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聖都事変 時計台が止まるとき  作者: 上総海椰
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4-3 『紅』の決断

深夜遅くに教会守護兵の尋問から解放され、部屋に戻ってたヴァロを待ち受けていたのは驚愕の事実だった。

ウルヒが部屋にやってきてクーディス子爵から借りた本を奪っていったこと、

そして、ウルヒが子爵殺しを自白こと。

ウルヒの行動はどれも『狩人』としての行動から逸脱したものだ。

フィアから聞かされた話の内容はどれも信じがたいものであったが、

宿の壁には短剣が刺さっていることが、事実であったということを示していた。

「肝心な時にそばにいてやれなくてごめんな」

ヴァロは頭をなでながら、なだめるように声をかける。

部屋に入るなり、抱き着いてきて離れようとしない。

ヴァロはそれをただ怖かったのだと解釈していた。

「ヴァロのほうこそは大丈夫だった?何かひどいことされてない?」

胸元から覗き込むようにフィア。

「大丈夫だ。ま、少しごたごたしたけどな」

ヴァロは笑ってごまかした。

夜遅くまで尋問を受けていたのが本当のところだ。

聖都守護兵は高圧的な態度でヴァロの話は聞かずに、子爵を殺したという証言のみを引き出そうとした。

もちろんヴァロも黙っていない。何度も何度も身の潔白を訴えたが、言葉を聞き入れてもらえなかった。

カティの口添えがなければ、ヴァロ自身も数日は拘束されていただろう。

ただそんなことを言うと、フィアが本気で心配するのでヴァロはあえて黙った。

「にわかには信じられないが…」

フィアと対峙したのは明らかに個人的な行動だろう。

目的は例の書物。

二か月前の事件の時も書物を彼は欲した。嫌な胸騒ぎがヴァロの中で膨らんでいく。

あの人の目的は一体何なのか。

その書には何が書かれているのか。

「ヴァロ、ヴィヴィと連絡をとる手段は持ってるわよね」

フゲンガルデンを出るときに、非常用に持たされていたものだ。

「あることにはあるが…」

ヴァロは内ポケットにしまっていた何かを取り出した。

黒く四角いもので中には高密度の魔法式が組み込まれているという。

以前は鳥のカタチに似せたものを渡されたが、今回は小さい箱のようなものをわたされた。

長距離の通信はあれでは難しいということらしい。

ヴィヴィからは無くさないように何度も念を押されている。

「ヴィヴィからは魔器と聞いてる。ここの結界の中で使うのは困難じゃないのか?」

今現在ヴァロは子爵殺害の容疑をかけられている。

窓の外には見張りがいる。今すぐに聖都の城壁の外に出ることは困難だと言っていい。

「この石を使う」

フィアは懐からニルヴァからもらった青色の石を取り出した。

「まて、それは使っちゃいけないんじゃなかったのか?」

フィアの思い切った行動にヴァロは少したじろいだ。

「今使わないでいつ使うというの?」

「明日、いったん聖都を出てからでも遅くはないんじゃないのか?」

「明日じゃいけない。今ここで使わないと取り返しのつかないことになるような気がする」

フィアの顔はいつになく真剣だった。

どうやら胸騒ぎを感じていたのはヴァロだけではないようだ。

「わかった。フィアの言葉に従うよ」

ヴァロはフィアにその魔器を手渡した。

「聖都にかけられた結界よ、その力の一端を解きほぐせ」

フィアの言葉に呼応するかのように、石から青白い光の文字が溢れ出す。

それは一瞬にして部屋中を埋め尽くした。

「すごいな…」

聖都コーレスの結界のキーストーン、フィアがニルヴァから緊急用に手渡されたもの。

一時的に結界を無効化する場を作るという。

フィアの手にした魔器がぼんやりとした魔力の光を灯す。

「ヴィヴィ、応答して」

フィアの声に間をおいてヴィヴィが応える。

「…なに?こんな時間に緊急の回線使って連絡とか、ただ事じゃないわね」

その反応はヴァロの予想に反したものだった。

どうやらこちらの事情は察してくれたようだ。

ヴァロはざっくりと今までの経緯を説明した。

「…それでその本に書かれていた式についてフィアは何か感じた?」

「魔術書そのものの魔力の蓄積量は少ないため、危険性は低いと思いました、

ただ、式の断片を見る限りあれは素人が作ったものとは思えません。

符牒の中にしっかりとした法則性が垣間見えました。

相当魔法に精通した人間が残したものの可能性が高いかと」

「…初見でそこまで分析できるのならばたいしたものだわ。他に気づいたこととかは?」

「よくわかりませんが…二十のルーン文字のほかに四つのルーン文字らしきものが使われていました。

初めは何かの符牒かと…」

「『三次』が?…嘘でしょ…。だとするとあの時代…使い手として考えられるのは…。

いや、でもまさか…。でも地理的にも…」

魔器越しにヴィヴィの動揺が伝わってくる。

「ヴィヴィ、『三次』というのは?」

フィアがヴィヴィに問いかける。

「その質問はすべてが終わってから答えてあげる。今はウルヒの捕縛に専念して」

通信機越しにも緊張が伝わってくる。

そう約一年ぶりに見せる聖堂回境師としての彼女のもう一つの顔。

「フィア、至急ニルヴァに会って結界を使ってウルヒの居場所を特定してもらって」

そこの結界をすべて掌握しているのはニルヴァ。彼女の協力なくして『狩人』を捕縛できるとは思えない。

まして相手は狩人の上位にいる怪物。

その力量の一端をヴァロは前回の魔女の捕縛の件で目の当たりにしている。

あの男は一人の『狩人』を短時間で殺さずに戦闘不能にして見せた。

言い換えるのならば、殺さないほどの力量の差があるということだ。

まともにぶつかったところで、新米の『狩人』であるヴァロ、そして魔女であるフィアに勝ち目はない。

「協力していただけるでしょうか?」

「私がそう命じたといえば動いてくれるわ。いやいやだろうけど。

あなたは聖堂回境師として職務を全うしなさい」

「はい」

フィアははっきりとした声でそれに応えた。

「ヴァロはフィアをニルヴァのもとに送り届けた後、

ここの『狩人』に連絡を取り、力を貸してもらって。

聖都守護兵を総動員してもいい、ありったけの兵力をウルヒ捕縛に集中させて。

相手は『狩人』。一筋縄ではいかない。

もっともそれはあなたが一番よくわかっているでしょう?」

ヴィヴィに言われるとおりだ。

前回の魔女の捕縛の一件で改めてヴァロは『狩人』の怖さを思い知らされていた。

正直なところフィアとヴァロの二人であの男と対峙して捕縛できる自信はない。

「通信できるのもそろそろ限界か…

とりあえず通信は私が魔力の有効圏内に入ったらつながるはずだから、離さずに持っておくこと」

「…ちょっとまて、ここからフゲンガルデンまでどのぐらい離れてると思ってるんだ?」

会話通りなら、ヴィヴィはこちらに来るつもりでいる。

ヴァロたちが五日かかった行程である。

ヴィヴィの言葉でなければ冗談だと笑ってすませているところだ。

「私にも奥の手はいくつかある。禁じ手であまり気のりはしないけれど、この場合仕方がない」

いつもは陽気に冗談ばかり言っている彼女とはまた違った覚悟を決めた様子。

それは通信機越しでも感じ取れた。

「そこまでの事態なのか?」

ようやくヴァロも事態の重大さが理解でき始めてきた。

「おそらく私の考えうる、最悪の状況。ウルヒが子爵を殺したことを隠さないってことはすでに…」

ウルヒの中で企ては済んでいるのだろう。その読みはここにいる三人の共通の認識らしい。

ならヴィヴィはこの先どうなるとふんでいるのか。

すぐさまこの地の聖堂回境師に頼めという。それだけ状況は悪いということだ。

「最後に一つだけ、一つだけでいい答えてくれ」

「何?」

「もしあんたの読み通りだったら…どうなる?」

ヴァロはいまいち置かれている状況が読めない。かといってこの場で説明してもらえる時間はないし、

一般人にすぎないヴァロが説明を理解できるとも思えない。

ただ、覚悟を決めるためにも、ヴィヴィの口からそれを聞いておかなくてはならなかった。

ヴィヴィは少し間をおいて答える。

「聖都がこの地上から消滅する」

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