、最近大量の人骨がゴラン平原から掘り出されたとも聞くわ。

もっとも、その時代その場所に直に行ってみないことには、本当に人間が生存できなかったのか確かめられないけれどね」

ヴァロはそれを聞いてぞっとした。

「時期的に見ても魔術書が作られていた時代というのも重なります」

「ええ。もし魔術書だったのなら、だれが何のために作ったのかそこがはっきりさせる必要がある。

私かフィアがその書を手に取って調べられるのなら早いのだけれど…」

そしてしばらく三人は黙り込んでしまった。ヴァロがおもむろに口を開く。

「話は戻るが、第四魔王…一体どんなやつだったんだ?」

ヴァロたち一般人が知るのは魔王の出現とその討伐されたという事実だけである。

以前はそういったことに関心など持たなかったが、ヴァロ自身ヴィヴィたちに感化されているのかもしれない。

「ドーラルイ…別名『異形の壊求者』。自身の探究のために、その肉体すら人形に変えてしまったぐらいの超変人」

変人ってお前が言うなよとつっこみたくなったが、黙って聞くことにした。

「彼は人であることを捨てたため、その肢体には人が保有する魔力量を大幅に超える魔力を内包することに彼は成功する。

魔力の保有量は魔王の中でも歴代三位と呼ばれている。

その常軌を逸した行動により教会から危険視され、ついには魔王認定されるに至ったわけよ」

ヴィヴィは手にしたカップを口に運ぶ。

「その存在が、当時の人間の魔王への恐怖の記憶を再び呼び起こしたのでしょうね。

実態は自身の研究にしか興味がないただの学者馬鹿だったらしいけど」

「学者馬鹿ねぇ」

誰かを彷彿とさせるセリフにヴァロは苦笑いをした。

「実際のところ、もともと第四魔王はそれほど脅威ではなかったの。

問題はその弟子たち。教会からの刺客を片っ端から血祭りにあげて、おぞましい実験の贄にしていたらしいわ。

それが原因となり、彼は教会から魔王認定されるに至ったわけ。

ちなみに死霊の軍もその弟子たちが行っていたらしい。

もともと研究にしか興味がなかった魔王という話よ」

「それは…」

研究にしか興味がないため弟子たちの凶行にまで関心が向かなかった結末とも取れる。

「当初三人の大魔女たちは魔王認定に関して一貫して消極的な立場を取ってきたから

勝手に魔王認定し、討伐軍を編成したことにあきれ返り、中立の立場をとることを明言。

教会は単独で第四魔王の討伐にのりだすものの、軍は悉く壊滅。もしくは傀儡となり、魔王の戦力になっていった。

教会側に甚大な被害をもたらしたと聞くわ。

最後には大魔女たちが見るに見かねて参戦し、封印したという話よ」

「そんな事情が…」

歴史の授業では教会が軍勢を派遣して、甚大な被害を被るもののどうにか勝利したと教えられた。

しかも彼女の話では封印したという。

「その事件が発端となり、魔王対策の機運が高まってね。

聖堂回境師という制度と異端審問官『狩人』という機関を教会は設立したの。

そうして正式に、ここを含めた大陸の七大主要都市の結界を管理することになったのよ」

「なるほどな」

ヴァロはそのころの時代背景が少しだけ呑み込めた気がした。

「少し話が逸れたわ。フィア、はい」

ヴィヴィはフィアに招待状を手渡した。

「私宛の手紙?」

フィアの表情に驚愕の色が広がる。

「聖都の式典の招待状。ヴァロと一緒に行って来れば?」

「聖都って言ったら片道一週間はかかると聞きますが…」

フィアは不安げにヴィヴィに尋ねる。

「たまの休暇だと思ってのんびりしてくるといいわ。

それにいい機会だから『バニラ』の奴にきちんと挨拶してきなさい。

ついでに聖都コーレスの結界をみてくること。こういうのは書物で読むよりも実物を見たほうがはるかに参考になる」

「はい」

フィアは嬉しそうに満面の笑みを浮かべた。

「ヴァロは護衛お願いね。きちんと姫のエスコート頼むわよ、騎士さん」

「わかった」

「今回なにか胸騒ぎがする、何事もなければいいのだけれど」

ヴィヴィのつぶやきはその事件を暗示していたのだと後で知る。

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