助手らしく探偵らしく
あの変な夢のあと寝付くことが出来なかった僕は、瞼に突き刺さる日差しの痛みを感じながら登校した。
どうもここ数日、よく眠れていないような気がする。原因は夢だったり、姉のせいだったりするのだけど、それらは全て本務と出会ってから始まったようにも思う。もしかしたらアイツは、僕に憑いていたという影なんかよりよっぽど危険なんじゃないだろうか。
そんな事を考えていると、いつの間にやら理科準備室に着いていた僕は溜め息を吐きながら扉を開けた。
「おはよ――」
「やあ、おはよう。朝来るように言った覚えがないけど、助手としては良い心掛けだよ」
中では優雅に朝のコーヒーブレイクを楽しんでいる本務が待っていた。優雅に小説を読みながらカップを傾ける姿は、きっと青空と草原の広がる別荘であれば絵になったのだろうけど、残念ながら理科準備室では異質としか言いようがなかった。
「……これ、どうしたんだ」
「コーヒーメイカーだよ。今までは紅茶と緑茶ぐらいしか飲めなかったけれど、今度からはコーヒーが飲めるようになったんだ」
芳しい香りを放つ機器を指しながら僕が訊ねると、本務は嬉しそうに顔を綻ばせながら自慢げに教えてくれるが、コーヒーメイカーであることは知っているし、何より教えて欲しいのは何故コーヒーメイカーがこの部屋にあるのかってことなんだけど。
「さてと、冗談はさておき何かあったのかい?」
僕が話の噛み合わなさに悩んでいると、本務が体ごとこちらに向けて問いかけてきた。
「なんで……?」
「何でわかったのかって? キミが助手になったからといって、自主的に毎朝通うような殊勝な人物には見えないからさ」
「あーソウデスカ」
確かにその通りなのだが、こうもハッキリと言われてしまうと若干心に来るものがあった。それでも挫けず、昨日あったことを伝えた僕は偉いと思う。あれ、そういえばコーヒーメイカーの話をしてたんじゃなかったっけ? 上手く話を躱されてしまったのだろうか。
「それで、キミはボクの許可も得ず承諾してしまったわけだ」
「あ、いや、まずかったかな」
「いや、思っていたより早かったというだけだよ」
「……そういえば事件が来るとか言ってたな」
もしかしなくてもこの事を言っていたのだろう。もう探偵より、預言者とかエスパーを名乗ればいいんじゃないかな。
「ただ、次からはホウレンソウを大事にしてくれたまえよ」
「そう言われても……携帯持ってないんだろう? どうしろと」
「そうだね、この事件が終わったら買いに行こうか。助手が出来た以上、ボクも欲しいなとは思っていたトコロだよ」
これは余計な事を言ってしまったかもしれない。今ですら僕の自由な時間は削られているのに、携帯なんて持った日には事あるごとに呼びつけられるかもしれないと考えると、ゲンナリしてしまう。
「ところで、キミが会ったという高知 美穂という少女は今日来るのだね」
「少女って……一応年上らしいけど、そうだね」
「そうか、それだけ確認できれば十分だよ。あと十分で予鈴が鳴るから教室に戻るといい」
壁に掛けられている時計を見れば、言う通りHRの時間が迫って来ていた。早めに来たのだが、本務と話していると(というか、からかわれただけのような気がするけど)時間が経つのが早いな。
「それじゃあ……放課後に」
「ああ、放課後にね」
教室に戻ると、麗度がいつも通り絡んできたのだが、ふと思い立ち珍しく僕から話題を投げかけてみた。
「そういえば麗度、本当に顔が広いんだな」
しかし予想とは裏腹に、怪訝な顔をした麗度はだんだんと体を引いていく。
「ど、どうしたんだ渡須。お前から話しかけてくるなんて変なモンでも食ったか? それとも近々死ぬのか俺?」
「そこまで言うか!?」
そんなに僕から話しかけるのが珍しいだろうか。確かにいつも適当に返答してたし、たまに無視もしてたし……ってアレ? 心当たりがありすぎるような気がする。これは麗度が驚くのも不思議ではない。
だが、これだけは言わせてくれ。変なものを食べておかしな言動をするのは創作の中だけであって、現実ではありえないぞ。
「まあ、お前から話しかけてくれるとは。どんなに邪険にされても付きまとったかいがあったもんだ」
申し訳なさで落ち込んでいた僕だったが、麗度は爽やかな笑顔で言ってくる。どうやら付きまとっていたという自覚はあったようだ。けれど、その言い方は素直に喜べない。
「それで? なんでそう思ったんだ?」
「ああ、昨日青林高校の人が校門まで会いに来たんだよ。都市伝説に遭遇したって人」
「マジか。同級生にオカルト詳しい奴がいるから相談してみればって話はしたけど、まさか本当に来るとは思ってなかったわ。迷惑だった?」
「いや、それはいいんだけど」
「冗談で言ったつもりだったんだけど、まさか本気にするとはな」
数年ぶりにする、誰かとの他愛もない会話は楽しかったが、残念なことに予鈴とともに中断されてしまう。しかし、今日一日はとても充実していたような気がする。鬱陶しかったはずの麗度も、全てが解決したあとでは楽しい友人となっていた。自己中心的過ぎるかもしれないが、本当にそう思う。
放課後、すっかり仲良くなった麗度から遊びに行こうという誘いを断り、僕は校門で一人、高知さんを待って佇んでいた。
「おーい、渡須クン。ごめんね、待った?」
「あ、どうも。いや、今来たところですよ」
小走りで駆け寄ってきた高知さんと、カップルの待ち合わせみたいなやり取りをした後、僕らは本務の待っている理科準備室へと向かった。行くまでの廊下で、走ってきたせいで暑いのか、ブレザーの上着を脱いだ高知さんは僕に話しかけてくる。
「ねえ、相談に乗ってくれる人ってどんな人? イケメン?」
「いえ、同い年の女子ですよ。ちょっと性格がアレですけど、大丈夫だと思います」
「なんだ、女子かー。イケメンだったら良かったのに」
乾いた笑いを返しながら、なんだか違和感を感じたが、理科準備室の前まで来た僕は、高知さんを入れるために扉を開ける。紳士なのだ、僕は。
「ありがとっ」
明るい笑顔で高知さんは言ってきたが、中に入ろうとすると笑顔の横顔が凍る。そして不思議に思って覗き込んだ僕も凍る。
「よく来たね。ようこそ、我が探偵事務所へ」
中では足を組んで座った、会ったばかりのような無表情の本務が待っていた。
「どうしたんだね。遠慮せず中に入ってくるといい」
高知さんは凍った笑顔をこちらに向けていたし、僕は視線を合わせる勇気がなくて顔を背けて頭を抱えていたのだが、本務は不思議そうに言ってくる。確かに探偵っぽくはあるが、それをしてもいいのは創作の中だけだし、ここは学校で理科準備室だ。
「……本当に大丈夫?」
「どうでしょうね……」
視線を合わせようとしない僕に、高知さんは問いかけてきたが、むしろそれは僕の方が聞きたいくらいだ。そんな姿を本務は座ったまま、不思議そうに見つめてきていた。