3話
叢雲を伴い〈神域〉を進むと、徐々に周囲を照らす光が暗くなってくる。これはこの付近の『穢れ』が、先ほどまで居た通路よりも濃いからだ。
区画の浄化率は全体的に見ての浄化率であり、区画要所要所で穢れが濃い場所などがある。このように穢れが濃い場所はモンスターの発生源と成っている場合があり、発生源を浄化することで浄化率が変動するわけだ。
〈神域〉を徘徊するモンスターを倒すだけでは余り浄化は進まない。――なので、浄化作業を始めてから一週間ほどは、殆ど浄化率に変化はなかった。
須世理さんからの説明では、このような発生源のことを〈穢点〉と呼び浄化作業においての重要地点とされているそうだ。
この〈破壊神域〉南第三区画における〈穢点〉は三箇所あり、内二箇所はすでに浄化してある。なので最後の〈穢点〉であるこの場所に来たわけだけど……他の二箇所に比べ周囲を照らす光が暗い。それだけ穢れて居るわけだけど……やっぱり、〈穢点〉からモンスターが姿を現したよ。
「3体、人型2体に獣型1匹……ボスは居ないな。なら、この場は君が対処するようにね」
現れたモンスターを遠目に叢雲が指示を出してくる。まあ、昨日までは僕が一人で孤独に浄化作業して訳だし、モンスター三体のパーティーとだって戦ったことはあるさ。ああ、トラウマになっているけど戦ったことはある……負けたけどさ。
「エーッと、本日はここで撤退と「ダメだ」……イエス・マム、了解です」
戦術的撤退を提案しようとしたが、名誉の進軍を命じられたので泣く泣くモンスターと対峙することにした。
直剣を青眼に構え近づいてくるモンスターを観察すると、人型のモンスターは『小鬼族』でボロボロの皮鎧に錆の浮いた片手剣で武装している。2体とも同じような装備で違いは一本角と三本角である事だが、鬼族は角の数で強さが変わるらしいので三本角のゴブリンがこのパーティーのリーダーなのだろう。最後に獣型のモンスターは魔狼だ……この魔狼は体毛が灰色なので普通の魔狼だろう。
ゴブリン達はその魔狼を遊撃として、2体が前衛として僕の方に向かってくる。通路が狭いとはいえ、ゴブリンが2体なら十分同時に攻撃できるだろう。僕としては2体同時に相手するのはいやなので、腰の後ろに装備してたナイフを一本角の足下に向かって投擲し、そのナイフの後を追うように疾走し間合いを詰める。
ゴブリン達は、僕が投げたナイフと近づいてくる僕に反応し相反した行動を取った。一本角は自分に向かって飛来するナイフを軽やかなステップで避け一歩下がり、三本角は逆に、僕に向かって突出してくる。この状況は僕が望んだ状況なので、ペロリと唇を舐め直剣を突進してくる三本角目がけて横薙ぎに振るう。結果、僕が振るった直剣は三本角の持つ片手剣に防がれた。
「チッ……計算内だってのッ」
僕は片手剣で防がれた直剣を防がれた反動を利用して切り返し上段に構えた。そんな僕と比べ、ゴブリンは攻撃を弾いた反動に耐えられず体勢を崩している。僕はその三本角の頭頂部に上段から直剣を振り下ろした……僕の体勢も不安定だが、たたらを踏んでいるゴブリンに比べればマシである。なので、軸足の踏ん張りに全てを掛けて振り下ろした直剣は、その重さとなまくらさで三本角の頭部を粉砕したみせた。
何か色々飛び散ってグロくなったが、僕はその場からバックステップで後退し一本角との間合いを取る。一本角は三本角が沈んだからか、僕の隙を狙ったりせず威嚇の唸り声を上げるだけだったが、遊撃の魔狼は壁を蹴って僕に襲いかかってきた。
その立体的な動きに一瞬対応が遅れたが、攻撃を受けるのが確定なら逆に恐れず一歩踏み出しその動作で飛びかかってきた魔狼に直剣を突き出した。
攻撃は最大の防御……そう思いつつ、迫り来る魔狼の顎に目の前が真っ赤に染まる錯覚を覚えつつ、僕は魔狼の獰猛なまでに開ききった顎の中に直剣の切っ先を突き込む。
「アアアアアーーーッ……ッうぐ」
狙った通り直剣は魔狼の口内から頭に向かって突き刺さり魔狼の命を奪ったが、体長一メートル以上もある魔狼の空中突進は、その勢いもプラスして僕の身体に大きな衝撃と伸ばされた両前足の爪撃を加えた。衝撃は空中から叩きつけられるものであり、その衝撃を逃がすことが出来ず全て剣を持つ両腕に大きな負荷を掛ける。その負荷に更なる爪撃が加わり僕の両腕は血塗れになった。
腕の傷故に剣を持って居ることが出来ず、魔狼の頭を貫通した直剣を手放しフラフラと二歩後退したところに、一本角ゴブリンが追撃を加えるべく片手剣を振り上げて奇声と共に走り寄ってくる。
「……クソ、やられるかよッ」
両腕は痺れていたが動かない訳じゃ無い、ましてやゴブリンは僕の腰程度の身長……僕には生前よりも長い足がある。無抵抗でやられる気はない……「オオオオッ」と気合いを入れたら、背後から黒影が飛び出し、迫り来るゴブリンの首を小刀で切り飛ばした。
「40点……三本角を倒した時に後退せず、そのまま一本角も倒しておけば状況は変わっていたぞ。一対一で戦っている訳じゃ無いんだから周囲の状況は常に把握する事」
「イエス・マム……タスカリマシタ」
助けてくれるのならもっと速く介入してください……そう思ったけど、それは口に出さず極度の集中で疲労した僕は腰が抜けたように座り込んでしまった。『叱責されるか?』と思わず叢雲の視線を送ったら、座り込む僕に苦笑を見せ「しばらく休憩……傷の手当てをする」と僕の両腕の状態を視てくれた。
「もう傷口が治癒し始めているな。取りあえず血を落としておくか」
両腕の傷を視た叢雲が、どこからともなく取り出した水筒の水で傷口を洗い。包帯を巻いてくれて治療は終了。水筒に残った水を一口飲んでから僕に水筒を渡してくれた。一瞬、何とも言えない気恥ずかしさを感じたが僕は水筒に口を付けた。
しばらくの間沈黙が訪れたが、叢雲が周囲を見渡し「七爪京、浄化率は変動しているかい?」と問いかけてきた。どうやら、休憩している間に周囲の光量が増してきたようだ。これは、先ほどのモンスターを討伐したことで浄化された結果だろう。
すでに亜種の魔狼を倒しているし、浄化率が大きく上がっているのかも知れないね。僕の予定では、〈穢点〉の周辺を探索しつつ湧いてくるモンスターをチマチマと討伐して浄化率を上げつつ、〈穢点〉を守るボスを討伐するつもりだったが、叢雲は時間を掛けてこの区画を浄化するのではなく、このまま一気に浄化しようとしているのかも知れない。
「エーッと、浄化率は約90%に向上しているね」
正確には87%だね。この〈穢点〉以外に二つの〈穢点〉を浄化したことはあるけど、ポイントボスとして現れたモンスターは亜種のゴブリンと魔狼(亜種かどうか不明だが巨躯)だった。
区画の最奥であるこの〈穢点〉は本当の意味で、この区画のボスが居ると思う。ならば、そう簡単に倒せる相手ではないと思うのだが……〈穢点〉の中では周囲を満たす穢れの濃度によってエリア内のモンスターを強化するらしいし、現状の濃度ならどの程度ボスが強化されるのか分からない。浄化作業の経験が圧倒的に不足しているから……取りあえず、覚悟を決めることにした。最悪、ボスの種族と強さを確かめるだけでも、次の浄化作業の助けになるはずだしね~。
「そうかい。その浄化率なら、これ以上モンスターが湧くことはないと思う。さっさと浄化して帰るとしよう」
エー……これ以上モンスター湧かないのか。そうなるとチマチマ作戦は出来ないって事か?
そうなってくるとボス討伐をするしかないね。叢雲からボス討伐について言質も取られているし、おふざけ無しでボス討伐について考えるなら挑戦するのも経験だと思う。ここで戦って勝てないのなら、もう少し自身を強化するしかないだろうし、勝てば南第三区画の浄化が完了し、僕もようやく『権能』を扱えるようになる。そうなれば、浄化作業の効率は良くなる。
挑戦せずに帰るなんて初めから選択肢にはないッと事さ。
僕はボス戦についての覚悟を再度固め、灰化したモンスターの骸に突き刺さったままの直剣を回収した。そんな僕の動きに反応して、ゴブリンに向けて投擲したナイフを拾い叢雲は、「はいこれ……ボス戦は手助けしないから」と注意を促してくる。先ほどの戦闘で介入したから、次も介入すると僕が思っているのではないかと思い、口にした注意なのだろうが僕からしたら蛇足に過ぎた。
「イエス・マム、了解しています」
不敵かどうかはなはだ疑問だが、取りあえず笑って見せた……その程度の余裕はあると見栄を張っただけだけどね~。
読んで頂きありがとうございます。