3-3 会食
子爵の用意した食事は贅を凝らしたものだった。
フィアは食後に出たアップルパイがいたく気に入ったようで、自然と表情が緩む。
ヴァロは子爵の体型が少し納得がいった。
「満足いただけましたか?」
「おいし…とても満足しました。
フィアは緩んでいた表情を引き締めた。ヴァロは笑いをどうにか抑える。
「今回の式典はご存じのとおり、第四魔王ドーラルイ討伐の四百年を祝うものだとか。
魔王の存在を疑うわけではありませんが、最期に魔王と教会が認めたものが現れたのが五十年前。
五十年前といえば私が物心つく前。すでに人々の間では魔王という存在は伝説の領域になっていますよ」
五十年前といえば二人はこの世に存在していない。
一年前の事件がなければ、狩人に在籍しているヴァロでも魔王は信じられなかったかもしれない。
まして一般人ならばなおさらであろう。
それだけ現在が平和であることの証ではあるのだろうが。
「そうそう、エニーサ記念館では魔王のゆかりの品もいくつか展示されるそうですよ。
今回は一般の方にも幅広く公開されると聞きます。教会側も現体制の維持に必死なのでしょう」
「初耳です」
「私にはこういった話しか知ることができません。
最近購入した魔術書も購入したものの全く理解できませんでしたよ」
「魔術書?」
フィアの表情がピクリと動く。
「しかし魔術書とは何がなんだか分からないことばかり書いてありますね。
興味本位に何冊か購入したのですが、私には何が書いてあるかすらまったくわかりません。
これでは本物かどうかすらわからない」
その子爵の問いにフィアは微笑んで答える。
「それは符牒を用いて記述されているからです。魔法、魔術を扱う者は自らの研究を人に明かそうとしません。
弟子はおろか肉親にも。それは研究が人に知られれば、研究成果そのものを他人に盗み取られてしまうこともあるためです」
また魔術が弾圧された時代もあり、魔術書であることが分からないようにと
符牒を使わなければならなかった時代があったのも、その秘匿性に拍車をかけました。
現存しているものの大部分は符牒の使われている魔術書です」
ヴァロは眉間にしわをよせながら、その言葉を聞いていた。
以前ヴァロが料理の本と勘違いして読んだところその本は実は魔術書で、ヴィヴィに大爆笑されたことがある。
今でもたまにそのときのことをからかわれる。
「では魔術と魔法の違いとはなんなのですか?本によってその描かれていることが異なっているため
どうもはっきりとは分からんのです」
魔術の本というのは高額で取引される場合もあり、もっともらしいでまかせを記述している偽物も多いと聞く。
「わかりました、昼食をご馳走していただいたお礼もあります。
少し魔法についてお話ししましょう」
「おおまかに言うと魔術と魔法の原理は同じものです。両方ともルーン文字の式に魔力を注ぐことにより
世界に奇跡を引き起こします。
その点においてこの二つのものは同一のものといえるでしょう。
異なるのは物理的な媒介をもちいるかどうか」
「式ですか。それはどんなモノなのでしょう?」
「うーん、実際に見てもらったほうが早いですね」
フィアの手の上にルーン文字で描かれた光の式が現れる。
魔法の火が蝶の形をとり、部屋中を飛び回る。
部屋を一回りするとその蝶はすっと消え去った。
「これはこれは!!!」
子爵は目を見開いて、感嘆の声を上げた。初めて見る人間には衝撃的だろう。
ヴァロも初めて魔法を見せられたとき驚いたのを覚えている。
「この通りルーン式の配置で、複雑な命令をさせることができます」
「あ、あの、私にも魔法はつかえますかね」
子爵はおずおずと聞いてくる。
フィアはこの手の質問は以前ミランダから受けている。
魔法の使えないものにとって、魔法を使えるということは羨むべきことだ。
「使えますよ」
「本当ですか!?」
子爵の表情は驚愕し立ち上がった。
「そよ風をおこすぐらいなら」
「そよ風…ですか…」
子爵はその言葉に打ちのめされたように椅子に座りこむ。
「断っておきますが、常人と私たちとでは、魔力の総量があまりに異なります。
たいていの人は自身に多くの魔力を蓄えることができません。
たとえばこのコップ一杯の水をあなた方一般人の蓄えられる魔力とするなら、
私たち魔法使いの扱える魔力はそこの窓から見える池の水といったところでしょうか」
「・・・」
「加えて魔力というものは抵抗力のない人間にとっては毒のようなものです。
強い魔法ほどたくさんの魔力を必要とします。そのため、人間には使える魔法がおのずと限定されます。
加えて魔法を修得するには時間がかかります。常人が魔法を行使できるようになるためには
最低でも十年の歳月が必要になります」
「十年!!!」
子爵は驚きの声を上げた。
「ですが、あなたはどう見ても十代前半に見える。その若さでどうしてそれほどまで
魔法を自在に使うことができるのですか」
「私たちは生まれ持った血筋のため、常人よりもその過程が人よりも少し早いだけです」
「…血筋ですか」
「一般の人間が魔法を使おうというのなら、さらに三十年研鑽をつまねばなりせん」
「・・・そうですか。やはり私には魔法を使うことは難しいということですね。
はは、これで私もあきらめがつきました」
子爵はどこかさっぱりとした表情だ。
フィアは経験上、魔法について聞かれた際には隠し事をしないほうがいいと分かってるのだろう。
「ただ、こういった魔道具なら使うことができます」
「いろいろありがとうございました。私に何かできることがあれば、なんなりとおっしゃってください」
「・・・そうですね。でしたら、子爵の秘蔵のコレクションを拝見させていただけないでしょうか」
フィアとクーディス子爵は互いに視線を合わせる。
聖堂回境師という立場上、もし危険なものがあれば没収されてしまうこともある。
それを含めての彼女の頼みでもある。
「…わかりました。他ならぬフィアさんの頼みです」
クーディス子爵は少し考えた後、頷いた。




