3-4 事件の始まり
「ヴァロそこ触らないで」
いきなりのフィアの声にヴァロはたじろぐ。
二人は子爵のコレクションの保管庫にいた。
あまり大きな部屋ではないが、その部屋には魔法道具や本が所狭しと並んでいた。
かなりの量があるが、この作業はヴァロではできないのでフィアにまかせるしかない。
「あ、すまない」
「ヴァロが触ると破損する可能性があるものもある。あまり触わろうとしないで」
それを聞いてヴァロは反射的に手を引っ込めた。
フィアから魔道具の価値の高さは何度も聞いている。
ましてここにあるものは子爵のコレクション。どれほど高価なものが埋まっているかわからない。
自身の稼ぎの数年分一瞬で吹き飛ぶのはごめんである。
「何か手伝えることはないか?」
「それじゃ、ここにある本を棚に戻してくれる?」
フィアは脇に無造作に置いてある本の塊を指さした。
ヴァロは言われるがままに本を手に取り、棚に戻し始めた。
「その本はいいのか?」
ヴァロはフィアの脇の棚にある一冊の本を指さす。
「これはもう少し調べてみたいから置いといて」
かなり古ぼけた本のようで、表紙からはタイトルが読めない。
ヴァロではその価値がわからないのでそのままにしておく。
「ずいぶん手馴れているな」
「そうかな?このぐらい普通だと思うけど?
しかし一介のコレクターがよくここまで集められたものだわ」
あきれたような言葉をフィアが発する。
「ガラクタの山にしか見えないんだが…」
「ばらつきはあるけれど、モノとして決して悪くはない。
魔器に該当するモノはないし。あの子爵の魔道具に関しての見る目は確かだわ」
妙な人形を片手にフィアがつぶやくように言う。
「・・・さっきの剣から火がでたぞ」
ヴァロが仕事中のフィアに尋ねる。
「火つけ石の代わりに使えるぐらいのものよ?
留めておく魔力の量もかなり少ないし、使っていればすぐに底をつく。
教会も、ニルヴァさんもそれを分かってるから所持を黙認してるんでしょうね」
フィアは手際よく一つ一つ本をチェックしている。
「ひょっとして俺の剣にも魔法をかけられるのか」
目を輝かせながらヴァロがフィアに聞く。フィアはそれを聞いて、本をチェックしていた手を止めた。
「それは無理よ。ヴァロの剣はどういう原理なのか分からないけど、魔力の類を一切受け付けないから」
二年前の事件の際に師から託された剣。
どういう原理か分からないが、魔力の干渉を受けないという。
「残念だ」
「私たちからすれば、ヴァロの持ってる剣のほうが貴重なのよ。
魔法を受け付けないってことは、魔力で作られた媒介に影響を受けずに、直接干渉することができるともいえる。
狩人が所持するならば、これ以上ないぐらいの武器よ」
子供をなだめるようにフィアが言ってくる。
そう、屍飢竜に刃が届いたのもこの剣のその特性があったためである
あとで聞いた話だが、屍飢竜の体内は取り込んだものを溶かしてしまうという。
それは剣などの金属も同様らしかった。
あの場所でこの剣がなければ屍飢竜を倒すことは困難だっただろう。
「・・・魔剣使いはほぼ半永久的に使えると聞いたことがあるぞ」
魔剣は持ち主を選ぶという条件はあるものの、
ミランダ等の持つ魔剣は連続使用にこそ制限があるが、
半永久的に使えるらしい。ヴァロは訓練生時代に本人から聞いたことがある。
「…魔剣、聖剣等の類はヴァロは望まないほうがいい。あれは…多分…」
フィアの表情に険しさが現れ、言葉を濁す。
そういえば三か月前にミランダが持っていた魔剣を見せてもらっていたのを思い出す。
彼女なりに何かを感じ取ったのかもしれない。
「フィアがそこまで言うのなら…。けどどうにかならないもんかな?」
いつになく食いついてくるヴァロにフィアは作業の手を止めて向き合う。
「わかった。ヴァロには後で私が何か作ってあげる。
魔器には及ばないと思うけれど、それでいい?」
「本当か」
ヴァロは子供のように目を輝かせてフィアをみた。
「試してみたい技法とかあるのよ。もっともまだ構想の段階だけれど。
少し時間はかかっちゃうかもしれない、それでもいいなら…」
「ああ。フィアに任せるよ」
それからフィアはしばらく黙々と作業を続けていた。
一息ついたのを見計らいヴァロはフィアに声をかけてみる。
「どんな感じだ?」
「うーん、めぼしいものはその魔術書ぐらいかな。
何の魔法か分からないけど、式の一部が書かれてる」
フィアの脇には一冊の本が置かれていた。
先ほど戻さなくてもいいといわれていた本だ。
「魔術書?」
「魔法を構成するには式が必要でしょう?
魔法の式を構成する補助をするものを私たちは総称して魔術書と呼んでいるの。
たとえるなら水車ね。水は魔力で水車はその本。
その本に魔力を流せば何らかの魔法式が発動する仕組みになってる。
回数制限もあるし、それほど大がかりな魔法式を構成できないため、
その方法はかなり昔に廃たれてしまったけれど」
「具体的にどういう魔法が書いてあるんだ?」
ヴァロの一言にフィアは考え込むそぶりを見せた。
「うーん、解読してみないことにはちょっと…」
「…まさかこの屋敷が吹っ飛ぶとかないよな?」
「その点は大丈夫。式の長さ、本の魔力量から推測するに大掛かりな式ではない。
けれどかなり複雑な暗号ね。解読するのにかなり時間がかかりそう」
言葉とは対称的にフィアは子供がおもちゃを見つけた時のような目をしていた。
おそるおそるヴァロはその本を手にしてみる。
古い本だ。四隅は擦り切れていて、題は外からでは読めない。
本を開くと、かなり昔の文字で『動物と動力』と書かれていた。
魔術書らしいがヴァロの知識では判別のしようがない。
「私の用は済んだ。他には…特になさそうね」
フィアは立ち上がり、周囲を見渡す。
「行きましょ、ヴァロ」
ヴァロたちは倉庫から出ると、子爵にあいさつに広間に戻った。
子爵は書類に目を通していたが、ヴァロたちに気づくと書類を仕舞い、ヴァロたちに近づいてくる。
「フィアさん終わりましたか?」
「拝見させていただき、感謝します。かなりのコレクションですね。大事にしてください」
フィアの言葉に子爵の表情がほころぶ。
専門家に褒められ、子爵も上機嫌になったようだ。
「これはほんの謝礼です」
子爵の手には皮袋が握られていた。
皮袋の隙間から金貨が見える。かなりの額だ。
「謝礼はいりません。今回私が来たのは、どんな魔法道具を持っているのかの確認もかねています。
それをいただいてしまうと、あとで問題になることもありますので」
フィアは柔和な態度で断った。
「それではこちらの気がすみません」
「…それでは代わりといってはなんですが、この本を二三日お借りしたいのですが、よろしいですか」
フィアは右手に持った本を子爵に見せる。
「その本は二三日前に購入したものですが、
他ならぬフィアさんの頼みなら断るわけはいきませんな」
「ありがとうございます。二三日中にはお返しに来ます」
フィアは一礼し、感謝の意を告げた。
子爵は屋敷を出るまで手を振ってくれていた。相当感謝されているのだろう。
それが二人が子爵を見た最後になった。
その夜、ヴァロは子爵殺害の容疑で拘束されることになる。




