6-2 魔王の遺産
現場は騒然としていた。
包囲されていた罪人がが殺人を告白し、魔法を使い姿を消したのだ。
背後ではカティが教会守護兵に大声で指示を出している。
ヴァロとフィアはただ唖然とウルヒの消えた宙を見上げていた。
「魔器」
不機嫌な声が背後から聞こえ、ヴァロは振り返った。
いつの間にかヴァロの背後にはニルヴァが立っている。
いつになく不機嫌な面持で、ヴァロのことを睨み付けている。
「はっ?」
「魔器をよこしなさいといっているのですわ」
ヴァロが懐からヴィヴィとの通信するために使っていた魔器を出すと、ニルヴァはそれを強引に奪い取った。
ニルヴァの手が鈍い光を放つ。
それはフィアが魔道具修理の際に使った光と似ていた。
フィアに目を移すと、信じられないようなものをみるかのようにそれを見ている。
「ヴィヴィ、これは一体どういうことですの?」
魔器にニルヴァが声を張り上げた。そうニルヴァはこの結界の中で例外的に魔力を扱える。
ほどなくしてヴィヴィの声が聞こえてくる。
「ありがと、ニルヴァ。魔力の補充してくれたのね」
ヴィヴィに感謝を告げられニルヴァは言葉を詰まらせた。
ヴィヴィの声には多少の雑音が含まれている。
「あなた、わたくしの専攻忘れたとは言わせませんわ。それよりも…」
「ニルヴァ、少し待って。フィア、そこにいるんでしょ」
「はい」
ヴィヴィの問いかけにフィアが進み出る。
「ウルヒは本に書いてあった魔法式を発動したということ?」
「はい」
魔器越しにため息が聞こえてきた。
「フィア、式に書いてあった座標は判別できた?あったのならば教えてくれる?」
そのヴィヴィの問いにフィアはわけのわからない数字を並べて答える。
「…やられた」
ヴァロの胸元から声が聞こえてくる。
「ヴィヴィ、これはどういうこと?説明なさい」
ニルヴァの声は少し声のトーンが下がっている。
ヴァロはニルヴァの周りに冷気のようなものを感じた。
「事態は一刻を争う」
「当然説明はしていただけるのですわよね」
「・・・ここまできたらもう全部話すわ。ニルヴァ、結界を使って周囲から隔離してくれる?」
ニルヴァは指をパチンと鳴らした。周囲のざわめきが一瞬でかき消される。
まるで自分たちのいる空間が切り取られたかのような感覚だ。
「それじゃ、まず何から話しましょうか?」
「奴は結界の中で魔法式を使い、結界はそれに反応しませんでしたわ」
「あれは魔法は私たちの扱う結界では反応しない。魔法とは似て非なるもの。
私たちの扱う魔法は世界に働きかけることによって奇跡を引き出す。
言い換えれば世界そのものを書き換えることはできない。
そして結界は世界に働きかける魔力を感知するように作られている」
「事象を書き換える?そんなことが…」
「信じられないのも無理はない。私も知ったのはつい最近。
ただその魔法を使うには二十のルーン文字のほかに四つのルーン文字を使わなくてはならない」
「そんな、現存している二十のルーン文字だけでも大変だというのに…。
演算だけでも人が扱える領域をすでに超えてますわ」
「私たちの扱えない魔法だったとしても、それは確かに存在する。
もう一つの仮説を話しましょう。一年前のフゲンガルデンの事件は知っているわよね」
「・・・当然ですわ。メルゴートがフゲンガルデンで『彼の者』の復活を試みた事件ですわよね。
もっとも企ては未然に防がれたと聞いておりますわ」
ニルヴァが『彼の者』と言い換えたのは、それが口に出していうのをはばかれるものだからだろう。
ヴィヴィがそれを防いだことを言わなかったのは、彼女のプライドのためか。
「ここからは私の仮説。メルゴートは『彼の者』の復活の計画の他にもう一つの計画があった。
もっとも計画と呼べるものかどうかまでは疑問が残るけれど」
一年前に行われた魔法結社メルゴートの行った魔王復活計画。
魔法結社メルゴートはフゲンガルデンの地下深くに封印されている第三魔王復活を目論んだ。
メルゴートは伝説にある巨人と屍飢竜という兵器を使用し、フゲンガルデンに攻め込んだのだ。
ヴァロとフィアはその当事者である。
「メルゴート…」
ニルヴァはどこか寂しげに呻く。
「それじゃ、ウルヒがメルゴート掃討作戦のメンバーの一人であったことは知ってる?
「当然ですわ」
「二か月前、メルゴートから逃れてきた魔女から一冊の本を奪ったことは?」
ニルヴァは口惜しそうに口ごもる。
「名前はトーゴ詩編集第四集。由来を徹底的に調べてみたけれど
どうもその作者がわからない。トーゴ詩編集というのは第三次魔王戦争の少し前に編纂されたモノらしい
ということまではわかった。
ただしそれは三集まで。四集はどこを探しても書いた痕跡が見たらなかった。」
「詩集なのでしょう?どこか違う場所で、第三者が作ったと考えられるのではなくて?」
「その詩編集が流通していたのはノウデリカ地方のみ。
四百年前のその地では魔王戦争が勃発していた。
第三次魔王戦争時のノウデリカ地方に人の生存者がいたと思う?」
当時第四魔王の死霊の軍がその地を埋め尽くしていたという。
ニルヴァの沈黙がヴィヴィの仮説が間違いではないことを示していた。
「もう一つ、これは別の角度からの仮説。
三冊の本に書かれていたものは、暗号化された断片はある魔法の式を三つに分け、それを暗号化したもの。
一冊はメルゴートが持っていたトーゴ詩編集第四集。
二つ目はこの世界のどこかに流通しているもう一冊の書。
そして、聖都コーレス地下深くに眠る一冊の書
ウルヒはその三冊を手に入れその式を発動させた。私はこれに分割型魔法式が使われたと考えるけど、
ニルヴァ、異論はある?」
「…分割型は現在も各結社で研究されている段階の魔法式。あの本が作られたのは四百年も昔の話ですわよ。扱えるものなど…」
「人の手に余る魔法。さらに二十四ものルーン文字をつかった魔法を使った魔法式を
暗号化し、分割して保存することなんて高位の魔法使いにでもできる芸当じゃない」
「…まさかヴィヴィ、あなた四百年前に分割型魔法式がすでに実用レベルにあったと?」
「四百年前に大魔女カーナがすでに理論を考案し、実践していたという話を聞くわ」
必死にニルヴァは抗議する。そんな事実はないといわんばかりに。
その場にいるだれもがカーナの言葉が否定されるのを望んでいた。
「そんなの噂の類でしょう。いくら大魔女カーナだとしても、四百年たった今でも研究段階の代物を自在に扱えるわけが…」
「言い切れる?」
ヴィヴィの一言にニルヴァは黙る。
「四百年前、分割型魔法式を使いこなし、それを魔術書にできる可能性を持った魔法使いは、数えられるぐらいしか存在しない。
考案した当の本人大魔女カーナ。封印されている第三魔王クファトス、そして…」
「・・・第四魔王ドーラルイ」
フィアは小さくつぶやいた。
そのつぶやきにその場にいた人間たちは皆言葉を失う。
第四魔王は別名『異形の壊求者』。
自らの肉体を引き換えにしても魔法の探求を行ったのがその二つ名の由来。
一言で言えば魔法についてのエキスパート。できたとしても不思議ではない。
「あなたの仮説はすべて推測でしょう。こ、根拠もないのに信じられませんわ」
ニルヴァの声は上ずっていた。
「私もできれば信じたくなかった。あの式が発動した際に書いてあった座標が、第四魔王封印の座標だったとしても?」
「うそ・・・」
フィアが蒼白な面持ちでつぶやく。
先ほどまで口数の多かったニルヴァですら、驚愕のあまり言葉を失っている。
「私もさっき大魔女ラフェミナと通信してその座標を知ったのだけれどね。
メルゴートの魔女たちはそれが本当にできるのかどうか確証が持てなかった。
加えて一冊はこの世界のどこかにあり、もう一冊は聖都コーレスの地下深くに封印されている。
メルゴートの魔女たちはリスクが高いと判断したのでしょうね。
だから直接、フゲンガルデンの『彼の者』の復活を行うことを考え実行した」
「そ、それはあくまであなたの仮説の話でしょう?それが本当に」
ニルヴァの声にはあきらかな動揺があった。
「それはこれから答えがでるわ」
ヴィヴィの一言にニルヴァは黙るしかなかった。
ヴァロにはそれに不安を掻き立てられる。
「・・・俺にも分かるように言ってくれ」
魔法の使えないヴァロにも話の流れは大体分かった。
ただし、それを頭が理解することを必死で拒絶している。
そんなことがあってはならない。それはあくまでおとぎ話の話だ。
自分の知らない遠く過去の話のはずだ。
「第四魔王がこの地に帰還する」
ヴィヴィが言い終わると同時に、壊れた女神の像の頭上に、腕のようなものがゆっくりと出現する。
その異様な光景はそこにいる者たちの視線を釘付けにした。
みるみるうちにその体がその場に現れていく。
―――そして、第四魔王が現世に帰還した。




