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1話

本日一話目~

 肌寒い、だけどそれがこの場の神聖さを際立たせている。

「……身も心も引き締まる空気。息をするだけで満たされてくる」


 これが聖域ってものなのかも知れない。――そんな事を思いながら、僕は冥府殿の回廊を進む。自然と背筋を正し足音を殺す。不作法な行為はこの場では不要さ。そう思いつつ、現状について思考する。


 僕が冥府殿で目覚めてから早一ヶ月、与えられた仕事は一つだけだが進捗状況は一進一退……ままならないものだね~。思わず漏れそうになった溜息を飲み込みつつ、回廊を進む足取りを鈍らせた。


 別に仕事の進捗状況が悪いからと注意を受けることはないだろう。凡人にしか過ぎない僕が、冥府殿の仕事に手間取るのは当たり前、そう分かっていても居たたまれないのは生来の生真面目さ故か?

 進む足取りが鈍ろうが、真っ直ぐにしか進めない回廊は終端に近づく。


「あら、京君おはようー」

「はい。おはようございます須世理さん」


 回廊の先にあったのは『どれだけハイテクなんだよ~』と突っ込みを入れたくなるほど、僕の知識では理解できない技術で作られたエントランスホールだった。

 まあ、この冥府殿の玄関だ。魂の循環……所謂『輪廻』システムを統括する冥府のメインシステムとアクセスできる場所である。


 そのエントランスホームの奥に設えられたカウンターからエントランスに入ってきた僕を見つけ、こっちこっちと手招きしている黒髪ショートの眼鏡美女が須世理さんだ。


「これから〈神域ダンジョン〉の浄化作業かしら?」

「ええ。中々進まなくて……」


 少し垂れた目を縁なし眼鏡で強調した柔和な美女である須世理さんは、冥府殿の主である『須佐之王ハーデス』様のご息女だ。何故彼女が冥府殿の受付嬢をしているのか分からないが、色々と世話を焼いてくれる良い人(女神)だ。

 黒を基調としたスーツが包み込む肢体はメリハリの利いた素晴らしいもので、一度枯れてしまったはずの僕に若かりし頃の情熱を思い起こさせる。

 ああ、全く、素晴らしい~。


「こら、女性をジッと見つめないのッ! エッチだよ京君」

「はい。申し訳ございません」


 メッと怒る須世理さんに頭を下げつつ、どうしてこの方は僕に対して気安いんだろう?

 そんなことを考えて居たら、須世理さんが「エーッと京君の担当〈神域〉の浄化状況はどうなっているかしら?」と何やらカウンターに設えられた機器を弄る。


 現代日本で天寿を全うした僕だが、冥府殿内の機器はハイテクすぎてよく分からない。音声入力可能なので、取りあえず生活には支障はないがまともに対応出来る様になるかは疑問だった。


「エーッと、第一階層南第三区画の浄化作業中……ね。浄化率八〇パーセント、作業開始一ヶ月でこれなら中々の進捗状況ね」


 まあ須世理さんならそう判断してくれるのだろうけど、他の人達はそう思ってはくれない。元々のベースが凡人である僕と、英雄とか呼ばれていた人達とでは初期能力が違いすぎる。――口にすると愚痴にしか成らないので黙るが、須佐之王様はどうして僕にこの仕事を斡旋したのやら……まあ、借金返済のためだ。やれることを遣ろうと思う。


「どうしたの京君? もうすぐ南第三区画の浄化が終わるわ。そうしたら『権能けんのう』を使えるようになるのよ? 今はまだ〈神域〉から神力の供給は無いけど、一区画でも浄化できればその浄化された〈神域〉で京君用の神力が精製されるようになるわ。権能……そうね、京君が住んでいた第三世界では魔法? かしら、その魔法が使えるようになるのよ。嬉しくないの?」


「マジですか? 初耳ですがッ!」

 いきなりテンションが上がってしまった。権能ですか……ウハハハ。権能ってマジ?


「あらあら、嬉しそうね。知らなかったの?」

「はい。まあ、権能については知ってましたが、僕自身が使えるようになるなんて知らなかったですよ」

「そうだったの? 父様が説明していると思ったんだけど……父様からどういった説明を受けているの京君?」


 ん? 説明ですか? まあ、あの時のことは忘れられない記憶だけど説明するとなると……そうだね。こんな感じかな?


「輪廻システムのバグで、本来僕が一生涯で消費する『幸運ラック』を大幅に上回り消費してしまったため、その過剰消費分を借金として換算し、その借金を返済するまで冥府殿で仕事をすることになりました。その仕事が〈神域〉の浄化作業だと聞いていますよ」


 本来、システムのバクなら僕に罪はないのだが、消費してしまった幸運の桁が日本円で換算すると億を超え兆を超えて『京』に至ったらしい。なので僕の名前は京らしい……ッと思考がブレた。


 取りあえず消費してしまった幸運が多すぎて僕の魂そのものが変質してしまいそのまま輪廻の輪に乗せられなくなったらしい。その為、凡人なのに神界の住人にならざるを得なくなったとか……ついでに消費した幸運を返済するように命じられた。


 僕の感覚では非常に理不尽だと思う。僕の生きた人生は平凡だった。波のない常に平凡な人生だった。誰かに羨ましがられるような要素は何も無かった人生だった。あの人生にどう幸運が絡んだんだって思わず反論してしまったくらいだ。

 けどさ、須佐之王様曰く、「平凡で波のない人生。そんな人生を生きる者は皆無だ。誰もが幸運と不運の間を揺れ動き生きて居る。その人生で不運を経験せず、だが自身が幸運であるとすら感じないほどに幸運であった貴様は紛れもなく幸運な人生を生きたのだ」って事らしい。


 須佐之王様の言うことは何となく分かる。僕の人生は物語になる様な劇的なことはなかった。けどさ、それは不幸な経験をしなかったって事でもある。反対に、幸運だって思った事もなかったけどね。それは、不幸な目に会わなかった者が自分が幸運だったと考えるだろうか? ッテ疑問によって答えになる。


 僕はきっととても素敵な人生を歩んだ。そして大往生したわけだ……その先でいらない苦労を強いられることになっただけだろう。まあ、今の生活が始まって一ヶ月だしさ、苦労しているなんて本気で思っている訳じゃ無い。とても楽しんでいるよ……やっぱり人生、山あり谷ありが1番だと思うね。


「――輪廻システムのバグ? そんな報告聞いてないけど……本当なの京君?」

 須世理さんが顔色を青ざめさせて問いかけてくる。どうして彼女がそんなに動揺しているのか分からないが、「ええ。そう説明を受けていますよ?」と軽く答えた。

「ごめんなさい。私がシステムの調整に失敗してしまったのよ。そうじゃなければ、父様から事情説明があったはずだもの……父様は過保護だから」


 ああ、須佐之王様は俺様社長だけど娘には甘そうだな。かく言う僕もその毛はあったけどね~。


 因みに人間時代の記憶は曖昧だ。思い出そうとしたら全て思い出せるんだが、必要じゃなければ思い出せない程度の記憶になっている。この事を聞くと、一度魂になっている為肉体に依存した人間だった時の記憶は希薄になるそうだ。まあ、前世には縛られないって

事だと思う。


「私の本業はシステムの調整なの。輪廻システムの構築から始めて、調整も私が行っていたの。システムにバグがあったのなら私の責任だわ。でも、そんな大きなバグなら報告があって当たり前なのに……本当にごめんなさい京君」


 何度も頭を下げる須世理さんに、

「気にしてませんよ。人間って生まれる場所も親も選べません。運命ってそういうものでしょう? 今の僕の立場もその延長線上にあることです。僕はそう思っていますから……須世理さんが僕に謝ることはありませんよ。謝る必要があるとするなら、僕が浪費した幸運を本来受け取るはずだった人達にでしょうね」


 まあ、その辺も特に問題はなかったらしいけどね。結局、幸運をバカスカ使って辻褄合わせされていたらしい。その分までも僕の借金として換算されているのは勘弁して欲しいんだけどね~。


「……そう。わかったわ」


 色々思うところがあるのだろうけど、須世理さんは無理矢理納得することにしたらしい。僕としても、これ以上はこの件について触れたくないので、話題を本題に戻すことにした。

「で、権能についてですが……僕が使えるようになる権能は何なんですか? ああ、一応権能についても詳しく説明して貰えると助かります。神力を使った術式だと聞いていますが……具体的には何なんですか?」

 現代知識で大体のことは分かって居るが、この際だし詳しく聞いておきたいね。


「京君の固有権能は『破壊』ね。そのまま破壊に属する力を扱えるわ。他は、『炎』と『雷』になるみたい。基本的には火力重視かしら? 権能は扱う者がその『現象』に対して持つイメージが具現するから、京君のイメージ次第で扱える術式は変わってくると思う。術式だって自分が思うイメージをそのまま編み込んだ術理だし……使ってみたら分かるとしか言えないかな? 後はそうね、強い力を行使するためにはそれだけ多くの『神力』がいるわね。京君が頑張って〈神域〉を浄化したらそれだけ多くの神力を精製できるようになるわね」


 それは遠回しにさっさと〈神域〉を浄化しろッテ事ですね。――分かります。

「イエス・マム、ガンバリマス」


「フフフ、〈神域〉を浄化していけば守護者や英霊を雇って一緒に〈神域〉を浄化したり出来る様になるわ。そうしたら作業効率なんて直ぐに良くなるわよ。京君は自分の出自が一般人だったって悩んで居るみたいだけど、そんなの特に気にする必要なんて無いわ。基本能力は低くても、成長率が爆発的なキャラって居るでしょう? 京君はそんな感じだから直ぐに差なんて埋まるわよ」

「……ゲームのキャラみたいなかんじですか?」


 僕にとってはリアルなんだけど、神界のシステムはRPG等のゲームに近い。詳しく説明して貰えなかったが、ある程度は実践して理解している。〈神域〉と呼ばれる所謂ダンジョンに現れるモンスターを倒す事でモンスターを構成する霊的要素が僕に吸収され、その霊的要素が僕の身体を強化するそうだ。なので、僕の中では霊的要素=経験値って事になっている。


 そんな感じで穢れ=モンスターを討伐することで〈神域〉を浄化する作業が僕の仕事だ。穢れを吸収して僕が強化される、穢れを吸収するから浄化されるって関係性だね。――須世理さんが言っている成長率ってのは、吸収した霊的要素を無駄なくステータスに反映できるってことだろう。得られる霊的要素は同じなのに、伸びるステータスが多いってのはそういうことだと思う。

 他にも何かあるのかも知れないが、どうしてか教えて貰えない。まあ、それで困っては居ないから良いのだけどね。


「そうよ。京君は主人公キャラだから頑張れば直ぐに強くなれるわよ」


 ニコニコと笑う須世理さんに引きつった笑みを返した。僕は凡人ですよ……期待度が高いと色々困ります。取りあえず、仕事しましょうかね。

 須世理さんに暇を告げて僕に割り当てられた〈神域〉に向かった。


読んで頂きありがとうございます。

本日中に、もう一話投稿致します。

主人公の名前や容姿は次話で補完する予定です。

※1話から3話が序章となります。


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