表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/37

突如舞い降りた依頼

「ねえちょっと、聞いてる?」


 指をパチリと鳴らされ、半分上の空だった僕は現実へと引き戻された。



「ああ、ごめん。なんだっけ」


「渡須ってヤツ知らない?」


「僕が渡須だけど」


「アンタが……?」


 どうも信じていないようだったので、生徒手帳を手渡す。その時初めて少女をじっくり見たわけだけど、長い黒髪をツインテイルにした僕より年下らしき少女はとても可愛かった。濃い化粧をしているわけでもなさそうな目鼻立ちはクッキリしていたし、低めの身長は何となく庇護欲を感じさせる。本務とは正反対の可愛さであった。


「ちょっと来て」


「え? あ、ちょ」


 少女は生徒手帳と僕を見比べると、腕を掴んで駅方面へと歩きだしてしまう。衆人環視の中で他校の少女に腕を引っ張られ学校を出ていく姿は、周囲にいた生徒、特に何人かいたクラスメイトにはどんな風に映っていたのだろうか。明日になったら噂になっていることだろうと思うと、気が滅入る。


 少女に連れてこられたのは、駅前に出来たばかりのオシャレなことで有名なカフェチェーン店だった。中では大学生らしきカップルや、スーツを着こなした若いサラリーマンなんかで混みあっており、冴えない僕はなんとなく場違いな感じがして落ち着かない。


「アンタ、何か飲む?」


「え?」


「好きなの頼んでいいわよ」


 どうやらここは奢りらしい。しかしメニューを見ても、何が書いてあるか全く分からなかったので「お任せします……」と小さめの声で答えると、僕には縁のなさそうな素敵ワードの飲み物を注文してくれる。


 商品を受け取り、奥の席へ座った僕らはしばらく無言だった。


「……アタシは青林高校三年の高知 美穂たかちみほっていうの」


 どうしたものかと困っていると、高知と名乗った少女は話し始めてくれた。というか年上だったのか。見た目から年齢を見誤っていた僕は驚く。


「それで、僕に何のようかな」


「駅のコインロッカーから赤ちゃんの泣き声が聞こえるって話、聞いたことある?」


 もちろん、朝聞いたばかりの話題だし、よくある都市伝説の類だ。そう伝えると、彼女の表情が露骨に曇った。


「それ、アタシの最寄り駅で……」


 なんと、麗度の言っていた青林高校の生徒とは彼女の事だったのか。


「で、なんで僕に?」


「アンタが重度のオカルトマニアだって聞いたから、その、なんとかしてくれないかと思って……」


 アイツ、そんな事を言いふらしているのか。僕がオカルトマニアなのは自分の身に起きていた現象を解決するためであって、好きでやっていたわけじゃないぞ。


「そう言われても……」


「お願い! このままじゃ怖くて学校に通えなくなっちゃう! 解決してくれそうな人を教えてくれるだけでもいいから!」


 さりげなく拒否しようとすると、彼女は身を乗り出して切羽詰まった表情をした顔を近づけてきた。女の子にする耐性がない僕は、その勢いにつられて頷いてしまった。


「わ、わかった。一人心当たりがあるから相談してみましょうか」


「ホント?」


「とりあえず話は通しておくので、また明日学校に来てくれます? 詳細はそのときに」


「わかったわ」


 彼女は心底安心した表情をすると、「これ、アタシのアドレス」と言って有名SNSのIDを書いた紙を渡してきて、「じゃあお願いね」と言い残すとさっさと帰ってしまった。


 狐につままれた気分でしばらく呆然としていた僕だったが、勢いにと彼女の必死さに負けて安請け合いしてしまったことを深く後悔していた。本務が言っていたことはこの事だったのだろうか。そうだとしたら折角手に入れた日常から、非日常へ逆戻りしてしまうのではないだろうか。


「……帰るか」


 こういうときは明日の自分に任せるのが一番だと考え直した僕は立ち上がる。甘ったるい匂いに包まれた、自分が場違いだと感じる空間にこれ以上いたくなかったし。


 結局、一口しか飲んでいない甘いだけの何かをゴミ箱に捨てると、外に出る。


 家に帰ってからPCを起動すると、何気なくコインロッカーの赤ん坊の都市伝説を調べてみた。

 


 あるとき、若い女性が身ごもってしまう。


 家族に知られてしまうことを恐れた女性は堕胎することもせず、ついには赤ん坊を産んでしまうのだが、育てることのできない女性は駅のコインロッカーに赤ん坊を捨てる。


 その後、その記憶を忘れて、幸せな家庭を築いた女性が帰宅途中、電車を待っているとコインロッカーから赤ん坊の泣き声を聞く。


 不思議に思った女性がコインロッカーを開けると、中に赤ん坊が。


 可哀想に思った女性が警察に届けようと赤ん坊を取り出すと


「よくも捨てたな」


 そして次の日、女性はミイラ化した赤ん坊を抱いた状態で、駅のコインロッカーで死んでいるのが発見される。



 いくつか違うところがあったりするが、大体のシナリオは同じで、驚くべきことに、これらは一九七○年代から起きていた本当の事件がもとになっており、事実、高度経済成長期には多くの赤ん坊が捨てられていたようだった。そして、これらの事件は現代でも度々報道されている。


 ベッドに横になった僕は、捨てられた赤ん坊の事を考えたり、産んでしまった女性の事をグルグルと考えるうちに、眠ってしまった。


 その夜は寝る前に調べた都市伝説の夢をみた。

 赤ん坊の声が聞こえる。

 助けなきゃ。

 しかし、どのコインロッカーを開けても、赤ん坊の姿はない。

 泣き声はだんだんと大きくなる。

 どこかにいるはずなんだ。

 見つからない。

 そんな夢を――。


 目覚めたとき、外はまだ暗かった。春先だというのに夏でも掻かないような量の汗で、パジャマはジットリと濡れていた。嫌な夢を見るもんだ。それもこれも、昼間に変な話を聞くからだ。


 シャワーを浴びるために階下へ降りた僕が、ふと玄関を見ると、姉の靴がない。どうやら今日は帰ってこないらしい。……姉は子供が出来たとき、喜ぶのだろうか。それとも仕事が出来なくなると嘆くのだろうか。


 そんな事を考えながら、夜は更けていった。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ