プロローグ
目の前に広がる光景は地獄そのものだ。
彼女は壁に寄りかかりながらその光景を眺めていた。
燃え盛る炎は視界一面に広がっている。
もうじきこの場所も火に包まれるだろう。
自分たちが積み上げてきたものが燃えていくさまをみて不思議と何の感慨も浮かなかった。
もう自分自身、それを受け入れているのかもしれない。
「この体もそう長くはないか…」
不思議と頭は冷静だった。
腹部からは血がとり止めもなく流れている。
体が急速に力を失っていくのがわかる。
先ほど殺した『狩人』から受けた傷だ。
数体の同胞の死体が横には転がっていた。
どれもこれもみんな見知った顔ばかりだ。
彼女は一番近くの死体に手を伸ばす。
この子はたしかいつも授業のたびにドジを踏んで私に怒られていた子だ。
開いたままの瞳を右手でそっと閉ざす。
不意に一人の少女の姿が重なる。
サフェリナ様の遺児…名前はフィアといった。
とてつもない才能を有しており、その才能ゆえに上位層からは恐れられ、幼いながら封印を施された。
私は反対したが、周囲の人間がそれを許さなかった。
そして、彼女は呪いを施され、一つの兵器として南の地で果てるはずだった。
だが話を聞くとことによると南の地で呪いの発動が確認できないという。
あの子はどうやら無事なのだろう。
私にとって、その事実だけが救いだった。
自分たちの弱さゆえに、彼女にはつらく当たることしかできなかった。
ただ未来を担う者として、ふさわしい教育は施したつもりだ。
最後に捨てられると知らされた彼女の表情がずっと瞼にこびりついている。
許してくれとは言わない。
私は…あの子よりも、大切な恩人の遺児よりも親友の願いをとったのだ。
たとえ鬼畜に落ちようとも、私は…。
私達はどこで間違えたのだろうか。
思い出されるのは彼女と彼女の姉と三人で一緒に遊んだ記憶。
あのころに戻りたかった。
ずっとそれだけを願ってきた。
サフェリナ様が亡くなってからもずっと。
繊細な親友には結社の長としての役割は重すぎたのだ。
壊れていく親友を見ていくことしかできない自分がただ歯がゆかった。
親友がその形見の子を兵器として使うといった時には反対したが、
自分にはどうすることもできなかった。
彼女の姉がいてくれれば、どれだけ助かっただろうかと思う。
責めることはできない。
彼女の姉は妹を第一に考え、あの選択をしたのだ。
責められるべきは一番近くにいながら気づいてやれなかった自身の愚かさだ。
いつもそう。大切なものは失ってから初めて気づくのだ。
「失い続けるだけの人生だったな」
宙を見上げ、自嘲した。
私の最後の意思は、願いは一人の教え子のバックに紛れ込ませておいた。
実力、能力ともにこの場から切り抜ける確率が最も高いだろう。
「二番煎じになるが、ないよりはマシか」
彼女が生き延びるとは限らない。気づいてくれるとは限らない。あれがそろえられるとも限らない。
それが実行される確率は極めて低い。
奇跡といっても過言ではない。だが、ないよりはましだ。
「ルべリア、あんたの願いは叶ったの?」
薄れゆく意識の中、愛しい親友の名前を口にする。
そして意識がゆっくりと闇に覆われていった。