感じた不快
「呪い袋って何だよ……?」
オカルトに疎い麗度が尋ねるが、本務は何かを探してフラフラと何処かへ行ってしまったので、代わりに僕を見つめてきた。なので溜め息交じりに答える。
「"呪い袋"っていうのは、術者の髪の毛とか爪とかと一緒に、小動物の骨とかを布の袋に入れて呪いたい相手に渡したり、その対象のよく行く場所に置いておいたりして呪いを掛けるための呪具のことだよ」
「それじゃあ、佳奈ちゃんはオレ達に呪いを掛けたかったってことなのか……?」
困ったような作り笑いで、冗談めかしてはいるが、その目には心配の色というか恐怖が浮かんでいるのが僕にも分かる。
「あー、いや、たぶん」
その質問はとても答えづらいものだったため、どうしても曖昧な口調になってしまう。
「違うんじゃないかな」
しかし、麗度が欲しがっていたであろう明確な否定は別のところから来た。
見れば本務は木の枝を片手に戻って来ていた。というか、どこで聞き耳を立てていたのやら。
僕は胡乱気な目を彼女に向けていたが、それを気にした様子も無く、手にした木の枝で骨をつついたり、引っくり返したりしながら言葉を続ける。
「呪い袋というものは、たしかに漢字では"呪い"と書くけれど、それは"呪い"とも読む。つまり術を掛けるためのものであって、けしてマイナスのものだというわけではないのさ」
「そ、そっか」
ひとまず麗度は安心したようだったが、僕は微妙な気分だった。正直、あの呪い袋はこちらを害する目的のような気がしてならなかったからだ。だが、ここで不安を煽っても良いことなど一つもないと分かっている以上、黙っておくことにする。
「それで、本務。どうだ?」
「おそらく、カエルの骨とネズミ……かな?」
「うわっ」
そう言って、本務が木の枝の先に骨を突き刺して目の前まで持ってくるので、思わず後退ってしまった。よくよく見れば、学校で見たことがあるようなカエルの頭の骨に似ているような気がしないでもない。
「驚くことはないさ。ちょっと呪いの掛けられた、ただのカエルの骨だよ」
「そんなもん目の前に出されたら、誰だって驚くと思うんだが……」
思わず溜め息が漏れてしまったが、本務は気にしてないかのように立ち上がると地面に落ちた灰と骨を指さす。
「さあキミたち、これを埋めてくれたまえ。念のため、モノには直接触れないようにしてね」
あからさまな命令だったが、何となく抗い難い雰囲気だったため思わず頷いてしまうのだった。
「なあ、いつもあんな感じなのか?」
「まあそうかも」
「大変なんだな」
「言わないでくれ」
何処かを眺めている本務を横目で確認しながら、小声で麗度と話す。初対面のときに感じた本務の性格がそのまま過ぎて、僕が彼女に付き合わされているのだと考えているのだろう。あながち間違いでもないが。
公園の地面は、子供たちによって何度も踏み固められているおかげか、掘るのはとても苦労したが、それでも何とか埋め終えた。
「さて、それじゃあ何があったか聞かせてくれるかい?」
「あ、うん」
僕らをまるで監督官のように眺めていた本務が促してきたので、傍にあったベンチで、少女の家で何があったかを細部に至るまで話すことにした。
話す際、本務は顔を伏せていたので、彼女がどんな表情をしていたのか窺い知ることは出来なかったが、時折、体を揺らしていたので楽しそうにしながら聞いていたに違いない。よくもまあ人の恐怖体験を、まるで怪談話でも聞いているかのように聞けるものだと逆に感心してしまったが、それは言わずにおいた。
「これで以上だ」
「なるほどね。大の高校生男子二人が、たかが小学生少女の趣味に怯えて逃げ帰ってきたということはキチンと伝わったよ」
「「えぇ……」」
思わず麗度とハモってしまうほど、僕らは落ち込んでしまった。
確かに情けないとは思うが、あれだけ濃厚な血の臭いを気の弱い人が嗅げばむせるだけでは済まなかっただろうと考えると、少しは労いの言葉をかけてくれてもいいのではないかと思ってしまう。
しかし、本務はそんなことなど知った事ではないとでも言わんばかりに立ち上がると、そのまま腰に両手を当てて僕らを見下ろしてきた。
「もっと落ち込みたまえ。キミたちは動物の死骸なんぞに気を取られてばかりで、重要な事をすべて見逃してきたのだからね。何だか分かるかい?」
その言葉に僕は麗度と顔を見合わせる。麗度は眉を顰めて視線で尋ねてくるが、そんなの僕にも分からない。
「えっと」
「その」
言い淀んでいると、本務が心の奥から絞り出したような溜め息をついた。
「人間に取り憑いたモノを祓うというのは、とても簡単なんだ。取り憑いたモノが何者か分かっていればね」
「あ……」
「理解したかい。今回キミたちがあの少女の家に行ってやってこなければいけなかったのは、何が取り憑いたのかを確認することだったんだ」
そういえば本務は、こっくりさんは何の霊を呼び出しているのか分からないと言っていた。ゆえに恐ろしいのだと。
「ご、ごめん」
自分の頭頂部から首にかけての血が、すべて心臓に吸い取られたような感覚が襲ってくる。きっと僕の顔は血の気が引いていることだろう。
佳奈という少女は、あからさまに本務を警戒しているし、僕らには"呪い袋"すら渡してきた。それはつまり、今回が最初で最後の、取り憑いた者の正体を知るチャンスだったかもしれないということだ。
「ど、どうしよう本務」
「ふむ」
咄嗟に訊ねてしまうが、そんなこと聞かれても困るのだろう。本務は顎に手を当てて考え込んでしまった。なにせ、彼女は少女に近づくことも難しいのだから。
しかし、救いの手は意外なところから差し伸べられた。
「あの、よく分かんねえけど、佳奈ちゃんの行動を調べて報告すればいいんだよな?」
困惑したような表情の麗度は、何故そこまで僕らが困っているのか分からないといった様子だ。
「オレ、それなりに小学生に知り合いいるし、家も近いし」
「うん、いい考えかもしれないね。それなら注意して調べておいてほしいことが……」
二人が話している間、僕だけ置いて行かれているような気がした。
オカルトに詳しいという自負があっただけに、今回のことは自分の中でモヤモヤとした感情になってしまっているのを感じる。
それは段々と、家に入る前に何も教えてくれなかった本務に対する怒りであったり、佳奈という少女の姿をしている狂気に対する恐怖であったり、僕よりも本務の役に立っているという麗度への嫉妬へと変わっていき、胃が締め付けられた。
「それじゃ渡須、またな」
「え、ああ……また」
いつの間にか話し終わっていた麗度が、軽く挨拶してきたことで思考が途切れた。それでも、みぞおちの辺りで何かが詰まっているような不快感を、彼の後ろ姿を眺めながら覚えている僕は小さい男なのだろうか。
「それじゃあ、ボクらも今日のところは帰ろうか」
「わかった」
視線を向けることが出来ず、先を歩く本務の足元を見つめながら帰宅することにした。




