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中身

 玄関に入った途端、揃えられた一足のスニーカーが目に入った。


 しかし、その靴には赤黒く変色し始めているモノ……おそらくは麗度の言っていたカエルの臓物ぞうもつがこびり付いており、女の子が好みそうな可愛らしさは見る影もない。


 隣にいる麗度も、それを見てしまったのか硬直しているようだ。


「お兄ちゃんが友達を連れてくるなんて珍しいね」


 裸足になった少女が、不意に口を開く。


 顔を上げてみれば、その表情は冷たく微笑んでおり、さらに背筋が凍った。けれど、その視線は僕ではなく隣に立っている友人に向けられていた。


「……」


「……ああ、僕は渡須って言うんだ。高校では同じクラス」


 麗度が口を開こうとしないので、とっさに僕が答えた。しかし、少女は気に食わなかったのかスッと目を細める。


「今は麗度お兄ちゃんに聞いてるの。黙っててくれない?」


「ご、ごめん」


 冗談のように話してはいるが、笑っているのは口元だけで、目の奥底には冷たい感情が浮かんでいる。


「……まぁいいや。あたしの部屋であそぼ」


 少女は身を翻すと一足先に階段を上がっていく。視線が外れた瞬間、自身の身体が和らいでいくのを感じた。無意識に呼吸を止めていたのか、大きな空気の塊が口から飛び出る。


「大丈夫か、渡須」


「ああ、だけど、あの子普通じゃない」


 思わず膝に手をついて、肩で息をしていると心配した麗度が背中を擦りながら聞いてきたので、感じたことをそのまま口にした。


「お兄ちゃん! 早く!」


 上階から怒気を孕んだ呼び声が聞こえてきて、僕らは顔を見合わせる。


「行くか」


「ああ」


 靴を脱ぎ、電気も付いていない床に足を乗せると、ヒンヤリとした冷たさが体温を奪っていき、もう一度身震いをする。静かすぎて自分の歩く音すら、まるで耳元で聞こえているかのように感じた。


 階段を上るにつれ、玄関では嗅ぎつけることのできなかった臭気が漂ってきた。それは何かが腐ったようなモノと泥が合わさって、そして微かに鉄が錆びたときに生じる臭いが混じっており、思わず顔をしかめてしまう。


 それでも何とか辿り着いた部屋の扉は開かれており、臭気はそこから漂ってきていた。


 二人で部屋に入ってみると、僕らの視線の高さは年相応の可愛らしさが見て取れた。けれど、少しでも視線を下げればおぞましい光景が広がっている。


 いくつかの透明なアクリルケースに、小動物が分別されて入れられていた。大小さまざまなカエル、何匹ものハムスター、布が掛けられて中身が不明な物まであった。


 おそらく臭気の原因であると思われるポリバケツが、足元に置かれていた。黒い布が掛けられていて中身は分からないが、大方察しは付く。殺した小動物たちの遺骸が捨てられているのだろう。


「うぁ……」


 誰かのえづくような呻き声が聞こえる。


 その声に少女が反応し、振り向いた。視線の向いている先は、僕だった。


「怖い?」


「え?」


「そんなに怖い?」


「い、いや」


 初めて僕に向けた笑顔は、口が耳元まで裂けていた気がして、もはや何度目とも分からない悪寒が背中を走る。


「ふ、ふふ、あははは!」


 何がおかしいのか、大笑いし始めた少女を僕らは見つめるしかない。


 ひとしきり笑って満足したのか、少女は引き出しを漁り、二つの中身が見えない袋を差し出してきた。


「これ、あげる。今日は帰った方がいいかもね。顔、真っ青だよ」


 恐る恐る手に取った袋は布で出来ており、中からは微かにカラカラと乾いたもの同士が当たる音が聞こえ、そして軽い。


「そ、それじゃお言葉に甘えるとしようかな」


 何も言わずにいると、麗度が肩を掴んできて声を発した。横目で見れば、必死に笑顔を作ろうとして、引き攣ってしまっているのがわかる。


 その後は終始無言のまま、僕らは家の外まで出た。


 振り返って見上げてしまえば、少女があの耳元まで裂けたような笑顔で、僕らを見つめているのではないかと思い、そのまま早足で家をあとにする。


「おい、渡須!」


 しばらく歩くと、麗度が声を掛けてきて立ち止まった。


 振り返ると、肩で息をしながら僕を心配そうな目で見つめる麗度がいて、そこでようやく自分も荒く息をしているのが分かる。


 思わず苦笑してしまう。


 隣に住む少女が豹変してしまったために、ただのオカルトマニアである僕にすら相談してきた麗度は、きっと精神的に参っているはずなのに、今度は相談相手を心配しているのだ。


 骨の髄まで良い奴なのだろう。


「皮肉だな」


「え? なに?」


「いや、何でも無いよ。とりあえず本務に会って話をしなきゃ」


 心で呟いたつもりだったが、どうやら口に出ていたらしく、心配の色を深めた麗度に慌てて取り繕う。


「そうだな。でも、どこに行ったんだ?」


 周囲を見渡してみたが、無意識に随分と遠くまで歩いていたようだった。


「あー……ちょっと連絡してみようか」


 僕は携帯を取り出すと、一つの番号を呼び出す。家族以外の唯一の人物だ。


 数回のコールの後に、目当ての人物が出た。


『ああ、渡須クン。終わったようだね』


「今どこにいるんだ?」


『ああ、先ほどの少女の家から一番近くの公園にいるよ』


「公園?」


 「そんなところで何をしているんだ?」と聞く前に勝手に通話を切られてしまった。自分勝手な奴め。


「どうした? 本務さんは何だって?」


「ああ、さっきの家から一番近い公園にいるってさ」


「その場所なら知ってる。行こう」


 麗度が歩いていくのについて行こうと、ポケットに携帯を入れようとすると、何かが指先に当たった。


 それはあの家で渡された小袋だった。


 不意にソレを開けてみたくなる衝動に駆られ、口をきつく縛っている紐に指を掛ける。どうしても中身が気になるのだ。そして僕は見なければいけない気がする。


「おい、早く行こう」


 少し遠くから聞こえる麗度の声に、我に返った僕は頭を上げた。視線の先には僕を不思議そうに見ている友人がいる。


「ごめん、行こう」


 僕は小袋をポケットにねじ込むと、彼に追いつくために駆け足で向かった。



 そうして麗度に案内された公園は、殺風景な広場だけが広がるものだった。しかし、かつては至る所に遊具が設置されていたことが伺える。


 本務はそんな公園で、小学生の集団に囲まれており、何事かを話していた。


 彼女は呆れた表情で僕らが見つめているのに気が付いて、小学生の群れから抜け出してくる。僕の時といい、今回といい、どうやら小学生に対して顔が広いようだった。


「無事に戻ってこれたようだね。ボクが入れなかったのは痛いけれど、ボクの優秀な――なんだい? 人の顔をジロジロ見て」


 本務がいつもの自信に満ちたような表情で話してくるが、ようやく途中で僕らの視線に気が付いたようで眉を顰める。


「いや、その、なんていうか――」


「僕らが滅茶苦茶怖い目にあってる間、お前は小学生たちと遊んでたのか」


 麗度が伝えられないようだったので、代わりに僕が口を開く。しかし、本務は悪びれた様子も無く肩を竦めると答えた。


「入れなかったんだから仕方ないだろう。それより……」


 彼女は僕らに向けて手を差し伸べてくる。


「何かを渡されただろう。渡したまえ」


「え? あ、はい」


 有無を言わさない声音だったため、僕らは何だか分からないままポケットに手を突っ込むと、少女から渡された布の小袋を手渡した。すると、本務はおもむろにライターを取り出すと、それらに火をつけてしまう。


「おい、何するんだ」


「いいから」


 言われるがまま、地面に落とされた小袋を見つめていると、やがて燃えるものが無くなったのか火が消え、後には白い何かが残った。


 ……いや、"何か"なんて曖昧なものではない。これは――


「骨……か……?」


 思わず口から漏れてしまったかのように、麗度が呟く。


「そうだよ。おそらく、"呪い袋"の類だろうね」



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